幻想郷に迷いしカスカベ防衛隊   作:匿名ねこ

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色々と物語の構成を考えていたらいつもより投稿が遅れてしまいました!

しかし、展開はある程度まとめれたので、これからはいつも通りに投稿できる予定です!

また、モチベ向上のため感想や評価等よろしくお願いします!

感想に関しては、これからの展開の参考や勉強にもなるので是非お願いします!


6話 お月様は綺麗だゾ!

 ──目を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ぼんやりとした視界の中、天井がゆっくりと形を結んでいく。見慣れない……けれど、どこか落ち着くような、木と紙の匂い。そこは、古い日本家屋のような和室だった。

 

 

「……ん」

 

 

 体の下には、柔らかい敷布団の感触。枕元には小さな湯呑と、木目の整った小さな卓。障子からは柔らかな光が差し込んでいて、静かな風がどこからともなく吹き抜ける音が聞こえる。

 

 

 ”ボーちゃん”は、ゆっくりと体を起こした。まだ、頭の中は霞がかったままで、現実感がない。

 

 

 畳の香り。木の柱。静けさ。しかし、どれもこれも──どこか、少しだけ「異質」だった。

 

 

 和室の中を見渡す。

 

 

 部屋の一角には小さな棚があり、薬草のような植物が整然と並べられている。壁には謎めいた模様の掛け軸。窓の外には……奇妙に揺れる竹の影。

 

 

「……ここ、どこだろう……」

 

 

 ぽつりと呟いた。

 

 

 その瞬間、ふと頭の奥に記憶が浮かんだ。

 

 

 

 

 ──そうだ。

 

 

 

 

 自分は、しんちゃんたちと「現双の森」に入ったはずだった。そして、霧が出てきて、道が分からなくなって、気づいたら──

 

 

「……みんな」

 

 

 静かに周囲を見回す。けれど、この部屋には自分一人しかいない。しんちゃんも、風間くんも、ネネちゃんも、マサオくんも──誰も、いない。

 

 

 少しずつ、不安が心の中に芽吹いていく。どこだろう、ここは。本当に日本なのか?いや、それ以前に──何が起きたんだ?

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 

 ──ガラッ

 

 

 隣の襖が勢いよく開く音がして、ボーちゃんはそちらに顔を向けた。

 

 

「うささっ……あ、人間さん起きてるじゃん!」

 

 

 そこに立っていたのは、見たことのない少女だった。

 

 

 背は小さく、くせっ毛の短い黒髪。そして──頭には、ぴょこぴょこと動く、白いうさぎの耳。

 

 

「ちょっとししょー! 例の人間、起きてるよー!」

 

 

 少女はそう言うと、跳ねるように部屋を飛び出して行った。あまりの速さに、ボーちゃんはただ、ぽかんと見送るしかなかった。

 

 

(……うさぎの耳……?)

 

 

 それは、コスプレ……なのだろうか。それとも、本物──?

 

 

 考えがまとまらないまま、再び襖が開いた。

 

 

 今度現れたのは、まるで雰囲気が違う人物だった。

 

 

 左右で色の異なる不思議な配色の装束。長く、白銀の髪。凛とした佇まいに、どこか医者のような気品を纏った女性。

 

 

「……目覚めたのね」

 

 

 彼女は感情の読めない無表情で、静かにボーちゃんを見つめていた。

 

 

「あなた、“迷いの竹林”で倒れていたの。見つけたのは私の弟子……鈴仙よ。ここでしばらく保護していたの」

 

 

 その言葉は、まるで状況説明のように淡々と語られる。ボーちゃんはただ、じっと彼女を見つめるしかなかった。

 

 

「私は八意永琳。そして、隣にいる子は因幡てゐ。イタズラが大好きでね、この子と話すときは気をつけなさい。あれだったら殴ってもいいから」

 

 

「いっしし……って、それはあんまりにもひどくな~い? 」

 

 

 てゐが隣から茶々を入れるように笑う。その目は、何か企んでいるような、不思議な光を宿していた。永琳はそれに軽くため息をつきながら、再びボーちゃんの方へ向き直る。

 

 

「とにかく、しばらくはここにいてもらうわ。体の調子は、まだ万全じゃないはずだから」

 

 

 淡々とした口調。けれど、どこか冷たさすら感じる言い方。

 

 

(……しばらく……?)

