エルフの戦士と人間の魔法使い
◇◆ 居酒屋「鳳翔」 ◆◇
鎮守府の片隅にある、静かな居酒屋「鳳翔」。
艦娘たちが戦いの合間にふと立ち寄るこの店には、長年変わらぬ温かさがあった。
今夜、奥の席では――摩耶と愛宕が、並んで盃を交わしている。
「摩耶、一緒に飲むの、久しぶりね」
「提督と一緒になってからは、飲むの家だから……」
摩耶は杯を片手に、お気に入りの燗酒をゆっくりと口に運ぶ。
カウンターの奥では、鳳翔が穏やかな表情で店を切り盛りしていた。
「それに、今日はちょうどアイツもいないし……」
「提督、今日は出張だったわね」
「おう。久々の大本営だから、まぁ、色々あんじゃね」
「なら、今夜はのびのびじゃない?」
愛宕が、ほんの少し笑いながら言う。
「……ま、まぁ……」
摩耶は肩をすくめたが、どこか寂しげな色がその表情に差す。
◇◆ 静かな盃 ◆◇
「そういえば……提督とケッコンカッコ『ガチ』してから、随分経ったわね」
愛宕がぽつりと呟く。
摩耶の視線が、そっと落ちる。
「あれから……結構経った……かも?」
「ええ」
(…………………………)
摩耶は盃を揺らしながら、ぽつりと呟く。
「愛宕姉……」
「ん……?」
「あのさ……愛宕姉……」
「なあに?……」
優しく微笑む愛宕。
「……風呂から上がるとさ……体拭いてパンツ履くじゃん」
「うん」
「……提督のやつさ……」
「提督のやつさ……、少し前から、座ってパンツ履くんだよ……」
愛宕の指が、盃の縁で止まる。
摩耶は小さく笑おうとする。けれど、その笑みは少しぎこちない。
「ダサいから「やめろ」って言ってるのに、昔と変わらない顔してヘラヘラ笑ってさ……」
愛宕は静かに盃を置いた。
「それで……ときどき「摩耶はずっと変わらないね」って超嬉しそうに言いやがる……」
摩耶は少しうつむきながら続ける。
「なんか、ムカつくんだよな……」
摩耶は、ぎこちない笑みを浮かべている。
鳳翔の店内には、静かに夜風が入り込んでいる。
◇◆ 本の記憶、ふたりの記憶 ◆◇
ふと、摩耶がカウンターの方に視線を向ける。
「……ねえ鳳翔さん、覚えてる? アタシ、本読むの苦手だったじゃん……」
「初めて読んだ本……提督の本棚にあったやつ借りて……『エルフの戦士と人間の魔法使い』って本」
「鳳翔さん、読むの手伝ってくれたじゃん……」
「アタシ、漢字とかも苦手だったからさ……」
鳳翔は微笑みながら、優しく、でもいたずらに首をかしげる。
「そんなこと……ありましたっけ……」
穏やかな笑みを浮かべる鳳翔。
摩耶はそれ以上何も言わず、静かに盃を傾けた。
その横で、愛宕が静かに目を伏せる。
――摩耶がケッコンカッコ「ガチ」を決める少し前に話してくれたあの本のこと、愛宕もよく覚えている。
◇◆ エルフの戦士と人間の魔法使い ◆◇
女は不老長寿のエルフ。
男は人間。
出会い、恋をし、愛し合ったふたり。
時が流れ、男は老い、記憶を少しずつ手放していく。
ある日、女を見つめながら、男は微笑みながら話しかける。
「私、もうおじいちゃんだけど……」
「昔……心から愛した、ひとがいたんだよ……」
「そのひとは……あなたに、とてもよく似ていた気がする……」
「……今、どうしてるのかな……」
始めて出会ったときと同じ、はにかむ笑顔。
女は何も言わず、ただ優しく微笑む。
そして、そっと男の手を握る。
◇◆ 微笑み、そして盃 ◆◇
愛宕の指が、盃を軽く撫でる。
摩耶は、小さく息を吐いて――
ほんの少し、唇の端を持ち上げる。
「ま……アタシが考えても、仕方ねぇよな」
愛宕は何も返さず、ただ、静かに盃を傾ける。
店内に満ちる、燗酒の香りと、静かな空気。
暖簾が、夜風に揺れている。