摩耶の鎮守府日記   作:ワタナベ提督の鎮守府

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【昔話 #01】帰還編
摩耶、演習に復帰


◇◆ 診察 ◆◇

アタシは、明石に呼ばれて診察を受けた。

 

「身体はもう問題なし。反応も正常、感覚のズレもないわね。これで正式に、演習復帰OKよ」

 

いつもの明石の口調。でも、どこか、ほんの少しだけ優しい気がするのは――

アタシの気のせい?

 

「はい、これも返すね」

 

そう言って明石が手渡してくれたのは、小さなケース。

手のひらにちょうど収まるくらいの、深い緋色のビロード張り。

 

パチン、と蓋を開けると、中には――

 

アタシのピンキーリング。九七式指輪型通信機。

それと、もうひとつ。

 

「……このネックレス、なんだっけ?」

 

ちょっと首を傾けて尋ねる。

 

「運ばれてきたときに、つけてたの……」

 

明石は、それ以上なにも言わない。

説明も、注釈もなくて――むしろ、何かを隠してるような、そんな空気。

 

でも、聞いてみる気にはなれなかった。

 

目の奥が、少しだけ寂しそうに見えたから。

 

小さな“R”のチャームがついたネックレスを手に取る。

 

……なんだろ、これ。

 

どこかで見たことがあるような、ないような。

あたしにとって大事なものだった気がする――そんな気配だけが、胸の奥にふわっと浮かぶ。

 

チクリと、痛いような、温かいような。

 

……けど、思い出せない。

 

考えたって仕方ないか。どっかで誰かにもらった、お守りか何かだろ。

 

「ま、悪くねぇし。つけとくか」

 

制服の内側に、そっと通す。

チャームが、胸元で小さく揺れる。

 

◇◆ 演習 ◆◇

潮風の匂い。肌で感じる風の流れ。鋭く響く号令と砲声。

 

演習場の空気が、アタシの中を通り抜けていく。

 

最初の頃は、身体が少し鈍ってる気がして、不安だったけど……

でも――今はもう、違う。

 

砲撃のタイミング、敵の動きを読む勘、それに身体の応答。

全部、戻ってきてる。

 

アタシは、ちゃんと“戦える”。

 

演習場の片隅――誰かが見てる。

 

詰襟の白い制服。

立ったまま、じっとこっちを見つめてる、あの姿。

 

……提督。

 

最近、よく演習を視察に来てくれてる。

アタシが言うのもなんだけど、気にかけてくれてるのかな……なんて。

 

前より、アタシのこと――見てくれてる気がする。

 

……なんでだろ。

 

ただ見られてるだけで、なんか、少しだけ嬉しくなる。

 

前も、こんなふうだったっけ?

 

……ううん。深く考えなくてもいいよな。

 

◇◆ 勲章 ◆◇

演習を終えて、火照った身体に風が心地いい。

 

制服の胸元に、指を添える。そこにある、小さな勲章。

 

提督と大本営から授与されたもの。

アタシが海防艦のチビたちを護った、あの戦闘の評価だってさ。

 

……三つ目の勲章。

 

いくつもらっても、慣れるもんじゃないけど――これは、特別。

 

あの子たちが無事に帰ってこれた。

それが、何より嬉しい。

 

小さく、胸元を押さえる。

 

“R”のチャームが、素肌に押し付けられる感触がする。

 

◇◆ 食堂 ◆◇

「最近、提督がよく演習を視察に来てくれるんだよな」

 

食堂でご飯を食べてるとき、何気なくそう言った。

 

……空気が、ほんの少しだけ変わった。

 

みんなが言葉を選ぶように、ちょっとした間ができる。

 

「……そっか」

「うん、そうね」

 

返ってきたのは、いつも通りの言葉。

 

でも、声がほんの少しだけ硬い。

 

(……あれ?)

 

なんか、みんな……何かを隠してる?

 

でも、口には出さない。

 

アタシが気づいてないだけで、みんな何かを知ってる――?

 

そんなモヤモヤが浮かぶけど、

食堂のざわめきが、考えごとを遠くへ押し流していく。

 

◇◆ 談話室 ◆◇

夜。談話室で、高雄姉、愛宕姉、鳥海と一緒。

 

アタシは、やっぱり気になって――聞いてみる。

 

「提督さ、最近、演習よく見に来てくれてるよね? アタシの気のせい?」

 

三人とも、いつも通りの笑顔。

 

「そうね、摩耶。最近すごく頑張ってるもの」

「ふふ、演習でもキレがあるわね」

 

言葉だけなら、ただの会話。

 

でも……その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、悲しげな光が見えた気がする。

 

……アタシの勘違い?

 

それとも――本当に、何かが欠けてる?

 

分からない。

分からないけど、心の奥が、少しだけざわつく。

 

◇◆ 夜 ◆◇

明日は、実戦復帰の可否を判断する明石の診察。

 

身体はもう問題ない。演習もバッチリ。

 

――きっと、大丈夫。

 

なのに、なんだろう、このざわざわ。

 

食堂の空気。

談話室の笑顔。

チャームが触れたときの、あの胸の痛み。

 

全部、気のせい?

 

なら、それでいいや……。

 

ベッドに横になって、カーテン越しの風を感じながら目を閉じる。

 

――明日になれば、また、いつも通りのあたしに戻れる。

 

そう願いながら、静かに眠りに落ちる。

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