◇◆ 摩耶、朝の予定を確認する ◆◇
着替えを終えた摩耶は、寝室の全身鏡の前で、そっと深呼吸をひとつ。
ネイビーのスリムパンツに、アイボリーのブラウス。シンプルで動きやすく、それでいてほんのりガーリー。
……提督が「かわいい」って褒めてくれた、お気に入りのコーデ。
(……うん。気合い入りすぎかもだけど……悪くない)
軽く髪に手ぐしを通して、鏡に向かってちいさく頷く。
「メイクは……朝ご飯のあとでいっか」
その昔は「朝飯!」って言ってたけれど、今は、自然に「朝ご飯」って言っている。
自分でも気づかないまま、摩耶はふっと微笑む。
視線を落とすのは、右手の小指にはまった、細く繊細な銀の指環。
光の角度によって、埋め込まれている宝石が静かにきらめいているのが見える。
――七六式指環型通信機C型改四。
艦娘の着任時に支給される、超小型通信端末。通称《指環》。
左手の薬指以外であれば、どの指にも装着可能な装備。
中心に埋め込まれた宝石は、やわらかな光を湛えたパライバトルマリン。
石言葉は「希望」「ひらめき」「自由な魂」――
まるで、摩耶が“艦娘”として選ばれた意味を表しているかのような宝石。
その宝石にそっと指先を触れる。
……シュゥン。
軽やかな音とともに、宙にふわりとホログラムUIが立ち上がる。
光の粒がゆらめく画面は、どこか魔法じみていて――
「……アタシ、アニメの魔法少女かよ……」
誰に聞かせるでもなく、ぽそっとツッコミを入れる。
《指環》は、ログイン不要。艦娘と生体リンクしてるから、本人確認すら必要ない。
妖精さんの謎技術、どこまでもヌルっとすごい。
浮かび上がった通知一覧の最上部に、小さくオレンジ色のフラグが点灯している。
(そういや,高雄姉に言われて、未読の古いのを一番上に出るようにしといたっけ……)
表示された日時は――昨日の夜。
(ん……?)
タップして開くと、そこには――
《【バイタル高負荷検出】 2046時 心拍・体温・酸素飽和度急上昇》
《記録保存済み(参照:夜戦搬送中)》
(……は……?)
その時刻は、まさに昨夜の“お風呂に搬送中”。
(あっ……)
記憶が蘇る。
提督に、お姫様抱っこで浴室に運ばれていた、あの時間――
黒のブラ。黒のショーツ。
しかも透ける素材。そして……まさかのTバック。
(やばっっっっっ)
一瞬で頬が熱くなる。
(これ……あたしのバイタル、全部……妖精さんにモニターされて……)
(ってことは……その時のアレやコレが……記録されてんのか……!?)
画面の隅に、ひょこっと妖精さんの「テヘペロ(・ω<)」アイコンが出てきて――
《特記事項:記録は妖精さんの通常業務です。》
「……ちょ、やめろよ……! そんな気遣い、逆に刺さる……!」
摩耶、朝から全力でツッコむ。
全身が茹でダコ状態になりながらも、必死で気を取り直す。
(……あたしは艦娘……あたしは艦娘……妖精さんに動揺してる場合じゃねぇ……!)
続いて、お知らせのメインを確認する。
《【勤務通達】明日0900時からの演習は中止。1300時より勤務開始。1330時までに工廠へ集合。1400時より近海哨戒任務》
(……ちゃんと、連絡来てたんだ……)
そう。確かに届いていた。昨日のうちに。
お風呂タイムに提督が話したって言ってたのは……これか……。
(……なのにアタシは……夜戦でバイタル高負荷になったの記録されて……)
(……朝起きて目覚まし見た瞬間、叫んで……)
(……パンイチで「くまさん」みたいにぐるぐる歩き回って……)
……「くまさん」……やさしくなった摩耶の言葉遣い。
追い打ちをかけるように、夜戦(意味深)の時の妖精さんのプラカード芸、「小破」→「中破」→「大破」、までもがフラッシュバック。
「っっっっ!!!」
(アタシ……マジでアホの子じゃん……)
ホログラム画面をそっとスワイプで閉じる。
光の粒がふわっと弾けて、何事もなかったかのように《指輪》の宝石は沈黙する。
(…………)
(……………………)
(…………………………………………)
「……さて」
摩耶は、ふぅっと深く息を吸う。
(考えても仕方ねぇ。アタシは艦娘……まずは――)
(……朝ご飯、だな)
肩を軽く回して、リビングへと向かう摩耶の後ろ姿は、どこか頼もしくて――
可愛かったりする。