うわああああ!! 起床したら保健室だった二年前に入社したばかりの新人トレーナーだ!クッソ、あの怪異にカレンチャンを寝取られた!
寝てはないが、意識に語りかけて落としたのは確実だろうな!
そういうわけで、新たなアプローチを試みてやる。
「まあそう焦らずとも、ゆっくりしていきたまえ」
「……ん?」
保健室じゃないな。この声はと思って声の主の方向へ首をふってみると、
そこには目の下の隈がものすごくアレなウマ娘がいた。
まあ、トレセン学園に入学している者なら、ある程度噂を耳にしている
ある種のイカレポンチだ。
その名をアグネスタキオン。
いろんな道具や研究を行い、ウマ娘のレース界に度々論文を提出してくる才児だ。
そんな天賦の才を持つ彼女は、天才ゆえの変人っぷりを発揮する。
「やあやあ、キミも見える口なんだねえ?」
「見える? まさか、アグネスタキオン、きみも見えるのか」
「ククク、見えるも何も、研究対象だねぇ」
先ほどから会話しているが、妙に目の焦点が合っていない。
口からでまかせとか非科学的とか、現代社会の技術に喧嘩売ってるとか。
そんな低レベルで言い放つもんでもない。
そう、言われなくても無言で見せてくれたその情報を視て、
俺は寒気を感じ取った。
「これはなんだ」
「なんとなくわかるだろう?」
情報。それはパソコンの画面に映し出されるスムージング化された折れ線グラフ。
「いやはや。今回の怪異も恐ろしいね。前回は記憶領域への割り込みと損傷。
今回は魂への負荷だ。そして、その負荷を受けて弾き飛ばされたものを、
アレは吸収している」
具体的な言葉だ。嘘を言っているとは、到底思えない。
なにせ、否定する材料すらないからだ。
ここは信じるしかないのだが、そもそもの話。どうやって調べたんだ?
現状あの怪異は、俺とその周囲のウマ娘しか影響していないように見えている。
他にも影響を与えたのだろうが、行方不明になったり病院へ運ばれたという
情報も見受けられない。
そうそう。カレンチャンは、タキオンがネットを開いて無事……
無事じゃないが通天閣の展望エリアで発見された。
「タキオン。これは、君のデータか」
「如何にも。まあ、現状把握しているだけで、私とヴィブロス・カレンチャン
が犠牲になったと思われる」
「……一応聞くが、この一番左の基礎点から、少ししたところで一気に低迷しているのは、あいつ絡みのやつか?」
「おお! 鋭いねえ。流石中央トレセン学園が誇るトレーナーだ。
伊達に東大を卒業してないねえ」
「俺は東大じゃねえよ。で、何があった」
話を聞いていくと、ウマ娘の心を奪うと大きなエネルギーが取れるらしく、
それを吸収または回収しに、怪異がやってきているんだとか。
まだ的を得ていないから、憶測に過ぎないらしい。
俺も流石に、そんな理由で来られたら困ると思ってたところだ。
これからあの存在を知覚できるウマ娘の選別と、アレの発生の源はどこか
確認する作業がいるという。
「現状命に関わることはないんだよな?」
「現状はね。ただし。これがもし、国外に置かれ始めるとまずくなる」
「法則性も不明だからな。ヴィブロスは東京、カレンチャンは大阪。
次は福岡か政令指定都市っぽいな」
「少なくとも、あと18人以内にしとめないと、国際問題になる」
やべえ。俺以外のヒトは、知覚すらできていないから俺がやるしかない。
更にウマ娘も、ある程度実力をもったウマ娘じゃないと、
見ることすらできないんだろうな。
一般人にはキツイ案件だ。安倍晴明とか、現代でも存在しないのか?
まあ他責思考は、やめだやめ。
「そうそう。今回の案件に、協力者を仰いだんだ」
タキオンが他のウマ娘を呼ぶ? 妙だな。
ここでウマ娘の代わりに、”僕が来た”とかなったら精神壊れるぞ。
「ターボが来た!」
「おいタキオン、なんでこいつ呼んだ? あともっとデータよこせ」
つ、ツインターボとエアシャカールだと?
エアシャカールは論理派で、いつもデータ収集に余念がないから
あのぼっちゃん眼鏡が狂喜乱舞してたのは知っている。
だが、あのツインターボをなぜ呼んだ?
