◇◆ 夜風と指先 ◆◇
夜風が気持ちいい。
空には、やわらかい月が浮かんでる。
星もちらちら瞬いてて、どこか懐かしいような静けさ。
(昼間のあの騒がしさが、まるで嘘みたいだな……)
いつの間にか、アタシと提督は手を繋いで歩いてる。
……もちろん、”恋人繋ぎ”。
(……もう普通になったんだな、アタシら……)
前なら、こんなの想像すらしなかった。
手を繋ぐなんて、誰かに甘えるなんて、アタシには縁のない話だと思ってた。
でも今は……指先から伝わってくるこのあったかさが、当たり前みたいに心地いい。
◇◆ 不意の言葉 ◆◇
ぽろっと言葉がこぼれた。
「……アタシらの子供って、どんな感じかな」
言った瞬間、自分でもびっくりした。
(……な、何言ってんだアタシ!?)
立ち止まるほどじゃないけど、脳内が一瞬フリーズする。
でも、口から出たその言葉は――
なんだか、あったかかった。
提督はちょっとだけ驚いた顔をして、それからすぐに、いつもの落ち着いた目に戻って、ふっと笑った。
「そうだね……きっと、摩耶に似て元気で負けず嫌いな子になるんじゃない?」
「お、おい、アタシの遺伝子しか入ってねぇみたいな言い方すんなよ」
「はは、じゃあ私に似て、落ち着いてて、ちょっと抜けてるけど、頼れる子になるかも」
「それはそれで……なんか腹立つっていうか、生意気そうっていうか……」
くすっ。
自然と、アタシの口から笑いが漏れる。
なんだこれ。ゆるすぎる会話。
でも、嫌いじゃない。
◇◆ 想像という芽 ◆◇
アタシの中で、ぼんやりした未来の絵が浮かぶ。
(アタシと提督と……アタシらの子供……)
今まで、そんなこと真面目に考えたことなんてなかった。
提督から、「艦娘が妊娠した例はない」って聞いてたし。
アタシたちは今を守るのが使命で――未来をつくる存在じゃないって、どこかで思い込んでた。
でも今は。
日振を抱っこして、大東をおんぶして、昭南と手を繋いで帰ったあの時間が、
アタシの中に、なにかの種を残していった気がする。
それに……
◇◆ 時間という不安 ◆◇
(……時間のこと)
アタシは知ってる。ちゃんと分かってる。
アタシたち艦娘は、歳をとらない。
このまま、ずっとこの姿で、生きていく。
でも――提督は違う。
彼は普通の人間で、時間に抗えない。
いつかアタシよりずっと年を取って……
……アタシのことを忘れる日がくるのかもしれない。
(……アタシ、それ、耐えられるのかな)
アタシは、提督とずっと一緒にいたい。
今のこのぬくもりが、永遠に続けばいいって、本気で思ってる。
だけど、現実は違う。
◇◆ 記憶と本と ◆◇
提督が年を取っても、アタシがそばにいて。
だけどその先、提督がいなくなったら。
アタシは――その時、どうするんだろう。
ひとりきりで、何十年も、何百年も生きるのか。
それとも、誰かを守って、戦い続けてるのか。
(……アタシ、そんなの考えたこともなかったな)
ふと、思い出す。
提督がくれた本のこと。
『エルフの女と人間の男』
――時を超えるエルフと、命の短い人間が、それでも愛を貫いた物語。
(……あたしと提督も、似てるかもな)
違う時間を生きて、違う世界を見て、
それでも一緒にいるって決めたんだから。
◇◆ 提督のことば ◆◇
「……摩耶、もし……そういう未来が来たらさ」
提督が、ぽつりと呟いた。
「そのときは、二人で一緒に考えよう。」
「立場とか時間とか、何がどうであっても、私には摩耶が一番大切だから」
提督の声は、まっすぐだった。
軽くなんかない。冗談でもない。
覚悟の話だった。
「……ばか」
アタシは、視線を逸らしたまま、小さく呟く。
◇◆ 溢れる本音 ◆◇
「でも……」
アタシは、自分の声が震えてないか、確かめるように、ゆっくり続けた。
「アタシ、自分が子供産めるのかも分かんない……そもそも、産む資格があるのかも分かんない……」
「戦うのが使命って言われて、今までずっと、戦ってきた」
「でも……今日、大東に寝言で“おかあさん”って呼ばれて……そっからずっと、頭の中がぐちゃぐちゃで……」
「怖いっていうか、欲しいっていうか、そんなの考えること自体、いけないことみたいな気がして……」
「……アタシ、どうしちゃったんだろ……」
そこまで言って、自分でも驚いた。
言葉にするだけで、こんなに胸が痛いなんて。
だけど――言えた。
◇◆ 信じてくれる人 ◆◇
提督は、黙って聞いてくれてる。
何も言わずに、ただ手を握って、隣にいてくれてる。
「……ごめん、変なこと言って」
「謝らないで摩耶。摩耶が戦うからこそ、守れる命もあると思う」
「どんな道を選んでも、摩耶が大切にしたいと思ったものを、私は信じるよ」
静かな声。
でもその言葉で、心のどこかにあった不安が、少しづつ溶けていくのが分かる。
アタシは、そっと手を握り返す。
◇◆ 新しい想像 ◆◇
戦うことがアタシの全てだった。
でも、今のアタシは、誰かを守ることに、違う意味を見つけ始めてる。
提督と一緒に、誰かの命を迎えて――
その命を、二人で育てていく。
そんな未来が、絶対にないって、言い切れない気がしてきてる。
(……変わったのかな、アタシ)
そう思うと、ちょっとだけ怖くて。
でも、悪くない感じ。
◇◆ 二人の秘密 ◆◇
「……提督」
「ん?」
「今の話、誰にもすんなよ。絶対な」
提督はちょっとだけ驚いた顔して、それからすぐににっこり笑った。
「私と摩耶だけの秘密が、またひとつ増えたね」
「……ばか」
アタシは、ふいに手をぎゅっと握り直す。
夜風がふっと吹いて、髪が揺れた。
◇◆ 未来のほうへ ◆◇
その時、アタシは思った。
――たとえそれが、叶わない夢でも。
その夢を、想像できるくらいには、
アタシ、提督のことが好きなんだって。
そう思ったら、少しだけ気持ちがほどけてきた。
静かな夜道を、アタシは提督と手をつないで――
少し先の光を探すように、歩いていった。