転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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#18 「渋谷アクアリウム」

「は……はい、チーズ……」

 

シャッター切ると、画面に映し出されるのは二人組のおばあさんたちと──忠犬ハチ公。

私がここに来たと知ったら仁菜は羨ましがるだろうか。それとも、渋谷の駅前まで来てカメラマンをしている私を笑うだろうか。

そんな邪念が入ったせいか僅かに手ブレ、私は思わずため息を吐いた。

 

「おお、よく撮れてる! ありがとねぇ」

「いやあ、こりゃかなりの自慢になるよ。東京なんて生まれてこの方初めてだもんねえ、あたしたち」

 

写真を撮り終えてカメラを渡すと、二人とも喜んでくれる。

声をかけられた時は正直面倒だとも思ったけれど、こんな反応を見てしまうと何だか満更でもなかった。

 

「そうだ。お礼にあなたの分も撮ってあげようか?」

「え? 私も、ですか……?」

 

そんなに全身からおのぼりさんな雰囲気が出てしまっていただろうか。

東京に来たのも今日が初めてではないはず、肥後もっこすで言えばよっぽど仁菜の方なのに。

 

「そうそう。いい記念になるでしょう?」

「あ、いえ。私ここら辺に住んでるので……地元から一緒にきた友人だったら喜ぶかもしれないですけど……」

「へぇ。その歳で上京してきたのかい? 地元はどの辺?」

「えっと、熊本です。ついこの間、一月ぐらいに越してきたばかりで」

「よくやるねぇ。じゃあ、そのお友だちに見せるために一枚撮ってきましょうか」

 

精一杯はぐらかしたつもりだったのに、最初に断った分に関してはもう忘れられてしまっているようだった。結局はハチ公前に一人で立たされて、ついでにピースもすることになる。

こういう時に仁菜がいれば、きっと私よりもはしゃいでくれるから、みんなの視線も釘付けになって私はちっとも恥ずかしい思いをしなくて済んだのだろうか。

 

「ごめんね。この人ったら一回思い込んだら曲げないタイプで。写真撮る気無かったでしょ?」

「いや、この子も喜んでたよ。そうだよねぇ?」

 

そうして写真に写った私がよっぽど不服そうな表情をしていたのだろうか。

肩を持つようにそれまでだんまりだった方のおばあさんが話しかけてくれたので慌てて首を振る。

 

「いえいえ、別に撮ってもらえた分には嬉しかったので……!」

「ふーん、素直だねぇ。今さらだけどあなた、お名前は?」

「ヒナ、です」

「そうか。じゃあヒナちゃん、一つアドバイスをしてあげるよ」

 

そこでおばあさんは私の方にずいっと顔を寄せてくると耳打ちをしてくる。

 

「いいこと? 嫌なことはちゃんと嫌って言った方がいいよお? そうじゃないとね……」

「なに? さっそく噂話かい?」

「ほら、面倒くさいことになるからね。気をつけるんだよ?」

 

そんな風に耳打ちをしてくるおばあさんは、どこかドライで、冷めているようにも見えて。

 

「……どの口が言ってるんだい。もうあたしら一緒に動くようになって五十年は経つじゃないか」

 

だけれど、強引な方のおばあさんが口にした言葉にぼっと顔を赤くした。

何というか、自分の言葉で募穴を掘ってしまったと言うやつだ。

 

「……腐れ縁ってのはそりゃもう凄いもんだからね。ヒナちゃんも気をつけなさいよ?」

「まあ、そうだね。一緒に上京してくるぐらいのお友達なんて何年の付き合いになることやら。それこそ、一生ものだよぉ」

 

そう最後に残して、ひらひらと手を振りながら去っていくおばあさんたち。

彼女たちがいなくなって──今の私はどんな顔をしていただろうか。

 

「……仁菜と、一生……?」

 

それこそ、おばあちゃんになるまで一緒。

かあっと熱が顔の方に集まっていくのが自分でも恐ろしいぐらいはっきりとわかる。

長い……長すぎる話だと思う。

それこそ命を絶った時には、想像もできなかったぐらいに。

あの時は、たった一日でさえ、息を切らしてやっとのことで生きていた。

一週間先まで耐え忍んだら御の字、一ヶ月なんて気が遠かった。

 

