転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い 作:流星の民(恒南茜)
「──っと! うん、新しい曲もだいぶ形になってきたじゃん!」
気持ち良さげにひとしきりドラムを叩くと、すばるちゃんは溌溂と声を上げる。
わざわざ聞かなくたって、調子がいいのは明らかだ。というよりも、ここ最近は私たち全員の調子が良かった──と言い換えてもいい。
「……どう? ヒナ。私、やってやったよ!」
「ん、仁菜にしてはやるようになったじゃん」
「まあ、ヒナちゃんは少し辛口だけどね。確かに仁菜ちゃんは上手くなってるよ」
そのまま褒めるのも何だか癪だから、そんな風に言葉を濁すけれど。
着実に仁菜の演奏は上手くなっている。近頃は私が寝ようとしている時にもしょっちゅう部屋をでていくのを見る。さしずめ、秘密の特訓とかなのだろう。
ただ、それぞれの間で不明瞭なことがあったにせよ、事実として私たちのバンドは前進していた。
「それで……みんなに、私から伝えたいことがあって!」
そんな実感を覚えた練習明け。
みんなが楽器を片付けたタイミングを見計らって、仁菜は真ん中に立った。
練習も上手く行っているし、雨降って地固まったと言うべきか、仁菜とすばるちゃんとの仲も良好──確かに、私たちは順調だった。……ただ一点、私が危惧していたことを除いては。
「次のライブを──2週間後の『ダイダス事務所主催のライブ』にしたい!」
力強く宣言する仁菜と共に、グループチャットに貼り出された開催概要。
まさしく危惧していた通りだ。それを読んだであろうすばるちゃんが、恐る恐るといった様子で口を開く。
「……えっと、ニーナ。これ……」
ただ一点、危惧していたこと。
それは私がどうにかできることではなかった。
「……あー、何ていうかさ。絶対出なきゃダメ、かな?」
すばるちゃんにとっては、ライブの開催日がオーディションであること。
それが、仁菜にこのライブの開催概要を見せられた時から、すばるちゃんにアクターズスクールのことについて口止めをされた時から……起こることになってしまっていた
「……ダメっていうのは? ミネさんにも、ヒナにも話はしてあるし……あとはすばるちゃんの予定が合えば出るつもりだよ」
「えーっと……予定、というかさ……」
僅かにすばるちゃんが言い淀む。あくまでもオーディションのことは隠しておきたいということなのだろう。
オーディションの予定なんてそうそうズラせるわけもない。
こちらがどうしようもないのなら、逆はどうなのだろうか。
「そもそも仁菜はどうしてそこまでしてライブに出たいの?」
「その理由もね、ここで言おうと思ってたんだ」
助け舟を出すつもりで、意思確認をしてみる。
何せ今回の件に至っては仁菜も強情だ。理由の部分をはっきりさせておかなければ揉めるだろうし……何より、大したことがなければ言いくるめるかもしれない。
「『このライブに出て欲しい』って頼まれたから」
「頼まれたって……誰に?」
……そう思っていたのだけれど。
「──桃香さんに、だよ」
どくんと一拍、確かに鼓動を感じた。ピリリと肌が縮んで直後に噴き出す汗。
仁菜が口にした言葉は、この場においては──特に、私にとっては。それだけの緊張感をもたらすもので違いなかったのだ。
「……モモに!? 一体、どうして……」
「ごめんなさい、ミネさん。いつかは伝えようと思ってたんです。少し前から、桃香さんに練習を見てもらっていて。出会ったのは本当に偶然なんですけど」
「だったら……連絡の一つぐらいさ……まあ、モモらしいっちゃらしいけど……」
取り乱すミネさんを見たのは以前、ライブに桃香さんが現れた時以来だ。
ただ、桃香さんという人は案外アウトローなのだろう。居場所を聞く、会いに行く……とまでは行かず、どこか呆れたようにミネさんは首を横に振る。
