幻想郷に迷いしカスカベ防衛隊 作:匿名ねこ
1話 幻想郷にようこそだゾ!
カスカベのふたば幼稚園。
いつもと変わらない昼休み、カスカベ防衛隊のメンバーは園庭の片隅で車座になり、何やら真剣な表情で話し合っていた。
「ねえ、みんなは『
静かに切り出された言葉に、一同の視線が集まる。話の中心にいる少年"風間君"は、どこか探るような目つきで周囲を見渡した。
「現双の森?」
首を傾げた少女"ネネちゃん"の声には、興味とわずかな不安が入り混じっている。
「うん、カスカベの外れにある森のことさ。昔からあそこに入った人は、誰も帰ってこないって噂があるんだ」
その言葉に、場の空気が一瞬張り詰めた。幼いながらも、不気味な話には抗えない興味がある。しかし、それが身近な場所の話となると、単なる怖い話では済まされなくなる。表情に緊張が走った。
「えぇっ!? そ、それってすごく怖い話じゃない?」
”マサオ”君が顔を青ざめさせ、落ち着かない様子で膝を抱え込む。
「まあまあ、ただの噂でしょ」
冷静な声が響く。風間君は腕を組んだまま、余裕の表情を崩さない。しかし、その瞳の奥にはどこか興味の色がちらついていた。
「だけど、最近またその森のことを話してる人が増えてきたらしいんだ。なんでも、夜になると森の奥から奇妙な光が見えるとか、時間の感覚を失うとか……」
「時間の感覚を……?」
ネネちゃんは怖がりながらも探究心が垣間見える。日頃からミステリーが好きな彼女にとって、ただの噂話として片付けるには惜しい内容だったのかもしれない。
「うおーっ! なんか探検みたいでワクワクするゾ!」
目を輝かせ、手をバタバタと動かしながら楽しそうに笑う"しんのすけ"。その様子は、まるで遠足を待ちわびる子どものようだった。
「でも、ちょっと不気味……」
"ボーちゃん"の肩をすくめる仕草に、迷いがにじむ。
「いやいやいや! 絶対危ないって!」
必死に首を横に振るマサオ君の姿には、すでに半泣きの気配が漂っていた。
「じゃあさ、実際に行って確かめてみようよ!」
風間君が立ち上がると、すぐに賛同の声───マサオ君は嫌がっており、ボーちゃんは何かを考え込んでいる───が上がる。
こうして、新たな冒険が幕を開ける──。
──現双の森
歩くこと数十分、カスカベの郊外にひっそりと広がる森の入り口にたどり着いた。人気のないその場所には、古びた看板が立ち並び、草木が無造作に生い茂っている。
「なんか……本当に雰囲気あるわね」
ネネちゃんは薄暗い森の奥をじっと見つめ、かすかに身震いする。
「木がすごく大きい……」
ぽつりとつぶやかれるボーちゃんの言葉に、古の気配が漂う。入り口に立った瞬間、異質な空気が肌をなでる。遠くで鳥のさえずりが聞こえるものの、それさえもどこか遠のいて感じられた。木々の隙間から射す光は乏しく、足元には湿った落ち葉が厚く積もる。踏みしめるたびに、ふかふかとした感触と微かな音が響いた。
「んー……オラ、こういうとこってワクワクするゾ~!」
のんきな笑い声が響く。その無邪気な態度に、思わずため息が漏れた。
「やめなよしんちゃん、何か出てきたらどうするの……」
眉をひそめる声には、不安が色濃く滲んでいる。
──その時だった。
ふわり、と霧が足元から立ち上る。
最初は薄く漂う程度だったそれは、みるみるうちに濃さを増していく。視界が白く覆われ、周囲の景色がゆっくりと消えていった。
「……ん? 霧?」
「ね、ねぇやっぱりマズいって! 早く帰ろうよ!」
マサオ君の怯えた声が響く。
「落ち着いて! みんな、取り敢えず来た道を──」
風間君が指示を飛ばそうとした瞬間。
