超現実アナザー・ワールド ~異世界でもぼっちはぼっちだった件~   作:蛮野ゲリラ

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実質本編開始。あるいは勘違い劇場の幕開け

 

『みなさんおはようございます。今日はこの「アカツキ高校」でみなさんの新しい友達になる転校生を紹介します』

 

 教室から女性の先生の声が聞こえてきた。俺は廊下でそれを聞いていた。別に先生に怒られたから廊下に立たされているわけでも、朝礼に遅刻したから気後れして入っていないわけでもない。

 なんせ『転校生』とは俺のことだからだ。

 

 教室の中から先生が俺に呼びかける。それを受けて俺は教室の扉を開けた。

 

「――――」

 

 教室に入った俺に、男女両方からたくさんの好奇の視線を向けられる。俺はそれを気にしながらも教壇へと向かっていく。コミュ弱(コミュニケーション弱者の略)は人の視線に弱いのだ。

 

 俺は教壇に立ち、着席している生徒たちを一瞥した。すると好奇の視線を向けられていたのが、途端に目を疑うような訝しげな視線へと変わった。

 俺は前世からの人見知りを異世界においても引きずりながら手汗をびっしりかいて、それでも平静を装いながら声を出す。

 

「これから皆さんと一緒に過ごさせていただきます。現実(うつつみ)アオハルです。三年間よろしく」

 

 異世界で授かった名前を名乗って、俺は頭を下げた。

 どうだ、これが今世での俺の特訓の成果である。

 前世では友人が一人もいなかった俺が、何の前準備もなく自己紹介なんてしたら「アッアッ……エトッ……ヨロシク、オネシャス」となっていたことだろう。

 しかし、コッコさんに延々と会話の練習に付き合ってもらうという汗と涙の友情トレーニングにより、定型文または短い言葉であれば問題なくコミュニケーションを取れるようになっていた。

 

《ただし、友人は一人もできていないため、成果はゼロなんですけどね。マスターはいつ「友人獲得」という実績を解除するんですか?》

 

 それは俺が聞きたい。

 ……うん、それはともかく、なんで誰もリアクションしてくれないの?

 

 俺が2時間かけて準備した挨拶だぞ。拍手なり返事なりをしてくれないとかなりいたたまれないのだが?

 顔を上げてクラスメイトの顔を見てみれば、なぜか全員真顔になっているし。横で立っている先生に目を向ければ、かけていた眼鏡をぽろりと落としている。

 ……え? 俺の後ろに幽霊でもいた?

 

『……』

 

 いや、ほんま誰も喋らないじゃん。我、転校生ぞ? もてはやしたもれ?

 つか、何人か小学校時代のクラスメイトがいるじゃねえか! この空気どうにかしてくれよ。ほとんど話したことなかったけど俺の顔ぐらい覚えてるだろ? 覚えててくれてるよね(不安)

 ……ええい、くそ、おい動け俺の口! ここで動かなきゃまた三年間ぼっち生活だぞ。会話をする相手が担任の教師か食堂のおばちゃんだけというつらい生活を送ることになるぞ!

 

 いけ! イケ! イク!

 

「見知った顔がいくつか見えるが、また仲良くしてくれると嬉しい」

 

 おっ、なんか良い感じのこと言えた気がする!

 よっしゃ、ついでに笑顔浮かべとけ!

 

『…………っ』

 

 アカン、なんかもっと空気が重くなった! やっぱりコミュ症に笑顔は難しかった!

 多分「にこっ」じゃなくて「ふひっ」って感じで笑ったんだ! ニコポはイケメンと夢小説の主人公にしか持つことが許されないチートスキルだったんだ!

 

 ……はぁ、なんかもう何やっても裏目に出そうだ。

 センセ、次の指示どうぞ。

 

「…………」

 

 センセ? どしたん暗い顔して話聞こか?

 

「……え、ええ。アオハルさんは一番右後ろの席に座ってください」

 

 お、窓際の席じゃん。やったぜ。これで授業合間の休み時間も外の景色見て潰せるわ。

 勝ったなガハハ、遊〇王(脳内)してくる。

 

 

 

***

 

 

 

「これから皆さんと一緒に過ごさせていただきます。現実アオハルです。……三年間よろしく」

 

 それはまるで厳重に封印された魔界の門が開かれたかのように重々しい声色だった。

 転校生ということで色めきだった教室が一瞬で凍りついたように静まり返る。

 

 1年A組の担任を務める高橋リオは今日という日は生涯忘れない一日であろうことを確信した。

 

 ――異様なまでに存在感のある少年だった。

 