 

 

 ボーちゃんは、心の中でその言葉を反芻する。

 

 

 この場所で、一人。仲間はどこにもいない。

 

 

 そして、奇妙な耳を持つ少女と、感情を見せない女医。

 

 

 ──ここは、一体どこなのだろう。

 

 

 静かに、不安と疑問が胸に渦巻いていく。

 

 

(……しんちゃん……みんなどこ……?)

 

 

 しんちゃんも、風間くんも、ネネちゃんも、マサオくんも──誰一人、姿が見えない。知っているものが何一つない場所。

 

 

 目の前にいるのは、感情の読めない綺麗な女性と、どこか妙な笑みを浮かべる兎耳の少女だけ。

 

 

 心細さが、胸の奥にじんわりと広がっていく。

 

 

「……あの……」

 

 

 ようやく、言葉が口から漏れた。

 

 

「ここ……どこなんですか……?」

 

 

 問いかける声は小さく、頼りない。だが、それでもボーちゃんなりに勇気を振り絞った一言だった。

 

 

 永琳はその言葉に、少しだけ視線を落とした。

 

 

「……ここは“永遠亭”と呼ばれる場所よ」

 

 

「えいえんてい……?」

 

 

 ボーちゃんは繰り返したが、その単語にはまったく聞き覚えがなかった。

 

 

「……この竹林の奥深くに建てられた館。元は隠れ住むための場所だったけれど、今は薬を作ったり、人間を治療したりしている施設でもあるわ」

 

 

 その言葉だけでは、ボーちゃんにはまだ現実感がなかった。

 

 

「……なんか、変な夢みたい……」

 

 

 そう呟いたボーちゃんの目は、どこか遠くを見ていた。永琳は、ふっと息を吐き、そして視線を静かに細めた。

 

 

「あなた……やっぱり、そういうことなのね」

 

 

「……?」

 

 

「あなたは“人里”から来た人間じゃない。──“外来人”よ」

 

 

「がい……らいじん……?」

 

 

 ボーちゃんは、口の中でその言葉を転がした。初めて聞く響きだった。

 

 

「外の世界──私たちが“外界”と呼ぶ場所から迷い込んだ存在。それが“外来人”。そして……」

 

 

 永琳は、静かに言葉を区切った。

 

 

「──ここは、“幻想郷”という場所」

 

 

 その言葉は、まるで現実を切り裂くように、はっきりとボーちゃんの耳に届いた。

 

 

「げん……そうきょう……?」

 

 

「この世界は、外の世界からこぼれ落ちたもの──忘れ去られたものたちが集まる“境界の中”の世界。常識も、現実も、ここでは通じない。人間も妖怪も神も、等しくこの地で生きている」

 

 

「……妖怪……?」

 

 

 ボーちゃんの小さな肩がぴくりと震える。

 

 

 てゐがくすりと笑った。

 

 

「そうそう。この世界、けっこう“ヘン”なんだよ。だけど、慣れたら楽しいよ?」

 

 

「……」

 

 

 ボーちゃんは黙ったまま、再び周囲を見回した。和室の空気は変わらず穏やかだったが、今やその空間すらも、現実から大きく切り離されたように思えた。

 

 

(……ぼく……すごいところに来ちゃったのかも……)

 

 

 じわじわと実感が追いついてくる。

 

 

 けれど、それでも──今、ここにいるのは自分だけ。どこにいるのかを知ってしまった以上、もう後戻りはできない。

 

 

「……しんちゃんたち……この世界にいるのかな……」

 

 

 そう呟いたボーちゃんに、永琳は少しだけ目を細めて言った。

 

 

「……そのしんちゃん、というのは貴方のお友達かしら?」

 

 

「……はい」

 

 

「そう……今すぐにでもそのお友達を探したいでしょうけど、それは無理ね」

 

 

 永琳は静かにそう言い放った。

 

 

「……それって……体がまだ元気じゃないから……ですか?」

 

