◇◆ 迎撃前夜 ◆◇
夕ご飯の片づけが終わったあと。
「……さて!」
アタシは小さく背中を伸ばして、エプロンを首に掛けた。
腰の後ろに手を回すと――
いつもみたいに、提督が後ろからそっと結んでくれる。
「できた。今日の結び目、ちょっと可愛すぎる……かも?」
「は? 何それ」
提督がスマホを取り出して――カシャ。
「って、おい! また撮っただろ今!!」
「うん……可愛かったから」
「~~~っ!」
ほっぺたが熱くなる。
……ホント、ずるいんだよ、こういうの。
でも、明日は――日振型の三人が、初めて新居に遊びに来る日。
「気合い入れて、仕込みするぞ!」
絶対、喜ばせたい。
「摩耶さんのご飯、たくさん食べます!」ってキラキラした目で言ってた日振。
「姉御の家、絶対行く……!」って拳握ってた大東。
「お邪魔します……」って、ちょっと緊張した笑顔で言ってた昭南。
三人の表情を思い出すと、自然と口元がほころぶ。
「明日は……絶対、最高のおもてなししてやる!」
ぐっと力を込める。
午前中は出撃だったから、買い出しはメモを作って提督に頼んでた。
冷蔵庫を開けて、アタシはメモを片手に中身をチェックしていく。
「肉よし、魚よし、野菜OK、卵もバターも揃ってる。パイシートとドーナツ型も冷やしてあるし……バッチリ!」
ドーナツは焼きタイプのふわふわ系。
生地を今日のうちに仕込んで、明日焼くだけの状態にするつもり。
プリンは冷やし固めるタイプに決めてある。
「何か、足りないのある?」
背後から急に声がして、びくっと肩が跳ねる。
「わっ!? ……って、もー、脅かすなってば!」
「ごめん」
冷蔵庫の扉越しにのぞく、提督の穏やかな顔。
「完璧。意外と抜かりないじゃん」
「…… 一応、提督やってるから……」
アタシはつま先で背伸びして、提督の頬にちゅっ。
「ありがと」
「……よし、下ごしらえ始めるか!」
ぴしっと気合いを入れ直す。
◇◆ 仕込み ◆◇
明日は、昼はガッツリ系のご飯、午後は甘いスイーツ。
日振は結構食べるし、甘いものには目がない。
大東は肉が大好き。
昭南は薄味の和食派。
三人の好みは、他の海防艦から、こっそり聞いておいた。
「ぜってぇ、喜ばせてやる!」
メインは――ハンバーグ。
合い挽き肉に炒め玉ねぎ、パン粉、牛乳、卵、ナツメグ、塩こしょう。
混ぜすぎないようにふんわりまとめて、空気を抜いて成形。
サイズは小さめ&火の通り重視。明日は焼くだけの状態にしておく。
「……日振と大東、絶対に喜ぶな」
ソースは甘めのデミグラスにして、日振の舌に合わせた。
昭南用には、鯛の切り身。
塩振ってペーパーで包み、下味を入れて、明日は柚子胡椒と昆布出汁の蒸し焼きにする。
タッパーにはラップ&メモ付きで冷蔵庫へ。
どれが誰用か、ひと目で分かるように――ちょっとしたアタシの気配り。
ここまでは順調。
◇◆ ……のはずが ◆◇
スイーツは、冷やし固めるプリンと、焼きドーナツ。
プリンはなめらか系でバニラ強め。
カラメルはほんのりビター。日振向け。
ドーナツはチョコチップとシナモンの2種。
焼いてからホイップとフルーツを盛りつける予定。
「昭南の分は、ホイップ控えめにしてミント添えよっと……」
冷凍のイチゴと黄桃もスタンバイ済み。
「……へへっ、女子力、上がってんじゃん……アタシ……」
思わずひとりでニヤけてしまう。
気合を入れて、プリン用のカスタード作りへ。
「えっと、牛乳と卵黄と砂糖と……バニラエッセンス少し」
ボウルに材料を入れて、泡立て器を手に取った――その瞬間。
バシャッ!!
「なんでこんなにシャバシャバなんだよ……!?」
――全卵、ぶち込んでた。
(卵黄だけ使うつもりだったのにぃぃ!)
「落ち着け、アタシ……まだ慌てる時間じゃない……!」
気を取り直して、ホイップクリームに挑む。
「ミキサーさえあれば、こっちは楽勝……!」
ブゥゥゥン!!
「ぎゃああああああ!!?」
キッチン中に舞い上がる白いしぶき。
(スイッチ入れる前に速度確認しろよアタシぃぃぃ!!)
フリーズしたあとで、思わず叫ぶ。
「ちょっ……どこまで飛んだ!?」
「摩耶、深呼吸」
横でペーパータオルを手にした提督が、落ち着いた声。
「ほら、拭いてあげるから」
「いや、いいって! 提督は座ってて!」
「……テンパってる摩耶、久々で……可愛い」
「っ……な、何言ってんだよ!!」
ムッとしつつも、額についたクリームを拭かれて、頬が熱くなる。
◇◆ 失敗は成功の……? ◆◇
その後も――
片栗粉の入れ忘れで、カスタード再びシャバシャバ。
チーズケーキの土台をオーブンに入れて、温度設定間違えて焦がす。
卵割ったら、殻がボトン。
「……アタシ、料理下手になってない?」
「ふふ……でも、摩耶のご飯、いつも美味しいよ。明日も絶対、喜んでくれる」
そう言って、後ろからそっと手を添えてくれる提督。
泡立て器を持つ手が、自然と安定する。
「……混ぜるときは、ここで角度つけて……」
「……うん」
少しずつ、二人の手が重なって――
準備は、静かに、でも確かに進んでいく。
◇◆ おつかれさま ◆◇
時計の針が2300時を回った頃。
冷蔵庫にタッパーを収め、ふうっと小さく息をつく。
エプロンの紐に手をかけた瞬間――
「向こう向いて」
背後から、そっと提督の声。
アタシの腰の後ろで、結び目をやさしく解いてくれる。
「……うまく、できてるかな」
「ばっちり。摩耶、すっごく頑張ってた」
「……まぁな」
ふっと笑って、ぽすっと提督の胸にもたれかかる。
「……ありがと……」
「うん」
そのまま背中をやさしく包まれて、
アタシの中の緊張が、じわじわとほどけていく。
「明日、絶対、喜ばせてやる」
ぽつりと呟いたアタシの言葉に、提督は何も言わず――
でも、確かに、うなずいてくれた気がした。
こうして――
明日へつながる、小さな戦いの準備が、静かに幕を下ろす。