 黒髪は荒れ狂ったように跳ね散り、背は高い。180センチぐらいはあるだろうか。その体格も申し分なく、スーツでも着せれば会社員にも見えそうな落ち着きがある――と一瞬思わせるが、問題はその目だった。

 

 鋭い。いや、鋭すぎる。

 ありきたりな自己紹介とは裏腹に、まるで教室にいる全員を敵視しているかのような視線だった。直接は目が合っていないリオでさえも、息を呑んで目を逸らした。

 

 10個近く年下の男の子であるというのに、なんとなく彼を「怒らせてはいけない」という警鐘が脳内で鳴り響くのを感じる。

 さらに加えて、何とも形容しがたいオーラ――まるで全身から黒い霧でも立ち上がっているかのような、不吉でいて圧倒的な存在感が教室を満たしていた。

 

 その場の空気が微妙な沈黙に包まれる中、現実アオハルがもう一度口を開いた。

 

「――見知った顔がいくつか見えるが、また仲良くしてくれると嬉しい」

 

 その瞬間、教室の温度がさらに数度下がったように感じた。

 その声は穏やかさとはほど遠い。教室全体にのしかかるような重みを持ち、どこか荘厳ささえも感じさせた。

 言葉の内容は友好的なもののはずだが、その声の低さと響きが、まるで旧時代の裁判官が厳粛な宣告を下す瞬間のようで、聞く者の心を否応なしに緊張させた。

 生徒たちは息を呑むどころか、息をすることすら忘れているかのようだった。教室には不自然なまでの静けさが訪れ、その中で彼が口角をわずかに上げた。

 

 それは「笑顔」だった。

 

「ひぃっ……」

 

 どこからか小さな悲鳴が漏れた。

 

 ――「笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である」

 

 リオはどこかで聞いた覚えのある言葉を思い出していた。そして、彼の笑みはまさにそれだった。

 目を細め、口元をわずかに持ち上げたその表情は、笑顔というにはあまりに鋭く、そして冷徹な印象を与える。

 リオと生徒たちの脳裏に「微笑む肉食獣」のイメージが浮かんだ。

 誰も彼を怒らせてはいけない――それが教室中の無言の共通認識となった瞬間だった。

 

 喋れない。誰も喋ることが許されない。もはやこの教室は彼が支配していた。

 

 教室全体が沈黙に包まれる中、現実アオハルはゆっくりとこちらに視線を向けた。無言のまま鋭い黒い瞳を向けられた瞬間、リオは思わず背筋を伸ばした。

 彼の視線は、まるでこちらの心の内をすべて見透かしているかのようで、その一瞥だけでリオと現実アオハルの格付けは完了した。

 

 もはや彼はリオたちに興味を示していなかった。リオたちはただ圧倒されるばかりで彼の目にはもはや取るに足らない、矮小な存在に映っていたのかもしれない。

 リオはごくりと息を飲み、この状況をどう切り抜けるべきか考える。しかし、次第に頭の中は真っ白になった。結局はありきたりな言葉を絞り出すことしかできなかった。

 

「……え、ええ。アオハルさんは、一番右後ろの席に座ってください」

 

 リオは自分の声が震えているのがわかったが、なんとか言い終える。彼は特に何も言わず、無言で指示に従った。

 重々しい足取りで教室の後方へ向かい、静かに椅子を引いて腰を下ろす。その一連の動作は無駄がなく、しかしどこか劇的ですらあり、見ているこちらの緊張感をさらに高めた。

 彼が席についたのを確認し、リオは小さく息を吐いた。同時に全身にどっと疲れが押し寄せてくる。胃の奥がジワリと熱くなり、不安感が広がった。

 

(こんな調子で1年間やっていけるの……? いや、まずは今日の仕事が終わったら胃薬を買いに行こう)

 

 ついでに万が一があってもいいように予備の下着を持ってくることを決意した。

 彼の存在感に圧倒されつつも、教室を取り仕切るという教師としての役目を思い出し、リオは努めて平静を装って次の段取りに進める。

 だが、内心ではまだ彼の目付きがちらつき、冷や汗が止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 ――アカツキ学園。

 国立の学園であり、初等部・中等部・高等部とエスカレーター式の制度を取っている。そのため、学園内には小学校と中学校、高校が建てられており、規模としては現実世界でいう大学並みの広さを誇っている。学内の施設として食堂以外にもコンビニやファストフード店がいくつも展開されているほどだ。

 

 そして、現実アオハルは転校生であるにも関わらず、このアカツキ学園の中で最も知られている生徒だった。

 それは彼が小学生時代に築いた数々の「伝説」が時を経ても色褪せることなく、漆黒に輝くような鮮烈な印象を人々の記憶に刻み続けているからであった。

 




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