転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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#12 「雑踏、僕らの街」

ドッドッと、弾けんばかりに胸の奥で心臓が暴れていた。

眼下にひしめき合っている人、人、人。たくさんの群衆から目を背けることができない。

ライブ寸前、ステージ上で──間違いなく私は今までで経験したことがないぐらいに多くの人を前にしている。

 

マイクを握りしめる指先は震えている。正直、立っているのだってやっとなぐらいだ。

だって、嫌なことを思い出す時にいつも私の頭をよぎるのは教室中の視線を浴びた瞬間。

針のむしろ、悪意のど真ん中。けれど、そこから悪意を差し引いたって見栄えは変わらない。

つまるところ、それが孕んでいるのがどんな感情だろうと視線はやっぱり怖いものだった。

 

だって、肩にのしかかっているものは凄まじく重いものばかり。

まずバンドが奏でる最初の音楽として、私たちが成功するかしないか、これが客に印象付ける最初の曲になると言っていい。

 

そして何よりも、決して多くはない客の中で確かに存在感を放っている仁菜の家族。

両親ともに厳しげな目でこちらを見ている。まだ母親には心配するようなニュアンスが読み取れるけれど、父親は──睨んでいるといって差し支えない。

娘を奪い去った音楽が恨めしいと言わんばかりに。

 

それでも、震える指先でマイクのスイッチを押し込んだ。

縮れた吐息がスピーカーから流れた瞬間、ぱっとライトがつく。

意を決して私は声を発した。

 

「皆さん、こんにちは──」

 

自分の声が何倍にも大きくなって拡散される。

それだけでも十分な緊張体験だったけれど、意外とライトの中だと観客は見えない。

ほんの少しだけ広がっていく安心感に、強張っていた唇がほろりと緩む。

 

「──”川崎アゼリア(仮)”です」

 

それを引き金として、言葉が次から次へと出ていった。

 

「私たちにとってはこれが初めてのライブで。でも、きっと。この世界ではそんなの関係ないから。だから、つまり──」

 

少しずつ詰まりながらだけれど、それでも、着実に。用意していた言葉を紡いでいく。

 

「──私たち、頑張りますからっ。……仁菜はどう?」

 

そうして仁菜に繋げて、ようやく私は息を吐いた。

『今回のボーカルは二人なんだから、MCもあんたたちでやってみてよ』

ミネさんからそう聞いた時は無茶振りだと思ったけれど、案外行けるものだ。

 

「……うん。私も、ヒナも、ミネさんも。みんな、不条理な目に遭ってばっかりでした。けど、それでも変わりたい。前に進みたい──これは、私の大切な人が残してくれた、そんな曲です」

 

「仮題」──作詞・作曲は桃香さんとミネさん。

もう桃香さんはいないから、一時はそのままお蔵入りになってしまいそうになった曲。

それがひょんなきっかけで外に出る──思えばきっと、仁菜に思い切りしっぺを食らわされて東京に出てきた私と似ている。

 

 

「──”雑踏、僕らの街”!」

 

 

だからこそ、この曲でぶちかましてやるんだ。

 

「”やり残した鼓動がこの世を覆って 僕らを包んで粉々になる前に”──」

 

意を決して掻き鳴らした第一音、始まりの合図。

それに乗じるようにして、唸るように声を上げる仁菜。

ほとんど獣のようだと言っても差し支えないぐらいに、一瞬で演奏に喰らいついてくる。

 

「──”頼りなくてもいい その手を この手は自分自身のものさ”」

 

次第にテンポが上がっていく、ミネさんが鳴らす──何より私が鳴らすべき音数が増えていく。

 

「”変わらないはずはないよ 手を伸ばして”」

 

仁菜が拳を突き出したと同時にイントロに入る。

歌が乗らないからこそ誤魔化しが効かない旋律だ、速く、速く。

まだまだ曲としては冒頭部分なのに、ピックはずっと軋みを上げている。

 

けれど、私がやるべきことはもう一つある。

ツインボーカル、私と仁菜。仁菜と対峙したいからと、思い切って私も手を挙げた。

川崎に来たばかりの日、仁菜のおかげで私は歌えたのだから、ギターボーカルは大変だというのは重々理解していたものの、彼女の前でこそ歌いたかった。

 

それでも、後になって思えば。

技術が不足しているのにそんな感情を優先していたのが災いしたのかもしれない。

 

「雑踏の中で……っ!」

 

曲の入りを仁菜から受け取って歌おうとした瞬間、そちらに集中していたせいか。

ギッと、擦れた弦が不協和音を立てる。指を初期位置へ戻し、何とかリズムを戻した時。

 

「──”いつになっても枯れることのない 腐敗した街の泥水が冷たい”」

 

既に仁菜が私の代わりに歌ってくれていた。

私の歌うべきパートは、もう過ぎていた。

 

「”何にも変わらない世界で 今日だって生きていくんだ”」

 

……何が、ぶちかますだよ。

ふっと、嘲笑じみたそんな息が自分の口から漏れた。

 

結局上手く行かなくて、それでも、曲は続いていく。

この窮地を凌ぐ方法──それは実のところ仁菜が何とかしてくれていた。

思えば本当に単純なものだ。仁菜一人が歌ってくれればいいのだ。

そうすればソロボーカルの曲として最低限の体裁を保つことはできるのだから。

 

「”くだらないけど”」

 

だって、そうだ。今日は仁菜の家族だって来てる。

もしその前でこれ以上失敗をしてしまったらどうする?

