摩耶の鎮守府日記   作:ワタナベ提督の鎮守府

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【間奏曲 #02】
鍵をなくした男


◇◆ 鍵が見つからない ◆◇

 

日が暮れてから少し経った夕食時。

 

摩耶は、自宅のドアの前でピンポンを押す。

 

――少しの間。

 

やがて、扉の奥から聞こえる足音。

開いたドアの向こうには、いつもよりちょっと焦った様子の提督。

 

「ごめん、待たせちゃった?」

 

「うんう、……なんか、あった?」

 

摩耶が首を傾げると、提督は少しバツが悪そうに頭をかいた。

 

「ゴミ袋持って玄関出たらさ……鍵が見つかんなくて……」

 

「鍵? でも提督、中にいたじゃん。散歩から帰ってきたとき、鍵開けたんだろ」

 

「うん、鍵は……開けた」

 

「じゃあ……部屋に入ってから、一回も外出てない?」

 

「出てない……」

 

「んで、ゴミ捨てに出ようとして――鍵がなくて焦ったわけか」

 

「……うん」

 

摩耶は、ひとつだけ深く息を吸った。

 

「ったく……大騒ぎしやがって。部屋の中にあるに決まってんだろ」

 

その言い方はぶっきらぼうだったけれど、その声には、優しさがにじんでいる。

 

「後で一緒に探してやるからさ、ねっ、もう一緒にご飯食べよっ」

 

そして、摩耶は提督に一歩近づいて、いつもの“ただいま”のキス。

 

◇◆ 晩ごはん ◆◇

 

リビングに入ると、テーブルの上には温かい夕飯が並んでいる。

 

鶏と根菜の煮物、湯気の立つ味噌汁、香ばしい焼き魚。

 

提督の得意な“ちゃんとした和定食”。

 

リビングには、開きかけの引き出しや出しっぱなしの小物類――

鍵を探して部屋中を探し回った“形跡”が、静かに残っている。

 

摩耶は、ショルダーバッグをソファーにおく。そして、愛用の白いネックポーチは、キッチンカウンター脇のフックへ。

 

今日の夕食は、並んで座る配膳だったので、何も言わずに提督のとなりに座る。

 

提督が摩耶の近くに座ってご飯を食べたいときに、無意識にする配膳。

 

「……いただきます」

 

二人の声は、相も変わらずピタリと合う。

 

ゆっくりと箸を取る。

 

提督は伏し目がちにとなりに座ったけれど、その目は何度もチラチラとリビングを確認している。

 

「……気にしてんのかよ……」

 

「明日の朝、対空番長の摩耶様が一緒に探してやるからさ。」

「今日はもう心配すんなって。食えって」

 

「うん……」

 

提督は、ほんの少しだけ目を細めて笑った。

 

摩耶はその横顔を見つめながら、胸の奥が温かくなる。

 

昔とは違う今の提督。

 

けれど、摩耶にとって、これまでも、今も、そしてこれからも、一番大切なひと。

 

◇◆ ネックポーチ ◆◇

 

夕飯のあと、提督はふと思い出したように寝室へ向かう。

 

そして、しばらくして戻ってくると――

手にぶら下げた白いネックポーチが、小さく揺れている。

満面の笑み。

 

「……あった!」

 

嬉しそうにそう言って、ポーチのファスナーを開ける。

 

中には、摩耶とお揃いのキーホルダーにつけられた家の鍵。

 

「いつも首から下げてるソイツの中に、最初からあったんじゃん……」

 

「うん……多分、最初から入ってた……」

 

穏やかな笑みを浮かべながら、肩をすくめる摩耶。

 

「そんなの良くあることだから、気にすんなって」

 

「でもさ……」

 

提督は、白いネックポーチを手にとって、ゆっくりと眺める。

 

「これ、摩耶のプレゼントだから……キャッシュレスのカードとか、IDとか、スーパーのポイントカードとか、大事なの入れとけって……」

 

「忘れっぽい提督が困らねぇように、ってな……家の鍵も入れてたんだ……」

 

ネックポーチを眺める提督。

 

「うん……そう。あと……」

 

提督は少し照れくさそうに笑った。

 

「これ、摩耶とお揃いだし……出かけるとき、首から下げてると、なんか一緒にいるみたいで……」

 

摩耶は、台所のカウンター脇を見る。

 

そこには、フックにぶら下がっている、摩耶の白いネックポーチ。

 

「……当たり前だろ。アタシ、お前の嫁だぜ?」

 

提督は、照れたように笑って、ポーチを握りしめた。

 

◇◆ 静かな備え ◆◇

 

提督のポーチには、摩耶が作ったカードが入っている。

 

ラミネート加工されたそのカードには、

摩耶の名前、摩耶のスマホ番号、提督の名前、そして自宅の住所が書かれている。

 

見やすい大きめの、丁寧に書かれた摩耶の手書き文字。

 

それは摩耶が提督に持たせている、“もしものため”のカード。

 

いつか、どこかで、提督が一人迷ったとき。

 

誰かが、摩耶に連絡をくれるように。

 

「そんなの入れとかなくても大丈夫だよ」って苦笑いしながら提督は言っていたけれど、でも摩耶は――

 

「それ入れてたら、落としたときに戻ってくるかもじゃん……それに……」

 

「アタシが安心なの!」

 

二人の“時間の流れ”の差は、確実に広がってきている。

 

摩耶は、そのことを受け止めている。

 

だからこそ、昔と変わらぬ口調で呟く。

 

「ったく、慌てんなっての……」

 

そして、今日も――

ふたりの時間は、静かに流れていく。

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