超現実アナザー・ワールド ~異世界でもぼっちはぼっちだった件~   作:蛮野ゲリラ

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現実的な異世界は福神漬けのないカレーと同じ

 

 好物はカレー、運動神経はちょっと悪いほう、学業成績は中の上、性欲お盛んな至って平凡な男子学生。それが俺だ。

 

 少しばかり人とコミュニケーションをとることが苦手で、窓際の席でスマホをいじることだけが学校での楽しみになっている至って平凡な学生だった。……要するに無口コミュ症のぼっち学生である。

 

 表情は硬く、目つきは死んだ魚のように干からびていて、クラスメイトからは現代の生きたモアイ石像やらチベットスナギツネの人間版と呼ばれているだけの至って平凡な学生だった。……容姿からして人を寄せ付けない生きたしかばねともいう。

 

 脳内妄想が大好きなラノベ愛好家で(好きなジャンルは異世界ファンタジー)で、ラノベ主人公さながら内心のひとりごとがめちゃくちゃ激しいだけの至って平凡な学生だった。……もう高校一年生だというのに中二病を卒業できないイタイやつともいう。

 そんな至って平凡な俺は、現在――

 春にしては暑い、熱されたアスファルト上で、大量の血を流しながら倒れていた。

 

 ――あ、死んだ。

 

 俺は身を焦がすような熱さのアスファルトに横たわりながら呆然と、他人事のように呟いた。

 いや、呟いちゃいない、ただ思っただけだ。

 なんせ今の俺は言葉を紡ぐことができないほどに瀕死状態なのだから。

 そう、俺は今まさに死にかけていた。

 

 横断歩道を渡っているときに走行中の大型トラックと派手にぶつかって、大量出血、プラス骨折多数、プラス内臓破裂……たぶん怪我の状態はこんな感じだろう。もはや助からない。

 

 まさか高校の入学式を終えてその帰りに事故って死ぬとは、まだ全然話せていない同学年の生徒にとって俺の存在は、笑えない笑い話となることだろう。あー……恥ずかしい。

 

 死の感触といえば、先ほどから階段を踏み外したときの嫌な浮遊感のようなものが、俺の全身を包んでいる。実際に階段から足を踏み外したら頭は真っ白になるのだが、今は妙にクリアだ。ただし、その代わり言葉は「あ」とも「ん」とも出すことはできないが。

 

 ……まだ、もうちょっとだけでいいから生きたかった。

 

 小学校、中学校と俺が無口なせいで友達がいなかったから、高校では立派に友達三〇人を目指そうと思ったのだが、それももう叶わない夢の話。

 俺は最期に、心の中で言葉を遺す。

 

 この世への未練や、短い生涯で感じた衝撃的なこと、残してしまう家族への謝罪の気持ち、それらを全て凝縮して、誰にも届かない遺言を告げる。

 

 ――大型トラックとぶつかるのってメチャクチャ痛いね。

 

 俺は死んだ。

 ……と思ったのだが。

 

 

(妙なところに来てしまった)

 

 俺の視界には一面に真っ黒な空間が広がっていた。

 見渡す限りに光のない黒い世界。陸も空も、それを分ける地平線も、何もかもが存在しない。ただ自分の体だけが、この黒い世界から浮き出ているように色づけされていた。

 

 三六〇度見回しても、それは同じだった。

 まるで、この黒い世界に自分だけしか存在していないような……。

(これが、死後の世界っていうやつなのか……?)