「それで、モモは元気だった?」
「はい。それは間違いないと思います。私と出会った時も手を引っ掴んでくれましたし」
「……何だそりゃ」
ただ、桃香さんの近況を確認できただけでもまだ一安心ではあったのだろう。
ふっとため息を吐くと、ミネさんの追及はそこで終わる。
だとしても、私にとってはそれどころの話ではなかった。
「もしかして……仁菜がライブに出ようとするのは桃香さんのため?」
「……そうかもしれない。だってさ──」
「──『空の箱』を歌ってくれたから。仁菜にとっての救いだから。そうでしょ?」
熊本にいた時から、しきりに仁菜は『空の箱』を聞いていた。
だけれど、彼女にとってのその存在の大きさは──放送室ジャックをした時に『空の箱』を選んだことからもわかってしまう。
あの日、あの曲と。きっと、仁菜は心中しようとしていたのだ。
「……そうだよ。だから、せめて私は桃香さんの頼みを叶えたい」
ああ、クソ。あの時は確かに私もいたはずじゃんか。
そんな言葉が漏れそうになるけれど……ただ、こうなってしまった仁菜は止めようがない。
そして、何よりも──ここで争うべきは私たちじゃない。
「すばるちゃん。私は本気だよ」
仁菜に見つめられて、すばるちゃんがごくりと唾を飲むのを感じた。
普段は絶対に見せない、ほんの僅かな動揺──そんなものが滲んでいる。
「……そうだね、少しニーナのことを軽んじる言い方だったかも。ごめん」
「じゃあ、ライブに出てくれるの?」
謝りはする。悪そうにはしている。
仁菜は仁菜で強情だけれど、上手さが違うだけで、すばるちゃんもまた強情だった。
「……出られないんだったらさ、理由を教えてよ。だって、私は言ったじゃん。正直になったじゃん!」
口をつぐんで、だんまりになって。『出る』と、絶対にその一言だけは口にしない。
「すばるちゃんは認めてくれた、私が本気だって! だから、今回だってライブに出たい!」
吐き出された激情に、すばるちゃんが目を見開く──その瞬間をはっきりと捉えてしまった。
こういうだんまりな態度を仁菜が嫌いなのはわかっている、だからこそ、今は冷静じゃない。
これ以上は流石に私も介入せざるを得なかった。
「ちょっと仁菜、言い過ぎ!」
「ヒナは関係ないでしょ!? 今は黙っててよ!」
「同じバンドメンバーなんだから関係あるって。それよりも、これ以上は──」
「だったらヒナは黙ってられるの!? はぐらかされて、嘘つかれて!」
──もちろん。お互い嘘つき同士だしね?
思わず、以前すばるちゃんとの間で口にした言葉が脳裏をよぎる。
私は本当のヒナじゃない。ずっと嘘を吐きながら生きているようなものだ。
だからって、すばるちゃんを守るために言う? 私も嘘つきだからって……。
そんなためらいが喉を締め付ける。
だんまりになった私からすばるちゃんの方を仁菜が向いた時だった。
「……ニーナが本気だからだよ」
伏し目がちに、ぽつりと零すすばるちゃん。
だけれど、すぐに顔を上げて仁菜の方を向く。
「ヒナちゃんもごめんね。気にさせちゃって。ライブの方も何とかしてみるから。本当にごめんね? みんな」
私たち全員をひとしきり見回して、すばるちゃんはいつもみたいにはにかみながらそう口にする。
何だかそれだけで空気が弛緩したみたいだった。
今の言葉は全面的に自分の非を認めるもので、すべてを背負い込んですばるちゃんが折れたから。
そんなわけ、ないはずなのに……私も仁菜も、悪いに決まっていたのに。
「それじゃあ、今日は用事があるから一足先に帰っちゃうね? お疲れ様〜」
そうして部屋を出ていくすばるちゃんを見送る仁菜は、それでもなお不服そうだった。
流石にあれが上辺だけの言葉だとわかっていたのだと思う。
「……すばるちゃん、今日も来ないね」
