転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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コミケは無事完売と相成りました。皆様ありがとうございました!
今後とも&今年もどうぞよろしくお願いいたします!


#16 「覚悟を決めろ!」

『──よろしくな、仁菜』

 

そそくさと前髪を手で弄ってみても、私の指先じゃ昨日の桃香さんの感触とはぜんぜん違う。

無骨で尖った見た目とは裏腹、しなやかだった指先。その感触を思い出すと、実感が湧き上がってくる。私は本当に桃香さんに会ったんだって、知り合いぐらいにはなったんだって……。

 

「……菜。仁菜! 聞いてる?」

「ひゃっ!?」

 

そうして昨日のことを考えていれば、どんどん思考は沈み込んでいくけれど。

……聞いてる? 何を? ヒナの声に引き戻されるようにして顔を上げる。

いつものライブルームで、私たちは……そうだ、練習中。

よっぽど私の表情が慌てたようなものだったのだろうか、目の前のヒナは呆れきっていた。

 

「やっぱり聞いてなかった。ミネさんが次のライブについて話してたのに」

「ライブ!? どこで!? というか、いつ!?」

「二週間後に、前回と同じライブハウスだね。もう先方には話を付けてあるから、後はチケット売って──新曲の練習、かな」

 

ギターボーカルとして、ヒナと同じ立場でライブに出られるということ。

私にとっては大事な意味を次のライブは持っている。だからこそ、それだけ次のライブに私は期待しているし、成功させたいって強い気持ちも持っているはずだ。

 

「そうだ、MCやらせてくれませんか!?」

「……私はいいけど。ヒナちゃんは?」

「私は前回でたっぷり緊張したので結構です。あとは……安和さん次第じゃない?」

 

そこで気づいたようにして、すばるちゃんはびくっと肩を震わせた。

今日の彼女は何だかだんまりだったから、私も聞くのを忘れていた部分はあったんだと思う。

 

「すばるちゃんは初ライブなんでしょ? 私でいいの?」

 

そうは聞いてみるけれど、すばるちゃんは頷くだろうという確信があった。角が立つのはきっと、何よりも嫌だろう。それこそ、学校にいた頃のヒナとか、最初のミネさんとか。人と上手くやれる人はそうする──ある意味では私の経験則みたいなもの、だったのかもしれない。

 

「あ、えっとね……そうだなぁ」

 

だけれど、そんな私の予想とは外れるようにして。

逡巡するように、すばるちゃんは視線を彷徨わせた。

 

「……うん。仁菜ちゃんがやれば良いと思うよ。ほら、私よりもこのバンド長いわけだし」

 

ほとんど捲し立てるように、そんな一瞬の間などなかったように。

すばるちゃんは誤魔化しながら頷いてみせる。結果は私の想定と変わらない。

だとしても……やっぱり、違和感があった。すばるちゃんが何を言おうとしていたのか、体面よりも何を大事にしようとしていたのか。

 

「だから、バッチリ決めてね! 仁菜ちゃん」

「平気だよ。私、前回もMCやってたし、慣れてるし」

「ほんと、すぐ調子に乗るよね、仁菜は。まだ二回目でしょ?」

「なっ! ヒナは余計!」

 

すばるちゃんみたいな子が選ぶ感情の隠し場所は堪らなく上手だ。

だから、私なんかには見つけられるはずもない。それなら気にしない方が楽なはず。

こんな出来事は忘れるに限る。私はライブのことだけを考えていれば良い──。

 

「──新曲、今回はやめておこうか」

 

それこそ、浅はかな想定だったのかもしれない。

ライブまで三日を切った日、唐突にミネさんが口にした言葉を前にして、私の脳裏をそんな考えがよぎった。

 

「……そうですね。何というか、この形での完成は難しそうですし。前の曲なら、仁菜ももう少しギター弾けるでしょ?」

 

新曲を演奏すること。それは、初ライブの後から散々苦心して、練習してきたものでもあったし、私はミネさんがどれだけ悩んで新曲を作ったか知っていた。桃香さんらしい言葉になってしまうとか、散々悩みながらも『雑踏』とは違う方向を模索して。

そんなの言い出しっぺのミネさん自身が一番不服に決まっている。

 

「ううん、私は新曲を弾きたい。弾けるようにしますから……!」

 

何よりも、こうして新曲を取りやめることになった理由。

それを考えればこそ、余計に罪悪感は募っていくばかりだったから。

ヒナにそう伝えたって埒は開かない。ミネさんは……そもそも、やめようと言い出した張本人だ。

だからこそ、反射的にすばるちゃんの方を向いてしまった。

 

「……私もやめた方がいいと思うな。ギター初めての仁菜ちゃんには過負荷だと思うし」

 

こういう時に言葉が上手い人は話を合わせてくれるかも、なんて卑怯なことを考えてしまったから。そんな私の腐った考えが災いしたからだろう、すばるちゃんは首を振った。

それも、私のギター演奏のレベルが足りていないからという、新曲をやめることになった理由にもはっきりと踏み込んで。

 

