幻想郷に迷いしカスカベ防衛隊   作:匿名ねこ

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この物語はレミリアとフランの過去編になります。

一体どうして地下へ幽閉する事になったのか、その他色々な謎がこの話で分かります。


※この話は完全オリジナル展開です。原作とは大きくかけ離れた内容となっています。
 また、レミリアの能力について軽く説明がありますが、これも私の独自解釈で書いております。
あと、スマホ版で見てくださっている方は、罫線での区切りがおかしくなっておりますが、どうかご了承ください。

チョコド様、誤字修正ありがとうございます!


紅き日々のはじまり

 まだ彼女たちが“幻想郷”という異郷の地に辿り着くずっと前のことだった。

 

 

 その頃のフランとレミリアは、今よりももっと幼く、どこか無垢で──そして幸せだった。

 

 

 蒼天に柔らかな陽光が差し込む庭園。鮮やかな薔薇が風に揺れ、鳥たちが枝でさえずる。二人の姉妹は、その広大な庭を駆け回り、メイドたちは陽光が二人に当たらない様に日傘を持ち、大変そうではあったが、みながその幸せな空間に笑い合っていた。

 

 

「フラン、待ってよ!」

 

 

「えへへっ、お姉さま遅い~!」

 

 

 屋敷には両親の姿こそなかったが、彼らの不在を埋めるように、使用人たちが姉妹を大切に育てていた。どこまでも穏やかな日々。寂しさがないと言えば嘘になるが、それでも二人は互いに寄り添いながら、確かな愛の中で生きていた。

 

 

 そして──ある日、久方ぶりに両親が帰ってきた。

 

 

 それは突然のことだった。「旦那様と奥様がお戻りになります」と告げられた時、レミリアは思わず声を上げて喜んだ。フランも目を輝かせて、両手を叩いた。

 

 

「本当に!? お父様とお母様が!?」

 

 

「やったぁ!!」

 

 

 久しぶりに会う両親は、思っていたよりもずっと優しかった。

 

 

「大きくなったな、レミリア」

 

 

「元気にしてた? フラン」

 

 

 その手の温もりに、姉妹は幼い心で「また一緒にいられる」と信じた。

 

 

 数日間──屋敷は、喜びに満ちていた。食卓には笑い声が響き、父はレミリアの頭を撫で、母はフランの髪を編んでくれた。たとえ両親がまた忙しくなるとしても、今だけは──このひとときだけは、心から幸せだった。

 

 

 だが──悲劇は、唐突に訪れた。

 

 

 それは、朝のことだった。レミリアが目を覚ました時、部屋の外から妙に騒がしい気配がした。廊下を行き交うメイドや執事たちの足音。扉の向こうで交わされる声は、どこか緊迫していた。

 

 

 訝しみながら部屋を出たレミリアは、通りかかった執事に声をかけた。

 

 

「……何があったの?」

 

 

 しかし、執事は一瞬言葉に詰まり、顔を青ざめさせながら、震える声で答えた。

 

 

「……お、お嬢様……どうか……お気を強く……妹君が……フランドール様が……旦那様と奥様を……!」

 

 

「……え?」

 

 

 頭が理解を拒んだ。そんなこと、あるはずない──心がそう叫んでいた。けれど、足は勝手に動いていた。導かれるまま、屋敷の奥へと走った。

 

 

 そして──辿り着いた“そこ”で、レミリアは現実を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 床に広がる紅。

 

 

 崩れた壁と柱。

 

 

 静かに横たわる両親。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして──その中心に立つ、妹の姿。

 

 

 

 

 

 

 

「……お姉さま、おはよう……」

 

 

 フランは、まるで何もなかったかのように、穏やかな笑顔を浮かべていた。足元に横たわる父と母には、一切気づいていないような……そんな無垢な表情だった。

 

 

 けれど──フランの背にある結晶の羽が、異様に光を放っていた。

 そこに漂う魔力の残滓は、暴走の証。

 そこにあったのは、──明確な“力の暴発”の痕跡だった。

 

 

「ど、どうして……っ……」

 

 

 レミリアの膝が崩れる。脳裏に、昨日までの幸せな光景が過ぎる。父の笑顔、母の手。

 それが──今、もう二度と戻らないものになっているという現実。

 

 

「……フラン……あなた……何をしたのか分かってるの……?」

 

 

「え? なに、どうしたのお姉さま……?」

 

 

 それでもなお、フランは、まるで自分のしたことが理解できていないかのように首を傾げていた。

 

 

 ──妹が、自分の“力”で、家族を壊したというのに。

 

 

 そしてこの日を境に──レミリアとフランの関係は、少しずつ、歪み始めていくことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 ──あの日から、数年が過ぎ去った。

 

 

 あの惨劇は、あまりにも衝撃的だった。結局、両親は助からなかった。フランが力を暴走させたその瞬間、父も母も、身体を貫かれ、ズタズタに裂かれ、息を引き取っていた。

 

 

 ただ、それでも、誰よりもその事実を受け入れられなかったのは──フランドール自身だった。

 

 

「お父様は……? お母様は……どうして起きないの……?」

 

 

 何度も問いかける彼女に、誰も答えられなかった。いや、誰も答えることができなかった。レミリアですら、その問いに向き合う勇気を持てなかったのだ。

 

 

 やがて、その事件は瞬く間に外の世界へと広がっていった。血の匂いと恐怖に包まれた“あの館”の噂は、尾ひれを付けて語られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残虐な親殺しの吸血鬼が住む、呪われた館

 

 

妹に両親を食わせた狂気の姉妹

 

 

人間も、吸い尽くして殺す──魔物の巣

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実は違っても、人々は真実を知ろうとはしなかった。この世界では、殺しによって裁かれることはない。

 

 

 だが──代わりに、蔑みと恐怖が牙となって襲いかかる。

 

 

 最初に変わったのは、館の空気だった。

 

 

 メイドたちは口を噤み、執事たちは目を伏せた。誰もが怯えたようにフランを避けるようになり、レミリアに対しても次第に距離を置き始めた。

 

 

「……申し訳ありません、退職させていただきます」

 

