転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い 作:流星の民(恒南茜)
『最高に楽しそうやなあ、ヒナ』
でしょ、と。胸を張っても良かったのだろうか。
控え室でギターを片付けていた最中、届いたメッセージを前にして私はそんなことを考えていた。
「ヒナ、どうしたの?」
「お母さんから。さっきライブの写真送ったら、楽しそうだねって来て」
「……お母さん、かぁ」
ほんの何気ない話をしていたつもりだったのに、そこで仁菜は目を伏せた。
何か言いたげ。でも、上手く言葉にできないような、そんな仁菜らしくもない表情だ。
逡巡したように唇を尖らせては引っ込めて、やがてはぽつりと口にした。
「ねぇ、ヒナはこんな気持ちだったんだね。親と話さなきゃいけないってなってさ」
「……どうしたの、急に」
「だって、私が『バカ』って言った時のこと、まだ覚えてるでしょ」
「ああ、ね。まあ……覚えてるけど」
まあ、だなんて誤魔化してみるけれど、私に言わせてみれば忘れるわけもない。
むしろ忘れられやしない出来事だ。だって、その一言に背中を蹴り飛ばされて転がるようにして私は今ここに辿り着いたのだから。
「私さ、あの時はヒナの気持ち全然わかってなかった。自分は『間違ってないから』、何もかも上手くいく、上手く行かせてやるー! って、そう思ってて」
「……ほんと仁菜らしいよね、そういう『自分が正しいんだ』みたいなの」
「”仁菜
「当然でしょ。というか、自分で気づいてなかったんだ」
「もうちょい可愛げはある感じでしょ!?」
「はいはい。それで『あの時は』って言うなら、今は違うの?」
頬を膨らませる仁菜を適当にあしらいつつ話を戻す。
仁菜は何だか彼女らしくもない殊勝な顔つきをしていて、膝の上に乗せられた二つの拳は震えている。
「……何だか怖いんだよ。私が『正しい』って思ってても、それは自分だけなのかもって。あの人と私の間にはズレがあるのに。それでも向き合わなきゃいけないのがさ」
そして、それこそ仁菜の口から放たれた言葉はより
井芹仁菜という自分が正しいと信じて疑わない『正論モンスター』が口にするには。
「まあ、何と言うかさ。ライブと同じだって思えばいいんじゃないの?」
「……ライブと?」
だとしても、それは仁菜の置かれた状況が変わったからじゃない。
ここに来て、散々ぶつかってきた日々の中で少しずつ仁菜の捉え方が変わっただけなのだと思う。
私には今だって『正論モンスター』が見えているけれど、仁菜は違う。自分の見え方が変わった。
だったら、向ける言葉だって。また一つ、別の視座を渡すものでいい。
「ライブってさ、周りから見たら上手くなくても、自分
周りの目なんて関係ない、自分にとって
そう思えた瞬間があった。だからこそ、知れたことだ。
「今のライブで私たちは知ったばかりじゃん」
それは今しがたボーカルから逃げそうになって、それでも、仁菜の熱に当てられてあのステージに巻き込まれた私にこそ言えたこと、でもあったのだと思う。
「……そっか」
そして、私を巻き込んだ元凶にも──当の仁菜にも、それは伝わったようだった。
こくりと頷いて、こちらに向き直る。
「じゃあ、精一杯納得してくる! 『私の性格じゃ難しい』ってヒナは言うかもだけどさ」
「いや、流石に言わないけど。仁菜の中での私、どうなってるわけ?」
「うーん、それは……内緒かな」
仁菜にしては珍しく、はぐらかされたのは私の方だ。
ピンと人差し指を立てて、いたずらっぽく笑う彼女の顔は、しかし、確かな強張りが見て取れた。
「だって、ヒナには負けてられないもん!」
ずっと不和が続いた挙げ句、最後には自らが逃げ出したことによって途絶した関係。
駆け出す仁菜に、今日ばかりは私がついていくことはないけれど。
ふとスマホを見やれば、そこにはお母さんから送られてきたメッセージが残っている。
それを何度も見返す身だからこそ、私は願うばかりだった。
仁菜が納得できるように。
こうしてライブできる日々が続くように──と。
◆ ◆ ◆
「あれ? お父さん一人なの?」
ヒナと別れてから、待ち合わせていたライブハウスの外に出る。
