摩耶の鎮守府日記   作:ワタナベ提督の鎮守府

80 / 96
摩耶、迎撃準備

◇◆ 迎撃前夜 ◆◇

夕ご飯の片づけが終わったあと。

 

「……さて!」

 

アタシは小さく背中を伸ばして、エプロンを首に掛けた。

 

腰の後ろに手を回すと――

いつもみたいに、提督が後ろからそっと結んでくれる。

 

「できた。今日の結び目、ちょっと可愛すぎる……かも?」

 

「は? 何それ」

 

提督がスマホを取り出して――カシャ。

 

「って、おい! また撮っただろ今!!」

 

「うん……可愛かったから」

 

「~~~っ!」

 

ほっぺたが熱くなる。

……ホント、ずるいんだよ、こういうの。

 

でも、明日は――日振型の三人が、初めて新居に遊びに来る日。

 

「気合い入れて、仕込みするぞ!」

 

絶対、喜ばせたい。

 

「摩耶さんのご飯、たくさん食べます!」ってキラキラした目で言ってた日振。

 

「姉御の家、絶対行く……!」って拳握ってた大東。

 

「お邪魔します……」って、ちょっと緊張した笑顔で言ってた昭南。

 

三人の表情を思い出すと、自然と口元がほころぶ。

 

「明日は……絶対、最高のおもてなししてやる!」

 

ぐっと力を込める。

 

午前中は出撃だったから、買い出しはメモを作って提督に頼んでた。

冷蔵庫を開けて、アタシはメモを片手に中身をチェックしていく。

 

「肉よし、魚よし、野菜OK、卵もバターも揃ってる。パイシートとドーナツ型も冷やしてあるし……バッチリ!」

 

ドーナツは焼きタイプのふわふわ系。

生地を今日のうちに仕込んで、明日焼くだけの状態にするつもり。

 

プリンは冷やし固めるタイプに決めてある。

 

「何か、足りないのある?」

 

背後から急に声がして、びくっと肩が跳ねる。

 

「わっ!? ……って、もー、脅かすなってば!」

 

「ごめん」

 

冷蔵庫の扉越しにのぞく、提督の穏やかな顔。

 

「完璧。意外と抜かりないじゃん」

 

「…… 一応、提督やってるから……」

 

アタシはつま先で背伸びして、提督の頬にちゅっ。

 

「ありがと」

 

「……よし、下ごしらえ始めるか!」

 

ぴしっと気合いを入れ直す。

 

◇◆ 仕込み ◆◇

明日は、昼はガッツリ系のご飯、午後は甘いスイーツ。

 

日振は結構食べるし、甘いものには目がない。

大東は肉が大好き。

昭南は薄味の和食派。

 

三人の好みは、他の海防艦から、こっそり聞いておいた。

 

「ぜってぇ、喜ばせてやる!」

 

メインは――ハンバーグ。

 

合い挽き肉に炒め玉ねぎ、パン粉、牛乳、卵、ナツメグ、塩こしょう。

混ぜすぎないようにふんわりまとめて、空気を抜いて成形。

 

サイズは小さめ&火の通り重視。明日は焼くだけの状態にしておく。

 

「……日振と大東、絶対に喜ぶな」

 

ソースは甘めのデミグラスにして、日振の舌に合わせた。

 

昭南用には、鯛の切り身。

塩振ってペーパーで包み、下味を入れて、明日は柚子胡椒と昆布出汁の蒸し焼きにする。

 

タッパーにはラップ&メモ付きで冷蔵庫へ。

どれが誰用か、ひと目で分かるように――ちょっとしたアタシの気配り。

 

ここまでは順調。

 

◇◆ ……のはずが ◆◇

スイーツは、冷やし固めるプリンと、焼きドーナツ。

 

プリンはなめらか系でバニラ強め。

カラメルはほんのりビター。日振向け。

 

ドーナツはチョコチップとシナモンの2種。

焼いてからホイップとフルーツを盛りつける予定。

 

「昭南の分は、ホイップ控えめにしてミント添えよっと……」

 

冷凍のイチゴと黄桃もスタンバイ済み。

 

「……へへっ、女子力、上がってんじゃん……アタシ……」

 

思わずひとりでニヤけてしまう。

 

気合を入れて、プリン用のカスタード作りへ。

 

「えっと、牛乳と卵黄と砂糖と……バニラエッセンス少し」

 

ボウルに材料を入れて、泡立て器を手に取った――その瞬間。

 

バシャッ!!

 

「なんでこんなにシャバシャバなんだよ……!?」

 

――全卵、ぶち込んでた。

 

(卵黄だけ使うつもりだったのにぃぃ!)

 

「落ち着け、アタシ……まだ慌てる時間じゃない……!」

 

気を取り直して、ホイップクリームに挑む。

 

「ミキサーさえあれば、こっちは楽勝……!」

 

ブゥゥゥン!!

 

「ぎゃああああああ!!?」

 

キッチン中に舞い上がる白いしぶき。

 

(スイッチ入れる前に速度確認しろよアタシぃぃぃ!!)

 

フリーズしたあとで、思わず叫ぶ。

 

「ちょっ……どこまで飛んだ!?」

 

「摩耶、深呼吸」

 

横でペーパータオルを手にした提督が、落ち着いた声。

 

「ほら、拭いてあげるから」

 

「いや、いいって! 提督は座ってて!」

 

「……テンパってる摩耶、久々で……可愛い」

 

「っ……な、何言ってんだよ!!」

 

ムッとしつつも、額についたクリームを拭かれて、頬が熱くなる。

 

◇◆ 失敗は成功の……? ◆◇

その後も――

 

片栗粉の入れ忘れで、カスタード再びシャバシャバ。

 

チーズケーキの土台をオーブンに入れて、温度設定間違えて焦がす。

 

卵割ったら、殻がボトン。

 

「……アタシ、料理下手になってない?」

 

「ふふ……でも、摩耶のご飯、いつも美味しいよ。明日も絶対、喜んでくれる」

 

そう言って、後ろからそっと手を添えてくれる提督。

 

泡立て器を持つ手が、自然と安定する。

 

「……混ぜるときは、ここで角度つけて……」

 

「……うん」

 

少しずつ、二人の手が重なって――

準備は、静かに、でも確かに進んでいく。

 

◇◆ おつかれさま ◆◇

時計の針が2300時を回った頃。

 

冷蔵庫にタッパーを収め、ふうっと小さく息をつく。

 

エプロンの紐に手をかけた瞬間――

 

「向こう向いて」

 

背後から、そっと提督の声。

 

アタシの腰の後ろで、結び目をやさしく解いてくれる。

 

「……うまく、できてるかな」

 

「ばっちり。摩耶、すっごく頑張ってた」

 

「……まぁな」

 

ふっと笑って、ぽすっと提督の胸にもたれかかる。

 

「……ありがと……」

 

「うん」

 

そのまま背中をやさしく包まれて、

アタシの中の緊張が、じわじわとほどけていく。

 

「明日、絶対、喜ばせてやる」

 

ぽつりと呟いたアタシの言葉に、提督は何も言わず――

でも、確かに、うなずいてくれた気がした。

 

こうして――

明日へつながる、小さな戦いの準備が、静かに幕を下ろす。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。