 

「家族を守るために……どうか、御理解を……」

 

 

 辞職の言葉は日を追うごとに増えていき、気づけば、館に残ったのはほんのわずかな者たちだけだった。廊下は静まり返り、かつての賑やかな暮らしは、まるで幻だったかのように消えていった。

 

 

 それでも──レミリアは、諦めなかった。

 

 

 屋敷の名誉を取り戻すため、外の世界へ赴き、人々と交わり、何度も説明を試みた。フランドールは悪くない。あれは事故であり、無自覚な暴走だった──と。

 

 

 しかし、返ってくる言葉は、冷たい嘲笑と罵声だけだった。

 

 

「子供の暴走で親を殺した? …はっ! 笑わせるな…」

 

 

「人殺しの吸血鬼が何を言ってる?」

 

 

「妹も狂ってるが、お前も同じだ。化け物め……」

 

 

 時には石を投げつけられ、時には通りすがりに殴られ、蹴られもした。それでも、レミリアは拳を振るうことはなかった。吸血鬼の力があれば、そんな人間など一瞬で屠ることもできた。だが──レミリアは、耐えた。それが、フランのためだと信じていたから。

 

 

 ……けれど、それでも、心は少しずつ削られていった。

 

 

 外に出るたびに浴びる罵声、知らぬ間に貼られていく悪意。信じようとするたび、裏切られる希望。その全てが、彼女の中に確かに残る“痛み”となって蓄積されていった。

 

 

 そんな姉の姿を、フランは見ていた。幼いながらも、レミリアの傷を感じ取っていた。

 

 

「……お姉さま、最近……辛そう……」

 

 

 けれど、彼女には何もできなかった。力を抑えきれない自分が、そばにいるだけでレミリアが苦しんでいる──そんな風に思えて、ただ黙って見守ることしかできなかった。

 

 

 そして──ある日のことだった。

 

 

 いつものように、何事もなかったかのようにフランが微笑んだ時。心身ともに限界に近づいていたレミリアは、思わず叫んでしまった。

 

 

「……お願いだから……私の前で笑わないで!!」

 

 

 フランドールの笑顔が、凍りついた。

 

 

「……っ……え?」

 

 

「……全部……全部……あなたが……あなたがっ!……こんなことをしたせいで……!!」

 

 

 レミリアの瞳には、涙と怒りと、どうしようもない痛みが滲んでいた。

 

 

「どうして……あなたは……何も感じていない顔をしていられるの……!!」

 

 

 その言葉は、まるで刃のように突き刺さった。フランは、何も言えなかった。ただ──その場に立ち尽くし、震える唇を噛みしめていた。そして、姉の背が自分から遠ざかっていくのを──黙って見つめていた。

 

 

 その日から、姉妹の間の言葉は、目に見えて減っていった。

 

 

 かつては些細なことでも笑い合い、共に過ごしていた時間が、今では重苦しい沈黙に包まれていた。フランが声をかけようとしても、レミリアは微かに笑って誤魔化すか、あるいは「後でね」と言ってそっと背を向けるだけ。

 

 

 そして、その隙間を更に空けるように、また一人、また一人と館を去っていく使用人たち。そして、ついに──館に残ったのは、姉妹と一人のメイドだけになった。

 

 

 そのメイドの名は──美鈴。

 

 

 今のような門番としての任務を任されていたわけではなく、純粋に館の中で働く使用人の一人だった。

 

 

「私は……お嬢様方のご両親に、命を救われたことがあります。だから、何があっても──お嬢様方の味方です」

 

 

 その言葉が、レミリアをどれほど支えたことだろう。世間からは悪意しか返ってこなかった。しかし、この館の中だけは、まだ“家族”であろうとする存在がいた。レミリアは、美鈴の献身に幾度となく救われてきた。

 

 

 だが、それでも──限界は近かった。

 

 

 日々積み重なる精神の疲弊は、身体の動きにまで影響し始めていた。心のどこかで「壊れてしまうのは、自分の方かもしれない」と思うようになっていた。

 

 

 ──そして、フランにも変化が訪れていた。

 

 

 日に日に、その不安定さは増していった。感情の起伏が激しくなり、突発的に力を解き放つことが増えていった。怒りでも悲しみでもない。ただ、何かに突き動かされるように暴れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破壊。爆裂。咆哮。

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷の一部を巻き込むほどの暴力を、幾度もレミリアと美鈴が抑え込んだ。

 

 

「フラン、やめなさいっ……! お願い、もうやめて……!!」

 

 

 しかし、フランドールは止まらない。狂気とも無垢ともつかない瞳で笑いながら、力を振るう姿に──レミリアは、ある種の“恐怖”を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──もし、この子が本当に壊れてしまったら。

 

 

 

 

 

 

 

 今はまだ、私たちで止められている。けれど、もしそれすら叶わなくなったら?そう思った瞬間、レミリアの胸の奥に、ある考えが芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“閉じ込めるしかない”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その思考は、瞬く間に心の中で形を成していった。愛情よりも、責任よりも、何よりも──恐怖が勝ってしまったのだ。

 

 

 レミリアは、ある決断をする。親友であるパチュリーに図書館を明け渡す代わりに、地下空間の建築と、フランの監視を含めた永住を依頼したのだ。

 

 

「……は? 冗談じゃないわよ。レミィ……あなた本気で言ってるの?」

 

 

「お願い、パチェ……。お願いだからあの子を……あの子を見張って欲しいの」

 

 

「……正気じゃないわよ。実の妹を閉じ込めるなんて……あなた、おかしいんじゃないの?」

 

 

 パチュリーは、静かに、しかし確かな怒りを込めて言った。けれど、レミリアの決意は揺るがなかった。

 

 

「どう思われても構わない。私は、もう……何も、失いたくないの」

 

 

 声は震えていた。それは涙ではなく、覚悟の震えだった。どんなにフランに恨まれようとも、また人々に蔑まれようとも──もう誰も死なせないために。そして何より、自分自身が壊れきる前に、全てを終わらせなければならなかった。

 

 

 そしてある日──レミリアは、フランドールの手を取って、静かに言った。

 

