転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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冬コミを前にして作業が詰まっておりますので、12月中の投稿は滞ってしまいそうです。
申し訳ありませんが、ご了承いただけますと幸いです。


第二章 どりーむがーる
#14 「無知のち私」


「……仁菜が悪いんだからね」

 

それは、いつもの放課後だった。

ヒナがその言葉を口にするまでは。

 

「……え?」

 

下駄箱でのすれ違いざま。それ以上、ヒナは声をかけてくることもなく行ってしまう。

いつもは一緒に帰っていたはずなのに──その違和感に引っ張られるようにして彼女の肩を叩く。

 

「……なに。鬱陶しいんだけど」

「鬱陶しいって……どうして、ヒナがそんなこと……」

「……私が言ったこと、覚えてないの? 仁菜の味方はできないって」

「何それ……」

 

ヒナがいつ、そんなことを言ったか──必死で記憶をひっくり返して、弄って。

『行ったら私、仁菜の味方できんばい。止めたらあいつに今度は仁菜が目つけられっけんね』

そうだ。いじめを止めに行った時、ヒナが私を引き止めて言ったことだ。

そうやって、いつもドライで大人ぶって、あの時だって見捨てたみたいで……それでも。

 

「……だけど、ヒナは一緒に立ち向かってくれたじゃん! モップ持って、先生たちに……!」

「なにそれ。そんなことするのは仁菜ぐらいでしょ」

「ヒナも一緒にやってたんだよ!? それで、私に……」

 

私に……何て言った?

間違いない、私の人生を捻じ曲げて一変させてしまうぐらいには大切なこと。

忘れるだなんてありっこないぐらい、ヒナからもらった言葉の中で寄り添ってくれてたもの──。

 

「とにかく、寝ぼけたこと言ってないでよ。もう付き合ってられないってば」

 

思い出そうともがく、必死に引っ張り出そうとする。

だけれど、なぜだか像を結ばない。そんな私を待たずにまたヒナは歩き出した。

決定的な一言を絞り出せず、口をぱくぱくさせる私を一瞥して。

追おうとして、足を前に出す──ピキリ、と。棒のように固まった足が軋みを上げた。

どうして、そんなことありっこない。

こんなにぼやぼやしていたら、いなくなってしまう。

ぽっかりと、足元に穴が開いたようだった。飛んでいた、そんな浮遊感が襲ってきて。

次の瞬間には、落ちていた。

 

「……はぁっ、はぁっ」

 

そんな自分の息切れ音で目が覚める。

振り向いたヒナの像、鼓膜に張り付いたその冷たい言葉。

目の前には確かに、私たちの部屋があるはずなのに……まだ残るそれに、心臓がうるさいぐらいに悲鳴を上げていた。

それこそ、この間──ミネさんとヒナと、そして私でライブをした時ぐらいには。

そんな記憶がいとも簡単に引っ張り出されて、焦りに引っ張り上げられたまま隣を見やる。

 

「ヒナっ」

 

そこにはいつも通りヒナがいた。

ほどかれたツインテールに、もにょもにょと口を動かしながらも子供みたいな寝顔を見せて。

それが確認できて、やっとのことで安堵の息が漏れる。

先ほどまでのは夢。それも悪夢だったのだ。

 

「……仁菜。さっきからガサゴソうるさいんだけど……って」

 

私に気づいてか、ヒナが目を開ける。

寝ぼけ眼で、気怠そうに憎まれ口を叩いて──ふと、その瞳が見開かれた。

 

「……どうしたの? 顔色悪いけど」

「ううん。ちょっとね……」

「あー、もう……わかった、話聞くから。そうなったわけを教えてよ」

 

口調だけはいつもと変わらずドライな感じだけれど、ヒナが心配しているのは伝わってくる。

素直になれないくせに、お人好し。ヒナはそういう子だから。

 

「何か、悪い夢を見ただけだよ。えっと……ライブステージに警察が乗り込んできて、指名手配されて……みたいな?」

 

だからこそ、こうなった原因が仮に夢の中のヒナだったとしても……多分、彼女は負い目に感じてしまうことだろう。「味方できん」って一度言ったのは本当のことだし。

余計に心配をされるのも何だか癪だったから、ヒナの前では伏せておこう。

 

「……本当にそんなこと? たったそれだけ?」

「うん。本当にそれだけだよ」

「はぁ……心配して損したわ……」

 

