サオリの元親友で現実逃避気味なアリウス生徒の話 作:かぶり猫
朝、カーテンの隙間より射し込む陽の光によって目を覚ます。
殺風景なアパートの一室、ここが今の私が暮らす場所。
だが、アリウスにいた頃よりはよっぽどマシだなんて考えるのは、いつもの夢を見たからだろう。
顔を洗い、歯を磨いて、適当に寝癖を整えたら、改めて口座残高を確認する。
……やっぱり、昨日から何の変化もない。
「また……かな」
先日の依頼の報酬が振り込まれていないことを確認すると、今日の予定を確認……する必要もない、今日は依頼入れてないし。
ため息混じりに身支度を整え、不届きな輩に仔細を問い詰めるために外へ出ることにした。
いつも通りに騒がしく、お世辞にも治安が良いとは言えないブラックマーケットの表通り、その一角を歩く。
一時期はエデン条約のごたごたで大騒ぎだったここも、今はとりあえずの落ち着きを見せていた。
あのあと……私が、巡航ミサイル着弾地点から逃げ出した後、アリウスによる大規模なテロ行為、学園の転覆は失敗に終わった。
当然と言えば、当然なのだろう。
トリニティとゲヘナを敵に回して、アリウスの戦力では勝てる見込みなど存在しなかったのだと今なら分かる。
もし「秘密兵器」とやらが健在であったのならばまた話は違ったのかもしれないが、あれも結局シャーレの先生の手によって無力化されたとのことだから、無意味な仮定だろう。
アリウスその後トリニティに自治区まで攻め入られ、生徒は四散した。
矯正局へと連れていかれる者や、そのままトリニティに捕えられる者。私のように逃げおおせた者。
そして……
電柱へと乱雑に貼り付けられた紙を手に取る。
そこには、重要指名手配として、アリウススクワッドの面々……サオリの名前が書かれていた。
……そして、今も追われ続ける者。
実行犯として彼女の名前はよく聞くというのに、あのお方……ベアトリーチェの話はまるで聞かない。
トリニティの上層部がその存在を隠しているのか、それとも、痕跡すら残さず消え去ったのか、あの場所から逃げ出した私にはもう、知る機会は訪れないのだろう。
そう割り切ろうとするものの、どうしても、彼女についてだけは考えずにはいられない。
サオリ……彼女は今、何処で、何をしているのだろう。
今更私が思いを馳せたところでなにかが変わるわけでもなく、彼女になにかをしてあげれる訳でもないのに。
……そもそも、私のことなどもう覚えていないだろうが。
かぶりを振って思考をリセットする。
それより今は、報酬についてだ。
依頼内容は工事現場での単純な労働作業、不備は存在しなかった。
しっかりと契約書にも目を通した、なにもおかしな点は無かったはずだ。
となると、あの大人の性格からするに……。
「ただ報酬を支払うのを渋ってるだけ……?」
そうであれば手っ取り早いのだが。
大人の手口で騙し取られた訳では無いのなら、純粋で分かりやすい解決法がブラックマーケットには存在するのだから。
そうこうしているうちに、件の工事現場へと着く。
あの大人もしっかり居るようだが、どうやら先約が来ていたらしい、ちょうど資材の影になって見えないが、口論をしている様子だけはわかる。
ただ、遠くから見るに……大人の方が優勢だろうか、どちらにせよ問いかけないことには始まらないと、近づく。
距離を詰めるにつれて、資材の影に隠れていたもう1人の姿が顕になっていく。
黒のキャップを被った彼女の艶やかな黒髪は背中にかかるほどの長さで、青のインナーが入っていることにより、すらりとした美しさが強調されている。
ノースリーブのインナーからは、引き締まった身体が顕になっており、普段はその多すぎる肌の露出をカバーしている白のコートは、今は見あたら……な……
そこまで考えたところで、不自然な音を出して立ち止まってしまう。
「サ、オ……リ……?」
予想外だった、いや、可能性はあった。
私たちのように、殺す方法以外を知らない、学籍すら大っぴらには答えれない人間が生活していくためには、そんなことが大きな問題にはなりにくいこのブラックマーケットが適している。
私がそうだったように、最終的に彼女たちがここに辿り着くことも、ありえない話ではない。
ああ、でも、そんなことって───────
突然名前を呼ばれたからだろう、やや不審げに彼女は振り返る。
「…………アスカ?」
サオリの瞳が揺れる、どうしてここに、とも言いたげに口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返していた。
まさか、サオリが私のことを覚えていたなんて。
そのことにすら、私は驚くことしか出来なかった、とっくに私のことなど忘れていると思っていたのだから。
「おん?貴方はこないだの……。 何、この人と知り合いなんですかい、だったらちょっと貴方からも言ってください、この人諦め……ぁいや聞き分けが無いもんですから」
サオリのものでは無い声に我に返る。
そうだ、元々はこの大人に話があって来たのだ。
務めて冷静に、再会の衝撃を頭の隅に追いやる、そもそも私には彼女に合わせる顔などないだろう。
弾かれるようにサオリから目を逸らすと、ふくよかなスーツの大人の方へと向く。
「……それは、どういう話なの?」
「ああいや、この人がウチの貴重な建材に傷をつけてくれたモンですから、報酬は支払えないって話をしてたんです。まったく、そういうことはちゃんと最初に言っておいたんですがねぇ……」
嘘だろう、そんな話少なくとも私は見たことも聞いたこともないし、そもそもそんな運搬中に付くような傷ひとつ気になる建材をこんな乱雑に並べておくはずがない。
大方、難癖つければ子供など簡単に言いくるめられると考えているクチだ。
取り立てて不快なものではない、ブラックマーケットにはこんな大人がごまんといるのだから。
「もし建材に傷を付けていたのなら謝ろう。だが、私はそのような話を聞いた覚えはないと……!」
サオリの言葉を聞く価値もないと言うかのように、大人は声をかぶせて遮ろうとする。
「あー!あー!もう本っ当に!何度言えば分かってくれるんですか。ちょっとこの人を止めてくださいよ貴方も!!」
……あぁ、サオリは昔から変わらないな。
純粋で、真面目で、そしていっつも自分が損する事ばかり、その癖してずっと人の事ばかりを考えるお人好しだ。
そう考えていると、この大人に対して無性に腹が立ってくるのが分かる。
「……よくも、サオリを食い物にしてくれて」
「はい?」
「っああいや、実はなんだけれど、私も同じ話で来たんだよね。そちらからの報酬の振込みがいつまで経っても行われないものだから」
「あー、あー……あーーー……。いや、それはそちらの問題でさぁ、我々はちゃんとした仕事にはちゃんとした報酬を支払ってんです。それが支払われてないってこたぁあなた方になにか不備があったはずですわ。なにか覚えとりませんか」
ここまで来てもシラを切るのか、そもそも言われるまで私のことすら忘れてたでしょう?
