◇◆ 準備完了 ◆◇
冷蔵庫の扉をゆっくり閉めた瞬間――アタシは、小さく息を吐いた。
ふぅ……とひと息ついたところで、背後から聞こえてきた、提督の声。
「……お風呂入ろっか」
その何気ない一言に、心臓がコクンと跳ねる。
(デイリー任務、来た……)
「片づけやっとくから、先に行ってて」
提督が片付けをしながら、いつものやさしい笑顔を向けてくる。
「……すぐ行くね」
その一言だけで、胸がどきっとする。
(数え切れないくらい、一緒にお風呂してるのに……)
(『すぐ行くね』って言われただけで、ドキドキするなんて……)
「な、なんか……急に言われると、心の準備が……」
視線をそらしながら、つい言い訳めいたことを呟いてしまう。
「え? 何の準備?」
「……なんでもねぇ!」
(……は~~~っ!? アタシ、何言ってんだ!?)
バカみたいだって思いながらも、顔がほんのり熱くなっていくのがわかる。
そんなアタシを見て、提督がくすっと笑った。
「ほら、温まっておいで」
「……わ、わかってるってば!」
素っ気なく言い返したつもりだったけど、耳のあたりまでぽぉっと熱くなってるのが分かる。
(……なにこれ、アタシ……ほんとどうかしてる……)
◇◆ 浴室 ◆◇
シャワーの音が、浴室の空気をやわらかく満たしてる。
お湯が肌に当たる感覚は心地よくて、少しずつ気持ちが落ち着いていく。
ふと、鏡越しに自分の顔を見る。
(……なんか顔、赤くない? 湯気のせいだけじゃない気がする)
「……はぁ……なんなんだよ、アタシ……」
最近、ほんとに変だ。
毎日いっしょにいるだけで、提督のちょっとした言葉に、仕草に、近くにいる気配に、すぐ胸がきゅってなる。
(……まるで、新婚みたいじゃねーか……)
(いや、実際そうなんだけど……)
自分でツッコミ入れたくなって、思わずふっと笑いそうになる。
なのに、顔はさらに熱くなって――
(もう、どうすりゃいいのさ……)
シャワーを止めて、浴槽の縁に手をかける。
そっと湯船に身体を沈めると――
「……ふぅ……」
ぬるめのお湯が、じんわりと身体を包み込んでくる。
目を閉じると、自然と今日の夕方のことが浮かんでくる。
日振型のことを考えながら、必死にキッチンで仕込みして、
クリーム飛ばして、テンパって、笑われて――でも、ちゃんと手伝ってもらって。
(……あのときも、ドキドキしてた)
思い返すと、また胸がほんのり熱くなる。
指先で水面をそっと掬って、ぱしゃんと落とす。
(……もう、アタシってば……)
◇◆ 湯けむりと気配 ◆◇
カチャリ――
浴室の扉が、静かに開く音。
「っ!」
小さく肩が跳ねた。
(あ……来た……)
「一緒のお風呂、やっぱり一日がちゃんと終わったって感じがする」
やわらかい声でそう言いながら、提督が入ってくる。
シャワーの下に立ち、髪にお湯をかけてる姿。
(……知ってたよ。さっき『すぐ行くね』って言ってたし……)
(分かってたのに、そばにいるだけでドキドキする……)
アタシは少しだけ視線を向ける。
提督の肩のあたりから、ふわっと湯けむりが立ちのぼる。
その背中が、どこか静かで、あたたかくて――安心する。
シャワーの音だけが、静かに耳に届く。
その静けさが、妙に心地いい。
◇◆ 静かなふたり ◆◇
お湯が静かに揺れる。
提督の足の間に座って、背後から優しく抱かれてる。
いつもと一緒。
(足伸ばして一緒に入れる広いお風呂がある部屋にしたの、正解だったな……)
アタシはその胸に、そっと身体を預ける。
(この瞬間、好き……)
ぽそっとこぼれる。
「……明日、楽しみ……」
アタシの言葉に、提督は優しく返してくれた。
「うん」
たったそれだけで――心の奥が、ふわっとあたたかくなる。
そっと目を閉じて、湯のぬくもりに包まれながら――
アタシは、静かに提督の胸に頭を預けた。