──ズルッ。
足元が突如として沈み込んだ。
「えっ!?」
一斉に宙に浮くような感覚が襲う。
「おおおお!? オラ、宇宙旅行してるゾォー!」
「何が起こってるんだ~!?!?」
「うわぁぁぁぁ!! ママー!!!」
「いや~~~~!!!」
落ちていく先——そこには、暗闇の中に無数の目が浮かんでいた。
ぞっとするような視線に包まれながら、深い闇の中へと吸い込まれていった。
しんのすけは、ふわりとした感覚で目を覚ました。頭が少しぼんやりしていて、最初は自分がどこにいるのかも分からなかった。周囲を見渡すと、そこは見慣れたカスカベではなく、どこか異次元のような、神秘的な場所だった。
「…おぉ、ここは一体どこ…?」
しんのすけが呆然と立ち尽くしていると、目の前に大きな神社が現れた。神社の建物が立派で、何だか古い感じがするが、異世界の雰囲気が漂っている。その神社の方から、何か物音が聞こえてきた。
そして、しんのすけの目の前に、巫女服を着た少女がゆっくりと歩いて来るのが見えた。
その少女は、しんのすけをちらりと見て、何とも言えない気だるそうな表情を浮かべている。まるで面倒なことに巻き込まれたような表情だ。
しんのすけは、目を輝かせながらその少女を見つめた。
「おっ! すっごい美人さんが現れたゾ! こりゃナンパしなくちゃ!」
しんのすけは勢いよく歩み寄り、ニヤリと笑って声をかける。
「ねぇねぇお姉さん! 名前は何て言うの? オラ、しんのすけ! お姉さんお名前は!」
少女はその声に反応することなく、ため息をつきながら答えた。
「あんた、外来人ね……全く、また"あいつ"余計な事を…」
しんのすけは、その言葉に耳を澄ませる。
「がいらいじん…がいらいじん…ニンジン? オラ、ニンジンじゃないぞ!」
「はぁ…」
しんのすけは、まるで自分が呼ばれているかのように大きな声で返すが、少女はその様子に呆れてため息をついた。
少女はしんのすけを一瞥し、まるでもう慣れた様子で言った。
「ニンジンじゃなくて外来人よ……今のあんたみたいに外の世界から来た人のこと」
しんのすけは、少し混乱しながらも、その少女の落ち着いた態度に興味津々だった。
「お姉さん、すっごく不機嫌そうだけど、もしかして生理~?」
無邪気な一言に、少女は一瞬ピクリと眉を動かす。
「…あんた、それ意味分かって言ってんの?」
冷たい視線を向けられても、しんのすけはまるで気にした様子もなく、ニコニコと笑っている。
「うーん、よく分かんないけど、お姉さんお腹すいてるの?」
「全っっっ然違うわよ……」
少女はあきれ顔でしんのすけを見つめるが、本人はどこ吹く風とばかりに胸を張る。
「オラ、カスカベ防衛隊員だゾ!」
「知らないわよ、そんなの……」
バッサリと切り捨てられたが、しんのすけは全く気にしていない。むしろ、さらに興味を持ったようで、少女の顔をじっと見つめる。
「お姉さん、ツンデレですな~」
「ツンデレじゃなくて、反応するのも面倒なだけよ……」
「ツンデレってことは~、後でオラのこと好きになっちゃうってこと~?!」
「ならないわよ!!」
霊夢はピシャリと言い放つが、しんのすけはどこまでも能天気な笑顔を崩さない。
「まぁ、いいわ。とりあえず神社で話を聞くからついてきなさい」
「お姉さんのおうち~? やったぁ! オラ、巫女さんのおうちにお泊まりだゾ~!」
「泊まらせる気はないから!」
しんのすけの軽口にツッコミを入れながら、霊夢は神社の方へと歩き出した。しんのすけは、そんな彼女の後を楽しげについていく。
