夢か、現か。
目を覚ますと、
見知らぬ天井が視界に入る。
声が高く、
耳があるべき所に無い。
それもその筈。
私は”ウマ娘”になっていたのだ。
しかし記憶がハッキリとしない。
人であった事は分かるのだが、
私が何者であったのか、分からないのだ。
人だった頃の記憶に、
まるで靄が掛かったかのように。
理由は分からない。
何故、ウマ娘になったのか。
何故、此処に居るのか。
…考えても答えは出ない。
分かることは、
私は元人間のウマ娘という事だけだ。
時間はまだ深夜。
…私は意識を微睡の中へと手放した。
目が覚めた。
相変わらず、私はウマ娘のまま。
普通のウマ娘なら、
このままジャージに着替えるなりして
自主トレーニングに向かう事だろう。
…生憎、私は元人間。
ウマ娘専用のジャージの着方など、
分かるはずも無い。
途方に暮れていた私へ手を差し伸べたのは、
ルームメイトのウマ娘だった。
それから幾つの月日が過ぎた事だろう。
こんな私にも、専属のトレーナーが付き、
二人三脚で此処まで駆け抜けて来た。
そして私は今、
一生に二度も立てない舞台…
有マ記念のターフの上に立っている。
鼓動が暴れる。
今にも、私の心臓は破れそうだ。
出走が近づく。
この栄冠は、誰の手に。
ゲートの中で、その時を私は待つ。
刹那…”ガコンッ!”
ゲートが開かれたと同時に、戦いの火蓋が切って落とされた。
“はぁ…はぁ…!”
酸素を必死に口から取り入れる。
吸っても吸っても、足りない程だ。
余りにも速いペースと酸欠のせいで、
周囲を気にする余裕もない。
今の私の頭の中にあるのは
唯、ひたすら走り続ける事のみ。
周囲が見えなくなる。
視界がボヤける。
酸欠?そんなの関係ない。
私は今、
この瞬間の為だけに生きているのだから。
最終コーナーに差し掛かる。
他のウマ娘達が一斉にスパートを掛け始めた。
このままでは、バ群に呑まれて沈むだろう。
…勝負はこの一瞬で決まるだろう。
そこで、私も負けじとスパートを始める。
此処で抜け出さなければ、
勝負権すら得られないのだ。
一歩、一歩と、力強く地面を蹴り上げる。
脚が悲鳴を上げるがお構いなしに加速する。
残り、400m。
悲鳴を上げる脚に鞭を打ち、
更にスパートを掛ける。
身体中から骨が軋む様な音が聞こえる。
残り300m。
ストライドの間隔を狭める。
脚が痛い。心なしか、脚の感覚が鈍り始めてきた。
残り、200m。
私の横を走っていたウマ娘が失速する。
視界がモノクロになり、視界が狭まる。
残り、100m。
全力を出し切り、最後のスパートを掛ける。
…気が付けば、
私の身体はゴール板を駆け抜けていた。
私が勝った…これは覆しようの無い事実だ。
速度を緩め、ウイニングランに入る。
しかし、
限界を超えていた私の身体と脚は、
もう耐え切れるような状況ではなかったのだ。
その時だった。脚が止まり、私はその場で倒れ伏した。
トレーナーの、私を呼ぶ声が聞こえる。
薄れ行く意識の中、
私もトレーナーの名を呼ぶ。
しかし
私の意識はそこで完全に途切れた。
…目が覚めると、そこは私の自室だった。
声と耳はいつも通りの、人間のそれ。
時計の針は、午前の2時を指しており、
まだ深夜と呼べるような時間帯だった。
服を寝巻きから着替え、外へ出る。
ふと空を見上げ、輝くのは幾星霜の空。
あの日々は全て、幻だったのだろうか。
星空は、唯ひたすら輝く。
その光は、
私を慰めるようにも、私を嘲笑う様にも見えた。
星空を見上げた後、私は走り出した。
当てがあるわけでも無く、ただ走る。
もう、あの様なスピードは出せずとも走り続ける。
確かにそこにあった、日々に想いを馳せながら。
〜END…?ー
此処まで読んでいただき、ありがとうございました。
実は主人公の名前が決まっておらず、そのまま書き出した作品となりました。