 

「フラン……あなたのこと、守りたいの。だから、お願い……ここに、いて」

 

 

 そして、力なく微笑んだ。

 

 

「これは、”貴方を守るため”よ」

 

 

 フランドールは、訳も分からないまま、頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、地下へと降ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 それが、“閉ざされた少女”の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 フランドールが地下に幽閉されてから、数百年の時が過ぎ去っていた。最初のうちは、レミリアも何度か地下を訪れ、妹の様子を見に行った。

 

 

 しかし──その頻度は、少しずつ、確実に減っていった。

 

 

 理由は明白だった。

 

 

「フランに会うのが怖い」その一言に尽きた。

 

 

 妹のあの無垢で狂気を孕んだ瞳を見るたびに、胸の奥が引き裂かれるようだった。あの時、あの子を地下に閉じ込めた自分の決断は──本当に正しかったのか。その疑念がレミリアを蝕み続けた。

 

 

 今や、フランの顔を見るのは、美鈴が食事を運ぶ時くらいだった。あるいは、数十年に一度、気まぐれのように訪れるパチュリーだけ。

 

 

 孤独と狂気の中で、少女はどんな年月を過ごしてきたのだろうか──。

 

 

 一方で、紅魔館を取り巻く“世間の目”は徐々に薄れていった。かつてあれほど執拗だった民衆の怒りや恐怖も、いつしか風化し、ただの伝承として語られるようになっていた。それにレミリアは安堵した。

 

 

「もしかしたら……もう、フランを地下から出しても、大丈夫かもしれない」

 

 

 そう、ようやく思えるようになったのだ。そして彼女は決意した。再び、姉妹として歩み出す時が来たのだと。

 

 

「パチェ、あの子を……地下から出そうと思うの」

 

 

 その言葉に、パチュリーは一瞬だけ顔をしかめた。口を開きかけたが、何も言わずに目を伏せ、静かに頷いた。

 

 

「……わかったわ。じゃあ、一緒に行きましょう」

 

 

 二人はゆっくりと館の奥へと歩き出した。かつて自分が“封印”を施した地下の扉へ──。

 

 

 

 

 

 

 

 ──その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「──チャイム?」

 

 

 突然響いた館の玄関の呼び鈴の音に、二人は目を見合わせた。

 

 

 あれから何百年もの間、一度たりとも鳴ることのなかった音だった。

 

 

「誰? こんな時に……?」

 

 

 レミリアが眉を寄せる中、メイドの美鈴が駆け足で玄関へと向かった。そして、少しして──

 

 

「お嬢様ッ!!」

 

 

 悲鳴にも似た美鈴の叫び声が館中に響き渡る。

 

 

「何があったの?!」

 

 

「行くわよ!」

 

 

 レミリアとパチュリーは一斉に駆け出した。そして玄関の扉の先で、彼女たちが目にした光景は──あまりにも異様だった。

 

 

 館の前には、大量の人間、そして種族も種々雑多な者たちが武器を構え、押し寄せていた。その中心に立つ一人の男が声を上げた。

 

 

「──この土地から出て行け、吸血鬼共。この世界は今より法という規律を作り、犯罪を犯した者は処罰されるのだ」

 

 

「……何を言っているの? 私たちは何もしていないわ」

 

 

 レミリアは冷静を装って応じるが、相手の表情は変わらない。次の言葉が、鋭く突き刺さった。

 

 

「……とぼけるつもりか? まぁ、それでも構わない。……ただ、従わぬのならこの館ごと焼き払うまでだ」

 

 

 その一言に、レミリアの瞳が見開かれる。

 

 

「ふざけないでッ!! そんなこと、絶対に──」

 

 

 だが、レミリアの声を遮るように、パチュリーが前へ出た。

 

 

「──やめなさい、レミィ」

 

 

「パチェ……?!でも、このままじゃ──」

 

 

「ここで争えば、私たちが悪者にされるだけよ。殺されるよりは、退くべきだわ」

 

 

 外に振る冷たい雨が、パチュリーのローブを濡らしていた。けれど、彼女の瞳は曇っていない。

 

 

「……明日までに答えを出せ、親殺しの異常者共」

 

 

 そう言い残し、一団は静かに去っていった。

 

 

 嵐の前の静寂。しかし、レミリアの中ではすでに嵐が吹き荒れていた。

 

 

 ──せっかく、ようやく前に進めると思ったのに。なぜ、私たちはいつも“拒絶”されるのだろう。

 

 

 館に戻った後、レミリアは笑った。それは喜びでも悲しみでもない──乾いた、感情の抜けた笑いだった。

 

 

「……結局、変わらないのね。私たちは、いつまでも……怪物扱い」

 

 

 そしてそのまま、ふらふらと館を出て行く。

 

 

「レミィ、待って!」

 

 

「お嬢様、どこへ行くんですか!」

 

 

 美鈴とパチュリーが慌てて止めようとするが、レミリアは構わず空へと舞い上がった。雨に打たれながら、まるで幽鬼のように、夜の空を漂っていく。

 

 

 彼女が向かう先には──誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 どれだけ飛んだのか、自分でも分からなかった。ただ、何もかもを振り切るように、夜空をただひたすらに羽ばたき続けていた。

 

 

 やがてレミリアは、小さな橋の欄干に腰を下ろし、ようやく羽を休めた。橋の下には、静かに川が流れていたが、月明かりすらも雲に隠され、辺りは薄暗く、寂れた空気が肌にまとわりついていた。

 

 

「もう、何も考えたくないわ……」

 

 

小さな声で呟いたその言葉は、夜の風にかき消されていった。胸の奥には、やり場のない感情が渦巻いていた。怒り、悲しみ、諦め、そして……恐怖。やっと、やっとフランを迎えに行こうと決めた矢先だった。

それなのに、また全てが崩れ去るように、世界は自分たちを拒絶する。

 

 

「もう、どこにも居場所なんてないのね……」

 

 

そう思うと、堪えていた涙がひと筋、頬を伝って落ちた。顔を覆うようにして俯き、何もかもがどうでもよくなっていく感覚に支配されていく。

 

 

だが──ふと、脳裏に浮かんだのは、あの妹の姿だった。

 

 

「フラン……」

 

 

たった一人で、数百年もの間、あの暗い地下に閉じ込めていた。それでも、まだあの子は待っているはずだ。自分が迎えに来る日を──姉として、再び手を取り合える日を。それなのに、自分が先に諦めてどうするというのだ。

 

 

けれど、それでも……。

 

 

(もし、館まで失ってしまったら……私たちはどこに行けばいいの……?)