 

 ボーちゃんは、おそるおそる問い返した。確かに、自分の身体が完全に回復していないのはわかっている。けれど、それでもしんちゃんたちのことが気がかりで、じっとしているのは耐え難かった。

 

 

 永琳はふっと目を細めて、少しだけ口角を動かした。それは笑みなのか、呆れなのか──その表情は、どこか曖昧だった。

 

 

「……半分は正解。けれど、半分は違うわ」

 

 

「え……?」

 

 

「あなたが外に出られない理由……それは、ここにいる”姫”のご命令よ」

 

 

「……姫?」

 

 

 ボーちゃんは、ぽかんと口を開けた。

 

 

「ええ。──蓬莱山輝夜。私たちと共にこの永遠亭で暮らす、蓬莱の姫」

 

 

「……ほうらい……?」

 

 

「彼女は、あなたに──興味を持ってしまったのよ」

 

 

「……ぼくに……?」

 

 

 小さく呟いたボーちゃんの声には、まぎれもない戸惑いが混じっていた。自分のような存在に、なぜ興味を?

 

 

「理由までは、私にも分からない。けれど、彼女がそう言ったのは事実よ。“その子は面白そう。しばらくここに置いておきたい”──そう言って、外出禁止を命じたの」

 

 

「……」

 

 

 思わず、言葉を失った。自分の意思ではなく、どこかの誰かの“気まぐれ”で、この館に閉じ込められている──その事実が、じわりと胸の奥を重くする。

 

 

「もちろん、あなたに害を加えるつもりはないわ。姫はそういうことには興味がない。ただ……退屈しのぎにあなたを“観察したい”だけよ」

 

 

「……なんか……動物園の動物になったみたい……」

 

 

 ボーちゃんはぽつりと呟いた。すると、近くで聞いていたてゐが吹き出したように笑った。

 

 

「うひゃひゃっ! うまいこと言うじゃん、人間! まさにその通り!」

 

 

「てゐ、真面目な話よ。ふざけないの」

 

 

 永琳が冷ややかに言い放つと、てゐはひょいと肩をすくめた。

 

 

「へーいへーい。でもさ、可哀想じゃん。お友達と離れ離れで、勝手に幽閉されてさー。ねぇ人間さん、退屈したら私が遊んであげよっか? うさうさ大冒険、案内してあげるよ~」

 

 

「……でも、外に出ちゃ……いけないんでしょ?」

 

 

「ふふーん、それは“バレなきゃ”大丈夫ってことさ♪」

 

 

「はぁ……てゐ、そういうことを吹き込まないの。問題になるでしょう」

 

 

 永琳はぴしゃりと釘を刺したが、てゐは相変わらず悪戯っぽい笑みを浮かべたままだった。

 

 

 ボーちゃんは、小さくため息をついた。

 

 

(……なんだか、ややこしいところに来ちゃったな……)

 

 

 心配の種は尽きないボーちゃんであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニート祈祷中・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠亭に身を寄せてから、一週間が経とうとしていた。最初はただ不安でいっぱいだった日々も、今では少しずつ日常の色を帯び始めている。

 

 

 ボーちゃんは、この一週間の間に、様々な経験をした。

 

 

 

 

 鈴仙という名の、赤い瞳の女性──最初は少し怖かったけれど、話してみると意外に優しく、丁寧だった。

 

 

 人里へ薬を売りに行くとき、ボーちゃんも小さな荷物運びや、薬草の袋を渡す手伝いをしたこともある。道中はいつも静かな竹林を抜ける。迷いの竹林という名前の通り、少しでも気を抜けば、すぐに方向感覚が狂ってしまうような不思議な場所だった。

 

 

「……よくあんなとこ、通れますね……」

 

 

 そう呟いたとき、鈴仙はクスッと笑って言った。

 

 

「ふふっ…慣れよ。私も最初は散々迷ったけどね」

 

 

 

 

 そして、てゐの悪戯。

 

 

 突然足元にトラップが仕掛けられていたり、布団の中にカエルのおもちゃが入っていたり……ただでさえ静かな永遠亭の中で、てゐだけが異様に生き生きしているように見えた。

 