「まだ三日あるんだよ!? ここで何とかすれば……!」

「えっとね。仁菜ちゃんがすごい頑張り屋なのはわかるよ? でも、三日だと厳しいというか」

「だけど、ミネさんだって頑張って新曲を作ってたんだし……!」

「そのミネさんが『やめておこう』って言ったんだしさ。ここはその言葉に甘えてもいいんじゃないかな? 仁菜ちゃんは気にしなくてもいいと思うよ」

 

──気にするな。その言葉が、ひどく他人行儀に思えた。

思えば、いじめを前にした時にヒナも最初はそう言っていた。『私らが気にすることじゃない』って。言葉も楽器もすばるちゃんは上手だ。上手な人はいつもそうだ。

線引きができる、どうすれば上手くいくかがわかっている。それで自分に害がないのなら、本人はそれでいいのかもしれない。

 

「気にするよ! 私のせいだもん! だって、他人事じゃないから……このライブ、成功させたいから!」

 

ヒナの隣に立てること。その意味を……私がどれだけ大事に思っているか、すばるちゃんが知るわけもない。一番成功させたいと思っているのは私だ。誰よりも頑張りたいのは私だ!

 

「……あのさ! 成功させたいのが仁菜ちゃんだけだと思ってる!?」

 

ずっと、そう思っていたから。先ほどまでは柔らかい物腰で私を丸め込もうとしていたすばるちゃんが大声を出すとは思っていなかった。

 

「この際だから言うけど……私にとっても他人事じゃない! ミネさんと、仁菜ちゃんと、ヒナちゃんと──私だって頑張ったんだ! ()()が好きになりたいんだ!」

 

手元のドラムを強く叩いて、すばるちゃんは叫ぶ。

今まで隠し続けていた感情。溜めてきた感情。全部、全部私に叩きつけるように。

 

「……色々譲ってきたじゃん。だからさ、ライブの成功まで私から奪わないでよ」

 

そこまで言うと冷静になったように、すばるちゃんはぽつりと呟く。

上ずった声は取り繕うのに必死だったみたいで、いつもよりも不完全だ。よっぽどこういう言い合いに慣れていないのだろう。

 

だからこそ、すばるちゃんにここまで言わせたこと。

耳に張り付いた叫び声が、チクチクと胸を刺していた。

 

◇ ◇ ◇

 

「……それは仁菜が悪いな」

「私だって……少しそうかなって気はしてましたけど……」

 

しかめっ面と共に桃香さんが返した言葉に、思わずため息が漏れる。

出会った時から、桃香さんとは川崎駅前で会うことが増えていた。まあ、桃香さんが大体この時間に、ここで演奏しているから、というのはあるけれど。

 

「もうライブまで日数がなくて。このままじゃほら、薄れちゃうかなって。……当日の結束とか」

「じゃあ、謝ればいいんじゃないか?」

「……でも、それは違うと思うんです。私だってバンドのことを考えていたのは本当ですし」

 

私に続いてと言うべきか、ひとしきり私とすばるちゃんとの間に起こったこと──とは言いつつ、半分愚痴だけど──を聞き終えた桃香さんはため息を吐いた。

何というかそれは話そのものへ、というよりは私自身に向けられたものにも感じられる……。

 

「仁菜ってだいぶ頑固だろ」

「……ヒナにはそう言われますけど。自分では違うと思ってます。もっと頑固な人、いっぱいいますし」

「比べるんじゃなくてさ……まあ、いいや。つまりはさ、ライブが上手く行かないかもしれないから仲直りしたい──そういうことだろ?」

「……まあ、そうです」

 

確認してくると、桃香さんは私の方へ笑いかけてくる。

何だか余裕ぶった表情で、大人っていうのはこういう人のことを言うんだろう。

 

「あたしもダイダスではよく揉めてたけどさ、特にリンとはな。でも……あんまり気にしたことはなかった。ライブ、すぐなんだろ?」

「明日ですね」

「だったら気にすることは何もない。二人の間はそのまま、冷えっぱなしでいい。ただ、ステージに上がってこい。全力でな」

 

そう言い切ると、桃香さんはまたギターを弾き出す。

そこで区切られたってわからないのに。人に察しの良さを求めないで欲しい。

 

「全力でやったらどうなるんですか……?」

「解決する、それだけだ。後は言わなくたってすぐにわかるよ」

 

偶に桃香さんは意地悪だ。言葉の裏側を読み取れとか言って、それ以上何も教えてくれなくなる。

大人っぽいかっこよさがあるんだったら、その分、大人らしいズルさもあって。

結局、それが読み取れるほど私は勘が鋭くはない。

空気を読めだなんて言葉は、一番キライだ。

 

「ほら、仁菜。行くよ」

 

それでも、ライブ当日。控え室からステージへ上がるまで。

いかにバンド内の空気が張り詰めていたか──なんていうのは。

 

「……仁菜、ぼーっとしてないでマイク取って。MCやるんでしょ?」

 

ステージに上がって、スポットライトが付く。そうして浮かんだすばるちゃんの顔は、足元のペダルを向いていて……俯いているようにも見える。

私でもわかるぐらいに、普段とは違っていた。

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