 

 

再び押し寄せてくる絶望に、レミリアは震える唇を噛んだ。

 

 

その時だった。橋の先、草むらの陰で、かさり……と小さな音がした。

 

 

「……?」

 

 

レミリアは警戒しながらそちらへと目を向けた。夜の帳の中、じっと目を凝らしてみると、そこに一つの影が見えた。

 

 

──それは、銀色の髪をした幼い少女だった。

 

 

服は破れ、薄汚れ、裸足のまま、震えるように蹲っている。その姿には、何か人ならざる不気味さすら感じた。けれどそれ以上に、レミリアの目を引いたのは──その瞳だった。絶望と、諦め。自分と同じものを、確かにその少女は宿していた。

 

 

「……あなた、ここで何をしてるの? 両親は?」

 

 

思わず、声をかけていた。少女はゆっくりと顔を上げると、ぽつりと答えた。

 

 

「……わかんない。親も……どこにいるのか分からない……。ずっと、ひとりだった……。だから……ここで……終わりにしようと思って……」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、レミリアの中で何かが弾けた。ぐらりと視界が揺れ、胸の奥から濁った感情が湧き上がる。

 

 

(……人間どもは、なんて醜く……残酷なんだ)

 

 

胸に広がっていく黒い感情。怒り、怨嗟、憎悪、そして──復讐心。

 

 

その時、レミリアは確信した。

 

 

(……そうだ。こんなにも理不尽な世界……もう、壊してしまえばいい。皆、皆殺しにすれば解決じゃない……)

 

 

思考が、どこまでも暗い衝動に染まっていく。嗚呼ぁ……今すぐ館へ戻り、すべてを始めよう。そう思って、翼を広げようとしたその時──ふと、視線が再び少女へと戻った。

 

 

 

 

──ああ、どうでもいい。こんな人間のガキなど……。

 

 

 

 

 

そう思ったはずなのに──どうしてか、足が動かなかった。胸の中に残っていた、わずかな善意。その微かな火が、レミリアの背を引き留めていた。

 

 

やがて、レミリアは口を開いた。

 

 

「……もし、助けてあげたら……どうする?」

 

 

少女はしばらく黙ったまま、じっと考えているようだった。だが、やがて──その唇が、ゆっくりと動いた。

 

 

「……なんでもする」

 

 

レミリアは、その言葉を静かに噛みしめるように受け止めた。そして、少女に背を向けると、そっと背中を差し出した。

 

 

「じゃあ、掴まってなさい。落ちたら知らないわよ」

 

 

少女はおずおずと、レミリアの背中に手を伸ばし、そっとしがみついた。レミリアは、静かに夜空へと舞い上がった。

 

 

冷たい雨は、まだ降り続いていた。けれどその中に、小さな炎のような決意が、確かに灯っていた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レミリアは少女を背に負ったまま、びしょ濡れの姿で紅魔館の門をくぐった。屋敷の中には灯りが灯っており、まるで誰かを待っていたかのように、玄関前まで薄明かりが伸びている。

 

 

「……ただいま」

 

 

誰にともなく呟いたその声に反応するように、館の中から足音が聞こえてきた。

 

 

「お嬢様!? 今まで一体どこに行って……!」

 

 

最初に駆け寄ってきたのはメイドである紅美鈴だった。しかし、その姿は乱れていた。服は汚れ、所々破れている。後ろから現れたパチュリーもまた、呼吸が浅く、明らかに何かに動揺していた。

 

 

「……どうしたのよあなたたち……まるで戦場から帰ってきたみたいじゃない」

 

 

レミリアが訝しげに声をかけたその時、玄関先に立っていた存在が、ふわりと傘を揺らした。

 

 

「あら、ようやくお帰りね? レミリア・スカーレット」

 

 

艶やかな金髪、紫と白の服に身を包んだ女が、胡散臭い笑みを浮かべていた。傘の下から覗く赤紫の瞳が、どこまでも底知れぬ不気味さを湛えている。

 

 

「あんた……誰よ……」

 

 

レミリアの顔が一瞬で険しくなった。次の瞬間、彼女の手から放たれた紅い衝撃が雷のように走り、女へと襲いかかる。

 

 

だが、その攻撃は、女がふわりと舞うように一歩後ろへ避けたことで、あっさりと空を切った。

 

 

「まぁまぁ、いきなり物騒ね。せっかく歓迎の挨拶をしようと思ったのに」

 

 

「答えなさい。お前の目的は何だ」

 

 

レミリアの眼光は鋭く、殺気が空間を満たしていた。しかし、女は動じることなく微笑を浮かべたまま言う。

 

 

「私は八雲紫。境界を操る妖怪よ。今日はあなたたちに“提案”をしに来たの」

 

 

紫──と名乗った女は、傘を閉じると静かに続けた。

 

 

「あなたたち、今の世界で随分と酷い目に遭ったようね。なら、“幻想郷”に来ないかしら?」

 

 

「幻想郷……?」

 

 

「そう。この世界とは切り離された、閉じられた楽園。博麗大結界によって、外の世界から完全に隔絶された場所。外からの侵入は基本的に不可能よ」

 

 

「……それで?」

 

 

「あなたたちがどれほどの力を持っていても、この世界では忌み嫌われてしまう。だが幻想郷には、あなたたちのことを知る者は誰もいない。過去の悪評も、罪も、誰も知らない。つまり──全てをやり直せるのよ」

 

 

その言葉に、レミリアの心が微かに揺れた。

 

 

(……過去を知られずに生きられる世界……?)