だけれど、今はどうだろう。上京してから、気づけば三か月。本当にあっという間だった。

仁菜が隣にいると、雪が降って溶けて、木々が蕾を付けるまで。それが全部目まぐるしく感じられて──おばあちゃんまで、だなんて。大したことない話にも思えてくる。

 

「……なんて。バカじゃん」

 

そんな都合の良い妄想に、思わず自嘲げに漏れた声。

一年先ですら、どうなっているのかわからないのに。

それでおばあちゃんまで、ましてや「一生もの」なんて言ったら夢物語が過ぎる。

 

先のことよりも、まずは今だ。

思い立ってハチ公像を後にすると、外国語やら罵声が飛び交う喧騒へ私は潜っていった。

 

◇ ◇ ◇

 

『ねえねえ、ヒナちゃんってこの後暇?』

『暇ですけど。どうしたんですか?』

『この学生証さ、すばるちゃんのとこまで届けてあげてくれない?』

 

私がわざわざ渋谷まで来た理由。

というのも、今日の練習の後ですばるちゃんが学生証をライブルームで忘れていったからだった。

今日も仁菜は練習が終わってから寄るところがある──とかですぐに帰ってしまっていて、残されたのは私だけ。となれば、届けに行くのは私の役目になってしまった。

 

「安和さんだったら、この先の演習室でさっき見たかな」

 

廊下ですれ違った女子生徒に会釈して、教えてもらった教室へ向かう。

ここ──アクターズスクールでのすばるちゃんがよっぽど有名人である、というのは予め知っていたことだったけれど、それにしてもこんなにあっさりと居場所がわかってしまうのか。

 

「もしもーし。すばるちゃん、いますか〜?」

 

教室の前に立って誰かが出てくるまで待っていれば──といきたいところだけど、時間が時間だからかちっとも人通りはない。結局は痺れを切らして、ドアを開けた時だった。

 

「あら。すばるちゃんのお友達?」

 

白髪を結って、着物を着た上品なおばあさん……の、鋭い眼光。

 

「ひっ……」

 

そんなものと目が合ってしまったがために、漏れそうになる悲鳴。慌てて両手で口を塞ぐ。

私の方を向く表情は柔和だけれど……ちっとも、目が笑っていない。

ひと目でただ者じゃないのがわかる──というか。

 

「え、えっと……安和天童さん、ですよね……?」

「まあ、私を知ってくれているだなんて。もしかして、すばるちゃんの役者仲間かしら?」

 

知ってくれているも何もそりゃ当然だ。

というか、箱入りで世情に若干疎いところがある仁菜でもすぐにわかるはず。

私の知識に照らし合わせるならば、彼女──安和天童は、すばるちゃんのおばあさんで──。

 

「もちろん。安和天童さんと言えば、大女優ですから……」

 

役者仲間か、という質問にはどう答えるべきか。

すばるちゃんの方を見やると、珍しく少し顔を青くしてぶんぶんと首を縦に振っていた。

多分、頷けと言っている。バンドをやっているだなんて言うのは絶対に隠しておきたいだろうし、ここは天童さんに話を合わせておけということだろう。

 

「そ、それに……役者を目指している身として、参考にさせてもいただいていますし。ね、すばるちゃん?」

「うん。ヒナちゃんはおばあさまのことをとても尊敬していますもの。ふふっ」

 

凄い。私もそれなりに体面を保つための嘘は得意なつもりだったけれど、レベルが違う。

ちっとも声を震わせず、視線も逸らさず、つらつらと嘘で固められた”ヒナ”のエピソードを語っていくすばるちゃん。

曰く、天童さんのことを尊敬していて、デビュー作は何度も見返している。特に好きなのはデビュー作『すばる』での泣き演技で、携帯の待ち受けにもしているほどだ……と。

 

私は適当に頷いているだけなのに、次々とすばるちゃんが話を広げていってしまう。

安和天童の大ファンであり、精神的後継者を名乗る役者の卵・ヒナの誕生に私は苦笑するほかなかったけれど。とはいえ、天童さんもここまで褒められては気分も良くなるようで、明らかに雰囲気も柔らかくなっている気がする。

 

すばるちゃん、恐るべし。言葉も嘘もあまりにも上手な子だった。

 