習字が達筆な文系のはずじゃないのか?
「シャカールくんも君も、だいぶ不満げだね?
まあ、わからなくもない。だけど、ブラインドタッチができるのは、
現状ツインターボくんだけだ」
うっそだろお前。
「ターボ、よく動画作ってるから、ソフトのマニュアルくれたら
情報整理くらいできるぞ!」
「オーケー、タキオン。お前の意図がよくわかった。
おいターボ、パソコン貸しな。整理すべきことをまとめたもん、PDFを送信する」
「ターボに任せろ!」
ツインターボはI7の内蔵メモリ32GB、メイン記憶媒体SSDが1TBで、インテル12世代のCPU
を積んだ一年前のハイエンドノートパソコンを、机の上に出して起動する。
そこにエアシャカールが、C型端子SSDUSBで情報を送信したようだ。
「さて、トレーナー君には悪いが、私達がやられるということは怪異排除に
失敗することと同義に当たる。
そこで、適正があるウマ娘を見つけたら、開発したデータ集積装置を積んで
接触してほしい」
「……やるしかないんだろうな?」
「やらなきゃ、なにが起きるかわからないよ?」
「いいだろう。やってやるよ」
そうして耳カバーのような小型の機械をもらう。
こレくらいの大きさなら、俺が知っているウマ娘にも何人かいたな。
彼女らなら、少しだけ協力してくれるだろうか。
少し心配だが、そうは言っていられない!
さっさと怪異の特性を掴んで、対策を練らなければ。
そういえば、あの怪異は普段どこにいるんだろうか。
クッソめんどくさいが、見当つけてから先回りするように対応したほうがいいかもしれない。
こうしている間にも、あのクソ怪異がウマ娘に魔の手を忍ばせようとするからな。
「おやおやっ!? そこにいるのは、模範的じゃないトレーナーさんでは
ありませんか!」
「あー」
「面倒なヤツに見つかったみたいな顔ですねえ!
いいでしょう! この模範的委員長のサクラバクシンオーに、
なんなりと言ってください!」
マジで面倒なやつに見つかっちまった。
が、ピキンとひらめいたぞ。
彼女はトゥインクルシリーズで、G1を取っている普通に優秀なウマ娘だ。
言動がなんかうるさいだけで、頭脳方面はよく廻る。
そこでだ。こいつを付けてもらって、あの怪異に話しかけてもらおう。
何かあれば、強く賢い委員長とでも煽れば正気を取り戻すかも。
「ふっ」
「ぎゃあああ! って、誰だ!?」
「あなた、何をしているんですか? いたいけなウマ娘をたぶらかす悪党でも、
なるおつもりですか?」
「ちょ、ま。ジャーニー。今のお前はチームに所属してる身だろ、
何してんだ」
「姉上の下知を疎んだな?」
「なんでオルフェーブルもいるんだよ……!」
そもそも今ここは渡り廊下であって、これからの夕刻にあの怪異が
門前に出現する時間帯だ。
まずはアレが超常というか、常勤ではなく一時的に現世にいつくか調べないといけないんだ。クッソ、耳に息を吹きかけるとか、最近のウマ娘は進んでいるな。
まあいいさ。息を吹きかけたことを後悔させてやる。
あいにくとふたりとも素質がある。あれを何とかする計画に組み入れよう。
「とにかく聞いてほしい。ヴィブロス・エアメサイア・カレンチャンが、
夕方、正門前の出入り口に出現する怪異に連れ去られた。
エアメサイアは心神喪失、ほか二人も病院へ搬送されている。
排除したいが物理的な排除が不可能だ。
そこで、先ほど怪異研究プロジェクトが発足した。解明するため、協力してほしい」
「他の方はご存知で?」
「残念ながらその怪異は、俺以外の人間は不自然を抱かない。
そもそも知覚しているかすら怪しい。
また、ウマ娘も、オルフェーブルが平凡と思うようなウマ娘は、その怪異を認識
できないでいる」
「おばけでしたら、専門家がいますよね?」
「何故かいないんだよっ」
「なんだと?」
そう。マンハッタンカフェが見当たらない。
ついでにいうと、放浪癖があるのかあいつもどこかに行ってて、
お友達の協力を仰ぐことができない。
更にいえば、一部のウマ娘が無期限長期休養に入っていて、
アグネスタキオンが味わった怪異に関する情報提供者もいないんだ。
「よくわかりました! 委員長として、協力しましょう! 何をすればいいですか!?」
桜獏秦王が快く受けてくれたので、アグネスタキオンより提供された機械を耳に
装着する。妙にもじもじしているが、電波を発生させているため、少々振動するんだろうな。慣れてくれとしか言いようがない。
「む、むずむずしますね」
「おい、これだけか」
「じゃあ予備を」
「触るな。自分でやる」
「故障したらどやされるから、じっとしていてくれよ?」
「”王”の――――」
「この世の全てが自分に傅くと思わないようにな。ほら、できた」
オルフェーブルは別に、レース場の中の王さま気取りのかわいいウマ娘だ。
もっと世間をしれば、そういう態度は人が離れるだけだからな。
ま、高等部になるんだし、自分だけのシルヴァニアファミリーから、
さっさと脱却してもらわないといけない。
「オルにそう言えるのは、あなただけですよ」
「そうか? ま、あいつの言葉を借りるなら、トレセン学園に所属するウマ娘は生徒であり、大人が守るべき子どもの学び舎である、だ」
っと夕日来たぞ! さあ、来るか! 来るか!