呆れたように息を吐くヒナ。

うん、私たちはこれぐらいでいい──いつも通りなヒナの様子に、私の気持ちも緩む。

 

「……なに笑ってんの」

 

そうして緩んだ心地の中で、ふと笑いがこみ上げてくる。

そんな私を睨むとヒナは不機嫌そうに両手で私の頬を引っ張ってきた。

それも、力いっぱいに。容赦なく。

 

「痛い痛い!」

「これは私を心配させた分だから。目覚ましに丁度いいでしょ?」

 

忙しなく、せからしく。

何だか拍子抜けしてしまうぐらいに、いつも通りの朝で、いつも通りの私たちだった。

 

「仁菜、ギター忘れてるよ」

「あ、いけないいけない」

 

それから朝ごはんを食べて出かけようとしたそんな折、ヒナから声をかけられて、慌てて部屋に戻る。

いつもヒナのギターが置いてあったスペース、その隣に寝そべって待っていた──私のギター。

ミネさんから借りたそれを初めて抱いた時の感触は忘れない。

これでヒナとお揃いだな、とか。むしろ私がメインになってやる、とか。

それなら、忘れそうになるだなんてもっての外かもしれないけど……何というか、今朝は少し普通じゃなかったわけだし。

 

「弾きたいって言ってたのは仁菜でしょ? もう忘れたわけじゃあるまいし」

「うるさいなぁ……。ヒナだってしょっちゅう教科書忘れてたじゃん」

「臨席の優等生さんを出汁にして効率よく生きてただけだもん」

 

ふふん、とばかりにヒナは私の方へウィンクを飛ばしてくる。

次にヒナが何か忘れても貸してやらないんだ……なんて思いつつ、ギターを背負って、出かける準備はできた。

先に外に出ていたヒナを追って、私も出ようとした時だった。

 

──見なよ、現実。いい加減にさ。

 

不意に、背筋を冷たいものが這った。

四月を前にして、少しずつうららかになっていく外気とは遠い、冷めた言葉。

目と目は合っていたはずなのに、その向こうは虚ろ。

決して互いに交わることがなかった視線。

夢の中で最後にヒナが放った言葉だ。

 

「ほら、仁菜。ぼやっとしてないで早く行くよ」

「わ、わかってるってば!」

 

思い出せば、あの時落ちていったみたいに、すぐさま気分が沈んでいくから。だから、努めて元気に声を出す。

新メンバーも入って、ようやく私たちのバンドは始動したばかりなのだ。

こんなところで止まっているわけにはいかないから。

 

自分で頬を叩いてでも、私は駆けなければならなかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「……ふぅ」

 

空っぽになった肺に空気を取り込む。

その瞬間が満足げでなかったのは、どうやら私だけみたいだった。

いつものライブルームにて、ギターに不慣れな指先はジンジンと痛む。

 

「ドラムがあるとこんなに違うんですね。曲入りがズレなくて助かりました」

「ヒナちゃんはドラマーと演奏するの初めてだもんね。ね、全然違うでしょ」

 

つい最近始まった新曲の練習は難しい。

それでも、ミネさんもヒナも生き生きとした表情をしていた。

というのも、打開策が──()()()として見れば演奏がレベルアップしていたからだ。

みんなの視線と称賛を一身に浴びる、彼女のおかげで。

 

「太鼓叩いて、みんなを律する。私のはそーいう仕事だからさ。ミネさんもヒナちゃんもお気に召してくれたみたいで何よりですよ」

 

すばるちゃん。

新しく入ってくれたドラムの子。ドラムは趣味程度……と本人は言っているけれど、ミネさんが褒めている辺り、多分かなりできる方なのだろう。

そんな子が、私たちのバンドに入ってくれたというだけで、かなりの収穫なのはそりゃわかるけれど。

 

「ところでそろそろお疲れだと思うし、水でも買ってこようか?」

 

何よりもすばるちゃんがすぐにバンドに馴染めてしまったわけ──それは、気配り力のおかげだった。

みんなが疲れてくるだろうタイミングをすぐに把握しては労ってくれたり、合いの手だってかかさない。必ず誰かが口を開けば応答してくれるコミュニケーション力だって兼ね備えている。

 

「そうだ、仁菜ちゃんも一緒にどう? ギター上達してきてるみたいだからさ、秘訣とか聞きたくて!」

 