あの人はいつだって煙草を燻らせているから、その白煙の下ではどこにいるのかすぐにわかった。
「先に帰ってもらった。お母さんは……少しショックだったようだしな」
「……そう」
「……本当なのか? 『バンドで生きていく』というのは。そんなこと、現実的じゃない」
あの人──井芹宗男は、私の父は今日だっていつも通り、厳格で教育者としての父の姿そのものだ。
「大体、大学に行くからという条件で上京を認めたはずだろう。どうして急にそんな心変わりをしたんだ」
いつだってその物言いは角ばっていて、話しているだけで型に押し込もうとしてくるような粗雑な手つきを感じられて、妙に腹の底が熱くなってくる。
きっと、お父さんと私とでは根本的に合わないのだと思う。
「……そんなの、お父さんには関係──」
──関係ないでしょ。
いますぐにだって、この会話を打ち切りたい。このまま背を向けて走り出してバンドに戻りたい。
そのための言葉を、拒絶のための一言が熱くなった喉からがなり立てるように、吐き捨てるように出力しようとした瞬間だった。
『じゃあ、約束ね。お互いに逃げないこと。最後までライブすること』
ここで背を向けて走り出す、私はバンドで生きていく──だなんて言えば、ロックな気がして、聞こえこそいい。でも──違う。
「……やっぱり、関係ある。関係あるから!」
そんなのは、ただの逃げだ。
ヒナだって、母親と和解してここに来ている。彼女が真っ向から逃げずに向き合ったのに、私だけは逃げるのか。そんなことしたら──『バカ』はどっちになる?
「こんなところで立ち話じゃなくて。一つ一つ、話させて欲しい。お願い──お父さん」
何も、正しいのだとお父さんに認めさせる必要はない。
私が納得できればそれで良いというのなら、ここで逃げるのは違う。
それじゃ、私が納得できない!
「一緒にさ、ご飯でも食べない?」
◇ ◇ ◇
「……牛丼屋か。本当なら、もっとしっかりしたものを食べて欲しいんだが」
「しょうがないでしょ。ここしか空いてなかったんだから」
暗くなって人と人とでごった返す川崎の繁華街、逃げるように飛び込んだ牛丼チェーンにて。
こめかみを抑えるお父さんと隣り合って、私たちはカウンターに座っていた。
「それで、改めて聞かせてもらおうか。どうして『バンドで生きていく』と言ったのか」
「……わかったよ」
思えば、ライブが終わった後にどうしてそんな風に吠えたのかというのは、そんなに難しい話でも無かったのだと思う。きっと、打算も勝算もそこにはなかった。
「最初にね、私にとっての”正しい人たち”が手を引いてくれたの。『バンドをやらないか』って」
イヤホン越しの桃香さんと、放送室のドア越しにヒナ。
きっと、最初にバンドをしようと思ったきっかけはその二人だ。
二人とも本質は違うけれど、私にとっては”正しい”と思える人たちで。
だからこそ、そんな人達が言う”バンド”も正しいものなのかもしれないだなんて考えてしまった。
「ここに来て、”現実”に直面したよ。バンドをやりながら苦しんでる人と出会った。その人に音楽を教わったんだ。音楽って自分の本音をぶつけられるものなんだって知った」
ミネさんは、最初は気に入らない人だった。
何だか飄々としていて、怪しい大人で、いつも上手い言葉ばかり使っていて。
でも、それは上手くやらなければこの社会で生きていけなかったからこそで、ミネさんもミネさんなりに苦しみながらでも音楽に本音をぶつけていた。
「こっちに来てから気に食わない人もいた。ぶつかることもあった。でも、その度にどんどん自分が剥き出しになっていくの。気づいたら一緒に笑い合えるようになってね。音楽って素敵なんだ」
ヒナともミネさんとも、最初はトゲトゲして、散々口論し合って。
それでも、音楽を通して繋がれた、ぶつけ合えた本音があった。ステージで全てを燃やし尽くしたあの一瞬、私たちは確かに繋がれていた。
どんなに気に入らない人にだって、互いに剥き出しになればわかり合える。
それを知れたから、私は今お父さんと向き合えているんだ。
音楽を始めたから、私は芯を晒して生きていくことができているんだ。
「だからって、音楽に人生を懸けるのか? 大学に行かなければ、選択肢が狭まるんだぞ?」
