「おっと、きみは」
「ひぃっ!? だ、だれか」
「ダメだよ、デジたん」
「こ、こないで」
「オラッ、目を開けろ!」
「うっ」
「落ちたな」
はいはい、えー去年入社したばかりの新人トレーナーです。
一年目なので、まだまだ下働きをしております。
本格化したウマ娘を勧誘していないので、ウマ娘から逆スカウトを受けても、
うちのチームじゃ最下層のままなんですね、ええ。
「というわけで、これからミホノブルボンのところに向かおうか」
「あたしもですかあ?」
「もちろんだとも。練習が終わったら、いつアイツが強襲してくるかわからないんだからさ」
昨日の顛末を要約したものを、デジタルさんに教えた。
なにせ昨日はいろんなことがあって、デジタルさんと一緒に行動できなかったからなあ。
放っておいた分、どこであいつが逢瀬して辻映りされたかと思うと、気が気でないんだ。
最近あの新人トレーナーの動きが活発化していて、中々侮れない存在になってきている。
せっかくシラフに戻ろうとしているデジタルさんを、地獄のような精神性に戻してたまるか。そう決意して、デジタルさんを誘っている。
「えーと、今日はちょっと用事がありまして」
「わかった。お手伝いするよ」
「うえ!? いやいや、デジたんはウマ娘ちゃんたちの尊みスポットへ行かねばなりませんので」
「ふーん? そんな詭弁が通じると思ったのか? 今のデジタルさん、
あいつに目を合わせられたマックイーンさんのような目になってるよ」
「!?」
あいつの目について研究していないと思ったか?
節穴とでも思ったか? あれの毒牙から抜け出して、ちゃんとした感性で生きれるように
と思ってある程度の研究を毎晩行っている。
まだ担当ウマ娘が本格化していないので、自分はまったく調整をする必要がない。
それとライスシャワーさんも、まだ調子よくないし。
こうしてデジタルさんを連れ出してみたところ、尊みと推しに挟まれて
天国へ一度登っていくところを幾度と視た。
しかし、我が王道をゆく喜びというものを、その身で体現できていないように思える。
どこかよそよそしい。
「あ、あの~そろそろ行っていいですか?」
「いいよ。くれぐれも近づかないように」
「もちろんですとも!」
一体何のために連れ出したんだと思うが、少なくとも
あのトレーナーの影響が骨の髄まで浸透していない事がわかった。
これだけでも大きな進歩になるだろう。
何かあっては手遅れなんだが、これ以上かまってしまうと嫌われそうで怖いんだよなぁ。
変な拘束を取りやめて、自分だけでミホノブルボンさんのところへ赴く。
確か今日もここで行っているはずなんだが。
野良トラックの場所まで急いで来たんだが、人影がみえる。
ウマ娘でないのは、頭に大きな三角形が2つないから容易にわかる。
「やめてください!」
「いいじゃないか」
なんの言い争いだろうか?
物陰に隠れて、その言い争いの場所を見てみる。
木陰の隙間から日がさすトラックに、ブルボンさんがライスシャワーさんを背中に隠して、例の新人トレーナーと相対している。
言葉の端からブルボンさんの理性が垣間見えるが、目の焦点が合っていないようにも見える。これは重度の精神汚染の兆候だ。
しかし、あのトレーナーの悪事を録音しておかないと、しょっぴくことさえできない。
しばらく静観させていただく。
「今ライスは大事な時期です。無関係の人がアドバイスしたとしても、
調整という準備があります。練習内容に文句があるならば、
担当トレーナーへ言ってください」
「いやいや、俺はライスちゃんに用事があるんだよ」
「ライスは嫌だって言いました! しつこいです!」
「俺のところに来いよ。G1なんていくらでも取らせてやんよ」
「ふざけないでください。あなたのような新人トレーナーが、
みんなの思いが詰まったG1レースへの想いを、価値を貶めることは許しません!」
この新人トレーナー、いろんなウマ娘に鼻血を出させるだけに飽き足らず、
他者まで愚弄し始めたぞ。
これは踏み越えてはいけないラインを越えてしまったな?
「おい! 一体何をやっている!」
「チッ……おっと、きみは俺を嗅ぎ回っている若輩トレーナーじゃないか!
