サオリの元親友で現実逃避気味なアリウス生徒の話 作:かぶり猫
「顔は……覚えたぞ……」
「覚えられても、私はただの傭兵だよ」
左手の拳銃で頭部を撃ち抜く。
この地区の指揮官と思われるオートマタはそれを最後に意識を手放した。
「エリアD、制圧完了。これよりエリアBへ向かう」
といっても、同僚はもれなく行動不能だし、私も大概な状態ではあるが。
だからといって救援に行かない理由にはならないだろう、まだ敗北は決定的ではない。
それに、痛む程度であれば作戦行動に支障はない。
サオリと共にクルセイダーを破壊した日から数日、ニャンニャン派とワンワン派の抗争は激しさを増していた。
いくら犬猿の仲とはいえ、今回の抗争は些か苛烈すぎだ、戦いは私の住むアパートのある地域にまで広がっている。
勝手に争っている分にはどうでもいいというのが本音ではあるが、アパートが壊されるかもしれないというのは頂けない。
あそこが破壊されてしまえばやっとの思いで通した契約が文字通り更地になってしまう。
そのような個人的な考えもありつつ、純粋にそういう時は依頼には困らないというのもあったが故、適当にワンワン派側の依頼を見繕いこうして戦場に出てきている次第だ。
ただ、やはりと言うべきか。
「戦況が良くない……」
ワンワン派とニャンニャン派どちらも戦力は同等と言える。
それに加えてワンワン派は多数の傭兵を雇っている、本来であればこちらが有利な状況となってもいいはずだ。
だが実際には、4:6でこちらの方が不利と呼べる戦況が形成されていた。
ニャンニャン派と同盟を組んでいるポッポ派に関しては戦力として除外してもいいとして、それ以外の何かしらの要因があると考えるべきだろう。
それに、ニャンニャン派は最近何かときな臭い話が多い、中にはブラックマーケットの外で何か大きな事件を起こそうとしてるのでは無いかという話もあるほどだ。
爆発、銃撃、戦闘の音が近づく。
これから向かうエリアBは今回の戦闘においても最も戦略的に重要かつ、戦闘が苛烈になるエリアだ。
この場所の制圧が実質的な勝利条件と言ってもいい。
故に、ワンワン派としても十分以上の戦力を投入している、そう、踏んでいたのだったが……。
「これは……」
到着した私が見たのは、ヘルメット団とニャンニャン派構成員により為す術もなく蹂躙されているワンワン派の姿であった。
咄嗟に物陰に姿を隠し、様子を見る。
どういう事だ?両軍エリアBに戦力を集中させるというのは分かる、だがここまで圧倒できる程の戦力が何処に───
「……ッ!」
そこまで考え、とあるひとつの事に気がつく。
ワンワン派を機械的に処理していくヘルメット団、彼女らの動きには見覚えがあった。
「あれは、アリウスの……!」
アリウスで学んだ集団での作戦行動、それそのものだ。
その姿自体はヘルメット団とそう大差無いように偽装されているが、あの動きだけは忘れるものか。
謎に包まれていた最後のピースが埋まった、ニャンニャン派の異常な戦力はブラックマーケットに流れ着いたアリウス生を用いたものだ、それも、かなりの人数を。
アリウスの厄介さは私も身に染みて理解している、私一人が突撃したところで何も変わらないと、そう判断し撤退を視野に入れ始めたところで、ひとつの影が目に入る。
「ッ!?サオリ……!?」
ここ最近何度も顔を合わせている彼女が、ニャンニャン派のアリウス生徒や戦車、構成員を相手に抵抗を見せていた。
孤軍奮闘、その言葉が相応しい状況にて彼女はほぼたった1人で戦線を押しとどめ続けている。
だがそれが崩壊するのは時間の問題であること、例え押しとどめ続けれたとして勝利への道筋が存在しないことは明らかだった。
その事実を理解した瞬間、私の脳内からこのまま撤退するという選択肢は消失した。
次には、どのタイミングが奇襲に相応しいかを考え始める。
そうして出た結論は、『とりあえず前に出てどさくさに紛れてサオリを連れて逃げる』だ。
そもそも私の装備は隠れながらの各個撃破というものに向いていない、かといって複数人に同時にダメージを与えるというのも不可能だ。
