摩耶、日振型と演習
◇◆ 演習 ◆◇
波は静かに凪ぎ、演習海域を穏やかな風が吹き抜けていく。
三つの小さな身体が同時にほっと揺れた――戦闘終了の合図とともに。
日振、大東、昭南――緊張で張りつめていた心が、少しだけほどけていく。
今日の演習、旗艦は摩耶。
四人の艦隊。
ただそれだけで、三人の鼓動は、朝からずっと速かった。
摩耶がケッコン指環をしていることには、とうに気づいていた。
でも、言い出せなかった。
記憶を失っていた摩耶に、それをどう受け止めてもらえるか分からなくて。
――もしかして、あの出撃のせい?
そんなふうに、自分たちを責めた時期もあった。
だけど今日。
摩耶は、演習の先頭に立ち、的確に指示を出し、誰よりも頼もしく――
そして、なにより、優しかった。
その背中が、ずっと変わらずにそこにあってくれることが、嬉しくて仕方なかった。
海面を吹き抜ける風に髪を揺らしながら、摩耶がふいに振り返る。
くっきりとした瞳に、ふわっとあたたかな光が宿っていた。
「おつかれ、チビども。今日、よかったじゃん」
少しぶっきらぼうだけど、ちゃんと優しい、摩耶の声。
三人は揃って、「はいっ!」と元気に返事をする。
そして、その次の瞬間――
摩耶が、少しだけ頬をかいて目をそらし、どこか照れくさそうに言った。
「……なぁ。今度の休み、アタシん家、来ない?」
◇◆ 招待 ◆◇
「え……“家”って……」
「……あの、“姉御の”……?」
「……」
三人の目が、一斉に点になる。
日振の眉が困ったように下がり、大東は目を瞬かせすぎて瞬きが間に合ってない。
昭南は、くるりと摩耶を見たまま、口が「へ」の字のまま止まっている。
摩耶は、ふっと口元を緩めて、小さくうなずいた。
「あの後、長く入渠しちゃったし……なんか、色々あったけど……前に言ったじゃん。来いって」
言いながら、ほんの少し耳が赤い。
「お見舞いに来てくれたのも……覚えてる……ありがと……」
三人の肩が、ぴくりと揺れた。
はにかんだ声。だからこそ伝わる。
「だからさ。遊びに来いよ。ご飯もスイーツも、ちゃんと用意しとくからさ」
「提督も、遊んでやるって言ってたぜ」
(摩耶さん……!)
日振の瞳がうるむ。
その場の空気が、ゆっくりと色を変えていく。
大東は、涙を見せまいと背をくるりと向ける。
昭南は、唇をぎゅっと噛みしめて、手を握りしめたまま。
摩耶は、そんな三人の様子を見て、ふっとしゃがみこむ。
膝をついて、同じ目線。
「お前ら、ホントいい子だよな」
にっと、照れたように笑ってくれる。
◇◆ 約束 ◆◇
「じゃあ……じゃあっ!」
ぽろりと涙がこぼれる前に、日振がぱっと顔を上げて、まっすぐに摩耶を見る。
「摩耶さんのご飯、いっぱい食べてもいいですか!?」
「うんと食え!」
摩耶の笑顔に、三人の表情が一気にぱぁっと明るくなる。
「絶対行きます! スイーツ楽しみにしてます!」
「お、お邪魔するぜ姉御!」
「大東が、食器割らないように、ちゃんと見張ります……!」
「そこ信じろよっ!」
摩耶のツッコミに、三人の顔がまたくすくすと笑顔になる。
手を差し出す摩耶。
その上に、小さな手が順番に重なる。
震える指先は、きっと、照れくささと嬉しさのせい。
でも、そのぬくもりが、なによりも正直な気持ち。
「姉御、絶対……約束ですからね!」
「何回でも行く! 洗い物でも掃除でも、なんでもする!」
「……楽しみにしてます……!」
三人が、両手でぎゅっと摩耶の手を包み込む。
摩耶は目を細めて、そのぬくもりをしっかりと握り返した。
「おう、待ってる!」
三人の瞳が、また少しうるんだ。
でも――今度は、もう泣かない。
今度は、笑顔で、約束の扉を開けられる。