一周まわって呆れすら覚える頃合だ。
今まではこんな杜撰な言い訳で何とかなるような子供しか相手にしてこなかったのだろう、だから私やサオリも適当に煙に巻けばいいと、そう考えているのだ。
やっぱりここは、ブラックマーケット流に、分かりやすい方法が1番効果的だろう。
おもむろに銃を構え、引き金へ指をかけると、大人の足元に向けて散弾を撃ち込む。
ボスッ!とくぐもった鈍い音を立てたのち、辺りに土煙が舞う。
「ひぃっ!?急に何を……!」
「アスカッ!?」
「そんな言い訳で言いくるめられると思わないで。私たちだって生活がかかってるんだ、ここで引く訳には行かないの。別に、次は当てたっていいんだよ?」
作り笑顔を浮かべながら、狙いを彼の頭へと定める。
ここで少しでも本気では無いと悟られたらアウト、こいつは本当にやりかねないと思わせなければならない。
こんな乱雑な方法、まともな企業相手にしたら後が面倒だけれど、一日分の給料を強請られたからと傭兵を雇うほどこの大人の懐具合はよくはないだろう。
……サオリまで私の行動に驚いているのは意外だけど。
「そ、そんなもんで私が屈するとでも」
「ん?」
1歩、2歩と距離を詰める、もちろん銃は構えたままで。
「こんなことして、警備のヤツに突き出したっていいんだぞ!」
こんないざこざに自分から首を突っ込むほどブラックマーケットの人間は暇でもなければ優しくもない、そんなこと自分でもよく分かっているだろうに。
大人が後ずさるスピードよりも早く、そしてついに銃口が彼の頭へと触れる。
「さあ、どうするの?」
少し小突くように銃を押し付ける。
引き金には指をかけたまま、いつでも撃てるぞという風に少しだけ力を込めてみせる。
「ひっ、ひぃぃ……!!わかりました!貴方様の分はちゃんと全額お支払いします!!それでどうか……!!」
「ダメ、サオリの分もちゃんと払って」
「わかりましたっ!分かりましたから!御二方ともお支払いします!!」
「うん、ありがと☆」
ここでようやく銃を下ろし、ホルダーへと仕舞う。
一か八かの賭けのようではあるが、実際子供だからと油断してかかるような相手にはこれくらいが丁度いい。
大人は冷や汗を垂らしながら、急いで金額の計算をしているようだ、こういう時の行動が早いからこの人はここまでやってこれたんだろうな、などと考えてみる。
とにかく、少しはサオリの役にも立てたのでは無いだろうか、そう思うとどこか心が軽くなるのを感じた。
別にこの程度で許されるようなことでは無いのだけど。
ともかくこれで今日の私の仕事は終わりだ、この調子なら口座にはそのうち入金されるだろう。
演技がバレないうちに早くここを立ち去ろうと2人に背を向け、歩き出そうとする。
「ッ……アスカ」
だが、サオリに呼び止められた。
返事をするべきかすこし悩んだ後に、振り返る。
「…………なに?」
サオリは、視線を右往左往しながら、どうにか言葉を探しているようだった。
その様子を目線を合わせないようにして、次を待つ。
「すまない、助かった。そして……アスカは……アスカは、アリウスに居た頃とは……変わったな」
何を言われるのかと思えば、「変わった」と一言、思わず顔をまじまじと見てしまう。
マスクに覆われた顔からは、それがどんな意味を持つのか図りかねる。
その「変わった」にどんな意味が含まれているのか、私には知りようもないけれど、たしかに、サオリの知っている私では無いのかもしれないな、と自嘲する。
「そういうサオリは、変わらないね。あの頃からずっと」
そう、彼女は変わらない。
仲間を想い、その身を削るようにしてまで守ろうとする、それがたとえどんなことであったとしても。
その眩しくも危うい在り方は、どれだけ年月を経ようとも変わってはいなかった。
「……ああ、そうか。お前からは、そう見えるのか……」
その言葉を最後に、サオリは目を伏せた、二人の間には静けさだけが残る。
……これで話したいことというのはすべてだろうか。
「……じゃあ、さようなら」
今回のような偶然は、多分もう起きない。
1度きり、もう会えないと思っていた相手とこうやって話せただけで十分だろう、それにこれ以上、何をしようというのか。
言い切るよりも先に、逃げるようにその場を立ち去った。