◇◆ 摩耶、迎えに行く ◆◇
「ま、ママじゃねえっつの!」
そう叫びながら、アタシはスマホ片手に玄関を飛び出した。
エントランスのドアが静かに閉まって、外の空気に一気に包まれる。
今日は、穏やかな陽射しで、ほんのり涼しい風が気持ちいい。
「ったく……昭南が一緒で迷子になるとか、意外すぎる……」
とか言いつつ――口元、たぶんゆるんでる。
しょうがねえなぁって思いながら、顔が自然にほころんじゃってる感じ。
◇◆ 小さな三人と、おばあちゃん ◆◇
コンビニまでは、徒歩で5分くらい。
最後の角を曲がって視線を向けた瞬間――
「……あ」
青と白の看板の前に、ちっちゃい影が三つ。
日振、大東、昭南――三人とも私服で並んで、誰かと話してる。
「あれ……スーパーでたまに見るおばあちゃん……?」
ちょっと背中が丸くて、優しそうな雰囲気。
耳が少し遠いのか、顔を近づけながら、にこにこ笑って三人の話を聞いてる。
近づくにつれて、声がはっきりしてきた。
「今日はね、摩耶の姉御のおうちにおよばれなんですっ!」
話してるのは――大東。全力でハキハキ。
手をぐるんぐるん回しながらの説明は、相変わらずパワフルだ。
「摩耶の姉御、すっごくカッコいいんです! 強くて、料理も上手で……綺麗だし……アタシ、大きくなったら姉御みたいになりたい!」
(……な、なにその全力な褒め爆撃……)
「摩耶さんのごはん、たくさん食べます。朝は少しだけにしました……」
日振が合いの手のように呟く。声は控えめだけど、なんか目がキラキラしてる。
そして昭南は、ぽつりと。
「……デザートが……楽しみ……」
三人とも、ほんと反則級の可愛さ。
(……アタシの心臓が持たねぇ……)
私服もまた破壊力があって――
日振は、白のカーディガンにレモン色のワンピース。
胸元にはちっちゃなリボン。足元は白いソックスにストラップシューズ。
完璧すぎる“いい子のおでかけスタイル”。
大東は、前開きの水色のパーカーに、星のプリントTシャツとショートパンツ。
スニーカーで決めた姿は元気っ子そのものって感じで、キャップをちょっと斜めにかぶってるのも可愛い。
昭南は、白のワンピースに、ネイビーのカーディガン。(子供用のパンプスってあるんだ……)
髪をサイドテールで束ねてて(……って、絶対加賀さんだろ、それ……)
クールビューティー感がすごい。
(……全員、可愛すぎる……)
おばあちゃんは、「まあまあ、それはすごいねぇ」と嬉しそうに頷いていて。
耳は少し遠くても、三人の話に何度もうんうんって応えてくれてる。
……ああいう笑顔、好き。ほんと、あったかい。
◇◆ 「お母さんなの?」 ◆◇
そのとき。
昭南が、ふとアタシの方を見た。
(――気付いた)
一瞬で、日振も大東もこっちを振り返る。
そして――
「ママがきたみたいよぉ?」
おばあちゃんのその一言で――
アタシの顔は、反射的に真っ赤になった。
「っ……ど、ども……あ、あの……ママじゃなくて……!」
何言ってんだアタシ!? 慌てすぎて言葉が出ない!
「えっと……うちに来る途中で、迷っちゃったみたいで……」
しどろもどろでおばあちゃんに頭を下げる。
おばあちゃんは微笑みながら、「この子たち、楽しみにしてるみたいよぉ」と言って、ゆっくり歩いて立ち去っていった。
「いってらっしゃいねぇ」
「ど、どうもありがとうございましたっ!」
ぺこぺこしながら振り返ると――
三人が、真顔でアタシをじーっと見てる。
日振の目はまっすぐ。
大東は少し首をかしげて、目がきらきらしてる。
昭南はほんの少し首を傾けて、ぽつり。
「……摩耶さんって、お母さんなの?」
「っ……」
アタシ、固まった。
三人とも、すっごく真剣な顔してる。
なんていうか……“ちょっと憧れ”と“ちょっと願い”が混ざった、そんな顔。
(いや、違うって言えばそうなんだけど……)
でも、“違う”ってバッサリ言い切ったら――
この子たち、少しだけ傷つくかもしれない。
アタシは知ってる。
この子たち、艦娘になる前の記憶がほとんどなくて――
目を覚ましたときには、艤装と一緒だったってこと。
そのこと、みんな知ってるけど、あえて言わない。言えない。
本人たちも、どこかでそれを感じてる気がする。
(アタシも……うん……そうだったから……)
誰かに抱きしめてもらいたいときがある――アタシにも、わかる。高雄姉と愛宕姉の胸に、ギュッとして貰ったときの安心感……
アタシは、そっと三人の前にしゃがんで、目線を合わせた。
「お母さんってのはな……アタシと違って、もっと優しくて、なんでも包み込んでくれるの!」
三人が、瞬きもしないでアタシを見つめる。
「……でもさ、おまえらには、鳳翔さんもいるし、姉さんたちも……みんなちゃんと……」
「みんなでさ――おまえらのお母さん…… アタシも、ちょっとだけその中に混ぜてもらってるって……」
アタシはふっと微笑んだ。
「だからアタシも……お母さん“っぽい”こと、してやっても……」
少しだけ照れ隠しに口調を崩して、三人の頭をくしゃっと撫でる。
三人とも、目、ちょっと潤んでる?
大東が急に叫ぶ。
「じゃあ今日は、姉御にいっぱい甘える!!」
「ば、バカ、やめろっての……! やっぱアタシ、お母さんじゃねぇからな!!」
でも、言ってるそばから頬が緩むのが自分で分かる。
◇◆ 手をつなぐ、帰り道 ◆◇
「じゃ、行くぞ。昼メシまであと30分」
「おーっ!」
大東が元気よく腕をあげる。
日振がアタシの左手を、ちょこんと握った。
アタシが右手を差し出すと、大東が即座に握ってくる。
昭南は……後ろで静かに歩いてるけど、ふとアタシの背中の裾を、指でつまんだ。
アタシはくすっと笑って、こう言った。
「じゃあ、摩耶艦隊――抜錨!」
三人の返事は――言葉じゃなくて、ギュッと手を握り返してくる力だった。
アタシは、三人と静かに歩き出す。
爽やかな風が、ゆるやかに背中を押してくれているみたいだった。