◇◆ 昼の食堂 ◆◇
鎮守府の食堂は、昼時の喧騒でごった返してた。
アタシは焼き魚定食のお盆を手に、空いてる席を探して食堂をぐるっと見渡す。
どこもいっぱい。ちょうど混み合う時間だし、席取り合戦みたいになってる。
(うわぁ……まじか。座れるとこ……)
そんなふうに探していたら――並んで座る綾波と敷波、その向かいの席が空いてるのが目に入った。
(……まあ、いっか)
特別仲がいいってわけでもないけど、顔は知ってるし、避ける理由もない。
アタシはそのまま、二人の正面にストンと腰を下ろした。
「……っ!」
「え、あ、摩耶さん……!?」
アタシが座った瞬間、二人の肩がぴくっと跳ねる。
綾波は口を小さく開いたまま固まってるし、敷波なんかは箸を持った手が中途半端な位置で止まってた。
(……そんなに緊張すんなよ)
ちょっと苦笑しながら、お盆を置いて、味噌汁のふたを外す。
こういうときは、あえて何も言わずに、飯を食いはじめるのが一番。黙って一緒に食ってりゃ、そのうち空気も和らぐ。
……と思っていたのに。
「摩耶さんって……映画、好きなんですか?」
その空気を破ったのは綾波だった。緊張で少し高くなった声。
アタシは顔を上げて、綾波を見る。
その隣で、敷波も目をぱちぱちさせながらこっちを見てる。
「ほら、この前の上映会……“ナイト&デイ”の」
「ああ……あれ?」
あの夜のことを、すぐに思い出す。
続けて頭に浮かんだのは、ラジオ、あの曲、秋雲、そして――。
「まあ、なんとなく入ってみただけだけどな」
そう答えると、綾波が安堵したように小さく息をついた。
「そ、そうなんですね……でも、アクション映画とか、す、好きだったり?」
今度は敷波が、少しだけ身体を前に傾けて聞いてきた。
二人とも、まだちょっとだけ警戒してるけど――それでも、さっきより表情は柔らかい。
緊張と好奇心が入り混じった、後輩らしい仕草。
「まぁ……キラキラした恋愛モノよりは、アクションの方が性に合ってるかも」
アタシは箸を動かしながら、自然に言葉を返す。
でも、頭の片隅では、秋雲とのやりとりがふっと浮かんでいた。
(ロッキー……綾波たちがDVD持ってるって言ってたよな)
ちょうどいい。今なら自然に聞ける。
アタシは箸を置いて、二人に向き直った。
◇◆ ロッキーの予約 ◆◇
「そういやさ――お前ら、『ロッキー』のDVDって持ってる?」
言った瞬間、綾波と敷波が「おっ」と小さく声を上げて、ぱっと顔を見合わせた。
「持ってます! シリーズ全部、ちゃんとあります!」
「摩耶さん、観たいんですか? ロッキー」
目をキラキラさせながら聞いてくるふたり。
さっきまで緊張してたのに、今はなんだか嬉しそう。
アタシはちょっとだけ間をおいてから、肩をすくめる。
「秋雲と話してたときに話題に出てさ。なんか、おもしろい映画だって言ってたから。ちょっと、気になってる」
「おお〜、それは良い話です! ロッキー、絶対損しません!」
「うちの上映会でも、何度か候補になってたくらいですし!」
二人の言葉に、思わず笑ってしまいそうになる。
ほんと、素直でまっすぐな子たちだ。
「じゃあ、次の演習のあとに持っていきますねっ!」
綾波が身を乗り出す勢いでそう言って、敷波も「いいと思う!」と力強くうなずいた。
「助かる。ありがとな」
そう言って頭を軽く下げたアタシを見て、二人は「へへへ」と照れ笑い。
そして、アタシに気づかれないように――のつもりなんだろうけど、聞こえてくる小声のやりとり。
「摩耶さんがロッキーにハマったら……シリーズ全部貸してあげようか?」
「2も3も、絶対観てほしいよね〜」
(……お前ら、ぜんぶ聞こえてるからな)
でも、あえてスルーしておいた。なんか、今の空気は壊したくない。
味噌汁の湯気の向こうで、笑い合う二人が――ちょっと、眩しく見えた。
◇◆ 予感 ◆◇
「でも……摩耶さんって、ボクシングとか好きなんですか?」
敷波が、不意にちょっと真剣な声で聞いてきた。
アタシは少しだけ目を細めて――答える。
「いや、別に詳しいわけじゃねぇけどさ。ただ……なんつーか、気になって」
ほんとに、それだけ?
いや……違う。
秋雲の静かな笑顔。ブレスレット……
ラジオから流れた“あの曲”を聴いたとき、理由もなく涙が出たこと。
――思い出せないけど、確かに心が知ってた。
(なんか……すげぇ、大切なこと……)
でも、それがなんだったのか、まだわからない。
けど、今、目の前にある日常の中に、そこに続く道が見えかけてる。
そんな、妙な確信だけは――あった。
アタシはそっと味噌汁を口に運ぶ。
その横で、綾波と敷波はまだこそこそ内緒話を続けてる。
この穏やかな空気の中で、アタシの中の“なにか”が、少しずつ目を覚まそうとしてる。
ほんのすこし、胸がざわついてる。
それはたぶん――予感。
でも、悪い予感じゃないと思う。