来た! 来た! あのよくわからない希薄な雰囲気の怪異だ。
どういう反応になるか、確認しなければならない!
「あれだ。見えるか?」
「お、おお……!」
「な、なんてことっ」
「――――!」
サクラバクシンオーは、目をキラキラさせてる。鼻から梅が咲いている。
ジャーニーは口を手で覆って、顔を真っ赤にしている。なんか赤いのがポタポタしてる。
オルフェーブルは、目をカッ開いてる。動きが止まって絵画のようだ。
「うおおおおお! 理想の男性! 私にふさわしい伴侶!
今すぐ、私が参りましょう!」
「あ! クッソ、出遅れた! まて、サクラバクシンオー!」
渡り廊下から眺めていた俺たちであったが、早速サクラバクシンオーが反応して突撃していく。さすが、直線番長のカルストンライトオと並ぶロケットぶりだ!
だがな。ウマ娘には敵わない、人間の武器があるんだよ。
それこそ、常識破りの掟破り。
雨樋を伝って地上へ降りる。
サクラバクシンオーよりも、あの怪異と距離を縮めることができた。
俺たちの目的は、脳波かウマソウルだかの波長を調べること。
限界が来たら引き剥がすんだ。
「あ、あの! 私とバクシン的ウェディングアイルを歩みましょう!」
「いいね、僕も君と一緒に未来を駆け上がりたくなったところさ」
「待てやそこのクソバケモン! サクラバクシンオーを連れていかせはしない!」
「おお、僕の見届人じゃないか。この子との門出を祝ってくれるんだね?」
「祝うか!」
俺は早速サクラバクシンオーと怪異の間に身体を滑り込ませて、
袂をわかつように飛ばそうとした。
しかし、それは叶うことはなかったんだ。
「だめですよ」
「行かせぬ」
「なあ!?」
「おっと。僕も一夫多妻は難しいんだ。でも、一緒に祝ってくれるみたいだし、
君もそこで這いつくばって僕に祝詞でも叫んでくれないか?」
ドリームジャーニーとオルフェーブルが、俺の行く手を阻んでくる。
というか脚と胴を掴んで離してくれない!
ふざけんな。まさか、何もさせてくれねぇとか。
「と、実は僕ってわがままなんだ。一緒に来てくれるかい?」
「嗚呼、旅と夢の果てに連れてって」
「愛しの君と繋がれるなら、どこまでも」
「ありがとう、荳願ウェ縺ェ繧ヲ繝槭た繧ヲ繝ォ縺輔s」
瞳孔をガン開きにして、抱きかかえられたサクラバクシンオー。
血涙を流し、恍惚の微笑みに染まるドリームジャーニー。
かつて見た覇道を共に往く、王道の片割れとして選んだオルフェーブル。
誰も彼もが幸福に抱かれながら、夕日がもたらす金色のシャワーに
押し流されていった。
その場に残るのは、なにもない。
影さえも見つけられない。
見つける。見つけてやる。お前が何者か知らないが、
トレセン学園の生徒に手を付けたことを後悔させてやる。
新人トレーナーだが、中央トレセン学園のトレーナーを嘗めるなよ。
対怪異決戦ウマ娘、マンハッタンカフェがいないので辛く長い戦いになりますね。