 

 

そこでは、誰も自分たちを化け物呼ばわりしない。フランのことを知る者もいない。今度こそ、穏やかに生きられるのではないか──そんな甘い幻想が、胸をよぎる。

 

 

だが、すぐにレミリアは冷ややかな声を発した。

 

 

「……嘘ね。あなたにとって何の得にもならない話を、なぜ私たちに持ちかけるの?」

 

 

紫は肩を竦める。

 

 

「損得だけで動いていたら、人生つまらないものよ」

 

 

「……それも嘘ね」

 

 

「ふふ、鋭いわね。でも私は本当にあなたたちを助けたいと思っているのよ。信じられないなら、信じなくていい。でも──あなたたちにとって、悪い話ではないはずよ?」

 

 

その時だった。

 

 

「騙されないで!」

 

 

パチュリーが叫んだ。

 

 

「その女、何かを隠している。結界に閉ざされた世界に、わざわざ招き入れる理由があるはずよ!」

 

 

「……分かっているわ、パチェ。でも……」

 

 

レミリアはゆっくりと視線を落とした。背中にしがみつく、あの銀髪の少女の小さな手の温もりが、何故だか心にしみた。

 

 

「……それでも、私たちには選択肢がない」

 

 

静かにそう言うと、レミリアは紫の方へと向き直る。

 

 

「……詳しく話を聞かせて。幻想郷ってやつのことを」

 

 

紫はにっこりと笑みを浮かべた。その目の奥に、何か禍々しい光を宿しながら。

 

 

「ええ、もちろん。ようこそ、幻想郷へ──レミリア御一行様♪」

 

 

──闇の中、何かがゆっくりと動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吸血鬼祈祷中・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷に移住して、いつの間にか数十年という時が過ぎた。

 

 

最初の頃は、すべてが胡散臭かった。あの女──八雲紫と名乗った妖怪の言葉など、どこまで信じていいのか分からなかった。幻想郷という閉ざされた世界。そこでは外の世界の常識が通じない。私たちの過去も、悪名も、まるで無かったことのように消えていた。

 

 

だが、時が経つにつれて、私はある種の諦めにも似た安心を覚えるようになった。 あの女の言葉は、少なくとも表面上は真実だった。幻想郷には私たちのことを知る者はいない。迫害もない。フランの名を知る者も、彼女を恐れる者もいない。

 

 

──それならば、やり直せる。そう思った。

 

 

私は、この幻想郷での立場を確立するために、自らを作り替えることにした。 本来の私ではない、冷酷で気まぐれで、血に飢えた吸血鬼を──演じることにしたのだ。

口調も変えた。威圧感のある言い回しに、悠然とした振る舞い。動作一つにカリスマを滲ませるよう心掛けた。誰も近づかないように。誰も私たちの核心に踏み込まぬように。

 

 

それでも、館には最低限の者が必要だった。

あの日、雨の中で拾った少女──あの哀れで震えていた小さな命に、私は『十六夜咲夜』という名前を与えた。意味はない。ただ、あの子がこの世界で“誰か”として生きていくために必要だったものだ。

美鈴に命じて、礼儀・知識・戦術、あらゆる技能を叩き込ませた。少女は吸収が早く、見る見るうちに力をつけていった。今や紅魔館のメイド長として、館の秩序を維持する存在となった。

 

 

美鈴は門番として配置した。あの緩い性格は変わらないが、それで良かった。門番がいるだけで、外からの訪問者は減る。彼女が強さを見せる必要はない。ただ“いる”だけで十分なのだ。

そしてある日、私はふと思った。

 

 

 

 

 

 

 

──もしも、昼間でも外を歩けたなら。あの紅い太陽を隠すことができたなら。そして、フランと再び外に出られたなら──。

 

 

 

 

 

 

 

その想いをパチュリーに打ち明け、彼女の魔術によって“紅霧”を発生させた。幻想郷を覆う赤い霧。陽光を遮り、私たちが白昼を闊歩できる世界。だが、それは同時に幻想郷に異変をもたらした。

 

 

ほどなくして現れたのが、“博麗の巫女”だった。噂に聞いていた存在。私は高を括っていた。たかが人間、異変を解決するなど夢物語だと。しかし──あっけなかった。巫女は、私たちを圧倒した。

 

 

私は、また過ちを犯したのだと思った。だが、その後の展開は意外だった。巫女は私たちを咎めるどころか、宴会に誘ったのだ。

 

 

 

 

 

……何故?

 

 

 

 

 

けれど、その宴会を機に、幻想郷は私たちを受け入れ始めた。少なくとも、そう“見えた”。

 

 

だが──それは、本当に“受け入れられた”のだろうか?

 

 

幻想郷は私たちに寛容だった。少なくとも、そう見えるように振る舞っていた。彼らは私を“異変の首謀者”とは見ていない。ただの“少し変わった吸血鬼”として扱っている。

私の演じる“カリスマ吸血鬼”は、幻想郷という舞台にうまく溶け込んでいるように見えた。

 

 

──でも、それは「仮面」だ。

 

 

 

 

 

 

 

誰も、本当の私を見ようとはしない。

誰も、私の“業”を問おうとしない。

誰も、フランの存在に触れようとしない。

 

 

 

 

 

 

 

館の中でも、それは同じだった。

 

 

パチュリーとは、いつしか口数が減っていた。昔は、些細なことでもすぐに語り合った。魔術の理論、世間話、くだらない冗談すら交わせた。だが今は──彼女は図書館にこもりがちになり、私の顔を見るたびに「仕事の邪魔」と吐き捨てるようになった。

 

 

咲夜も、どこか変わってきた。

 

 

あの子は、常に完璧だった。指示を一から十まで理解し、命令を待たずとも動いた。私が何も言わずとも、館は整然と回り続けた。けれど、完璧すぎるのだ。まるで、感情を排した機械のように。

忠誠心は変わらないはずなのに、そこには“温度”がない。

 

 

私は時々思う。

あの子は──私に“縛られて”いるのではないか、と。

 

 

美鈴は相変わらずのんびりしているが、ふとした時に見せる寂しそうな横顔に、私は目を逸らしてしまう。でも、咲夜やパチュリーと比べると、彼女の存在が最も自然に感じられる。

