超現実アナザー・ワールド ~異世界でもぼっちはぼっちだった件~   作:蛮野ゲリラ

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――スイッチ――

 

 マホが戦場へ向かう姿をただ見過ごすことしかできなかった俺は、呆然と立ち尽くしていた。

 

 マホは俺を置いて戦場へと行ってしまった。

 幼い頃、どれほど文句を言っても俺を巻き込んでいた彼女が……『もう約束を果たさなくていい』と言ったのだ。

 なぜ彼女がそんなことを言ったのか理解できない。

 マホにとって俺は、顔見知りか、せいぜい使い捨ての駒ぐらいの存在だと思っていたのだが、そうじゃなかったのか……?

 

 そして、何よりも最後に見せた彼女の顔が頭から離れなかった。

 

 俺の知っているマホはクールで、毒舌で、勝ち気で、賢くて、アカツキを護る黎明院家の一族であることを誇りに思っているような奴だ。俺がつまらないことを言おうものなら、すぐにツッコミを入れてくるし、冷たくあしらわれるのが常だった。

 

 だから、彼女が鋭い視線も手厳しい言葉もなく、ただ慈しむような優しい微笑みを浮かべていたことが、どうしても理解できなかった。

 

 たしかに俺は彼女が言っていたように「争いごと」は嫌いだ。

 

 痛いのは嫌いだし、人であろうがそうでなかろうが敵を傷つけるのも、傷つけられるのも怖くて仕方ない。

 この異世界に来るときにチート特典で『絶対防御』を選んだのもそれが理由だった。

 

 そして、どうしても俺の脳裏から離れない不安がある。

 それはディーヴァの存在だった。

 ディーヴァの『認識改竄』は、まさしく盤面づくりのためにある。

 認識を操作して敵の心を惑し、仲間同士で疑心暗鬼を起こさせて心理面で圧倒する。

 そんな戦う前の段階で詰みの盤面をつくれるような相手が、その正体を明かして仕掛けてきたのだ――何かあるに決まっている。

 マホはディーヴァの能力の弱点を見破ったと言っていたが、まだ何か隠し玉があるんじゃないか。

 それこそ、さっき警報で告げられていた『超大型モンスター』。それが奴の奥の手なのか……?

 

 いくら考えても不安は尽きない。

 もしこの懸念が当たっていたとしたら……最悪の事態も十分にありえる。

 だが、俺が戦場に行ったところで何になる。自分の身を守ることはできるだろうが、足手まといになってしまうことだって考えられる。

 

 俺は……

 俺は一体どうすればいいんだろうか、コッコさん。

 

《…………》

 

 コッコさん……?

 

《……私はマスターの望みを叶えるために生まれました。マスターの意思を最善の形で支援します》

 

 うん、よく知ってる。

 

《――ですが、今はマスターの意思が提示されていません。マスター自身が選択を示さない場合、私はサポートすることができません》

 

 ……そうか、これは『自分で決めなきゃいけないこと』なんだな。

 

《はい、それがマスターとの『契約』ですから》

 

 ……厳しいな、コッコさん。

 

《それも『契約』のうち、です》

 

 そうだよな……。

 しかし、何も決めきれない自分に、ただただ自己嫌悪が募る。自分が情けないと思う気持ちが胸を締めつけ、どうしても前に進めない。

 俯いて、大きく息を吐いた――その時だった。

 

 不意に、耳元に柔らかい声が響いた。

 

「――ハル」

 

 風のように透き通る声。言葉のひとつひとつが、まるで空気を切り裂くように響いて、自然に俺の意識を引き寄せる。どこか、心地よささえ感じるその声。

 

「……タマネ」

 

 顔を上げると、そこにはタマネが立っていた。

 彼女の銀髪が、夕日の光に当たり、まるで幻想のように輝いている。その姿が一瞬にして美しく浮かび上がり、心の中にひときわ強く印象に残った。

 

「どうしてここに……?」

 

 俺の疑問に、タマネは静かに答えた。

 

「これ」

 

 彼女は制服の胸ポケットに手を入れると、何かを取り出した。

 それは、ビー玉ほどの大きさの赤い水晶だった。赤い石は、淡い光を放ち、彼女の手のひらの中で静かにきらめいている。

 

「この石は、対の石の所有者が危険にあったときに、共鳴するというもの」

「対の石……? ああ、」

 

 彼女が告げた言葉を反芻する。

 そうしてその言葉を理解して、俺はポケットから青色の水晶を取り出した。

 これは今日の昼休みにタマネからもらったものだ。

 そして今まさに、タマネが持っている赤い水晶と同様に淡い光を放っていた。

 

「――あっれー? ハルくんにタマネちゃんじゃん!」

 

 突如、明るく騒がしい声が耳に飛び込んできた。

 公園の入り口のほうを見ると、そこにはオレンジ色の髪の少女が元気よく手を振っていた。

 

「……キワミか」

「やっほー! わたしは日課の100kmランニングちゅー! 二人は何してるの?」

 