 

「ふふん、退屈してないでしょ~?人間さん♪」

 

 

「……もう少し、静かにしてほしい……」

 

 

 そう言うとてゐは笑いながら転がっていった。

 

 

 

 

 永琳は変わらず、定期的にボーちゃんの診察を行っていた。

 

 

 聴診器を当てながらも、ほとんど表情を崩さないその様子は、まるで機械のようだった。

 

 

「……身体には異常なし。少なくとも表面的にはね」

 

 

「……?」

 

 

「いえ、気にしなくていいわ。ただの確認よ」

 

 

 永琳はそれ以上何も言わなかったが、時折、ボーちゃんを見つめる眼差しに、何かを探るような鋭さが宿っているように感じた。

 

 

 そうして、少しずつ日々が過ぎていったある日──

 

 

「……そろそろ、姫に会ってもらうわ」

 

 

 永琳は、何気ない口調でそう告げた。

 

 

「……ひめ?」

 

 

「蓬莱山輝夜。ここ、永遠亭の主。ほら、前に言ったあなたに興味を持っている“張本人”よ」

 

 

 ボーちゃんは驚きに目を見開いた。以前聞いた名前……けれど、姿を見たこともなければ、気配すら感じたことがなかった。てゐがふざけて「幽霊みたいに部屋にこもってるんだよ~」と言っていたのも、あながち冗談ではないのかもしれない。

 

 

「今まで会わせなかったのは、あの方の気まぐれよ。けれど、今日の朝、突然“会いたい”とおっしゃったの」

 

 

「……どうして今……?」

 

 

「それは、本人に聞いてみなさい。──もっとも、まともな答えが返ってくる保証はないけれど」

 

 

 永琳はそう言いながら、ボーちゃんの額にそっと手を当てた。

 

 

「緊張しなくていいわ、何かされることはない。ただ、少し──癖が強いだけ」

 

 

「……くせ……」

 

 

 それが、どれほどの“癖”なのか、ボーちゃんにはまだ想像もつかない。しかし、ついに“その人物”と顔を合わせる時が来たのだ。心の奥が、少しずつざわめき始める。

 

 

(……しんちゃんたちのこと、知ってるのかな…もしかしたら、この姫様が何か、手がかりを──)

 

 

 そんな淡い希望を胸に、ボーちゃんは静かに立ち上がった。

 

 

 永琳は、静かに頷く。

 

 

「準備ができたら、案内するわ。──姫の部屋へ」

 

 

 そうして、重い空気を纏いながら、永遠亭の廊下を進んでいく。廊下を進み、角を曲がったその先。

 

 

 そこだけ、空気の流れが違っていた。まるで周囲の空間が異質なものに包まれているかのような、微かな圧力と気配。

 

 

 ──異様な存在感を放つ、漆黒に近い深紫の襖。

 

 

 ボーちゃんは思わず足を止め、喉がひくりと鳴る。

 

 

(……なんだろう、この感じ……)

 

 

 永琳は振り返らず、そのまま静かに襖の前に立ち、声をかけた。

 

 

「輝夜、連れてきたわよ」

 

 

 一拍の間の後、奥から柔らかく、しかしどこか気品を帯びた声が返ってくる。

 

 

「ええ、分かったわ。その子だけ、通してちょうだい」

 

 

「了解したわ」

 

 

 永琳はボーちゃんの方を見て、静かに頷く。そして、襖をすっと開いた。

 

 

「──行きなさい。姫は、あなたに会いたいと言っているわ」

 

 

 ボーちゃんは息をのんだまま、静かに足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

襖の先──そこには、まるで別の世界が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 美しく整えられた和室。床の間には見事な花瓶と掛け軸が飾られ、仄かな香が漂う。

 障子越しに差し込む午後の柔らかな陽が、部屋をほんのりと橙に染めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一角──縁側に座るひとりの女性。

 

 

 まるで、絵巻物から抜け出したかのような、儚くも神秘的な存在だった。

 

 

 艶やかな漆黒の長髪がさらりと肩を流れ、透き通るような白い肌は月の光を受けて淡く輝いている。

 