神社の中に足を踏み入れると、しんのすけはあたりを見回した。畳敷きの広間には、どことなく落ち着いた空気が漂っている。
「おぉ~、なんか和風なおうちだゾ~!」
「神社なんだから当然でしょ」
霊夢は気だるそうに言いながら、ちゃぶ台の前に座ると、お茶をすすった。しんのすけも無邪気にその向かいへ腰を下ろす。
「そう言えば名前を言ってなかったわね。私は"博麗霊夢"……で、話の続きだけど、ここは"幻想郷"。外の世界から切り離された場所で、人間や妖怪、そして神も暮らしているわ。そして私はこの幻想郷の平和を守ってもいるわ」
「ほうほう、つまり霊夢お姉さんはげんそーきょーで凄い人なんですな!」
腕を組み、まるで大人ぶった口調で言うしんのすけに、霊夢は軽く頷いた。
「ま、そんなところね。異変が起これば解決するし、妖怪が悪さをすれば退治もする。面倒なことばっかりだけどね」
霊夢のぼやきに、しんのすけは「ふむふむ」と頷くと、急に得意げな表情になった。
「な~んだ、オラたちと同じじゃないか~!」
「……は?」
しんのすけは胸を張り、誇らしげに言い放つ。
「オラたちカスカベ防衛隊も、カスカベを守ってるんだゾ!」
「……あっそ」
霊夢は興味なさげに茶をすすりながら、適当に相槌を打った。そのあまりの無関心っぷりに、しんのすけは頬をぷくっと膨らませる。
「もっとこう、『すごいわ! さすがしんちゃんね!』みたいなリアクションないの?」
「ないわよ」
即答だった。
しんのすけはむぅっとした顔で霊夢を見つめていたが、ふと何かを思い出したようにハッとした。
「……あ、そういえばオラ、風間くんたちと一緒にいたはずなんだけど……」
しんのすけは辺りを見回す。風間くん、ネネちゃん、マサオくん、ボーちゃん──どこにもいない。
「ねぇねぇ、オラと一緒にいたお友達、見てない?」
霊夢は少し考える素振りを見せたが、すぐに肩をすくめた。
「さぁね。あんたが一人で神社の前に倒れてたのは見たけど、他に誰かがいた様子はなかったわよ」
「えぇ~! そんなの困るゾ!」
しんのすけは大げさに頭を抱え込む。
「オラたち、一緒にあの森に入って……それで……それで……」
必死に思い出そうとするが、濃い霧に包まれた後の記憶は、曖昧でぼんやりとしていた。
「う~ん、オラ、確かにみんなといたはずなのに……」
霊夢はため息をつき、しんのすけの様子を見やる。
「まぁ、ここは幻想郷だし、別々の場所に落ちた可能性もあるわね」
「べつべつの場所……?」
「そう。幻想郷に迷い込む人間は、いつも同じ場所に出るわけじゃない。何かの拍子にどこかへ飛ばされたのかもしれないわ」
霊夢はそう言いながら、少し考え込むような仕草をした。
「……やっぱり、"紫"の仕業かしらね」
「ゆかり?」
「"八雲紫"。幻想郷に外の世界から人間を引き込むようなことをしてる妖怪よ。まったく、私の仕事を増やすことばっかするんだから…!」
霊夢は少し苛立たしげに呟いた。しんのすけは、その言葉を聞いて目を輝かせる。
「おぉ~! その人に聞けば、オラのお友達も見つかるかも!?」
「さぁね……でも、もし紫が関わってるなら、アイツの気まぐれでどこかに飛ばされた可能性が高いわね……」
「むぅ~、困ったゾ……」
しんのすけはしばらく考え込んだが、やがて顔を上げ、霊夢をじっと見つめた。
「ねぇねぇ、霊夢お姉さん! 一緒にオラのお友達探してくれる?」
「……は?」
霊夢の顔が、一瞬だけわずかに引きつる。
「いやよ、めんどくさい」
「えぇ~! そこをなんとか~!」
しんのすけは手を合わせてお願いポーズを取るが、霊夢は素っ気なく顔を背けた。