ショットガンとハンドガンを各々一丁、さらに手榴弾などを複数所持、中遠距離での射撃が苦手な私がたどり着いた組み合わせ。
となると最も有効な方法は私自身が囮として前へ出ることとなる。
そう決めたら後は早い、アリウス生徒の1人に狙いを付け駆け出す。
数人に気づかれようとアクションを起こされる前に背後からの近距離射撃、奇襲としては十二分だろう。
「ぐっ!?何を……!」
この程度で倒せる相手では無いことは私自身が一番理解している。
「なんだ!?ッ新手だ!」
「アスカッ!?」
故に、私に注目が集まったその瞬間。
「サオリッ!目を閉じて耳を塞げッ!」
先んじて上空へ投げておいた閃光手榴弾が炸裂する。
「─────────ッ!?!??」
視界が白に染まるかのような光と、鼓膜を破るかのような音が私の背後で爆発した。
半ば自爆のような使い方により私自身もその影響を受ける。
光は背を向けていれば多少軽減できるが、この至近距離では例え耳を塞いだところで音を防ぎ切ることは出来ない。
平衡感覚を失いかける体で次の手を打つ。
間髪入れず複数の手榴弾のピンを抜いた。
次の爆発音で飛び出した白煙は凄まじい勢いで周囲を飲み込む。
白煙に呑まれる直前、サオリの位置を把握した私は駆け出す。
方向さえ分かっていれば、周囲が煙に包まれていようと後は走るだけだ。
「サオリッ!」
「アスカ、どうしてここに……」
「"偶然"!私はもう慣れたけどね!それよりも早く、ここから離脱するよ!」
サオリの腕を掴み、逃げる。
「しかし……っああ!」
白煙が薄れる前にこの場を離れることのみを考え足を動かす。
サオリが離れたことによりエリアBは完全に押し切られるだろうが、どちらにせよこの戦闘はワンワン派の敗北だ、一緒に負けてやる義理は無い。
しばらく走り続け追っ手が居ないことを確認すると、適当な建物の影へと入る。
「ここまで来れば大丈夫みたい……サオリ?」
振り返り改めてサオリの姿を見ると、傷がない場所の方が少ないと言えるほどの切り傷や打撲痕、あちこちから血を流していた。
「ぐっ……どうした?」
走り抜ける最中、サオリは私に引っ張られるようにしていたことを思い出し、その理由を理解する。
……気づかなかった自分が恥ずかしいくらいだ。
「……ごめんなさい、気が付かなかった。サオリ、それはマズい、まずは傷の手当をしよう」
「それは……っ……アスカも同じだろう」
視界の右側が赤く滲む、血……どこかで切ったか、閃光手榴弾の時か。
「私のことはいいから。……っああ、邪魔だな」
袖で垂れてくる血を拭う、どれだけ傷が痛もうが痛まいが、無視すれば同じことだ。
だが、サオリに関しては動きにも支障が出るほどだろう、それに……そんなサオリの姿は見ていて面白いものでは無い。
「応急処置……チッ、使えるものがない。一旦これで何とかするとして……サオリ、1度私の家に寄らせてね」
シャツの袖を引きちぎり、特に状態が酷い腹部へときつく巻き付ける。
その後は言うが早いか、サオリを背負うようにして持ち抱えた。
所謂、おんぶというものだろう。
「っアスカ、何を……」
それだけの刺激でも痛むのだろう、サオリは顔を顰めながらに問いかける。
「その傷じゃ歩くのも辛いでしょ、平気な私が背負っていくのは間違ってないと思うけど」
「それは……っ」
やはり限界に近かった様子で、サオリは大人しく私に身を任せてくれた。
「……行くよ、少しだけ我慢して」
「……すまない」
この程度のことを気にする必要なんか、どこにも無いのに。
◆
血の滲むガーゼを取り替え、消毒、その上から包帯などで圧迫、そのような手順を繰り返す。
「……ッ」
「痛いだろうけど、我慢してね。うちにある医薬品だとこれだけの応急処置が限度だから」
「ああ……」
しばしの静寂、血と硝煙、薬品の匂いだけが部屋を満たしていた。
そうして無心で処置を繰り返していくこと数十分、サオリの体から血が出続けるようなことは無くなる。
「これでひとまずは大丈夫かな」
「すまない……私は、迷惑をかけてばかりだな」
どうしてサオリはそのような考えに至ったのだろう、もし今現在のことを話しているのであれば、それは私が勝手にやった事だというのに。
