摩耶、演習に復帰
◇◆ 診察 ◆◇
アタシは、明石に呼ばれて診察を受けた。
「身体はもう問題なし。反応も正常、感覚のズレもないわね。これで正式に、演習復帰OKよ」
いつもの明石の口調。でも、どこか、ほんの少しだけ優しい気がするのは――
アタシの気のせい?
「はい、これも返すね」
そう言って明石が手渡してくれたのは、小さなケース。
手のひらにちょうど収まるくらいの、深い緋色のビロード張り。
パチン、と蓋を開けると、中には――
アタシのピンキーリング。九七式指輪型通信機。
それと、もうひとつ。
「……このネックレス、なんだっけ?」
ちょっと首を傾けて尋ねる。
「運ばれてきたときに、つけてたの……」
明石は、それ以上なにも言わない。
説明も、注釈もなくて――むしろ、何かを隠してるような、そんな空気。
でも、聞いてみる気にはなれなかった。
目の奥が、少しだけ寂しそうに見えたから。
小さな“R”のチャームがついたネックレスを手に取る。
……なんだろ、これ。
どこかで見たことがあるような、ないような。
あたしにとって大事なものだった気がする――そんな気配だけが、胸の奥にふわっと浮かぶ。
チクリと、痛いような、温かいような。
……けど、思い出せない。
考えたって仕方ないか。どっかで誰かにもらった、お守りか何かだろ。
「ま、悪くねぇし。つけとくか」
制服の内側に、そっと通す。
チャームが、胸元で小さく揺れる。
◇◆ 演習 ◆◇
潮風の匂い。肌で感じる風の流れ。鋭く響く号令と砲声。
演習場の空気が、アタシの中を通り抜けていく。
最初の頃は、身体が少し鈍ってる気がして、不安だったけど……
でも――今はもう、違う。
砲撃のタイミング、敵の動きを読む勘、それに身体の応答。
全部、戻ってきてる。
アタシは、ちゃんと“戦える”。
演習場の片隅――誰かが見てる。
詰襟の白い制服。
立ったまま、じっとこっちを見つめてる、あの姿。
……提督。
最近、よく演習を視察に来てくれてる。
アタシが言うのもなんだけど、気にかけてくれてるのかな……なんて。
前より、アタシのこと――見てくれてる気がする。
……なんでだろ。
ただ見られてるだけで、なんか、少しだけ嬉しくなる。
前も、こんなふうだったっけ?
……ううん。深く考えなくてもいいよな。
◇◆ 勲章 ◆◇
演習を終えて、火照った身体に風が心地いい。
制服の胸元に、指を添える。そこにある、小さな勲章。
提督と大本営から授与されたもの。
アタシが海防艦のチビたちを護った、あの戦闘の評価だってさ。
……三つ目の勲章。
いくつもらっても、慣れるもんじゃないけど――これは、特別。
あの子たちが無事に帰ってこれた。
それが、何より嬉しい。
小さく、胸元を押さえる。
“R”のチャームが、素肌に押し付けられる感触がする。
◇◆ 食堂 ◆◇
「最近、提督がよく演習を視察に来てくれるんだよな」
食堂でご飯を食べてるとき、何気なくそう言った。
……空気が、ほんの少しだけ変わった。
みんなが言葉を選ぶように、ちょっとした間ができる。
「……そっか」
「うん、そうね」
返ってきたのは、いつも通りの言葉。
でも、声がほんの少しだけ硬い。
(……あれ?)
なんか、みんな……何かを隠してる?
でも、口には出さない。
アタシが気づいてないだけで、みんな何かを知ってる――?
そんなモヤモヤが浮かぶけど、
食堂のざわめきが、考えごとを遠くへ押し流していく。
◇◆ 談話室 ◆◇
夜。談話室で、高雄姉、愛宕姉、鳥海と一緒。
アタシは、やっぱり気になって――聞いてみる。
「提督さ、最近、演習よく見に来てくれてるよね? アタシの気のせい?」
三人とも、いつも通りの笑顔。
「そうね、摩耶。最近すごく頑張ってるもの」
「ふふ、演習でもキレがあるわね」
言葉だけなら、ただの会話。
でも……その瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、悲しげな光が見えた気がする。
……アタシの勘違い?
それとも――本当に、何かが欠けてる?
分からない。
分からないけど、心の奥が、少しだけざわつく。
◇◆ 夜 ◆◇
明日は、実戦復帰の可否を判断する明石の診察。
身体はもう問題ない。演習もバッチリ。
――きっと、大丈夫。
なのに、なんだろう、このざわざわ。
食堂の空気。
談話室の笑顔。
チャームが触れたときの、あの胸の痛み。
全部、気のせい?
なら、それでいいや……。
ベッドに横になって、カーテン越しの風を感じながら目を閉じる。
――明日になれば、また、いつも通りのあたしに戻れる。
そう願いながら、静かに眠りに落ちる。