 

 瞳は夜空を映すように深く、それでいて柔らかい光を湛えていた。

 

 

 紅紫色の衣装は精緻な文様が刺繍されており、その佇まいはまさに“絶世の美女”と呼ぶにふさわしいものだった。

 

 

 その姿に、ボーちゃんは思わず見惚れてしまう。

 

 

(……きれい……)

 

 

 まるで、現実感が希薄になるような感覚。すると、女性──輝夜はゆるやかに顔を向け、微笑んだ。

 

 

「こっちにいらっしゃい」

 

 

 その声は、優しく、どこか包み込むような響きを持っていた。ボーちゃんははっとして、小さく頷く。そして静かに縁側へ歩み寄り、輝夜の隣に腰を下ろす。

 

 

 しばらく、風が竹林を揺らす音だけが響いた。

 

 

 輝夜は、その風の音に耳を傾けながら、静かに言葉を紡ぐ。

 

 

「……ここでの暮らしは、退屈だったでしょう?」

 

 

 そう言って、輝夜はほんの少しだけ微笑む。その表情はどこか寂しげでもあり、不思議な温かさもあった。

 

 

「……いいえ、そんなこと……少しだけ、変わってるけど、みんな優しかったです」

 

 

「ふふ、そう。──でも、貴方は“帰りたい”のでしょう?元の世界へ」

 

 

 ボーちゃんの目が僅かに見開かれる。

 

 

「……どうして、それを……」

 

 

「永琳から聞いたわ。貴方、“外来人”なんですってね。──この幻想郷じゃなく、別の世界から来た子」

 

 

 ボーちゃんは、少し驚いた顔で頷いた。その答えに、輝夜は静かに空を見上げる。

 

 

 障子越しに見える青白い月が、彼女の瞳に映り込む。

 

 

「……実は、私もそうなのよ。元は──この地上の者ではなかったの」

 

 

「え……?」

 

 

「私は月の姫。月の都で、大切に育てられてきたの」

 

 

 淡々と語られるその言葉に、ボーちゃんは目を見開いた。

 

 

「でもね、いくら美しく整った世界でも……あの場所は、窮屈だったの。何もかもが決まっていて、変わらなくて、自由もない。完璧で、だからこそ退屈で……ね」

 

 

 輝夜の横顔は、まるで遠い昔の夢を語るように、どこか寂しげだった。

 

 

「私は地上の暮らしに憧れた。儚くて、不完全で、けれど生きている“世界”……。だから、私は──自ら罪を犯したのよ」

 

 

 ボーちゃんは小さく息を呑んだ。

 

 

「……罪?」

 

 

「そう。──“蓬莱の薬”。永遠の命を与える、禁断の秘薬。月では絶対に触れてはならないとされていた薬を、私は作らせ、飲んだの。最も信頼できる存在……永琳に頼んで」

 

 

 その名が出た瞬間、ボーちゃんの頭にいつもの無表情な女医の姿が浮かんだ。

 

 

「永遠の命──それは、神に等しい力よ。だからこそ、私は死刑を宣告されたわ。でも、死なないのよ。だって、“永遠”になってしまったのだから」

 

 

 輝夜は、自嘲気味に微笑んだ。

 

 

「処刑されても死なず、私は“地上に落とされる”罰を受けた。『賤しい民と共に生きよ──』それが、月の裁きだったの」

 

 

 ボーちゃんは言葉を失っていた。

 

 

「でもね、それすらも、私の計画だったの。私は、月を離れたかった。地上の風に触れたかった。ただ、それだけだったのよ」

 

 

 彼女の視線は再び空へ──そして、懐かしんでいるような、しかし拒んでいるような、複雑な感情を抱いた目が遠い月へ向けられる。

 

 

 静かな沈黙のあと、ボーちゃんは、ふと口を開いた。

 

 

「……それって……なんだか、“竹取物語”みたい」

 

 

「……竹取物語?」

 

 

 輝夜が眉をひそめて、こちらを見る。少し首をかしげるような仕草だった。

 

 

「うん……昔話です。竹の中から出てきた女の人がいて……月から来たって言われてる姫様で……最後は、月に帰っちゃうっていう……」

 

