◇◆ 帰り道 ◆◇
日が傾いて、道がオレンジ色に染まっていく。
影が長く伸びて、空気がちょっとだけ静かになる時間。
アタシと提督は、日振型の三人を鎮守府まで送ってる。
日振、大東、昭南――あんだけはしゃいでた三人も、スイッチがきれたみたいに、今は眠気に負けて、まるで雲の上を歩いてるみたいにふにゃふにゃしてる。
眠気に勝てる年じゃないよな、まだ。
アタシは提督と顔を見合わせて、何も言わずにうなずく。
「日振、おいで」
提督が優しく声をかけて、日振をひょいっと抱き上げる。
ちっちゃな手が、当たり前のように提督の肩に回っていた。
「……ん、あったかい……」
その声は夢の中みたいに、とろけてる。
提督の胸に顔をくっつけた日振は、すぅすぅと穏やかに息をし始めた。
アタシは思わず、ふふって笑う。
「大東、お前も、もう無理すんな」
そう言ったら、大東は意地を見せるみたいに「……ううん、まだ歩け……」って言いかけて――
でもアタシがしゃがんで背中を向けた瞬間、すっと身体を預けてきた。
「……ほら、ちゃんと掴まれよ」
「……うん」
背中に回された小さな腕は、思ってたよりあったかかった。
「昭南、お前も手、貸せよ」
「……わかった」
昭南が静かに手を差し出してくれて、アタシと提督がそれぞれ片手ずつを握る。
こうして、提督が日振を抱っこして、
アタシが大東を背負って、
昭南と手をつないで――
鎮守府への帰り道を、ゆっくりと歩き出す。
◇◆ 背中の声、胸の奥 ◆◇
しばらく歩いたところで、
アタシの背中に、ふっと声が落ちてきた。
「……あさん……」
一瞬、心臓が跳ねた気がして、足が止まりかける。
(え……?)
次の瞬間、
「……おかあさん……」
眠りの吐息にまぎれて、ぽろっとこぼれた声。
背中に感じる大東の体温と、その言葉が重なって――
胸の奥が、静かに締めつけられる。
……あぁ……
日振も、大東も、昭南も、多分、気がついたら艦娘になってた。
だから「お母さん」は覚えていない。
でも、夢の中で誰かに抱きしめられてる。
記憶の奥底に、言葉じゃないかたちで、あったかいぬくもりが刻まれてるのかも……
(……人って、愛された記憶を、忘れないんだな)
言葉じゃなくても、肌の感触でも、匂いでも。
この子たちのどこかには、きっと残ってるんだ。
そして――
(アタシも、おんなじ……)
思い出すのは、高雄姉と愛宕姉の背中。
あったかい毛布にくるまれて、眠る前に背中をぽんぽんされてた感触。
きっと、アタシの中にも、「母親」ってものは、ちゃんとあるんだ。
だから、背中のこの声に、こんなにも胸が痛む。
(アタシも……知りたかったな、“おかあさん”ってやつを)
泣きそう。でも、泣かない。
そんなの、アタシの役目じゃねぇだろ――って、どこかで思ってる。
◇◆ 伝わってくるもの ◆◇
「……摩耶……」
提督が、なんか言ってる?
なんだよって顔して、ちらっとそっちを見ると、
提督は、いつもよりちょっとだけ柔らかい目で、こっちを見てた。
「……なんだよ」
小声で聞くと、提督はほんの少し笑って、言った。
「摩耶……すっごく優しいこと考えてた?」
(……ばか、なんで分かるんだよ)
顔をそむけた。頬が、ほんのり熱い。
でも、その声が、すごくあったかかった。
◇◆ 外から見た家族 ◆◇
もう少し歩いたところで、道端のベンチに腰かけてたおばあちゃんが、ニコニコしながらアタシたちを見てた。
「まぁまぁ、仲良し家族だねぇ」
……ん?
「娘さんが三人だと、お母さんも大変ね」
「……え」
「でも、みんなお母さんに似て、美人さんねぇ」
「……あっ……」
(アタシが……“お母さん”?)
背中の寝息、手を繋ぐ温もり、横を歩く提督を感じていたら、その言葉が、不思議と心にしみこんできて……
一瞬、言いそうになった「違います」が、喉の奥でほどけて、アタシは全力の笑顔で答える。
「……超幸せです!」
その瞬間、アタシの中で、何かが確かに動いた気がした。
おばあちゃんは満足そうに笑ってる。
◇◆ 背中の夢、胸の種 ◆◇
アタシは、自分の言葉を反芻する。
“超幸せです!”
ほんのちょっと前のアタシじゃ、絶対に言えなかった台詞。
でも、今は――
隣の提督がちらりとアタシの顔を見て、そっと笑った。
アタシも、視線を合わせないまま、少しだけ口元を緩める。
温かい時間。
守りたいもの。
育ててみたいもの。
それが、叶わない夢だったとしても。
その夢を、そっと胸にしまっておくことは、きっと悪くない。
(だって――今、アタシの中にちゃんと、種みたいな気持ちがあるから)
頬が、夜風に触れて冷たいのに、
胸の奥は、ぽかぽかしてる。
――鎮守府の灯りが見えてきた。
その光を目指して、アタシは背中のぬくもりを感じながら――
その未来に、ちょっとだけ手を伸ばしてみる。