◇◆ 診察室 ◆◇
「――よし、演習データも問題なし。摩耶さん、現場復帰OKですね」
明石がそう告げた瞬間、アタシは心の底からホッとした。
「ふっふぅん」
「ふふっ、そんな嬉しそうな顔しちゃって。……まぁ、元気になったって証拠ですね」
診察台から降りながら、肩をぐるりと回してみる。
体の傷はもう痛まないし、動きも問題ない。やっと、戦える。
……ちょっと長かった。いや、かなり。
でも――なんだろ。ほんの少し、胸の奥がざわついてる。
◇◆ 廊下 ◆◇
明石から現場復帰OKをもらったその日の午後、廊下を歩いていたら、向こうからちょこちょこと駆け寄ってくる3人の小さな影が見える。
日振、大東、昭南――
なんか、アタシはこの3人に懐かれてる。
やっぱ、護ってやったからなのかなぁ……とか思ったりもするけど、コイツら可愛い……
「摩耶さん! 現場復帰決まったって聞きました!」
「さっすが摩耶の姉御!」
「無理しちゃだめ……」
3人が口々に嬉しそうな声をあげるのを見て、アタシもつい笑っちまった。
「ま、無理はしねぇよ」
現場復帰が決まった安心感もあって、なんだか気分がいい。
このまま重巡寮に戻るのもいいけど――
「なぁ、せっかくの復帰祝いってことで、これから間宮行くか!」
「わーい!」「行く!」「もしかして……摩耶さんのおごり……?」
「当たり前だろ……奢ってやるよ!」
ちびっ子3人が無邪気に喜ぶのを見て、アタシは胸の奥が温かくなる。
アタシは小さな3人と並んで歩き出す。
手とか握ってくんなよ……ったく……
この先のことは分からないけど――
とりあえず、今はこの瞬間。
◇◆ 間宮 ◆◇
「あっ、摩耶さん。おかえりなさい。復帰されたんですね」
カウンターの奥から聞こえた間宮さんの声は、まるで春の陽だまりみたいにあたたかい。
アタシは自然と微笑んで、軽く手を挙げる。
「おー、ただいま。席、4人ね。復帰祝いってことで」
「了解しました。伊良湖ちゃん、お願いね」
「はーいっ!」
元気いっぱいに駆けてくる伊良湖ちゃん。
その表情が、パァッと明るくなるのが見える。
「摩耶さん、ほんとに……復帰されたんですね……!」
喜んでる。アタシはちょっと照れながら、頷く。
「ん。……ちょっと時間かかったけどさ……」
伊良湖ちゃんはふわっと笑って、
ちびっこたちを見たあと、アタシにそっと耳打ちしてくる。
「妖精さんたちと相談して、スペシャルメニュー用意してました」
「……助かる」
案内されたのは、窓際の柔らかな陽が差し込む席。
日振たちは、くるくると視線を巡らせながらも、どこか緊張してるようにも見える。
「じゃーん! 間宮特製! ふわふわホットケーキのセットでーす!」
「うわぁ……!」
「すごっ……!」
「ほんものの……“間宮スイーツ”……!」
目をきらきらさせるちびっ子3人だけど……
どっか、アタシのことを心配してんのかなぁ……
メープルシロップを多めにかけてあげる。
「ホットケーキ、冷めないうちに食えよー」
「い、いただきますっ!」
日振がスプーンを握りしめて、一口。
「おいしいっ……! すっごく甘くて、しあわせな味がする……!」
「姉御……これ、染みます……マジで……」
「……ぬくもり……」
なんか、目を潤ませてんのが一人、ホットケーキと一体化してるのが一人、
そしてホットケーキを大切そうに食べてる昭南は――
アタシのことを、何度もちらちら見てる。
なんだよ、そんな顔すんなって……
なんか、アタシ、変だったか? いや、別にいつも通りだろ?
……でも、ちょっとだけ、心の奥がチクっとする。
◇◆ 分けっこ ◆◇
「摩耶さん、こちらもどうぞ」
伊良湖ちゃんが運んできたのは、やたら凝ったデザートプレート。
可愛い砂糖細工の艦船や、ミニサイズの艤装型チョコレートまで添えられてる。
「え、これ……スペシャルじゃね?」
「ふふっ、摩耶さんの“復帰祝い”です。妖精さんたちも、すっごく気合い入ってました」
ちょっと照れくさいけど、
「ありがとな」
自然と口から出た。
3人がそのプレートを、物欲しそうに……じゃなくて、じっと見てる。
ただ、手は出さない。……遠慮してる。やっぱ、気ぃ遣ってんのかな?
「おまえら、何遠慮してんだよ。……食っていいぞ?」
「え、でも……」
「だって摩耶さんの――」
「分けっこ、したい……」
……言葉が、胸に響く。
アタシは、少しだけ息をついて、笑う。
「……アタシの復帰祝いだろ? 分けっこ、いいじゃん!」
その瞬間、ちびっ子たちの顔がパッと明るくなる。
無邪気だけど――でも、どこかしら大人びたあの表情。
窓の外から、潮風がそよぐ。
日振たちの楽しそうな声。
伊良湖ちゃんの明るい笑顔。
間宮さんがそっとカップを置いてくれる、その静かな気配。
目の前のスイーツの甘い香り。
そして、この胸の奥の、じんわりとしたあたたかさ。
アタシは、今、ちゃんとここにいる。
――この時間が、ずっと続けばいいのに。
紅茶をひとくち啜りながら、アタシはそっとそう思う。