だけれど、それからは毎日沈んだような顔の仁菜を見ることになった。
その日を境にして──すばるちゃんは練習に来なくなった。
◇ ◇ ◇
『すばる、オーディション練習は順調?』
「……もちろんです。おばあさまのご期待に沿えるようにするつもりですから!」
「順調?」と聞かれたら、必ず頷く。そうして、相手が一番喜ぶだろう言葉を選ぶ。
それが、私の──安和すばるの処世術だ。
『そう。共演できる日が楽しみね』
おばあさまは立派な人だ。女優・安和天童だなんて言ったら知らない人はいないぐらい。
そして、私の処世術はそんなおばあさまにすら通用するぐらいのものだった。
いつもこれで相手は笑ってくれる。喜んでくれる。
もちろん生易しいものではないけれど、これがあれば上手く生きていける。
「……はずだったのになぁ」
おばあさまとの電話の後、すっかり力が抜けてしまってビーズクッションに身を投げ出す。
そうだ、一度だけ。ついこの間、通用しなかったことがあった。
処世術だなんて私が言っているのを聞いたら怒るだろうか。
ピンポーン、と。そう思っていた矢先にチャイムが鳴る。
宅配かなと思って、インターホンを覗き込んで──。
「ありがとね、すばるちゃん。ついつい、来ちゃった」
──どうしてこうなった。
チャイムが鳴ってから、彼女を部屋に通すまで。
ふわふわと失われていたような現実感がやっとのことで戻ってくる。
「ヒナちゃんさ、どうしてここの住所がわかったの?」
「ん? この間、学生証落としてたでしょ? マンションの名前、たまたま覚えてて」
あっけらかんと、我が家を訪ねてきたことがさも珍しいことでもないようにヒナちゃんは言い放つ。
たまたま覚えてたにせよ、フットワークが軽すぎる……とか、色々とツッコミたいところはある。
ただ、それはそれとして。実際のところ、気になることはいくらでもあった。
「……あのさ、私がいなくなって迷惑かかってるよね」
「まあね。仁菜がむすってしてるし、ずっと『私も言い過ぎたかな』って超心配してるし、それも四六時中。そういった意味では迷惑かも。私もすばるちゃんのことが気になっちゃってるし」
思わず、口が半開きになってしまう。何というか、そういうことが聞きたいわけじゃなかった。
だって、私なんかよりも心配するべきものはあるはずだ。
「そうじゃなくて……ライブは? もうすぐ、なんでしょ? どの口がって話だけどさ……」
「そのことだったら、仁菜は確かに気にしてるよ。だけどね、そのことなんかよりもずっと……」
ヒナちゃんの指先が私を指す。
一瞬、何のことだかわからなくて首を傾げてしまった……けれど。
「──すばるちゃん。ずっと、すばるちゃんの話をしてる」
ニーナが、ずっと私の話を……。そんなところは、全然想像ができなかった。
だって、ニーナが大事にしたいライブが私のせいでめちゃくちゃになるかもしれないのに。
ニーナに言わせれば”嘘つき”な私のことを、ずっと気にしてくれているなんて……。
「……正直になれれば、良かったよね。どうしても外せないオーディションがあるから……って」
そもそも、今回の一件は私がライブに参加できない理由を言わなかったせいで起きたことだ。
きっと、どうしてもと言えば、みんなは受け止めてくれていたはずなのに。
「……でも、言えなかった。私が──本気になれって言った私が、一番他のことばっかり考えてるなんて……」
散々、ニーナの本気を測るようなことをした。彼女を応えさせた。
だからこそ、今さらここに来て演技のせいでバンドを蔑ろにするかもしれない……なんて言えなかった。そう言った私が本気じゃなかったんだ──なんて。
「わかるよ。上手く生きたかったはずなのに、仁菜といると何か狂っちゃう」
何だか独り言でも言うみたいに、ヒナちゃんが呟いた。