「私は懸けたい。お父さんの言うことだって正しいよ。でも、私の直感だって正しい。『正しい』と『正しい』で比べて、私はこっちを選びたいって思ったんだ」
私が言いたいことはそれで全部だった。
暴言もイライラも全部取っ払ってぶつけた本音、私が信じる『正しい』だ。
お父さんはいくらか考え込んでいるようで黙り込んでしまった。
私も手持ち無沙汰になって、運ばれてきた牛丼に手を付ける。
東京に来てからはすっかりと普通になってしまったけれど、熊本にいた頃はこうしてお父さんとご飯を食べるのが常だった。必ず食卓で、家族揃って、そういう家訓だったから。
それが家ではなく牛丼チェーンで、というのも不思議な気分だったと思う。
「この牛丼、美味しかよ」
けれど、ここで食べる食事だって温かい。
初めて食べるその味に、思わず頬が綻んでしまう。
「……そうか」
一瞬、お父さんの視線がこちらを向いた。
不思議な表情だ。ハッとしたような顔で、けれど、その目を見ようとしたらすぐに逸らされてしまう。
お父さんはレンゲを持つと、牛丼を一口含んで、ハフハフと口の端から湯気を漏らしながらぽつりと溢した。
「……確かに、美味しいな」
お父さんと意見が合ったのは数えるほどだったから、むず痒さが襲ってきて。
照れ隠しでもするように、お互いに無言で黙々と牛丼を掻き込んでいた。
それでも、やがては食べ終わってしまう。横並べになった空っぽのどんぶり。
「ご馳走様」
店を出て、息を吐く。繁華街の煙った空気はどこかお父さんの匂いがした。
「なあ、仁菜。バンドのことだが……」
「私はお父さんがなんて言っても続けてくつもりだから」
どこか言いづらそうに、お父さんは口をモゴモゴさせる。
いつも単刀直入に意見を言うお父さんにもこんなところがあったんだなとふと思う。
ヒナに見せたら、親子ともに似ているだなんて馬鹿にされてしまいそうだ。
「……そうか。ライブを見た時、私は思った。仁菜にとってはこれが『楽しい』のだろう、と──『正しい』とは、私には思えなかったが」
そういうところでは一言多いのも、いつものお父さんだ。
やっぱり不器用で、自分の考えを曲げたくないのは私と同じなのだ。
「……私も、認められるように努力しよう。一年後、また来る。その時もまだバンドを続けられていたのなら、『バンドで生きていく』ことを、認めてやれるかもしれない」
あくまでも確定した話ではない。結局、先延ばしになっただけだ。
それでも、ほんの少しだけお父さんは認めてくれた。そして、私は思い切り納得できた。
だから、これでいい。あと一年私の『正しい』を貫いて、今度こそ完全に認めさせればいいのだから。
「ありがとうね、お父さん」
こちらを向かないまま、お父さんは少しだけ口元を緩めた。
シワが深く刻まれて、何だか笑っているように見えた。
◆ ◆ ◆
「ヒナちゃん、そこちょっと遅れてるよ!」
「すみません! 何だか、新曲速くて……!」
ライブが終わったら、今度は次のライブへの準備。
隣で歌う仁菜はどこか晴れ晴れとした顔をしていて、このボックスで一番声を響かせていた。
つまるところ、私たちのバンド『川崎アゼリア(仮)』は、みんなの親公認になって、正式に活動を続けられる形になった。だとしても、することは打ち上げではなくて結局は練習だけれど。
「それより、新しい人そろそろ来るんですよね?」
「うん。メッセージじゃもう来るって……」
そして、初ライブが終わって新しい風が吹き込んでくる。
ミネさんがアプリで募集したという新しいメンバー。その人との初顔合わせが今日だったのだ。
「お疲れ様で〜す!」
その時、開いたドアから覗いた顔を見て。
きっと、私の顔にはそれなりの驚きが滲んでいたのだと思う。
「あ、来たね。彼女は今日からドラムとして参加してくれる──」
ぴょこんと跳ねたアホ毛に、長い黒髪、制服姿のお淑やかそうな美少女。
だって、その姿には見覚えがあったから──あちらの世界でも、彼女はトゲナシトゲアリでドラムを叩いていたから──。
「──
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