◇◆ ラジオから流れるメロディ ◆◇
アタシは、昼ごはんのあと、重巡寮の談話室にいた。
いつもなら誰かしらの声が響いてるこの部屋も、今日は静かで、空気がやわらかく澄んでる感じがする。
ソファに腰を下ろして、少しだけ背中をあずける。
誰にも呼ばれない午後の時間って、こんなに穏やかだったっけ。
何をするでもなく、ただ、ぼーっとしてる。
時間がゆっくり流れていくのが、ちょっと不思議で、ちょっと心地よかった。
ふと、部屋の隅に置かれていた古いラジオが目に入った。
「……こんなの、あったっけ?」
見たことがあるような、ないような。
だけどその存在が、妙に気になった。
埃っぽいダイヤルに指をかけて、なんとなくスイッチをひねってみる。
ジリ……ジリジリ……ザー……
古い機械特有のノイズのあと、かすかに温もりのある声が流れ始めた。
『――本日は、1970年代 映画音楽特集をお届けします』
……映画音楽、か。
特に詳しいわけじゃないけど、聴いてるとなんだか落ち着く。
雑誌でも眺めながら、BGM代わりにしてみるのも悪くない。
アタシも一応、年頃の女子だし、ファッションの流行はちゃんと押さえとかないとね――
そんなふうに、軽い気持ちでページをめくりはじめて、しばらく経った時。
次の曲が、ふいに流れ始める。
最初のストリングス。
そこに重なっていくピアノ。
包み込むような、でも少し切なさを帯びた旋律。
『Touch me, take me in your arms...』
女性ヴォーカルが、静かに響いてくる。
「あれ……?」
アタシの指が止まった。
ページの途中で手が固まり、呼吸が浅くなる。
雑誌は、もう手の中にない。
気づけば、ラジオに向かって身体ごと傾けてる。
『Love me, Love me from your heart...』
甘い男性ヴォーカル
……アタシ、なんで、こんなに心揺さぶられてんの?
知らないはずの曲。
聴いたこともない――はずなのに、胸の奥がざわめいて、
なにか、大切なものに触れられたような感じ。
ひとつひとつの言葉が、旋律が、
心の内側に、やさしく、でも確かな重さで届いてくる。
『You're my dream come true, Baby I love you...』
二人のデュエット。
あたたかくて、心地いい。
でも……なぜか、切ない。
『I will never leave you alone, You take my heart away, Away』
「……っ」
頬を伝う涙に、気づいたのは、しばらく経ってから。
どうして……涙が出てんだろ。悲しくなんて、ないのに。
けど、胸の奥がぎゅうっとして、
どこか、すごく懐かしいものを思い出しそうな気がする。
……この曲。
もしかして、映画で……?
そう思ってみても、何の映画だったかは分からない。
誰と観たかも、いつだったのかも。
手を伸ばしても届かない場所に、それはあるみたい。
でも――
このメロディを聴いていると、
誰かの隣で笑っていた気がする。
あったかい毛布にくるまって、心がふるえて、
そっと、ぴったりと寄り添っていたような――
そんな、記憶。
「……」
アタシは、そっと胸に手を当てる。
頭では何も思い出せないのに、
心は、ちゃんと覚えてる。
この感覚は、嘘じゃない。たしかに、ここにある。
優しくて、やわらかくて、
何より、大切で――
もう一粒、涙が頬をすべって落ちた。
――大切な何かを、思い出せそうな気がする。
それが何かは、まだわからない。
でも、きっと、遠くない。
この曲が、アタシを……そこへ連れていってくれる気がする。
今回の話でラジオから流れてきた曲は
Bill Conti "You Take My Heart Away"(映画『ロッキー』より)
です。