転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い 作:流星の民(恒南茜)
「私たち……”川崎アゼリア(仮)”で、しゅっ──」
……私のバカ。ステージ上の景色は二回目であろうとも、そんなに慣れることはない。
緊張のせいかMC初っ端から一噛み、途端に後悔の念が押し寄せてくる。
隣のヒナが心配そうに目配せをしてくるけれど、流石に私にだってプライドはある。MCをやらせて欲しいって自分から言ったのに、失敗してやり切れなかった……なんていうのは恥ずかしい。
「し、失礼しました……私たち、編成とか色々変わりました。曲はそのままですけど……」
──なに余計なこと言ってんの。
左からはそう言いたげなジトッとしたヒナの視線、右を見ればミネさんの苦笑。
バンドのみんなも、ステージの下に立っているお客さんも私の方を見てくれているけれど──。
「……そうだ、紹介します。新メンバーのドラム・すばるちゃんです」
すばるちゃんだけは私を見ていなかった。
ちらりと後ろを見やっても、彼女は観客の方に手を振って愛想を振りまくだけ。
私がMCでミスをしたとしても一切気にしてもくれない。
きっと、すばるちゃんは拗ね方が上手な子だった。
私とすばるちゃんが喧嘩した日、それでバンドの調子がおかしくなったかと言うと、そんなことはなかった。いつも通りすばるちゃんは気配り上手で、みんなが彼女に助けられていて。
ただ、私を見てくれなくなっただけだ。
今だってきちんとお客さんの方を向いて、ちゃんとバンドメンバーとして振る舞っていて、だけれど、私は見てくれない。
やるべきことはやって、周囲には亀裂を入れないように気をつけながらも揉めた私とは距離を取って、ずっと拗ねたままでいる。
『二人の間はそのまま、冷えっぱなしでいい。ただ、ステージに上がってこい。全力でな』
すばるちゃんは自分の感情を律するのが堪らなく上手な子だ。だからこそ、外面を張り巡らせて私がどんなことを言ったってのらりくらりとかわされそうな気がする。
本当に桃香さんが言うとおりにすれば解決するのか。
はっきり言って疑心暗鬼ではあったけれど、だとしてもステージに立った以上、今は歌うしかなかった。
「聞いてください──『雑踏、僕らの街』!」
この曲において、待つべきものは何もない。
誰かがイントロを演奏するまでだとか、始まりの合図は誰かがくれるものじゃない。
「”やり残した鼓動がこの夜を覆って 僕らを包んで粉々になる前に”──」
冒頭からねじ込むボーカル。始めるべくは私自身。
疑心暗鬼とか、モヤモヤとか。臆していたって始まらないんだ。
「──”変わらないはずはないよ 手を伸ばして”!」
言い切った途端にすかさず間奏に入る。
元々この曲を作る時、ミネさんたちはキーボード分も作っていたらしい。だからこそ、私たちでキーボードを再現するためにギターの音数は増えてしまう。
特にそれがギッシリ詰まったこの間奏部分。前のライブの時にヒナがどうしてあんなに大変そうだったかがわかってしまった。
速弾き、汗で滑り落ちそうになるピックを爪で押さえ込んで、必死で音についていく。
「”雑踏の中で声なき声で泣いている 足跡が今 誰かの声を消した朝”──」
ヒナは前回、冒頭部分から声を出せないでいた。
その時は私がフォローしたんだったっけ。それでも、今のヒナは歌声もギターも安定している。
ライブ一回分の練習と本番の差は思っていたよりも大きいらしい。むしろフォローが必要なのは私の方だった。
伸びて縮んで、忙しなく動く指先が攣ってしまいそうで、早くも悲鳴を上げている。
「”いつになっても枯れることのない 腐敗した街の泥水が冷たい”」
だけど、ここから先は転調だ。ほんの少しだけ落ち着く、息を入れられるパート。
サビに向けて力を溜めなければ……冒頭の間奏も乗り越えたから、きっと、ほんの少し緊張も緩んでいたのだと思う。
ほんの一瞬指先の力を弱めた、その瞬間だった。
掴んでいた音から、するりと手が離れた。
「”何にも変わらない世界で”──」
……あれ? こんなテンポだったっけ?