だからこそ……私は彼女と話す時間が少しだけ増えていたのかもしれない。

 

 

けれど、それでも──私の孤独は、埋まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして何より──

私は、あの子に会いに行くことができなかった。

 

 

紅魔館の最深部、地底の牢。

そこに、今もフランはいる。

 

 

私は、あの子を閉じ込めた。

“危険だから”──そんな理屈で。

“また同じことが起きたら”──そんな恐怖で。

 

 

でも、それは本当に“あの子”のせいだったのだろうか。私が目を逸らしたから。私が受け止めるべきだったものを、ただ閉じ込めただけなのに。今さら会うことが怖かった。

 

 

何を言えばいいのか分からない。

どんな顔をして、どんな声で──私は、あの子と向き合えばいいのか。

 

 

結局、この世界に来ても何も変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

そんなある日──転機が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

咲夜が淹れてくれた紅茶を飲んでいると、美鈴が慌てた様子で駆け込んできた。

 

 

「お嬢様大変です! 門前で人間の子供が倒れていて……」

 

 

その言葉に、私は最初ただの憐れな迷い子だろうと軽く考えていた。無視するのも酷だと思い、とりあえず保護して家に返してやるつもりだった。

 

 

だが、咲夜は私の“演技”をあまりにも信じすぎていた。彼女は私が興味のない者、役に立たぬ者は殺すものだと──本気で思っている。

 

 

それでも、私は暇潰しのつもりで美鈴についていった。

 

 

 

 

 

 

 

──そして、見た。

 

 

 

 

 

 

 

脳内に流れ込む、彼の記憶と運命。

 

 

──こんなことは、今まで一度もなかった。

 

 

私の能力である”運命を操る程度の能力”は、無意識的に運命を見ることが出来る。それは単なる未来予知ではない。“この者が、いかにして生き、いかにして世界を変えたか”──その軌跡を、一瞬で読み取ってしまう。

 

 

咲夜を見たときも、多少は感じた。だが、それでもこの子ほどではない。

 

 

門前に倒れていた、ひょろりとした小柄な少年。

 

 

──風間トオル。

 

 

ただの子供。人間。まだ五歳。けれどその存在に触れた瞬間、私の中に奔流のように流れ込んできた数多の“運命”。

 

 

彼は仲間と共に、幾度となく絶望を乗り越えてきた。常識の枠を超えた異世界、怪異、災厄──本来ならば大人ですら屈するような混沌を、あの子たちは“遊び”のように突破してきた。

 

 

ときには、命の意味すら踏みにじるような悲劇に出会いながら。それでも、彼は歩みを止めなかった。

 

 

そして──何より、この子は「誰かを救おうとする」力を持っている。それは強さでも勇気でもない。ただ、まっすぐで、優しくて、真面目で、諦めが悪い──そんな、風間トオルという“個”のあり方そのものが、運命を捻じ曲げてきた。

 

 

私は理解した。この子なら──もしかしたら。

 

 

「……フランを……助けられるかもしれない」

 

 

思わず、そう呟いていた。

 

 

咲夜が振り向く。美鈴も、私の言葉に驚いたように瞬きをする。

 

 

「お嬢様……?」

 

 

私はゆっくりと視線を落とし、眠るように意識を失っている風間トオルを見つめた。こんなに小さくて、こんなに無力に見えるのに。なぜか、この子だけは違う気がした。

 

 

もちろん、確信なんてない。ただの希望。願望。甘えた幻想。

 

 

けれど──もう、私は限界だったのだ。

 

 

ずっと、演技を続けてきた。ずっと、館を守るふりをして、自分の過去から目を背けていた。それでも何も変わらなかった。フランの狂気も、館の空気も、私の心の孤独も──何一つ、癒えなかった。

 

 

ならば。

ならば、せめて──この子に、賭けてみてもいいのではないか。

 

 

「……咲夜。客室のひとつを整え、この子供を休ませてやれ」

 

 

「……はっ」

 

 

咲夜は深く一礼し、風間トオルを抱き上げて、一瞬で目の前から消える。

 

 

私はその背中を見送りながら、胸の奥に確かに芽生えていたものを感じた。

 

 

それは、恐らく──希望。

 

 

幻想郷に来てから、初めて灯った、小さな灯火だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国祈祷中・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レミリアは、深い夜の静けさに包まれた自室で、重々しく椅子に腰かけていた。月明かりがカーテンの隙間から差し込み、部屋に淡い光を落としている。

 

 

その中で、目の前の椅子に座る少女──パチュリー・ノーレッジは、どこか所在なげに髪を弄びながら、レミリアの話を聞いていた。

 

 

「……久しぶりに貴女のほうから私を呼び出すなんて。何の用?」

 

 

低い、けれどどこか疲れた声音。

 

 

レミリアは小さく息を吐き、静かに語り出した。

 

 

「……あの子、門で倒れていた風間トオルって子供のことよ」

 

 

「……あの子ね」

 

 

「ええ……あの子の運命を見た。まるで、洪水のようだったわ。眩暈がするほどに濃密で、強くて──でも、決して傲慢じゃない。あの年齢で、幾度となく他者の命を救ってきた。奇跡じゃない。意志で、運命を変えてきたのよ。」

 

 

パチュリーは目を伏せたまま、小さく「ふうん」とだけ返した。それでもレミリアは止まらない。必死だった。心から信じていた。

 

 

「……フランを、救えるかもしれない。あの子なら、狂気に飲まれたあの子の心を、もう一度──」

 

 

「やめなさい」

 

 

静かな声が、レミリアの言葉を断ち切った。パチュリーはゆっくり顔を上げ、目を細めた。その紫の瞳には、苛立ちと失望が滲んでいた。

 

 

「……何を考えてるの、レミィ。子供よ? あんな幼い子に、フランを押し付ける気?」

 

 

レミリアは黙ったまま、パチュリーの視線を受け止める。

 

 

「信じられない……そんなの、貴女らしくない。昔の貴女ならそんな危うい賭けに、他人の命を使ったりしなかったっ…何より、誰かを“犠牲”にするような真似をっっ……!」

 