こんな辺鄙なところになんのようだい?」
「ライスシャワーさんブルボンさん、一時的に自分が所属しているチームへ退避してください。
ブルボンさんも、しばらくは自分の目が届く範囲で練習を行ってください」
自分は新人トレーナーを無視してブルボンさんたちを帰す。
「お、おいあんた」
「新人トレーナー。きみは何かを勘違いしているようだ。
トレーナーバッジは免罪符ではない。ウマ娘の人生を左右する仕事だということを自覚してほしい」
初めて新人トレーナーの顔全体を見たが、別にイケメンでもなんでもなかった。
いわゆる角度イケメンだ。
後ろから斜め45度までなら、写実的にいいかもしれない。
しかし真正面から見ると、顎が曲がっていたりちょっとした整形の痕がある。
トレーナーになるのならば、顔よりも自身の性格を磨いてほしかった。
「それでは」
踵を帰す瞬間、あのトレーナーの口角が妙につり上がっていたのは何だったのだろうか。
今日は久々の休暇だ!
といいつつも、ただの週末なんだけども。
自分が週末行うのは、マックイーンさんが過食しないよう監視する旅をしたり、
学園所属のウマ娘がよろしくない輩に絡まれたりしないように防ぐこと。
大変だけどすごくやりがいが合って、すごく楽しいことだったりするんだけど、
マックイーンさんが外部へ流出してしまったから、
少しつまらなくなってしまったな。
っ、このにおいは。
嗅いだことがあるにおいだ。
これは少々甘い感じである。エアグルーブ副会長かデジタルさんか。
周囲を見て現状問題が発生していないことを確認したら、
早速その方角へ走っていく。
ただ走るには気をつけないといけないことがある。
それは学園で無意識の走りをしたような走りをしてはいけないことだ。
理由として、ウマ娘たちは耳がいい。
走り方で誰かというのが簡単にわかってしまう。
特に観察力がずば抜けているデジタルさんに、自分の足の長さにおける
走行時の音は丸わかりだろう。
走行時の歩幅を変え、それを継続させる。
この長さならば、自分より少々身長が低い人物となる。
だがここで安心してはいけない。
刻む足音で走者の体重もわかるし、ウマ娘でないことも判明する。
ガンバって青年の足音にしてやった。
話し声が聞こえる。
「……」
ぼそぼそと聞こえるけれど、これはデジタルさんだ。
物陰から携帯電話のカメラ部分を出して、その方向を撮影。
録画状態で周辺を撮影しないと、ただの写真機能じゃ判断することができない。
ぐるぐると回してその気になるウマ娘の方向を、
無事に記録映像として残すことができた。
そして撮影を止めて確認してみると、あの新人トレーナーと一緒にいるのだ。
「は?」
ウマ娘の耳の良さを嘗めてはいけない。
というのに、声に出してしまう。
べつにここで表に出ても良かったのだが、気になる点がある。
それはあの目がウマ娘の潜在意識を倍化しているだけだという可能性があることだ。
デジタルさんは、恐怖を抱いていたがそれは自覚していなかっただけだとすれば?