 キワミは俺たちに近づくと――途中で足を止めた。

 その視線が、何か気になるものを察知したかのように、俺に向けられる。

 

「――ハルくん、何かあった?」

 

 その問いかけに、思わず唾を飲み込んだ。

 

「いつもと違うよね。なんか悩んでる?」

 

 普段は明るく、無邪気に笑っているキワミが真剣な顔で俺を見つめていた。その視線は鋭く、まるで俺の内側を覗き込むように深く突き刺さる。

 どうして俺の周りにいる人はこうも機微に聡い奴らが多いんだろうか。

 

 だが、俺自身の問題に彼女たちを巻き込むわけには……

 

「そうやって一人で抱え込もうとするのよくないよ。……ううん、それもハルくんの良さだけど、少しは私たちのこと頼ってほしいかな」

「キワミ……」

「ハルくんには今までずっと助けてもらったからさ、少しは返させてよ! ねっ?」

 

 キワミはそう言って、優しく微笑んだ。

 その笑顔に、どこか胸が温かくなる。だが、その一方で、言葉がどうしても出なかった。

 こんなにも優しく言ってくれているのに、何も答えられない自分が情けなかった。

 

 その時、タマネが静かに俺の両手を取り、胸元に当てた。

 

「ハル、どうか迷わないで。あなたはあなたがやりたいことをやって。――どんな選択をしたって、誰もあなたを責めない」

 

 タマネの青い瞳が俺を見つめている。彼女の目には、何か強い思いが込められている気がした。

 

「そして、それはきっと黎明院マホも同じ気持ち」

「……!」

「あたしも同じだよっ!」

 

 タマネの言葉にキワミが同調するようにうなずいた。

 二人の思いに胸が痛む。タマネもキワミも、俺に気持ちを託してくれている。それに応えられなければならないのに、俺はどうしても怖くて、足を踏み出せずにいた。

 

 だが、その痛みこそが、少しずつ俺の中で何かを変え始めていた。

 

 ――俺にはどうしても分からないことがある。

 

 前世から一度も友人と呼べる存在がいなかった俺は、どうすれば胸を張って「友達」だと言える関係になれるのか分からなかった。

 俺は、友達とは時間をかけてお互いの信頼を築き、お互いを完全に理解して共感し合える存在だと考えている。

 しかし、俺はマホやタマネ、キワミたちのことを微塵も理解できているとは思えない。彼女たちが普段何を考えているか、俺にどういう気持ちをもっているのかがまったくわからない。

 だから、彼女たちのことを『顔見知り』や『幼馴染』、『よっ友候補』と思うことはあったが、『友達』だと思うことは一度もなかった。そう思うことが失礼だと思っていたからだ。

 

 だが、マホは自分の危険を顧みずに俺を助けてくれた。タマネとキワミも何も求めずに俺の気持ちを尊重してくれている。

 

 ――普通、『友達』ではない人間を、ここまで支えようとしてくれるだろうか?

 

 そこで、俺はようやく気付く。

 

 ――壁を作っていたのは、他ならぬ俺自身だったのだ。

 

「友達をつくりたい」と散々言っていたくせに、結局のところ俺は受け身になっていた。相手からそう呼ばれるのを待って、自分から歩み寄ろうとしていなかったのだ。

 

 視線を俺の制服に向ける。昨日、マホが贈ってくれたものだ。

 ディーヴァの魔力が込められた銃弾を受けても、かすり傷程度で済み、修理さえすれば問題なく使えるほど頑丈に作られている。当然、普通の制服なら弾が貫通してもおかしくはなかった威力だったのにもかかわらずだ。

 

 ……なぁ、コッコさん。

 

《なんですか?》

 

 俺を犯人だと疑ってたやつが、こんな丈夫な制服をくれると思うか?

 

《防弾、防刃。制服の繊維一つ一つ、さらにシャツとネクタイにまで細かい加工がされています。もはや一つの装備といっても良いほどのものかと》

 

  ……だよな。

 いったいマホはどれほどの覚悟で俺を守ろうとしてくれていたのだろうか。

 正直、想像もつかない。

 だけど、もしマホが俺のことを信じてくれていたのなら、その思いに応えないといけないんじゃないのか。 

 

 そう、俺は……

 

 たとえ、マホが俺のことをどうとでも思っていなかったとしても、俺は彼女と仲良くなりたい――『友達』だと、そう呼びあえる関係になりたい。

 

 ……覚悟を決めよう。俺に足りないのは自分から行動をするという気持ちだった。自分を解放すること、そして心から関わりを求めること。

 

「タマネ、キワミ、俺に力を貸してくれ」

 

 その言葉を口にするのは、今まで何度もためらった。でも今なら言える。覚悟を決めた。

 

「――うん」「――もちろんっ!」

 

 その二人の答えが、どれほど力強く感じられたか。

 タマネとキワミの目には、強い意志がこもっていた。

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 コッコさん。

 

 

 

 

 

 

《はい》

 

 

 

 

 

 

 久々に、スイッチを入れようか。

 

 

 

 

 

 

《仰せのままに――マイマスター》

 

 

 

 

 

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