 

語気が強くなる。パチュリーの本気の怒りだった。だがレミリアも譲らなかった。静かに、だけど深く──吐き出すように言葉を紡ぐ。

 

 

「……分かってる。私だって、本当はこんなこと、したくない。」

 

 

「なら──!」

 

 

「でももう、どうしたらいいか分からないのよ!」

 

 

レミリアが叫ぶように言った。胸の奥に溜めていた叫びが、一気に溢れた。

 

 

「何百年も、私なりにフランと向き合ってきた。閉じ込めて、距離をとって、それでも“愛してる”って伝えようとして──でも全部、無駄だった……!」

 

 

パチュリーが黙る。レミリアは震える声で続けた。

 

 

「私は姉失格よ。妹を救いたいのに、怖くて、まともに目すら見られない。あの子の叫びに、向き合う勇気がないのよ……!」

 

 

深く俯いたまま、レミリアは呟くように言った。

 

 

「……だから、最後の賭けなの。フランを救えるかもしれない……あの子の存在に、私の“運命”が揺らいだの。私自身が見えなくなっていた道が、ようやく見えた気がした。」

 

 

「……けれど、それでも彼はただの子供よ」

 

 

パチュリーは、冷静にそう告げた。言葉に感情を込めることなく、事実として突きつけるように。

 

 

「そんな存在に、あの子の深淵に踏み込ませるなんて……結局、それは“姉”の役目を放棄してるだけじゃないの、レミィ」

 

 

レミリアは唇を噛んだ。

 

 

「……放棄なんかしてない、私はずっとあの子を想ってきた。私にだってできることがある。けれど、それでも届かないものがあるのよ」

 

 

彼女の声は震えていた。

 

 

「私は……私一人じゃ、もうフランを抱きしめてあげられない。私の声は届かない。だから、あの子の手を借りたいの。“誰でもない誰か”が、フランの心に入り込めるかもしれない。あの子なら、もしかしたら──」

 

 

そこでレミリアは言葉を止め、絞り出すように言った。

 

 

「……もう一度、フランに“世界は美しい”と、教えてくれるかもしれないって、そう思ったのよ……」

 

 

パチュリーは長い沈黙の後、そっと視線を逸らした。

 

 

「……ずいぶんと変わったのね、貴女。昔はもっと無邪気で、傲慢で、優しかったのに」

 

 

「……私だって変わるわよ。あの子に、教えられたのかもしれない。運命は変わる。意志があれば」

 

 

「皮肉ね。そんな言葉を、貴女から聞くなんて」

 

 

パチュリーは溜め息をつき、ゆっくりと立ち上がった。

 

 

「幻滅したわ。貴女がここまで弱くなるなんて」

 

 

レミリアは目を伏せたまま、小さく呟く。

 

 

「……それでも、私は姉でいたいの」

 

 

パチュリーは肩をすくめた。

 

 

「まったく……仕方ないわね」

 

 

「え……」

 

 

「見届けるだけよ。彼が“奇跡”なのか、それとも“犠牲”に終わるのか──私の目で確かめてあげる」

 

 

その声音は冷たいようで、どこか優しかった。

 

 

「でも、私が納得できなければ、止めるわよ? どれだけ貴女の願いでも、それが“子供を燃料にした救済”なら、私は決して認めない」

 

 

「……ありがとう、パチェ」

 

 

「礼を言うのはまだ早いわ。何も解決してない」

 

 

パチュリーはくるりと踵を返し、出口に向かって歩き出した。そして扉の前で一度立ち止まり、小さく呟いた。

 

 

「……でも、ほんの少しだけ期待してる。貴女が見た“運命”とやらにね」

 

 

レミリアは、そっと目を閉じた。

 

 

パチュリーの足音が遠ざかる。静寂の戻った部屋の中、レミリアはぽつりと呟いた。

 

 

「……風間君、お願い。どうか──あの子を、救ってあげて」

 

 

月明かりが、彼女の頬に伝う涙を淡く照らしていた。

 

 

 

 

 

 

翌朝──

 

 

 

 

 

 

風間トオルは、咲夜に連れてこられ私の前にまで来た。

 

 

そして色々と話し、私は確信する。やはり、この子なら、きっと。フランを救ってくれる。

 

 

その晩、レミリアは決めた。明日、風間トオルを──あの扉の先に導こう。フランのもとへ。

 

 

その計画の一端を、パチュリーにも伝えた。ただし、少しだけ脚色して。あくまで“自然な導線”として、風間トオルを地下へ向かわせるという形で。

 

 

そして、決行の日が来た。

 

 

館の空気は、今日も重く、静かだった。誰も口を開かない、悲しみに包まれた朝食。味も、温度も、何も感じられないまま、食事は終わった。

 

 

そして──すぐに誘導に入るはずだったレミリアは、なぜか足を止めた。気付けば、ぽつりぽつりと、風間トオルに愚痴をこぼしていた。

 

 

──誰にも言わなかったこと。

 

 

本音とは言えないまでも、ずっと胸の中で飲み込んでいた思い。気付けば、それらがするすると口から溢れていた。

 

 

(……これが、この子の力なの?)

 

 

不思議だった。なぜか、話してしまう。聞いてほしくなる。寄り添ってくれるようなその存在に、心が少しだけほどける。

 

 

しかし、これではだめだ。私は最後の一歩を踏み出した。

 

 

「……ところで、今日は貴方にやって欲しいことがあるのだけれど……いいかしら?」

 

 

「もちろんです! 僕、ここで助けてもらった恩もありますし……できることであれば、何でもやります!」

 

 

やはりと言うべきか、彼は断ることは無く受け入れてくれた。そして計画通りに、本とこの館の地図を渡す。すると、彼は急いで部屋を後にした。

 

 

扉が閉まった瞬間──レミリアの目から、涙が零れた。止まらなかった。

 

 

(……?どうして……どうして泣いてるの、私……)

 

 

フランが救われる可能性が、ようやく見えたというのに。

 

 

理由なんて、分かっている。こんな無責任で、最低なことをしている自分が、許せなかったのだ。

 

 

