◇◆ 昼食の準備、進行中 ◆◇
冷蔵庫のドアを開けると、ひんやりした空気が指先をかすめる。
中には、ぴっちりラップされたガラスボウルとタッパーたちが、きちんと整列してスタンバってる。
「……よし、いくぞ」
鯛の切り身は、水気がちょうど良く抜けてて、柚子胡椒の香りもばっちり。
合い挽き肉で作ったハンバーグたちは、整った形で「仕上げてくれ」って顔してる。
「油、少なめ……焼き色、しっかり……」
フライパンにそっとタネを並べると――
ジュゥッ、と弾ける音。ふわっと立ち上る香ばしい匂い。
(……この瞬間、ほんと好き……)
思わずふふっとなりそうになるけど、今日はそうのんびりしてられない。
リビングでは、提督と日振型の三人がソファで並んで、なんだか楽しそうに話してる。
(ちゃんと話ふってくれてる……)
アタシがキッチンにこもってる間、三人に喋らせて、緊張をほぐしてくれてるんだ。
やっぱ提督してるだけのこと、あるよな。
(……それとも、子供好きなのかな……)
アタシは料理に集中すると、他の音がすーっと遠くなるタイプだけど、時おり会話の断片が、ふっと耳に届く。
「加賀とは、仲良いの?」
(ん? 加賀さん?)
「……ときどき、お菓子くれる……」
低くて静かな声――昭南だ。
(え? マジで!?)
思わずフライ返しの手が止まりかけたけど、なんとかこらえる。
いま裏返しどき、集中しろアタシ!
肉の端からじゅわっと肉汁が滲んで、焼き立ての香りがキッチンに満ちていく。
(気になるけど……焦がすわけにはいかねぇ!)
◇◆ 加賀と日振型、謎の関係 ◆◇
「この前のクッキー、バターの香りがすっごくて!」
弾んだ声は日振。
「アタイももらった! あと演習も沢山一緒に行ったし!」
「……計量のとき、手元が迷いなくてすごかった……」
三人で、“誰が一番加賀さんと仲良しか”のマウント合戦してる。
……いや、可愛いなオイ。
(加賀さん、チビたちにそんなに優しいのか……?)
(っていうか、“計量の手元が迷いない”って、どんな褒めポイントだよ!)
◇◆ そして、地雷級の質問 ◆◇
「ねえ、姉御と提督って……どっちが先に好きになったの?」
(ちょっ……はああああ!?)
ハンバーグの横に置いてたブロッコリーが、びくっと跳ねそうになるくらいの衝撃。
(それ聞く!? 今、このタイミングで!?)
「摩耶さん、だと思います!」
即答、日振。
「……摩耶さん……」
昭南までしれっと賛同してきた。
「アタイもそう思う! 姉御の“好きだオーラ”出てたし!」
(オーラって何!? アタシそんなん出してた!?)
「絶対、摩耶さんが最初に好きになって、提督に“気づかせた”んだよ!」
「……でも……告白したのは提督……かも……」
昭南がまた妙に冷静な声で口を挟んでくる。
「えっ!? どういうこと!?」
「……摩耶さん、自分の気持ちを伝えるの……苦手そうだから……」
「えええっ!? 摩耶さん、提督に告白させたの!? すごすぎる!」
「姉御、まじで策士……!」
(おまえら脳内でアタシの謎ドラマ作んな!)
「それはね――」
って、まさかの提督がしゃべり出そうとしてる!
(――言わせねぇぇぇ!!)
◇◆ 防衛線展開 ◆◇
「提督! そろそろお皿の準備お願い!」
「カウンターの上に並べてたやつ、見えるよな?」
トーンもタイミングも完璧に決めた……はずなのに。
「先に好きになったのは――」
「て・い・と・く!!!」
ガスの火もビクッてなるくらいの声で呼びかける。
「……っ、ごめんね!」
ようやく立ち上がってくる提督。
◇◆ 小声の攻防 ◆◇
「……何しゃべろうとしてた?」
「聞かれたから……」
(天然すぎる……)
「バラすなって言ってんだろ! アタシ、感情移入して鯛が焦げるぞ!」
「はは……すごい例え」
アタシは指先で、提督の胸を軽く小突く。
「もし余計なこと言ったら、デザートなし!」
「……それは困る」
(よし、抑止力確保)
でも、ソファからは――
「あの焦り方……やっぱり……」「アタイ、帰ったらみんなに話す!」「素敵だよね〜!」
(明日から鎮守府歩ける気がしねぇ……)
◇◆ 妄想が走り出す ◆◇
でも――
提督が三人と話してる姿思い出したら――
なんか、胸の奥がじんわり暖かい。
(提督、やっぱ子供欲しいのかな……)
(……もし、アタシと提督の間に子供ができたら――)
日振みたいに元気で甘えん坊?
大東みたいに無邪気で突っ走るタイプ?
昭南みたいにクールで、でも時々すごいツッコミ入れてくる感じ?
(いや待て、アタシに似るだろ……絶対ツンツンして言葉足りなくて……)
(……って、妄想爆走させてんじゃねーよアタシ!!)
アタシは自分の頬をペシッと叩く。
(でも……艦娘って、子供できなさそうなんだよな……)
(……ケッコンカッコ「ガチ」決める前に、提督がちゃんと話してくれたし……)
(でもさ……)
(……想像しちゃうんだよな……)
◇◆ 香ばしさと、幸せと ◆◇
「摩耶、ちょっと焦げてない?」
――うわっ!
フライパンを見ると、ハンバーグの端っこにちょっとだけ焦げ色が。
「焦げてねぇよっ! ほんのり香ばしくなっただけだって!」
提督が笑う。
この賑やかさ、ほんと悪くない。
キッチンに立つアタシと、ソファで笑ってるあの子たち。
そして、そばに居てくれる提督。
(……なんか、家族ってこういう感じなのかな……)
フライパンにふたをして、火を弱めながら、
そっと、リビングの方へ目を向ける。
三人が、また、提督と楽しそうに話している。
(いや、別に聞き耳立ててるわけじゃねぇからな?)
そう自分に言い訳しながら、
それでもゆるんじゃう口元を隠せなくて――
アタシは、ふふっと、小さく笑う。