取り落とした音が反響するたびに、ギター、ベース、ドラム。幾つもの音が重なり合って私を襲う。どの音を掴めばいいのかわからなかった。
ぐわんぐわんと視界が揺れる。まるで立っている地面をいきなり奪われたような、そんな非現実感。
──どうすればいいの?
まるで暗闇の中に立たされたように、自分の立ち位置すらもわからない。
重なった音は互いに遮り合っていって、どの方向に進めばいいのかすらもわからない。
ただ、沸々と湧き上がってくる焦りが私の指先を走らせて。
その度に、ギッ、ギッ、とピックが軋んで悲鳴を上げている。
……明らかな失敗だ。こんなんじゃ、新曲なんてできるわけもなかった。
もしかしたら、すばるちゃんが正しかったのかもしれない。
「正しい」は人それぞれだって、ついこの間知ったばかりだったのに、人の「正しい」を嫌だと断じてしまったから。
すばるちゃんが目を合わせてくれないのも、この失敗も、全部私の──。
──カッ、カッ、カッ。
突然のことだった。
今まで鳴っていたどの音とも違う、乾いた音。
ステージ上でこの音を鳴らせるものは一つしかない──振り向くと、私を見ていた。
すばるちゃんがドラムスティックを打ち付けながら、私にその目を向けていた。
ぐっと視界が広がる、周りが見える。
一瞬にしてモヤが晴れたかのように音が聞こえる。
すばるちゃんのウィンク、それにぐっと押されて私の芯から声が飛び出る。ギターが芯から唸りを上げる。
──仁菜ちゃん、存分に暴れちゃえ!
「──”嘘みたいな馬鹿みたいなどうしようもない僕らの街 それでも”」
「"この眼で確かに見えたんだ この手で確かに触れたんだ ねえ ほらほら”」
私とすばるちゃんが喧嘩中なのだとして、声を出せと煽られたとして。
今まで音が掴めず引き気味だった分、ここからが私の番だ。
「”ほらまた吹いた 馬鹿みたいだ どうしようもない闇を照らせ 夢じゃない”」
「”どうせ終わってる街だって諦めたって変わんないぜ ああ まだまだ”」
ピックの軋みも、掠れる声も関係ない。
桃香さんにアドバイスされて、すばるちゃんに煽られて、ここでやらなきゃ私が廃る。
私の全力を見せてやる。すばるちゃんに──思いっきり、やり返してやる!
「”やり遺した鼓動がこの世を覆って僕らを包んで粉々になる前に”!」
「”頼りなくてもいい その手を この手は自分自身のものさ”」
負けじとするように、すばるちゃんのドラムも音量を上げていく。
ヒナの声も、ミネさんのベースも引っ張り上げられていくみたいに音を跳ね上げていく。
だからこそ、それら全部の上に立つように。私自身が勝つために。
「”変わらないはずはないよ”──!」
「”手を伸ばして”!」
一拍置いて、観客の方から拍手が湧き上がる。
二回目にしてこれならきっと上出来だ。今度こそ肩の力を抜いてもいい──。
そんな風に普段なら思っていたかもしれないけど、私にはまだやることがあった。
くるりと後ろを向いて、マイクを強く握りしめる。
私にとっては重い重い一言を、伝えなければいけない一言を。
演奏中に出した声量に負けないぐらい思いっきり、私は絞り出した。
「すばるちゃん、ごめん──っ!」
◇ ◇ ◇
「……仁菜ちゃんって、何というか極端だよね」
ライブ後、控え室に戻ってきた私が最初に見たのはすばるちゃんの苦笑だった。
「だって……あそこで言わなきゃ、多分一生言えなかったと思うし」
「なんだそりゃ。ほんと、極端で強情。制御不能なモンスター・仁菜ちゃんって感じ」
モンスターだなんて酷い皮肉だったけれど、それでも、どこかすとんと腑に落ちた。
多分、それが相手によく見られよう、機嫌を取ろうとする言葉じゃなかったからだと思う。
ヒナだって酷い皮肉屋だけど、私のことが大嫌いだから、悪い子だからそんなことばっか言ってるんじゃないっていうのはいい加減わかってる。
思うに、すばるちゃんは言葉が上手くて、大人びていて、時々皮肉屋な子。
それでも、このバンドの中では誰よりも──。
「……すばるちゃんだってお人好しのクセに」
途端にぼっとすばるちゃんの顔が赤くなる。
