摩耶の鎮守府日記   作:ワタナベ提督の鎮守府

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摩耶、入渠

◇◆ 摩耶、緊急搬送 ◆◇

白く、揺れる光の底から――

意識が、ゆっくりと浮かび上がってくる。

 

(……ここ……どこ……?)

 

まぶたの裏に滲む光が、じわりと形を変えながら脳裏に差し込む。

重たいカーテンをめくるように、まぶたをゆっくり持ち上げると――

天井の照明が、ぼやけた輪郭を描いて光っていた。

 

その光が、足元の方へと流れていく。

 

(……動いてる……アタシ……)

 

体が、わずかに揺れていた。

ストレッチャーに――運ばれている。

それが、ようやく頭の片隅で理解されていく。

 

耳の奥に、誰かの声。

 

「……あと少しで轟沈……バイタル、極度に低下……」

「……入渠カプセル……すぐ準備して……」

「……妖精さん、呼吸の確保を最優先……」

「……高濃度の修復材はダメ……刺激が強すぎる……」

「……比重調整された10%溶液を使って……循環と意識レベルの安定を最優先……」

 

――明石の声。

 

いつもの朗らかで軽やかな声音ではない。

鋭く、張り詰めた緊迫感が、言葉のすべてに宿っている。

 

明石が、冗談ひとつ交えずに、ただ真剣に指示を飛ばしている。

けれどその声さえ――まるで海の底から響いてくるように、遠い。

 

(……明石……何か、言ってる……アタシ……やばい……?)

 

視界の端で、誰かの影が揺れる。

三つのシルエットが、摩耶の横を並ぶように動いていた。

 

(あれ……高雄姉……? 鳥海……愛宕姉……?)

 

よく見えない。

でも――誰かが、必死に運んでくれている。

そのことだけは、ぼんやりとわかった。

 

不思議と、痛みはない。

ただ、体がふわふわと浮いているような――そんな感覚。

 

(……アタシ……なんか……あった……?)

 

(敵機が……確か……)

 

記憶が、ところどころ千切れたフィルムのように断片的によみがえる。

 

――でも。

 

その奥にある、もっと大切な“何か”が。

 

(……誰かが……アタシを……待ってる……)

 

その確信だけが、ふと胸をかすめる。

 

けれど――

その記憶は、浮かび上がってこない。

 

まるで、心のいちばん深い場所に、大切に、大切に――

絶対に壊れないようにしまい込まれてしまったみたいに。

 

(……誰……だっけ……)

 

まぶたが、また重くなる。

 

摩耶の意識は、再び静かに、深く沈んでいった。

 

◇◆ カプセルの中 ◆◇

ゆらり――と、光が揺れる。

その揺らぎに引かれるように、意識がまた水面へ浮かび上がる。

 

目をゆっくり開ける。

けれど、焦点は合わず、世界はぼやけたままだ。

輪郭も、色も、全てがゆるやかに溶けて――

まるで、水の中に沈んだ世界。

 

(どこ……ここ……)

 

体は、重力を感じない。

そう思った瞬間、摩耶はぼんやりと気づく。

 

(……アタシ……浮いてるの……?)

 

実際には、入渠カプセル内の修復液の比重が体重と同調されており、身体の各部位にかかる負荷は限りなくゼロに近い。

これは、深刻な外傷を負った艦娘の身体を、最小限の応力で保護するためのプロトコル。

 

縦型のカプセル。

摩耶は“立った”姿勢のまま、無重力のような空間に、静かに浮いている。

 

口と鼻を覆う、柔らかい呼吸用マスク。

青白くわずかに発光する修復液が、カプセル内部を淡く、穏やかに照らしている。

 

(……やっぱり……アタシ……浮いてる……)

 

ガラスの向こう――

明石が妖精さんたちと共に、慌ただしく動く姿。

音は、届かない。

けれど、その緊迫した動きから、彼女の焦りと集中が痛いほど伝わってくる。

 

摩耶は、そっと胸元へ目を落とした。

 

(……ネックレス……)

 

(そんなの……持ってないのに……)

 

そこには、何もない。

 

けれど――

ネックレスのことを考えるたびに、なぜか、胸の奥がほんのりとあたたかくなる。

 

(……誰かに、もらったんだっけ……?)

 

その記憶に触れようとする。

 

――が、すぐに霧がかかる。

 

(……胸の奥が……あったかい……でも……なんだっけ……)

 

思い出せない。

けれど、不思議と、不安は感じない。

 

それはまるで、一番大切な宝物を、壊れないように――

心のいちばん奥に、そっとしまったような感覚。

 

(アタシ……大事な何か……ちゃんと持ってるのかな……)

 

(……今は、思い出せなくても……)

 

まどろみのなか――

摩耶の意識は、再び静かに、深い眠りの底へと沈んでいく。

 

修復液の揺らぎに包まれながら。

静かに、ゆっくりと――。

 

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