 

「……もう少し詳しく」

 

 

 その後も、ボーちゃんの説明を輝夜は黙って聞いていた。

 

 

 だが、その話が終わった瞬間──

 

 

「ぷっ……ふふ……ふはははっ……!」

 

 

 突如、輝夜が噴き出し、そして──まさかの大爆笑を始めた。

 

 

「ふふっ……あはははっ、ちょ、ちょっと待って……なにそれ……っ、竹の中……!? あっはははっ!」

 

 

 先ほどまでの気品も、静けさも吹き飛ぶような笑い声。輝夜は膝を抱えて笑い続ける。肩を揺らしながら、涙を浮かべるほどに笑っていた。

 

 

「──竹の中って……ええっ、本当にそれ、地上では真面目な物語なの!? うそっ……くっくっ……」

 

 

 ボーちゃんはぽかんとしながら、ただその様子を見守るしかなかった。

 

 

「……昔からある話で……有名なんです……」

 

 

「ふふっ……ごめんなさいね。でも……もう、面白すぎて……っ!」

 

 

 ようやく笑いが落ち着いてくると、輝夜はハンカチで目尻を拭いながら、少し息を整えた。

 

 

「ふう………でもまあ、貴方が似てるって思う気持ちは分かるわ。でも……その話は私の事とは違うわね」

 

 

 少し肩を竦め、名残惜しげに笑みを見せる輝夜。

 

 

「……でも、すごく似てる気が……」

 

 

 ボーちゃんがそう言いかけた、まさにその瞬間──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が変わった。

 

 

 ふわりと、輝夜が立ち上がる。その所作はまるで舞うように優雅でありながら、どこか張りつめた緊張を孕んでいた。

 

 

 そして、彼女は月を見上げた。その表情は、先ほどまでの穏やかで気品ある姫君のものではない。鋭く、憎悪すら滲む眼差しが、冷たい光を放つ月を貫いていた。その目に、もう笑いはない。

 

 

「──私は、その物語に出てくるような愚か者じゃない」

 

 

 淡々とした口調だったが、その声音は氷のように冷たく、確かな怒りと強い意志が滲んでいた。

 

 

「私は帰らない、絶対に……どんな手を使ってでも」

 

 

 その言葉は、まるで呪詛のように重たく響く。月を見上げる彼女の姿には、決意と怨念、そして──深い孤独が滲んでいた。

 

 

 それは、自らの過去を否定し、断ち切るための強さ。だが同時に、それがどれほど激しい感情から生まれたものであるかを、ボーちゃんにも痛いほど伝えていた。

 

 

 ボーちゃんは、その気迫に言葉を失う。先ほどまでの柔らかく穏やかな輝夜とは、まるで別人のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、坊や」

 

 

 

 

 

 

 突如、輝夜が振り返り、ボーちゃんを真っ直ぐに見つめた。その唇には、先ほどまで見せなかった──妖しい微笑みが浮かんでいた。

 

 

「もし──この空に浮かぶ“月”が本物じゃなくて、偽物と入れ替わったとしたら……貴方は、どうする?」

 

 

 囁くような声。その言葉は、まるで夢のように柔らかく、それでいて、どこかぞっとするような不気味さを含んでいた。

 

 

 ボーちゃんは思わず息を呑む。その問いが、ただの思考実験ではないことを──直感的に、感じ取っていた。




お読みいただきありがとうございました!

今回はボーちゃん視点でのお話です!

書いてて思ったのが、ボーちゃんの口調を再現するのが凄く難しい……

そして、輝夜が口走ったように、この幻想郷は永夜異変前です。

これからボーちゃんはどのように異変に巻き込まれていくのだろうか……

次回! カスカベ防衛隊のメンバーたちではなく、新たな登場人物が幻想郷に……?

平日の投稿時間について

  • 朝がいい!(7~8時くらい)
  • お昼がいい!(12時~16時くらい)
  • 夕方がいい!(17時~18時くらい)
  • 夜がいい!(19時~23時くらい)
  • 深夜がいい!(0時~4時くらい)
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