◇◆ 摩耶、眠れない ◆◇
「……うーん……やっぱり、なんか足りてない気がすんだよな……」
ベッドに入ったはずなのに、アタシはずっと布団の中でモゾモゾしてる。
明日、日振型の三人が新居に来る。
ご飯もスイーツも、もう完璧に仕込んだ。買い忘れもなし。冷蔵庫の中だってさっきチェックしたばっか。
――でも。
「甘さ、足りてなかったらどうしよう……ドーナツ、もうちょっとチョコチップ多くしたほうが良かった……?」
「摩耶、冷蔵庫の前で呟いてたことと同じこと言ってるよ」
隣で布団を被ってる提督が、やれやれって感じで笑ってる。
「……まぁ、な。でもさ、もし昭南が“ちょっと甘いの苦手”って顔したらどうすんだよ?」
「摩耶、さっきホイップの量は控えめにしたって自分で言ってたよ」
「……う……」
アタシ、完全に自分で自分を追い込んでるじゃん。
なのに、脳内では三人がちょこんとソファに座ってて、「ごちそうさまです……」とか「おいしかったです……」とか言ってくれてる姿が、はっきり浮かんでくる。
それが可愛くて可愛くて……
なんかもう、楽しみすぎて逆にソワソワが止まらない。
「……ちょっとだけ、確認してくる」
「うん」
提督が布団の中でくすっと笑う。
アタシ、わかりやすいにも程がある。
◇◆ 深夜の見回り ◆◇
そっとベッドから抜け出して、パジャマの裾を直す。
静かにキッチンへ向かって――冷蔵庫の扉を開ける。
中には、完璧な配置のタッパーたち。 メモ付きで誰用かもひと目でわかるようになってる。
ドーナツの生地、冷えてる。
プリンもぷるぷるに冷えてる。
フルーツ、ホイップ、生クリーム、飾りのチョコスプレーも全部揃ってる。
「よし……文句なし……!」
思わず小さくガッツポーズ。
……だれに向かってってわけでもないけど、なんとなく「やったった」感がこみあげてくる。
でも――
それでもなんか、胸の奥がまだふわふわしてる。
「こんなに楽しみで、眠れるわけないじゃん……」
ぼそっとつぶやいて、そっと寝室へ戻る。
◇◆ 抱きしめて、安心 ◆◇
部屋の灯りはもう落ちてて、提督は布団の中でアタシを待っててくれた。
「戻った」
「うん。冷蔵庫に『よし』って言ってたね」
「……っ! 聞いてたのかよ!?」
「ばっちり」
「~~っ……もう……っ」
「……摩耶のそういうところ、好きだよ」
サラッとそんなこと言うなよ……
アタシ、もっと眠れなくなるかもじゃん……
アタシが布団に潜り込むと、提督がふわっと抱き寄せてくれる。
「あったか……」
その胸に顔をうずめると、なんだかさっきまでのソワソワが、少しずつ溶けていく。
「……もう大丈夫?」
「……うん……完璧」
でもほんとは、完璧なのはアタシじゃなくて――
こうやって、そっと受け止めてくれるこの腕のほうなんだよな。
提督が、そっとアタシの頬に手を添えてくれる。
次の瞬間、ふんわり、唇にキス。
「……!」
あたたかくて、やさしくて、落ち着く。
キスひとつで、アタシの中のごちゃごちゃが、すーっと静かになっていく。
(……提督……ずるい……)
でも――
こんな風に、心まで撫でられるようなキスができるのって、アタシにはこの人だけだ。
◇◆ 眠りの中へ ◆◇
「……寝むれそう?」
「……うん」
アタシは静かに目を閉じる。
あしたは、きっと笑顔がいっぱいの一日になる。
アタシのスイーツで、あの子たちが「美味しいです!」って目を輝かせてくれたら――
もう、それだけで、全部報われる気がする。
「……おやすみ、摩耶」
「……ん、おやすみ」
提督に優しく抱かれたまま、アタシの意識はゆっくりと溶けていく。
夢の中でも――
アタシは、笑っていられる気がした。
◇◆ 摩耶、夢を見る ◆◇
(……あ、これ、夢だ……)
どこか柔らかい風が吹いていて、優しい光に包まれてて――
アタシは夢の中にいるのが分かる。
目の前には――
ちっちゃい三人の女の子が、わらわらとアタシのまわりを走り回ってる。
日振、大東、昭南……が、もっとちっちゃくなった感じ。
全員、アタシと提督の子ってことになってるみたい。
「ママ―! こっちこっちーっ!」
「ママー、おやつ―!」
「……ママ、好き……」
(……え……ちょ……)
こ、これは想像以上に、やばい。破壊力。
みんな小さな手でアタシの服をきゅっとつかんできたり、腕にぶら下がってきたりして――
ちっちゃい声で「ママだいすき~」とか言われたら……
(アカン……アタシ、今この夢から覚めたくない……)
「ママとパパって、どっちが先に好きになったの~?」
「えっ……そ、それは……ママ……かな……いや、どうだったっけ……?」
しどろもどろになるアタシ。
(自分のこと,「ママ」とか言ってる……)
子どもたちは無邪気に笑ってる。
アタシはもう、完全にメロメロ。
「も~、ママは照れ屋さんだねっ!」
「っ……照れてねぇしっ!」
夢の中でもツッコんでる自分が、なんかおかしくて――
でも、すっごく幸せだった。
アタシは、ちいさな“家族”に囲まれて、ふわっと微笑んで――
そのまま、夢の中で深く、深く、眠りこんでいった。