「面倒ごとはごめんだわ。大体、幻想郷のどこにいるかも分からないのに、探すのなんて骨が折れるし」
「えぇ~、そんなこと言わずに~。霊夢お姉さん、すっごく優しそうな顔してるのに~!」
「……適当言わないで」
霊夢は呆れたようにしんのすけを見やる。しんのすけはじっと霊夢の顔を見つめたまま、ニヤニヤと笑っていた。
「霊夢お姉さん、ほんとはオラのこと好きなんでしょ~?」
「はぁ!? なんでそうなるのよ!?」
「いや~、さっきからオラのことずっと気にしてるし~!」
「あんた自信過剰にも程があるでしょ!?」
霊夢はバシッとちゃぶ台を叩き、しんのすけを睨む。
「ったく……分かったわよ、紫を探して話を聞いてみるわ。でも期待しすぎない事ね、あいつは神出鬼没…いつどこに現れるか誰にも分からないわ」
「やったぁ~! さすが霊夢お姉さん!」
しんのすけはパチパチと拍手しながら、嬉しそうに飛び跳ねた。
「……はぁ、ホントに厄介ごとばっかりね」
霊夢は頭を押さえながら、疲れたようにため息をつくのだった。
夕暮れが過ぎ、幻想郷の空に夜の帳が降りる頃、博麗神社の境内は静寂に包まれていた。神社の縁側に腰かけ、霊夢は月を眺めながら湯呑みを傾ける。隣ではしんのすけが、どこか落ち着かない様子で足をぷらぷらと動かしていた。
「ねぇねぇ、霊夢お姉さん! 今日はオラ、どこで寝るの?」
しんのすけは期待に満ちた表情で霊夢を見上げる。
「……はぁ」
霊夢はまたしても深いため息をつくと、湯呑みを置いた。
「仕方ないから、今日はここに泊めてあげるわ」
「やったぁ~! お泊まりだゾ~!」
しんのすけは大げさにガッツポーズを取り、くるくるとその場で回る。
「オラ、誰かのおうちに泊まるのは久しぶりだゾ~! 霊夢お姉さん、なんやかんやでオラを泊めてくれるなんて、やっぱオラに惚れてる~?」
「……んなわけないでしょ」
霊夢はじとっとしんのすけを睨むと、再びため息をついた。
「とはいえ、一晩くらいならともかく、今の私にあんたをずっとここに置いとく余裕はないのよ。自分の食費だけでもやっとなのに。だから、明日には"人里"に行って、"上白沢慧音"って人に相談しなさい」
「かみしらさわ……けーね?」
しんのすけは首を傾げる。霊夢は面倒くさそうに説明を続けた。
「人間の里の寺子屋で教師をしてる奴よ。人里のことにも詳しいし、あんたみたいな外来人が迷い込んだときの対応にも慣れてるわ」
「えぇ~! でも、オラまだ霊夢お姉さんと一緒にいたいゾ~!」
「はぁ……」
しんのすけの駄々に、霊夢はまたしても呆れたようにため息をつく。そして、ぼそりと呟いた。
「……慧音は美人よ」
「えっ!? ホントに!? 行く行く行く行く!!!」
しんのすけは一瞬にして態度を変え、飛び跳ねるように喜んだ。
「……単純ね」
霊夢は額を押さえながら、呆れ果てたように肩をすくめる。
それからしばらくして、霊夢が用意してくれた布団に潜り込んだしんのすけは、仰向けになりながらぼんやりと天井を見つめた。
(風間くん……ネネちゃん……マサオくん……ボーちゃん……みんな、無事だよね……)
いつも一緒にいた仲間たちが今、どこにいるのか分からない。ひとりぼっちで幻想郷に迷い込んでしまった不安が、ようやく静かに胸の奥に広がっていく。
(オラ、みんなと一緒に帰れるかな…………かあちゃん……とうちゃん……ひまわり……シロ………)
しんのすけは小さく目を閉じた。
外では、夜風がさらりと木々を揺らし、幻想郷の静かな夜が更けていくのだった。
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