思考している間も、続きの映像を撮る。
二分ほど撮影したら、足音がどこかへ行ってしまった。
この時に撮影を止めて、録画映像を見て確認する。
やはり、これは、そういうことなんじゃないかと思ってしまう。
トレーナーの仕事はウマ娘を導くこと。
しかし、彼らもプライベートは唯一人の人間。
ウマ娘と逢瀬を繰り返す人もいるだろう。
自分の携帯で撮影した録画には、つま先立ちしたデジタルさんが新人トレーナーと
口づけをしているところだった。
「や、トレーナーさん」
「うわあ!?」
「何か落としたよ? って、うわ、えぐっ」
自分に声を駆けてきたのは、バブルガムフェローだ。
いつも風船ガムを膨らませているからか、結構やんちゃなイメージがある。
しかしパンツスタイルの服を着こなすかっこいいウマ娘であると再認識できる。
そんな賢しらに見えるフェローさんに、驚きで落としてしまったウマ娘の
録画映像を見られてしまうんだ。
「このコ、以前トレーナーさんが担当が見つかったって狂喜乱舞してた子だよね?」
「よく覚えてるね、フェローさん」
「そりゃそうだ。なんてったって、ウマ娘の可能性を信じるって大声で叫んでった人の、
初めての担当ウマ娘なんだよ? 覚えてるって」
去年の夏頃だったかな。新人トレーナーとして、マックイーンさんが
三連覇なんて無理だ、とか言われていた時にウマ娘の可能性を信じなくてどうすんだ、
と大声でチーフの方針を反対していた先輩トレーナーに噛みついてた時があった。
そのあと空気を読めないやつと言われて、そのままハブられたんだよな。
まああのあと、マックイーンさんのメジロとしての本懐を遂げるという方針のもと、
強行採決されたな。
チーフも覚悟が決まって、目をカッぴらいて髪の毛を白髪に染めながら毎日を過ごしていたんだっけ。
「あの声は結構響いたよな」
「場所が悪かった」
叫んだ場所は先輩トレーナーと雑談するために立ち寄った中庭。
本当に軽い気持ちで、ウマ娘に関する情報の交換だった。
でもあの不意に出た、G1ウマ娘の天皇賞という名誉に挑む姿勢を、ちょっとした蔑みと
不可能というレッテル張りでこじつけようとしたのは許せなかったんだよな。
するとどうだ。声が響いた。
近くに反響する通路があって、それが拡声器となったもんだから、
だいぶ絞られたんだよなあ。
「で、今回の……本当にこの子の本心なのか、試しにいかないか?」
「試しに行こう。フェローさん、すまないがデジタルさんの歩音を聞き分けてほしい」
自分はバブルガムフェローさんに、デジタルさんの足の長さと自然と出る歩幅を伝える。
「アグネスデジタルさんのことを信じていたのが丸わかりだな!
でも、ここまでするのは、ちょっと気持ちが悪い」
「デジタルさんがキスをしたのは、生理的嫌悪感を覚える相手なんだ」
「なるほどな。つまり、あいての方を悪い意味で信じているというのか」
「そういうこと」
さて。往来から少し離れた場所だったから良かったものの、
自分の行動はどう見ても不審者だった。
担当ウマ娘のことになると盲目になってしまう性格らしい。
これから気をつけないといけない。
「よし、みつけた。どうだい、切り込む準備はできたか?」
「ふぅ――――覚悟完了だ」
「っし、取り戻すぞ」
「絶対になっ」
見つけたのは、大人のホテルの前だ。
入ろうとしているところを、周囲の人が連れているウマ娘に関して問い詰めている。
あいつは何やらおべんちゃら使って、はぐらかそうとしているがそうはいかない。
「フェローさん、あの新人トレーナーの目をみないように」
「わかった!」
他の店の呼び込みとメイドカフェのメイドさんと言い争いをしている新人トレーナー。
そんな学園の風評を地に落とすクソ野郎に、お灸をすえるべく突貫する。
「おい、そこのトレーナー」
「あ! 良いところに来てくれた! このホテルに泊まって、明朝出発するってこと
を信じてくれないんすよ!」
「黙れ。中央トレセン学園に所属しておいて、不純異性交遊がどれだけのことか
わかっていないようだな」
周囲の人が、”あの”トレセン学園のトレーナーであるとして、自分と
この新人トレーナーに侮蔑の目線が行き交う。
「それと、この映像なんだが。どんな言い訳をしようと、責任は我々トレーナー、
ひいては大人の責任である。お前の明日は、豚箱だな」
例の映像を大音量ついでに、眼の前のトレーナーに見せつけてやった。
新人トレーナーは、どんな理由か不明だが顔を真っ青にしてたじろいでいる。
こいつの腕に絡みついているデジタルさんは、自我意識を手放しているような
人形もかくやという操り具合で棒読み雰囲気を口から放っていた。
「縺ィ繧くん、あたしと一緒に朝まで身体のお付き合いするっていいましたよね?」
ぶっころけってい
何かが切れた音がした。
が、それと同時に、怒りの形相で睨みつけてきやがった。
目線はバブルガムフェローさん!
「まずっ」
目線を防ごうと振り向いたのがダメだった。
自分たちを見ていた周囲の人の様子がおかしい。
あ、まさか。嘘だろう!? ウマ娘で飽き足らず、お前、バイセクシャルか!?