もしかしたら、仁菜の両親を説得できないかもしれない。仁菜が帰ってしまうかもしれない。

 

視線、視線、視線。

今日だって私を苛んでくる。

 

「”仕方ないでしょ”」

 

だからこそ、これは仕方のないことだ。

指先にだけ集中する、もう歌うのは諦めて演奏にだけ集中しようとした時だった。

ちらりと、横目で捉えた仁菜。んべっとばかりに彼女が舌を出していた。

 

「っ」

 

もうお前なんて知らないとでも言うように。

突き放すように、彼女は私の方を向いている──少なくとも、私にはそんな風に見えた。

歌う仁菜、歌えないヒナ、それは果たして対等だと言えただろうか。

川崎の路上で仁菜とライブした時、差し伸べられた彼女の手に一切の震えはなかった。

このままじゃ仁菜に失望される。そうしたら、もう一緒にはいてくれなくなる。

 

そう考えたら、不思議とどうでもよくなった。

演奏して失敗したら連れ去られて、ここで歌わなかったら失望されて。

どちらにせよ、仁菜が離れてしまうというのならば。

 

『じゃあ、約束ね。お互いに逃げないこと。最後までライブすること』

 

そんな彼女に対峙すると誓った。何よりの証はまだズキズキと痛みを訴える額の傷跡だ。

爪先でピックをつまむ。強く、食い込むほどに。

傷跡から滲む血を、思いっきり散らすように頭を振って。

 

ああ、逃げたって結局同じだ。結局私が恐れていることはたった一つなのだから。

そもそもとして、バンドを始めたのですら元を辿るのならば──。

 

「僕らはもう──歩き始めたんだ!」

 

──全部、全部、仁菜と離れたくないからだ。

 

思い切り吠えた。ライブハウスに響く、ライブハウスを揺らす。

指先の動きが僅かに崩れた。それでも、仁菜の方を見れば笑っていた。

そして──きっと、私もだ。

 

「”嘘みたいな馬鹿みたいなどうしようもない僕らの街 それでも”」

「”この眼で確かに見えたんだ この手で確かに触れたんだ ねえ ほらほら”」

 

──残りも私が歌うから、ヒナは黙ってて!

──うるさい! 黙るなら仁菜の方でしょ!?

 

視線だけでもそんな言葉が飛び交った気がした。

取り合いだ、どっちが少しでも多く歌うか、このライブで爪痕を残せるか。

そんな子供じみたことだって、私たちにとっては真剣だった。

 

だって──これは戦いだ。

 

「”ほらまた吹いた 馬鹿みたいだ どうしようもない闇を照らせ 夢じゃない”」

「”どうせ終わってる街だって諦めたって変わんないぜ ああ まだまだ”」

 

もう音が合ってるかなんてわからない、しっちゃかめっちゃかかもしれない。

だけど、そうやって合わせようとすることよりも──ただ一つ、勝った感情があった。

跳ね回って、歌って吠えて、何よりも楽しい!

 

「”やり遺した鼓動がこの世を覆って僕らを包んで粉々になる前に”」

「”頼りなくてもいい その手を この手は自分自身のものさ”」

 

息を吐ききって首が締め付けられそうだった。

それでも、最後の最後。ここで負けるわけにはいかない。

喉奥から振り絞り、吐き出すように、がなり立てるようにして。

そして、仁菜も一緒だった。お互いきっと最後の力だった。

 

「変わらないはずはないよ──!」

「手を伸ばして……っ!」

 

そうして、私たちの戦い(ライブ)に、決着がついた。

 

互いに肩で息をする。はっと我に返って振り返ると、ミネさんは頭を抱えていた。

観客の表情はよく見えないけれど。それでも、きっとぽかんとしていた。

耳が痛いぐらいの静寂が周囲を支配していた。

 

そんな中で、ふっと仁菜が私に向かって笑いかけてくる。

その瞳に映る私にだって、笑顔の残滓がある。少なくとも、私たち二人は笑顔でいたのだ。

 

だからこそ、早鐘を打っているであろう心臓に従うようにして。

私たちの間で蔓延っていた空気に背を押されるようにして、仁菜は前に立つとマイクを握った。

彼女の視線の先がどこを向いているのかはすぐにわかった。家族に向けて、だ。

 

そうして、仁菜は吠える。

思いの丈をぶつけるように、あるいは熱に浮かされたように。真っ向から。

 

 

「──私、バンドで生きてくからっ!」

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