◇◆ 朝ご飯,終了 ◆◇
朝食を終えた食卓の上に、ふたり分の湯呑と、空になった味噌汁椀が並んでいる。
摩耶は小さく伸びをしながら、ふぅと一息。
「……提督の勤務開始って……今日は1100からだったよな?」
「うん……」
「じゃあ、さっさと行けよ!」
「片付けはアタシがやっとくから」
ぶっきらぼうな口調。 でも、その目は笑っている。
提督は頷くと、椅子から立ち上がり、ダイニングの隅に置いてあったリュックを肩にかける。
「いってくるね……」
「……おう!」
摩耶も当たり前のように立ち上がって、玄関まで一緒に向かう。
◇◆ 摩耶、おかんモード発動 ◆◇
靴を履こうとする提督の後ろで、摩耶が玄関脇の収納扉を開ける。
「ちょっと待った! ハンカチ持ったか?」
「ちゃんとポケットに入ってるよ」
「ちり紙は? ちょっと花粉飛んでるぞ」
「大丈夫、リュックに入ってる」
「スマホ、充電したまま忘れてない?」
「持った。」
「財布! 昨日カード抜いてなかった?」
「うん、ちゃんと戻した」
……あたし、何やってんだろ。
そう思いながらも、口が止まらない。もう癖になってる感じすらある。
(提督、アタシよりよっぽどしっかりしてるって、知ってるけど……なんか、世話焼きたくなっちまう……)
提督のシャツが目に入る。摩耶が選んだシンプルな白シャツ。カラフルなボタンが、良い感じのアクセントになっている。
ベージュのカラーデニムと合わせた摩耶一推しのコーデ――
(……アタシのコーデ、やっぱイケてんじゃん)
ほんのりと、心の奥がくすぐったくなる。
◇◆ 摩耶、ご飯粒に気づく ◆◇
――そのとき。
摩耶の視線が、提督の口元で止まる。
(……あ!)
提督の唇の端に、小さな……小さな白い点。
ご飯粒。
摩耶の脳内で鐘が鳴る。
(きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
アタシのターン!
朝から最高のイベント発生――!!
摩耶は無意識に身を乗り出し、指先でそのご飯粒をそっとつまむ。
「ったく、小学生かよ……」
そして――
勝ち誇ったような顔で、それを自分の口に運んだ。
(ふふん……勝利……!!!)
ここまでは完璧だった。完璧だったのに――
◇◆ 摩耶、抱きしめられ轟沈 ◆◇
提督が、両手を広げて静かに微笑む。
「摩耶……おいで」
摩耶は、つまんだばかりのご飯粒の余韻を残したまま、無意識に提督の腕の中へ。
その瞬間、提督の腕がふわりと背中を包む。
(……あ、やべっ……)
温かい胸元。すん、と鼻を抜ける香り。
なんでもないはずの洗い立てのシャツの匂いが、朝の空気と混ざって――心臓が跳ねる。
(……これ、あれだよな……)
(いつもの「いってきます」の……!)
摩耶は目を閉じ,ちょっとだけ上を向いて、微かに唇を尖らせる。
「……ん」
唇に柔らかい感触。
優しくて、ふんわりとした提督のキス。
摩耶がそっと目を開けると、ドアノブに手をかけている提督。
「いってくるね」
「……昼前にはアタシも顔出すから……知ってると思うけど……」
ぎこちなく手を振る摩耶。
ドアが閉まり、静かな空気が戻る。
◇◆ 摩耶、ひとりのリビングへ ◆◇
「……ふー……」
一人だけのリビング。
(……提督、行っちゃった……)
ほんの少し、胸がきゅっとする。
(……ちょっと寂しいだなんて……そんなの……)
でも――
リュックの肩ひもを引き上げる仕草。 見送ったあとに残る、シャツの仄かな香り……。
全てが、ちょっとだけ、愛おしい。
気を取り直して、摩耶はキッチンに戻る。
「……よし、片付けだ」
食器を軽く水で洗って、さっと食洗機へ。
今では日常のひとこま。 でも、それは摩耶にとって、かけがえのない――特別な、朝の時間。