それこそ、部屋の隅で一人ムスッと話を聞いていた私にも声をかけてくれるぐらいには。

それに私のギターを褒めてくれる唯一の人でもあるし、気を抜いてしまえばすぐにでも靡いてしまいそうになる。

 

「すばるちゃん、あんまり仁菜を甘やかさなくていいから」

「えー、甘やかしてるわけじゃないよ。だって仁菜ちゃん頑張ってるもん。ね?」

 

そんな私をギリギリでせき止めていたのは──何というか、そのわざとらしさだった。

どうにも甘い声に、優しい言葉。そのわざとらしいぐらいに嘘っぽい態度を前にすると、何だか頭が痛くなってくる。

何せ高校に通っていた頃、上手く行っていたのはそんな子ばかりだったから。

そして、いじめの主犯格になる子も──むしろ周りをよく見ていたから。

 

「仁菜ちゃんって最近になってギター始めたばかりなんでしょ? すごいよね、ボーカルと一緒にやれちゃうなんて」

 

自販機からペットボトルを取り出すために屈みながら、手持ち無沙汰になった私にすばるちゃんはそんな言葉を投げかけてくる。

すごいよね、だなんて。普段だったら少しは気が緩んでいたかもしれない。

 

「何で私にそんなこと言うの? うちだったら、ヒナだってそうじゃん」

「そうだよねー、ヒナちゃんもミネさんも、すごい人ばっかりだよ」

「……その中だったら、私なんて大したことないじゃん。ギター始めたのも遅いし」

 

そこですばるちゃんは困ったような顔を浮かべた。

反論されたのに何か言い返すこともなければ、腹がたったとか直接相手に伝えることもない。

そんな「空気読めますよ」って感じの子を前にして、私だって何か言えるはずもなかった。

悪いのは私、すばるちゃんのペースをかき乱している私の方なのだ。

言外にそんな事実を突きつけられているような気がして、歯ぎしりをする。

 

結局ソリが合わない彼女と、同じ個室に閉じ込められて協力して練習しなさいって言われたって。

どうにも、私自身はそれを受け入れられそうにない。

 

「……せからしか、せからしか、せからしか!」

 

だからといって、今の私には文句を言えるほどの力もなかった。

ギターもまともに弾けない私と、ドラムができて気配り上手なすばるちゃん──悔しいけれど、どっちの方がバンドに必要かと聞かれたら向こうに軍配が上がってしまう。

だからこそ、夜中にこっそり部屋を抜け出して私は川崎駅前を歩いていた。

部屋でやると近所から騒音被害を訴えられることもあるので、ギターを演奏できる場所を探して。

いわゆる、自主練というやつだ。

 

ギターを弾くのは別に嫌いじゃない。

ムシャクシャして胸の奥で熱く煮えたぎっているもの、それをピックに込めて弦を揺らす。

何よりも感情が滲み出て正直で──建て前とか、上辺なんか存在しない時間だから。

だからこそ、ガラス壁にもたれかかってギターを弾いている最中、私の音が荒っぽいのは自分のことながらもわかっていた。

 

すばるちゃんのこと、朝見た夢のこと。

考えれば考えるほど嫌なことばっかり、頭はこんがらがっていく。余計に熱くなっていく。

一度は思考をリセットするために、耳にイヤホンをねじ込んだ。

 

「──”やけに白いんだ やたら長いんだ”」

 

『空の箱』だけは、こんな私にだって味方してくれるから。

イライラしていたって、人と上手く馴染めなくたって──不器用に正解を選び取れない私だって。

正しいんだって歌ってくれている。

あの時、一人で蹲っていた私を認めてくれたから。

だから、今も私は歌っていられる。

 

「……よし」

 

他のことはひとまず忘れよう。

こんなに熱くなってちゃ、ヒナにだって馬鹿にされてしまう。それこそ、いつまで経っても届かない。

ギターを再度持ち直して、ピックに指をかける。

ジャン、と。今しがた聞いたばかりのイントロを鳴らそうとした時だった。

 

「……その歌」

 

足を止めて、私の方を見ている人がいた。

『空の箱』は有名な曲だし、そりゃ反応する人がいるのもわかるけれど──。

 

「あなた、は……」

 

その人は、ただの通行人じゃなかった。

黒いジャケットに、ピンク色の髪。ツンと尖った瞳が私を捉えている。

忘れるわけもない、MVで何度も見てきたその姿。

ミネさんのライブで送ってしまった、その後ろ姿──。

 

 

「──桃香さん、ですよね?」




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