なんとなくヒナちゃんが高校を中退したと聞いた時に、どうしてだろうと思うことがあった。
だけれど、それがニーナのせいなのだとしたら……それはまた、実感がこもった言葉だったのだ。
「だってさ──『桃香さんと会った』なんてことすら言っちゃう。秘密にしてたっておかしくないのに。潔白で、正直で、バカが付くほど真っ直ぐで……たまらなく、眩しい」
ぽつぽつと言葉を口にしながら、私の視線に気づくとヒナちゃんははにかんでみせる。
本人の前では絶対に言わなさそうなことばかりだったから、きっと恥ずかしかったのだろう。
「……あのさ。私、今まで嘘ばっかりで生きてきた」
それでも、ヒナちゃんのその気持ちは私にだってわかってしまう。
だからこそ、そんな言葉が漏れたのだ。
「最初はおばあさまに『演技が好きだ』──って。今もずっと、そのまま生きてる」
こんな自分語り、あまりにも気恥ずかしくて人になんか聞かせられるものじゃないのに。
……つい、正直になってしまったんだ。
「だからさ、たぶんニーナに憧れちゃったんだよね。……私にはできなくてもさ」
私には今までずっと
怒りっぽくて、生き方が下手で、何か特別な技術があるわけでもない、ニーナはそんな子だ。
その本気に、その正直さに憧れた、なんて。端から見れば馬鹿らしいかもしれない。
それでも、この言葉だけは腑に落ちる。
上手く生きるためだからって理屈じゃなくて、そうだよって胸の中で熱を持っている。
「だったらさ、仁菜みたいに生きてみる?」
「えっ?」
だからこそ、ヒナちゃんが口にした言葉。
あまりにもぶっ飛んだそれに、困惑混じりでも私はくすりと笑えてしまったのだろう。
「今回の件、すばるちゃんの好きにしてみればいいんじゃないかな。ライブでも、オーディションでも。自分の心に嘘つかない。正直にやってみる──っていうのは?」
「そんな勝手なことして……上手くいくかな……?」
「オーディションを選ぶんだったら、私が死ぬ気で仁菜を説得する。ライブだったら居場所が作れるようにフォローする。上手くいくように精一杯、協力するから」
「でも、それじゃヒナちゃんに悪いよ……」
「……ううん、拗れるまで介入できなかった私も悪いから。それに──」
ニッと無邪気に笑ってみせる。初めて見るヒナちゃんの顔を前にして彼女は言った。
「──嘘つき同士のよしみ、でしょ?」
正直に生きてみること。
今までの生き方を変えてみること。
ヒナちゃんが帰ってしまった後も、ずっとその意味を考え続けていた。
だって、あまりにも危ない橋を渡ることにほかならない。
十数年間、この処世術に頼って上手く行ってきた。経験に裏打ちされたものだ。
それに対して、ニーナのものはあまりにも下手くそすぎる。
いじめられて、学校を中退して、バンドで生きていく──なんて。
そんなの馬鹿らしいと、捨てられればむしろ楽だっただろう。
『だからさ、たぶんニーナに憧れちゃったんだよね』
それなのに、羨ましいと思ってしまった。
嘘なしで生きていく私になれたらって想像して、胸が熱くなってしまった。
ライブか、オーディションか。
おばあさまの夢を叶えようとする親族は私以外にはいない。
つまりそれは、私の一存一つでおばあさまの夢を蔑ろにしてしまうということ。
人の人生を歪めてしまうということ。
私の望みに、そこまでの価値があるのだろうか。
憧れも、しがらみも。考えれば考えるほど、こんがらがって仕方がない。
ビーズクッションで、ベッドで、横になって、蹲って。
どれだけ考えたって時間は足りなさそうなのに、それでも、過ぎていくのだけは確かだ。
考えて、考えて、考えて、考えて──そうして、当日の朝が来たとしても。
私は未だ、答えを出せていなかった。
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