 

 死後の世界というと天国や地獄をイメージしていた俺は、この誰もいない世界に呆然と立ち尽くす。

 

 俺は、極度の人見知りだ。誰かと話すとき、相手の目を見て話そうとすると緊張して会話もままならない。しかしそれでも、こうやって自分一人だけが妙な空間に取り残されている現状は、俺に耐えきれない孤独感を与えるのに充分だった。

 

 何もないということは分かっているのに周囲を見回していると、上から光っている何かがゆっくりと落ちてくるのが見えた。

 

「……本?」

 

 それをキャッチした俺は、光を失ったその物体を見てそう呟く。

 

 それは辞書のように分厚く、高級そうなハードカバーに包まれた本だった。表紙には何も書いておらず、裏や側面にも何もない。本を開いて最初のページを見ても、何も書かれていない真っ白な紙だった。

 

 何もない真っ黒な世界に、このような本が突如現れたことに非現実味を感じるが、今更だし、とりあえずページをめくることにする。

 

「……!」

 

 二枚、三枚とめくり一〇枚ほど開いたとき、右ページの上半部に小さな点のような黒いシミが浮き出ていた。

 その黒い点はジワジワと薄く広がっていき、また数を増やしていき、とあるひとつの単語を生み出した。

 

 ――『異世界転生』。

 

 中学校時代、ファンタジー系のライトノベルを読み漁っていた俺は、その言葉に見覚えがあった。

 ある世界の人間が死後に別の世界で生まれ変わり、新しい人生を送るというものだ。俺が読んだものでは現実世界から異世界へ行くものが多かった。

 本に続きが書き込まれる。

 

 ――『汝、異世界を望むか』

 ――『望むのであれば、本を天にかざせ』

 ――『望まないのであれば、本を地に据えろ』

 

 もしかして……俺は今、重要な選択を求められているのではないだろうか。

 今のこの状況も十分おかしなものであるが、異世界転生はライトノベル――フィクションでしか起こりえないと思っていた。

 

 異世界転生の物語は、前世に未練を残している人物が、中世ヨーロッパ風の世界観で魔法や魔物、勇者や魔王のようなファンタジー要素が多分に含まれた世界に転生して、幸せを掴むというものが多い。

 

 ファンタジーものが大好きな俺は、そういうライトノベルを読むたびに自分もその世界に飛び込んでみたいと思っていた。

 つまり。

 

「俺を異世界に転生してくれ」

 

 俺は意気揚々と本を天にかかげた。すると、本が再び光を放ち、それは黒い世界を真っ白に染め上げるほどに広がる。

 

 あまりの輝きに目がくらみ衝動的に本を手放してしまうが、本は落下せずに独りでに宙に浮きあがり太陽のように天高くを舞う。

 

 手をかざして本の行方を追うが、輝きはなお増すばかりで果てには白以外何も見えなくなった。

 その時。

 

『――選べ』

 

 男性か女性かも分からない機械的な音声が、耳に届く。

 

『汝が望むは――無限の攻撃力か』

『――無限の防御力か』

『――無限の速力か』

 

 これは、異世界転生モノでよくあるチート能力というものだろう。

 当然のことながら現実世界の人間は、ファンタジーの世界にある特殊な力をもっていない。

 だからこそ、異世界転生の際には特典として強大な力を授かる。それを使い、巨大な魔物や魔王を圧倒するのが異世界転生モノの醍醐味だ。

 

「俺は……、」

 

 先ほど与えられた三つの選択肢。どれもファンタジーな異世界で生きるのに絶対に役立つものだと思うが……その中で一つを選ぶとしたら。

 

「俺は――『無限の防御力』が欲しい」

 

 俺の頭の中に浮かんだのは、死ぬ直前の大型トラックとの激突で感じた痛み。

 今はもう死んだということもあってか落ち着いているが、あの痛みをもう一度受けろと言われたら泣いてでも拒否するだろう。

 自分ではよく分からないがトラウマになっているようだ。

 

『――承知した。汝に「無限防御」の力を与える』

 

 再び声が聞こえた。

 

『――汝はこれより異世界に降り立つ。何を為すか、何を思うか、それは汝次第』

 

 それは相も変わらず男性か女性かも分からない無感情な機械音のような声だったが、俺にはなぜか応援しているように聞こえた。

『――汝の二度目の人生。健闘を祈る』

 黒い世界は、白い世界へ変わり、俺の意識は途絶えた。

 ……足元のおぼつかない感覚。体には力が入らず、身じろぎ一つすることができない。

 視界は黒く、自分のまぶたの裏を見ているのか、それとも世界が真っ黒なのか、それすらも分からない。

 

