◇◆ 執務室、会議の終わり ◆◇
窓越しに朝の光が差し込む執務室。
重厚な机を挟んで座る六人――
長門、陸奥、大淀、明石、高雄、そして提督。
話はひととおり終わり、ひとときの静寂が、部屋を包んでいる。
明石がふと、懐からひとつの小さなケースを取り出す。
深い緋色のビロードに覆われた、宝石商が使うような丁寧なつくりのケース。
「……提督」
明石が低く声をかける。
「私のところに運ばれてきた時、摩耶さんが身につけていたアクセサリーです」
丁寧に手のひらを使い、ケースを滑らせながら提督に渡す。
誰も言葉を発しない。
ただ、その箱の中身が何であるか、全員が知っている。
◇◆ 三つの証 ◆◇
提督が、ゆっくりと蓋を開ける。
三つのアクセサリーが、光を受けて密かに煌めいている。
ピンキーリング――九七式指環型通信機、通称≪指環≫。
中心に小さな“R”のチャームがついた、繊細なネックレス。
そして――艦娘と提督、ただひと組の絆を示す、ケッコンカッコカリの指輪。
長門は静かに目を閉じ、
陸奥はほんのわずかに眉を寄せる。
高雄は唇を噛み、大淀は視線を伏せる。
明石は、まっすぐ前を見つめている。
提督の手が、ゆっくりと伸びる。
その指が触れたのは、ただひとつ――ケッコンカッコカリの指輪。
指先でそれをつまみ上げ、無言のまま、自分の前にそっと置く。
そして――蓋を閉じる。
残された二つの品が収められたケースを、再び明石のもとへ。
◇◆ 明石の返答 ◆◇
しばしの沈黙。
その静けさを、明石がやわらかく破る。
「……ご指示、承知しました」
声には、静かな感情がこもっていた。
「ピンキーリングは、摩耶さんが復帰する際に渡します」
「ネックレスも、運ばれた時に身につけていたという理由で、摩耶さんに返します」
そう言って、明石はケースを胸に抱え直す。
◇◆ 退出 ◆◇
「……我々は任務に戻る」
「摩耶に余計な気は遣わせん……記憶のことには触れぬように――皆には自然に伝えておく」
長門の言葉で、全員が静かに立ち上がる。
高雄は一度だけ、提督の机を振り返る。
その視線には、摩耶を思う提督の気持ちを慮る、言葉にできない思いがにじんでいる。
陸奥も、目元をそっと押さえるような仕草を見せる。
明石と大淀は、並んで深く一礼する。
五人の背中が、静かに扉の方へ向かう。
「失礼します」
重たい扉が音もなく閉まり、
執務室には、提督一人だけが残される。
◇◆ 二つの指輪 ◆◇
提督は、椅子に深く座り直し、
机の上に残された小さな指輪を見つめる。
やがて、その指輪の隣に――もうひとつ、同じ銀の光が置かれる。
それは、自らの左手薬指から外した、自分のケッコンカッコカリの指輪。
静かに、胸ポケットから何かを取り出す。
それは、極細のチェーン。
妖精さんに特注した、非反射素材の特製品。
耐水性・耐衝撃性・対電子干渉処理済み。
艦娘の通信装備や艤装にも干渉しない、極限まで目立たない、“存在していないようなひも”。
そこに、ふたつの指輪を、ゆっくりと通す。
小さく、かすかに触れ合う金属の音。
指輪は、軽く触れ合ったまま――並んで揺れている。
提督は、それを首に掛ける。
詰襟の制服に隠れるように、慎重に、胸元へとしまい込む。
誰も見ていない。
誰も知らない。
誰も気づかない。
静かに、息を吐く。
ふう、と。
誰に聞かせるでもない、深く、穏やかな呼気。
再び前を向いたその目には、何も映さないようで――
すべてを覚悟したような、深い光がある。