「あらあら。そんな子がすばるちゃんのお友だちだなんてとても心強いわ。良ければ、演技のお手伝いをしてくれないかしら?」

「えっ」

 

だけれど、少し調子に乗りすぎてしまったと言うべきか。

天童さんの一言で、ピシリと空気が凍る。すばるちゃんはと言うとまた顔面蒼白に。

多分、私だって似たようなものだ。

 

「もうすぐすばるちゃんもオーディションが近くてね。ヒナさんが相手役をしてくれたら、歳も同じぐらいだしきっとやりやすいと思うわ。もちろん、助言もしてあげるから、ね?」

 

役者志望のヒナなら願ったり叶ったりな状況なのだろうけど、私には無理……というには、流石に嘘を吐きすぎた。

しぶしぶこくりと頷く私、「あはは」と苦笑するすばるちゃん。

それに反して、天童さんの笑顔が眩しかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「あの子は私と一緒に来るべきよ! だって、あなたと来たらずぼらで……!」

「それでも、すば……お前にあの子を養っていけるだけの財力があるのか!?」

 

テーマは親同士の喧嘩。すばるちゃんが母親役で、私は父親役だ。

そして、何で揉めているかというと──離婚にあたって、どちらが子供の親権を得るかということだった。

想像していたよりもよっぽどドロドロとした関係性に内心げんなりとする気持ちはありつつ……今の私に逃げ場はなかった。

 

「そもそもあなたが借金をするから……! あの子があなたを見て育ったらどうするのよ!」

「どうしたもこうしたもないはずだろ!? だって……あー」

 

とはいえども、私だってプロじゃない。

互いにヒートアップしてきて、そろそろ山場に突入しようかというところで、言葉が続かない。

完全に台詞が飛んでしまっていた。

 

「あー、えっと……」

 

天童さんの方を見ると、値踏みするような目で私を睨んでいる。

明らかに不味い、このまま行くと嘘がバレてしまう……。

 

「……ヒナちゃん、子供を仁菜ちゃんだと思って、アドリブで」

 

万事休すか、と思った時だった。

こそっとすばるちゃんの耳打ち。子供を仁菜だと思え──と。

言っている意味はよくわからなかったけれど、彼女は演技の勉強をしている身だ。

きっと、役に立つアドバイスではあるはずだった。

 

「でも、に……あいつには俺がいなきゃダメなんだ……!」

「どうして!? あなたについていったって、あの子は傷つくだけよ!」

 

この状況はきっと、上京する直前と似ている。

親権を失う──仁菜と離れ離れになってしまうかもしれないと思った時にどう思ったか。

 

「バカ真面目で、箱入り過ぎて純粋で……だって、一人で上手く生きていけるかもわからない……!」

 

仁菜はあまりにも下手くそに生きる子だ。

それこそ、近くで見守っていなければ危なっかしくて仕方ない。

 

「だけど……わ……俺にはないものもたくさん持ってる……! あの子が引っ張ってくれるから、やっと生き方がわかった!」

 

それでも、心配だからって理由だけで側にいるわけじゃない。

「正しい」と「正しくない」について考えるようになったきっかけ、バンドマンとして生きる覚悟、それは全部仁菜がくれたものだ。だから、この気持ちを言葉に置き換えるならば──。

 

「──私にだって、あの子が必要なんだ!」

 

思っていたよりもずっと大きく出た声に、自分でも驚いてしまった。

ジンジンと痛む喉がどれだけ私が必死だったかを伝えている。

すばるちゃんも、天童さんもぽかんとした顔をしていた。

明らかにやりすぎだ──こんなの私のキャラじゃないし、頬が熱くなっていくのを感じる。

穴があったら入りたい、何ならここから逃げ出したい。思わず手で顔を覆いそうになった時だった。

 

「まあ……。やるじゃない」

 

ニコリと私に微笑みかけながら、天童さんはそう零した。

 

「……いやー、おばあさまもご機嫌だったし! ありがとね、ヒナちゃん」

 

忙しいからと天童さんが帰った後、すばるちゃんは「奢りでいいよ」と自販機で買ったジュースを手渡してくれた。

 