 ――黒い視界に、まぶしい白が混ざり込む。それと同時に、反射的に目に力が入る。どうやら俺は目を閉じていたらしい。

 

 足元の浮遊感はいつの間にか消え、地面を踏みしめる感触が伝わる。

 鼻には湿った葉っぱと土の匂いが届き、耳には木々が風に揺れる音が聞こえた。

 

 ……どうやら本当に異世界に転生したらしい。

 

 未知への不安と、色鮮やかなファンタジー世界への高揚を胸に、意を決した俺は、閉じた目を一気に見開いた。

 太陽のまぶしさにチカチカと目を瞬きさせながら、新しい世界を視界に収める。

 

 そして目の前に広がったのは、中世ヨーロッパ風の世界観で魔法や魔物、金銀財宝が眠るダンジョンのようなファンタジー要素が多分に含まれた世界――ではなく、俺がこれまで生きてきた『現実世界』そのものだった。

 

「………………え」

 

 俺がいる場所は公園だった。

 子どもが遊ぶようなブランコ、滑り台、砂場。レンガに囲まれた花壇。場所は知らないが、とても中世ヨーロッパ風な世界にあるようなものではなく、現実世界にあるような普通の公園だった。

 

「…………ッ!」

 

 三六〇度周囲を見回す。

 公園の入り口から見える外は、整備された道路――アスファルト。道路には車が行き交っている。

 

 公園の中央に立っている時計台には、これまた俺が生前でよく見た『数字』が書かれていた。ゴミ捨て場には『燃えるゴミ』と『燃えないゴミ』と日本語で書かれた金属製のゴミ箱が二つ設置されている。

 ……俺が知っている異世界転生モノでは、前世とは違う独自な言語があると設定されていた。

 そこで、ようやく俺はとあるひとつの考えに思い至った。

 

「本当に異世界転生したのか……?」

 

 しかし、その疑問は僅かばかりだがすぐに解消される。

 先ほどから状況を理解するために周囲に目をやっているのだが、足元の地面と自分との距離が非常に近いことに気がついた。

 

 ……背丈が、大幅に縮んでいる。小学生、いや幼稚園年長ぐらいの身長にまで。

 それだけではない。指の細さや足のサイズも小さくなり、身につけている服も、いつの間にか自分の体格に合ったサイズになっている。それに、死ぬ直前は制服を着ていたはずなのに、気づけば私服に変わっていた。

 

 ……間違いない、俺は子どもになっている。

 

 ふと視線を遠くに移すと、異常に高い建造物が目に入った。

 それは、現実世界でいうと東京スカイツリーのような塔の建造物であったが、その外壁は真っ白の石の中に黒い線が入り混じった大理石のような光沢のあるもので、スカイツリーとは違うことは明白であった。

 

 さらに、その大理石の巨塔には、何やらドでかい垂れ幕のようなものが吊り下げられ、そこには。

 

 ――『勇者が天魔王を退治して☆四百周年記念☆』

 

 ……と書いてあった。なんかムカつく。特に☆マーク。

 そしてさらにもう一つ。

 

《『魔物(モンスター)』が出現いたしました。近隣住民の皆様、外出のお控えをお願いします》

 

 俺がいる公園を含めてここら辺一帯すべてに聞こえるほどのアナウンス。

 

 ――突如、空が暗くなった。

 

 空は雲一つない快晴で、先ほどまで太陽は天高くギラギラと輝いていたのだが、俺が空へ目をやると、そこには。

 

 巨大なプテラノドンのような怪獣――モンスターが太陽を包み隠していた。

 再びアナウンスの声があった。

 

《現在、『魔法少女(リトルウィザード)』が出動しております。魔物の駆逐までもうしばらくお待ちください》

 

 そう声があった瞬間――、

 

「超魔法『バースト・エンド』――!!」

 

 上空で爆発音が鳴り響き、それと共にモンスターの断末魔の叫びが響いた。

 ………………、

 どうやら俺は、超現実的な異世界に転生してしまったらしい。

 

 

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