◇◆ カルタの時間、始まる ◆◇
「……ごちそうさまでした!」
プリンもドーナツも、テーブルからきれいさっぱり消えて。
残ってるのは、ちびたちの幸せそうな顔と、ほんのり甘い空気だけ。
(ふぅ……賑やかだったな。でも、悪くない)
アタシは空になったマグカップを指先でくるくる回して、ひと息つく。
「さてと――このあと何する?」
提督の声に、日振たちがぴょんっと顔を上げた。
「ゲーム機ある!?」
「アタイ、バトル系いけるよっ!」
目がキラッキラ。
ほんと、見てるだけで元気になる。
でも、ちょっとだけ申し訳なくなる。
「ごめん、うちにはゲーム機ないんだ……」
「……じゃあ、鬼ごっこ?」
昭南。お前な。
ここ、まだ家具に生活の匂いが馴染んでない新居なんだよ。走ったらガチで転ぶからな。
「ダメ! 家の中で鬼ごっこは禁止!!」
アタシがビシッとツッコむと、提督が笑って立ち上がる。
「じゃあ、これだな」
取り出してきたのは――黒い箱。
《鎮守府カルタ大会・公式札》と、太字で書かれてる。
「年に一度の大会用に作ったやつ。家でやるのは初めてかもな」
「わーっ!」
「本物だーっ!」
「……読み手、提督……」
(おまえら、目が本気じゃねぇか)
でも、なんだかアタシも懐かしくて、指先に力が入る。
(だけど、これは――戦いだ)
読み手は提督。
戦況は公平。なら――全力で挑むだけだ。
「お前ら、容赦しねぇからな?」
「望むところだぜ!」
「……全力で、叩きます」
(うわ、気合入りすぎ……)
三つ巴の開戦、始まった。
◇◆ 高レベル三つ巴 ◆◇
「『い』――今夜の出撃、成功を祈る」
バチィィィ!!
「取ったっ!」
大東の手が札を押さえてる。
(なっ……アタシより速い!?)
「『き』――艦隊、進撃開始」
バシッ!!
「……取った」
昭南、迷いなし。冷静すぎ。
指が交錯し、火花を散らすように札が飛ぶ。
反射神経、集中力、記憶力。全部が問われる。
だけどアタシは負けない。負けるわけにいかない。
(アタシだって……!)
……と、思ったその瞬間。
(あれ……?)
視線を巡らせて――日振が、いない。
◇◆ 見えた光景、ざわめく心 ◆◇
「……あ?」
見えた光景に、思わず固まる。
提督のあぐらの上に――
日振が、ちょこんと座ってた。
無邪気に。何のためらいもなく。
まるで、そこが最初から“自分の場所”だったみたいに。
提督も、当然のように受け止めてる。
あったかくて、やわらかい光景。
だけど――
アタシの胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
(……なにこれ)
可愛い。微笑ましい。
でも、それだけじゃない。
胸が、ズキンと痛ぇ。
「えへへ……なんか落ち着くし、提督さん、あったかいんだもん」
日振はふにゃっと笑って、さらに提督に寄りかかる。
その様子に、大東が「いいな〜!」と呟き、
昭南までがぼそっと、
「……確かに、あの位置は安定感がある」
なんて分析してる。
「……ちょ、なんでお前らまで冷静に評価してんだよ……」
アタシの声が、ちょっと裏返る。
止められない。
……だけど。
提督は、何も気づいてないみたいな顔で、微笑んでる。
(……それが、なんか……ずるい)
◇◆ 想像と現実のはざま ◆◇
あの光景――
まるで、家族だった。
子どもが膝にちょこんと座って、
親が穏やかに包み込んで。
(……提督って、父親になったら、きっとああいう感じなんだろうな)
想像した瞬間、胸の奥にぽっと灯るような感覚があった。
提督に似た、ちょっと無愛想な目元。
アタシに似て、元気でちょっとヤンチャな女の子。
笑いながら提督に抱きついて、あぐらにちょこん――
(って、おいおい。何考えてんだアタシ……!)
慌てて頭を振る。
ありえない。そんなの、現実じゃない。
……でも。
(もしかして――提督って、無意識に子ども欲しいって思ってたりする?)
あの優しい目が、そんな可能性を否定させてくれない。
(アタシとの子どもができたら……)
って、ちょっと想像してしまった自分に驚く。
でも、不思議と――あったかい。
(……アタシ、そういう未来……いいなって、思っちゃった)
だけどその温もりは、すぐに胸の奥で凍っていく。
(アタシには……無理かもしれない)
《艦娘に子どもができた事例は報告されていない》
それを、ちゃんと伝えてくれたのは、提督だった。
それでも一緒に歩こうって、言ってくれて。
だから、アタシは“ケッコンカッコガチ”を選んだ。
(わかってる。わかってるよ、そんなの)
でも――
日振の笑顔。提督のあったかい手。
あの空気に、触れてしまったから。
アタシの心は、ざわついてる。
「摩耶、次読むぞ?」
提督の声に、はっとする。
「……あ、ああ」
札に目を戻して、深呼吸。
でも、心はまだ少し揺れてる。
(アタシ……何と戦ってんだろ)
カルタ? ちびたち? それとも――
自分の願いと、不安と、全部。
◇◆ そして、そばにいる ◆◇
カルタの勝負は昭南の勝ち。
アタシと日振は、1枚差で並んで2位だった。
「真剣勝負だったな……ふぅ」
そう呟きながら、アタシは自分の膝の上にそっと手を置いた。
(誰も、ここには座ってないけど)
でも、どこかで思う。
(それでも、アタシはここにいて。アイツのそばにいて)
……もし、いつか。
誰かを抱きしめられる日が来たなら。
アタシは、その温もりを、全部で受け止めたい。
たとえ、それが叶わない夢でも。
今日、そう思えた自分を、大切にしていたい。
提督が、ちらりとこっちを見て笑った。
その目に、気づかれた気がして、アタシは慌ててそっぽを向く。
(……なによ、バカ)
でも、胸の奥が少しだけ、あったかかった。
◇◆ 希望の芽 ◆◇
たとえ願いが叶わなくても、
想っていいんだ。願っていいんだ。
その人のそばにいて、
「いつか」を静かに夢見る権利くらい、アタシにだってあるはず。
それが、たった一粒の種でも――
ちゃんと、胸の奥で芽吹いてる。
アタシの中にある、小さな“未来”。
それを信じてもいい気がした。