“あの子を救う”という美名の裏に隠した、姉としての逃避。愛ゆえの欺瞞。希望という名の犠牲。止められないと分かっていても、涙は流れ続けた。

 

 

 

 

 

 

そして、数十分後──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったわ」

 

 

部屋に戻ってきたパチュリーが、静かに告げた。

 

 

「地下に案内した。今頃彼はあの子の部屋に辿り着いてるはずだわ」

 

 

「そう……それはよかったわ」

 

 

レミリアはようやく安堵の息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

しかし──

 

 

 

 

 

 

 

「……今からでも、止めに行った方がいいわ」

 

 

パチュリーの言葉に、レミリアは顔を上げた。

 

 

「……何を言ってるの」

 

 

「見届けると言ったけど……やっぱり、これは違う。これは──ただの犠牲よ」

 

 

「今更、何なのよ……!」

 

 

レミリアは声を荒げた。

 

 

「今更、善人ぶらないで! 貴女だって分かってたはずよ、最初から……! 私がどれだけ悩んで、苦しんで、それでも選んだ道だって──!」

 

 

その瞬間、鋭い痛みが頬を打った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ビンタだった。

 

 

 

 

 

 

 

パチュリーの、乾いた掌がレミリアの頬に突き刺さるように。しばし、時が止まった。

 

 

「……何して」

 

 

「目を覚ましなさい、レミィ」

 

 

淡々としたその声に、レミリアは打たれたように立ち尽くす。

 

 

確か、最後にビンタをされたのは遥か昔だった。まだ幼かった頃、父が大切にしていた壺を割って、メイドに無理矢理頼んで隠してもらったあの日。でも、結局はバレて叱られた。叱られた理由は“壺を壊したこと”だと思っていた。

 

 

でも違った。父は、レミリアが“それを隠したこと”に怒ったのだ。

 

 

 

 

──嘘をつくことは、この世で最も酷い行為だと。

 

 

 

 

パチュリーの瞳は静かだった。だが、その奥にある怒りと悲しみは、痛いほど伝わってきた。

 

 

「……貴女、自分に嘘をついてるわよ」

 

 

その一言で、レミリアの心は一瞬、時を止めたかのように動きを止めた。

 

 

「……私は……そんなこと……」

 

 

震える声が漏れる。否定しようとする言葉は、喉元で崩れていった。

 

 

「“フランのため”って言ってるけど……それ、本当に“フランのため”なの?」

 

 

パチュリーは、淡々と、けれど鋭く問いかけた。

 

 

「貴女……彼に“希望”を押しつけて、自分が楽になりたかっただけなんじゃないの?」

 

 

レミリアの瞳が揺れた。

 

 

「違うわ……違う……私は、ただ、彼なら……!」

 

 

「“彼なら救える”……? じゃあもし救えなかったら? 彼が壊れてしまったら? それでも“フランのためだった”って言い訳するつもり?」

 

 

その言葉に、レミリアの胸がずしりと重くなる。

 

 

「違う……そんなつもりじゃ……でも……」

 

 

「本当は怖いんでしょ? もう、フランに会うのが。罪を向き合うのが。だから誰かに代わってもらいたかったんでしょ。自分の手を汚さずに、奇跡だけが欲しかっただけなんでしょ……?」

 

 

パチュリーの言葉が、鋭く、残酷に真実を暴いていく。

 

 

レミリアはぎゅっと拳を握った。

 

 

──自分がどこかで願っていたこと。

 

 

“彼が全部うまくやってくれる”という、甘えにも似た逃避。

 

 

“私はもう十分頑張った”という、どこかで切り捨てた責任。

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、私は──

 

 

 

 

 

 

 

「私は、逃げてたのね……ずっと……」

 

 

言葉にした瞬間、涙が再び溢れた。

 

 

「私は……あの子に向き合うのが怖かった。会えば、きっと恨まれるから……」

 

 

「……分かってるわよ。私だって、あの子に恨まれるのは辛いもの…」

 

 

パチュリーは静かに言った。

 

 

「でも、彼が何をしてくれるにしても、貴女がそこから逃げてたら意味がないわ」

 

 

レミリアは顔を上げた。

 

 

「……じゃあ、どうすれば……!」

 

 

「──今すぐ、地下へ行くわよ」

 

 

レミリアの目が大きく見開かれた。

 

 

「パチェ……」

 

 

「彼一人に任せたままじゃ駄目。間に合うかは分からない。でも、貴女が行かなきゃ、本当に意味がないの」

 

 

パチュリーの声には、怒りも哀しみもあった。けれど、それ以上に──優しさがあった。

 

 

「私は……!」

 

 

レミリアは立ち上がった。まだ涙が頬を伝っていたが、その瞳には決意の色が宿っていた。

 

 

「行くわ…! 今度こそ、ちゃんと向き合う……!」

 

 

「それでいいのよ」

 

 

パチュリーがそっと微笑む。

 

 

そして、レミリアは躊躇うことなく廊下を走り出した。その後ろを、もう軽く息切れしてるパチュリーが追いかける。

 

 

──廊下に響く、二人の足音。

 

 

長い年月、凍りついていた心が、いまようやく動き始める。

 

 

階段を駆け下り、重い扉を開け、地下の空間へと──

 

 

その先に待つ、希望と対峙するために。

 

 

(待ってて、フラン……今度こそ、ちゃんと──姉として、あなたに会いに行くわ……)

 

 

レミリアは強くそう誓いながら──地下へと向かっていった。




お読みいただきありがとうございました!(モチベ向上のため、感想や評価お願いします!)

結局レミリアのした選択が本当に間違っていたのかどうか、それは読む人によって意見が変わる事だと思います。

しかし、少なくともレミリアはフランの声を聞こうともせず、会うことを恐れ、現実を見る事を諦めたのは良くありませんでした。

もしパチュリーがいなければどうなっていたのか……

そして前回予告した通り、次回は別のカスカベ防衛隊メンバーの視点になります!

また、この幻想郷が原作でいうどの辺りの話(異変前)なのか、ソレも次回で分かります!

風間君についてですが、彼の話は少し後になる予定です。

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