どうやらすばるちゃんにはこの言葉が効果抜群だったみたいだ。
やり返せたという実感に、思わず口元が緩んでしまう。
「に、仁菜ちゃんのモンスター!」
「くっ……! すばるちゃんのお人好し!」
しばらく続く言葉の応酬。
結局、「喉が潰れて数日ボーカル練できなくなるよ」と、ヒナに正論を振りかざされるまで、私たちの言い合いは続いた。
「あのさ、仁菜ちゃん見てて思ったんだよね」
「何を?」
さっさと楽器を片付けたヒナとミネさんが先に出て行ってしまった部屋。
お互いに言い合いなんかでこんなことで片付けが遅れたのが恥ずかしくて、黙々と楽器を片付けていた時、すばるちゃんがぽつりと呟く。
「サビ前でリカバリーしている時の仁菜ちゃん、必死だった。死に物狂いで何とか上手く行かせようとしてて……そんな顔、なかなかできないと思う」
そりゃ、すばるちゃんにあそこまで言っておいて私が失敗するだなんてあり得なかったから。
何とか上手く行かせようとするに決まっていた。そのことで必死だった。
「──だからさ、それぐらい必死だ、この子は本気なんだって。ね、ニーナ!」
ニーナ。何だか間延びした名前で呼ばれて思わずカチンと来てしまう。
それこそ、相手が適当なクラスメイトとかだったらOKしない自信がある。
「……すばるちゃんのおかげだよ」
だけれど、今日ぐらいは許してあげよう。
一緒にライブをした、お人好しな仲間に免じて。
恐らく、私が覚えている限りでは一番適当なあだ名を付けられた日だった。
◇ ◇ ◇
「……で、上手く行ったと。まあ、あたしはわかってたけどな」
ライブが終わった夜、何だか心臓が昂ぶって眠れなくて、思わず出てきてしまった川崎駅前。
桃香さんに報告をして開口一番に、歯を剥き出しにして笑われた。
「わかっていたって何がですか」
「仲直りするってことだよ。言ったろ? 全力でライブをすれば万事上手くいくって」
「……そう言えば、あれって結局どういう意味だったんですか?」
「そのまんまだよ。音ってのは剥き出しだ。必ず本音がにじみ出る。だから、仁菜の本気も、そのすばるって子の思いやりも、お互いに伝わったんだろ」
言われてみれば確かにそうだった。
私が本気でやったからすばるちゃんは合図を出してくれたし、そのおかげで彼女にも私の気持ちが伝わった。
意味がわからないままで悔しかったけれど、確かに桃香さんの言うとおりだ。
「でも、だったら黙ってなくてもいいじゃないですか……」
「ははっ、こういうのって言うよりもやってみた方がわかりやすいからさ。まあ、結果オーライだろ」
ひとしきり結果報告を終えた後、私たちは今日の練習を始める。
私が弾くギターを聞いて、桃香さんはあれこれ口出ししたり、時には自分で弾いてみたり。
私のために桃香さんが時間を使ってくれている──その事実が、私にとっての密かな喜びだったけど。
今日の桃香さんはどこか違った。
いつもより口数が少なくて、たまに私の顔をじっと見つめてくる。
「どうしたんですか」と思わず聞こうとして、その時、桃香さんが口を開いた。
「……仁菜、頼みがあるんだ」
そんな言葉とともに、桃香さんからスマホを渡される。
「事務所主催ライブ……というかこれ、ダイダスの事務所じゃないですか!」
そこには事務所主催ライブの開催要項と、インディーズのバンドからも参加を受け付ける旨が書かれていたけれど。
何よりも私の目を引いたのは、主催がダイダスの事務所であるというと、ライブのアオリ文。
──『次なるダイダスのボーカルよ、集え!』
「……ボーカル、ですか?」
「あたしが抜けた後の代わりが見つからないらしい。そこに書かれてるまんま、新ボーカル探しのためのライブだろうな。それで、だ」
そこで意を決したように私の方へ向き合ったかと思うと、桃香さんは真っ直ぐに頭を下げる。
いつも強気で私よりも大人な桃香さんがそんなことをするだなんて思ってもいなかったけれど、そんな私を意に介さず、桃香さんは口にした。
「……頼む。仁菜のバンドでこのライブに出てくれないか」
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