「よくわからないけど、迷惑をかけてるっていうのは違うよ。……私は少し手を洗ってくるから、ゆっくりしてて」
そう言い残し、洗面台へと足を運ぶ。
血が乾き付いた手を洗う、洗面台には薄紅色の水が絶えず流れ始めた。
改めて考える、私はここまでして何をやりたかったのだろうか。
サオリが危機に瀕していたから助けたかった?それは間違いない、彼女の役に立てるのなら、それは私のしたいことだ。
だが、そうではなく関係をやり直したいと言うのであれば、もっと他の行動もするべきだろう。
そもそも私はまだサオリの連絡先すら知らないのだから。
そのまま顔を洗い、拭く、タオルが赤に染まったことで身体の傷のことを思い出す。
じわじわと痛みが戻ってくるがそう深いものではない、水で流してそのままタオルで圧迫しておく。
部屋へ戻ると、サオリは怪我だらけの身体で愛銃であろうアサルトライフルや拳銃を取り出し、簡単な動作確認を行っていた。
「サオリ」
「ん、ああ、戻っていたか。どうした?」
「今までもずっとこういうことをしてきたの?」
「?……ああ、そうだが」
何を当然なことを、とでも言うようにサオリは答える。
戦って、限界ギリギリまで戦い続けて、このように傷ついて、きっと今回だって私が連れて逃げねば戦い続けていたのだろう。
そして戦いが終われば次の戦いに備え始める。
その姿は確かに私の知るサオリだし、そうしなければここまでやって来れなかったというのはあるのだろうが、もういいだろうと思う私も居た。
だって今の私たちに、戦いを強制する存在は居ないのだから。
「ねぇ、サオリ、私と……一緒に行動しない?」
口を抑える、私は何を言っているんだ?
今のサオリを見ていられない?それはそうだ。
だがサオリが私と行動を共にする必要はどこにある?
それは、私がサオリともう一度と考えているから出た言葉だろう。
そう自覚すると、みるみると顔があつくなっていくのが自分でも分かる。
恐る恐る顔を覗くと、サオリはサオリで整備の手を止め私を見ていた。
「……驚いた、アスカがそう言うとは。てっきり私は嫌われているものだと思っていた」
「え」
私が、サオリを嫌う?何故?
……今までの言動を振り返ってみると、思い当たる節しか無かった。
傍から見たら百面相と呼ばれても仕方ないほどに動揺してしまっているのだろう。
「今っ、今まではなんというか、その、久しぶりに再会して気まずかったというか!?だからそっけない返答になってたというかさ!?」
「ああ」
「私自身合わせる顔が無いというのもありましてっ。ふと口にしてしまったと言いますかっ!」
「なるほど……?」
「っそう!そうだよ!サオリも気づいたと思うけど、ニャンニャン派があそこまで強かったのはアリウスの生徒が集団でニャンニャン派に付いてたからでしょ!最近ニャンニャン派は何かを企んでるって話も多いし、見過ごすことはできないじゃん!?」
なんて、思ってもみないことまで口にする。
ああいう組織が何かを企むのなんていつもの事だし、それとアリウスが関わっているのでは無いかというのも表面的なものを繋げただけの話に過ぎない。
「……確かにな、それは気がかりだ」
ただ、その言葉は想像以上にサオリの心へと響いたようで、深く頷いていた。
今!畳み掛けるなら今しかない!!
「以上のことから行動を共にした方が何かと都合がいいと思うのだけれどどう!?」
「ああ、アスカがそれでいいのならこちらからもよろしく頼む」
よし、なんとか取り繕えたようだと一息つく。
ただふと、「サオリが心配だから」とは結局言えなかったなぁ、などとも思った。
「その……アスカ」
「何?」
「これは私が言う機会を逃したのが悪いんだが……。その、腕から血が……すまない、私に処置させてくれ」
言うが早いか、サオリは先程まで私が使っていたガーゼと包帯を手に取る。
「……え?」
下を向くと、左腕から垂れた血が思いっきり床に垂れていた。
危うくアパートに血溜まりを作るところだったなぁと思いながら、サオリの為すがままに手当を受けるのだった。