「トレーナーさん、ぼさっとしない!」
「ああ、デジタルさんを返してもらう!」
自分はいろんなウマ娘と出会っていろんなことをしてきた。
その甲斐あって、ある程度鍛えられているつもりだ。
だから、あまり鍛えてなさそうな新人トレーナーなら、
担当ウマ娘を取り返すくらい造作もない!
「ぐ!?」
「ふん!」
自分はデジタルさんを握るこいつの手の根源である肘を、手に持っている携帯で打撃して離させる。完全な決闘罪と傷害罪だ。
だがしかし、お互いにウマ娘へ悪影響を与えているんだ。
自分もこの世の地獄へ行く覚悟だ、この野郎っ!
肺から空気の塊を吐いて、一気にデジタルさんをこちら側へ引っ張る。
しかし、背中から圧力がかかる。
その圧力の正体は、操り人形と化した町往く人々だ。
こいつらは自分たちを敵と思って攻撃してきている。
ここにいれば圧死する!
もがいて抜け出したかったが、先程息を吐ききってしまって力を出せる状態じゃなかった。
呼吸困難で、意識が朦朧としてくる。
あと妙に熱い。
「菫コ縺ョ繝槭げ繝翫Β縺檎↓繧貞聖縺上●?」
「縺翫@繧翫?縺ゅ↑繧偵⊇繧」
「繧√☆繧偵♀縺励∴繧」
くっそハアハアするんじゃない、この中年オヤジが!
やばい、セクハラもされているけれど、これ、ホモビ行きに……。
「しっかりしろ!」
「ぐえ」
フェローさんか!?
ああ、やはり彼女だ。
フェローさんに一本釣りされ、デジタルともども掬い上げられた。
抜け出すことに成功したが、位置交換してしまったようで
フェローさんが彼らに拘束されてしまう。
「私は大丈夫だ。ウマ娘だからな! 早くいけ!」
「わかった。すまない、バブルガムフェロー!」
いつもの敬称をつけることを忘れて、虚ろな目をしているデジタルさんを抱えて
トレセン学園へ向かってひた走る。
その時だ。
「おい、余の前を走っていくとは不遜だぞ」
「はぁ……はぁ……すまない、オルフェーブル! デジタルをッ!」
「貴様、少しは落ち着け」
「だがっ!」
「息を整えろ。頭を冷やせ」
息を整えられないまま、頭が混乱する中でまずはトレセン学園へ連れて行かなければならない。そう思って走る。特に今、トレセン学園所属のウマ娘とそのトレーナーが、
周辺の人々を巻き込んだ大騒動に発展している。
ここでなんとかしておかないと。
あのトレーナーはともかく、ウマ娘のフェローさんがついと放ってしまった力が
一般人を傷つけた場合、トレセン学園から去ってしまうような沙汰がくだされる。
早めに行かなければ。
そう逸ってしまった頭を、物理的に握ってきたオルフェーブルが
冷静になるよう諭してきた。
「よ、オルフェーブル!」
「オル、何をしてるの?」
「おい、オルフェーブル。ウマ娘たるもの、市井の人に手を下してはならない」
続々聞こえてくるウマ娘たちの声。
「ゴールドシップさん、ドリームジャーニーさん、フェノーメノさん?」
「よっす、トレーナー!」
「お久しぶりです、トレーナーさん」
「これは奇遇……ではないようだな、トレーナーどの。何があった」
白んでいた頭に色が戻って来る。
状況整理ができてきて、オルフェーブルさんと他三人に頼みたいことができた。
「お願いです、あちらのラブホテルでトレセン学園所属トレーナーが、
ウマ娘相手にメンチ切ってます。私のトレーナー免許を渡しますので、
ウマ娘だけでも助けてきていただけませんか?」
自分はオルフェーブルさんの拘束から逃れて、デジタルさんを抱え直す。
往来だから少し目立つが、こういうのはだいたい無視される。
「ふん。ようやく本題を話したか。いくぞ、みんな」
「オルフェも素直じゃねーんだな」
「ゴルシ」
「はいはい」
「あとでいいので、ことの詳細を教えて下さいね」
「乱痴気騒ぎを起こした不届き者を成敗せん」
関係ないウマ娘を巻き込んでしまった。
しかし、それは自分の首でなんとか、無罪にできたらと思う。
そこまで価値はないけれど、懲戒免職とトレーナー権永久剥奪でなんとか。