「すばるちゃんがアドバイスしてくれたから。かなりイメージしやすかったし」

「でしょ? 二人の関係なら良い感じにヒナちゃんもノッてくれるかな〜と思ってたんだけど、予想以上でしたな。ヒューヒュー!」

 

すばるちゃんの冷やかしにまた顔が熱くなりそうになるのを堪えつつ、それでも、彼女のおかげで確かに窮地を脱することができた。

バンドをやっている時も周りのことをよく見ているだけはあると思う。

 

「……今回のオーディション、合格したらおばあさまと共演できてさ。それが、ずっと楽しみだったらしいんだよね」

「だからあんなに熱が入ってる感じだったんだ」

「そういうこと。本番は二週間後、もう期間もないしね。それでさ、どう思った?」

 

伸びをするふりをして、私から視線を外しながらも。

不意にすばるちゃんはそんな質問を私に投げかけてくる。

 

「どう思った……っていうのは?」

「いや、バンドと一緒にこんなことをやっていたのかって怒ったりしないのかな〜って。何というか、こっちの方がよっぽど今は大変だからさ」

 

すばるちゃんは自分が不誠実じゃないか危惧している──そんな風に思えた。

確かに少し前まで仁菜とは「バンド活動に本気か」ということで散々喧嘩をしていたのだ。

それが不安になる気持ちもわかる気がしたけれど。

 

「……私は意外と好きかな。それがすばるちゃんの気配り上手を作ってるならなおさら、ね」

「へぇ……。ヒナちゃんはそう言ってくれるんだ」

「ほら、私はさっきも言ってたけど色々仁菜のおかげでどうするか決めてきたところがあって。むしろ、すばるちゃんみたいに必死になれるものがある人って羨ましいかも」

 

私にとって、それは確かに本心だった。

何かを始めようとするとすぐに周りの人の目とか、今後の人生とかが気になって踏み出せない。

だから、今のすばるちゃんが私にはよっぽど眩しく見えるのだ。

 

「必死になれるもの……そっか。そうだといいよね」

 

だからこそ、すばるちゃんの言う通り。必死になれるものがある彼女はよっぽど素敵なのだけれど。ステージの上と今、場所によって微笑み方が変わる人なんだと思った。

 

「あ、そうだ。今日のことは内緒でお願いできる? ……仁菜ちゃんとか、怒りそうだし」

 

そろそろ帰ろうかとしている時、ふと人差し指を立ててすばるちゃんはそう忠告してくる。

またバンド内喧嘩を引き起こされても嫌だったし、言われるまでもなく私の答えは決まっていた。

 

「もちろん。お互い嘘つき同士だしね?」

 

それに、私が人の嘘を指摘できるわけがない。

私が本当の()()じゃないこと。ある意味ではずっと、私も嘘を吐いているのだから。

それこそ──生まれてからずっと。

 

◇ ◇ ◇

 

「あ、お帰り。ヒナ」

 

少し帰りが遅くなって家に帰ると、仁菜が既に食事を用意して待ってくれていた。

それも、パスタにスープ。普段はもっとやっつけメシみたいなものを作る仁菜にしては一品多いので、普段よりも頑張っている。

 

ただ、何というかその態度は殊勝にも見えて。

 

「何か言いたいことあるんでしょ」

「なんでわかるの!?」

 

隠し事をしている──つまりは、そういうことだった。

おずおずと仁菜が差し出してきたサイトに目を通す。

 

「ダイダス主催ライブ……?」

「そう。次に出るライブ、これにしたくて。ミネさんにはもう話をしてあるよ」

 

──『次なるダイダスのボーカルよ、集え!』

 

そのキャッチコピーに、チクリと胸が痛む。

ボーカルなしのダイダスがまだメジャーデビューできていないことは風の噂で聞いていた。

きっと、オーディションも上手く行かなくて次なる一手を打った結果なのだろう。

なにせ、ここには本来のボーカルが──()()が、いないのだから。

 

「……ふーん。どういう風の吹き回し?」

 

とはいえ、参加すること事態に意を唱えるわけではない。

ミネさんにまで話が通っているのなら問題はないだろうし──と。

開催概要に目を向けた時だった。

 

「この日……」

 

ライブの開催日について、私は気づいてしまった。

この日は──すばるちゃんのオーディション当日だ。

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