転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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#20 「ダンシングガール」

目の前で零れる、涙があった。

安和天童を国民的女優へと至らしめた”泣き”の演技。それは歳を取った今でも確かに健在だ。

電車に揺られる最中、掴んだ吊り革と同じ高さを見やれば、そこには車内ビジョンに映るおばあさまの姿がある。

 

おばあさまのこととなれば、もちろん私も知っていた。毎週放送されているドラマだ。

ここでのおばあさまは息子を喪った老婦人としての役周り、『探偵おばばの事件簿』とか、主演を務める作品はあれど、今回は脇役だったことに違いない。

確かに、序盤はメインの俳優を立てることに徹していた。周りとの温度感のすり合わせは、コネがものを言う芸能界においての必須テクをおばあさまは極めて高いレベルでこなしてしまう。

それこそ、ニーナは私のことを「言葉が上手い」だなんて言うけれど、おばあさまに比べれば私なんて全然ちっぽけだ。

何より、おばあさまは全てを人に譲ったりはしない。私とは違って、絶対に。

 

頬を一筋伝う涙。画面に映るおばあさまは静かに泣いていた。

わかりやすく大粒の涙を流すことはしない。それでも、そこに立つおばあさまからは確かな存在感が滲み出ている。たとえ画面越しであろうとも伝わるぐらいに強く、強く。その一瞬だけは主役をも押しつぶしてしまうぐらいに。

息子を奪った事件への怒り、息子が遺したメッセージを受け取れた喜び、息子からはもう言葉を受け取れない哀しさ──全部、全部、混ぜこぜだ。

決して一つに終始しない人の感情を、おばあさまの泣き顔は誰よりも理解している。

 

そして、人の感情に聡いおばあさまの才能のごく一端を私もまた受け継いでいた。

だからこそ、気づいてしまったのだ。自分が板挟みになっていること、誰かの失望を買う一歩手前であることを。

 

おばあさまは、オーディションを合格した私と共演することを期待している。

ニーナは、私とダイダス主催ライブという大舞台で演奏することを期待している。

ヒナちゃんが言った通り、ライブの方は何とかしてくれるのだとしても、それと感情とは別々の所にある。どちらにせよ、私が逃げ出した事実は変わらなくなってしまうのだから。

 

淀んだ瞳に、多少こけた頬──窓ガラスに写る私の顔は、おばあさまとは大違い。

こんなに悩んでも上手くできない私には、安和天童になんてなれるわけもなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「すばるちゃん。そろそろ練習にしましょう。積み重ねは大事、だけれど、直前に感覚を掴むのも大事だからね」

「……え、ええ。もちろんです、おばあさま」

 

私が発した声がどうやらか細かったらしいことに気がついたのは、おばあさまが怪訝な表情を私に向けていたせいだった。

今夜がオーディションなのに大丈夫か、そう言いたげな視線。

私たち二人しかいない練習室で、そんな気まずいものを独り占めしておくわけにもいかない……。

パチンと肩の辺りを張って、スイッチをいれるよう私自身に喝を入れる。

 

「じゃあ、準備しておいで」

 

それで多少は表情も元には戻っていたのだろう、頷いたおばあさまに促されるまま荷物置き用の机に向かう。

置いた鞄を弄り台本を取り出そうとして──ふと、指先が触れた。

確かに紙だ、でも、台本よりもずっとくしゃくしゃな……。

 

「ぁ……」

 

今回のライブで披露するはずだった、譜面。

『ここには注意!』『サビ前刻んで!』──全部、全部、私が書き込んできたものだ。

少しでもこの曲に慣れたくて、ニーナに強いたように、私自身も必死にやりたくて。

刻んだ、叩いた、鼓膜を叩くドラムの音。あのテンポ。

今だって思い返せる。すぐにでも、この爪先で刻める。

 

そこに練習してきた日々があったことは確かだった。

……だけれど、だとしても。そんなのが今更何になっただろう。

どれだけ練習したって曲を披露する時に、その場にいなければ意味がない。最初からいなかったのと変わりない。

 

それなら、さっさと未練は断ち切るべきだ。

手荷物と一緒に、譜面をカバンの奥へと押しやろうとした時だった。

 

──ぶちかましてみせてよ。

 

焼き付いた、私の瞳を突き刺した、そんな文字列。

取り出したスマホに一件の通知が届いていた。

そんなの本来は気にしている暇なんてなかったけれど。

 

「……ヒナちゃん」

 

それが、ヒナちゃんから届いたものだったから。

半ば飛びつくようにしてメッセージアプリを開く。

視界に飛び込むのは先ほどのメッセージと──一通の音声ファイル。

 

遠く、遠くへ、碧い風が吹き抜けた──そんな気がした。

音声ファイルを再生した瞬間に聞こえた歌声に、思わずスマホを取り落としてしまいそうになる。

 

「すばるちゃん、あんまり時間はないからね」

 

今のは一体……じんじんと芯まで火照ったような頭は浮かされたようで、ただ、今の曲を再生した瞬間の感触、耳に入れた音、その瞬間に全身を駆け抜けた熱の奔流。それだけが自覚できた。

むしろ、それ以外はまだ理解が追いついていないぐらいだ。

 

「……返事は大事だっていつも言っているでしょう?」

「お、おばあさま。失礼いたしました」

 

そんな私の思考を打ち切ったのは、背後からかかったおばあさまの声だった。

どうやら一度無視してしまっていたらしい、表情には見せないけれど口調がいつもよりも強い。

慌ててカバンから台本を取り出そうとしたその時に、もう一度だけ触れた。

奥に仕舞い込んだ、もう手放した、くしゃくしゃした感触に。

 

「──そんなにあの子の親権が欲しいの?」

 

──私にだって、あの子が必要なんだ!

以前、ヒナちゃんが発した言葉に返すため淡々と演技をする。熱量高い相手に対して、私を引き立てるためだ。以前に続いて、私は母親として親権を競う立場にあった。

高校生でこれをやるのか……という気持ちもありつつ、役の設定年齢が若いこともあり、できるだけ若手がいいとのオーダーがあってのオーディション参加──色々と思うところはあるけれど。

役としては確かに目立つのだ。そのうえで、おばあさまは私たちの親という役。最も近しい立場で共演できるチャンスだった。

 

──すばるちゃんが演技を好きで、私は嬉しいわ。

 

だからこそ、この機会を逃すわけにはいかない。

そんなのはわかっている。幼い頃から何度も聞かされてきたんだ。あんなに忙しいおばあさまは、そのために私に寄り添ってくれていたんだ。

 

「そんなの今さらできるわけないじゃない──」

 

そうだ、できるわけがない。

おばあさまだって、いつまでも現役でいられるわけでもない。

お母さんが生まれた頃から、一緒に演技がしたいと思い続けてきて、だけれど、お母さんは叶えられなくて……そうして一代またいで、ようやく掴んだ可能性なんだ。

()()が、おばあさまの念願を叶えられるのだ。

 

「本当にわからないわよ。自分からこんな状況にしておいて……」

 

だというのに、何で頷けない?

真っ直ぐにそちらへ向かっていけない?

こんな状況を招いたのは私だ。おばあさまがずっと欲しがっていた私との共演。

それを妨げるように、バンドに手を伸ばしてしまった。

 

「それ、なのに……どうしてあなたは、誠実になれないの?」

 

わけがわからない。私ならもっと上手くやれたはず、それが安和すばるだったはずだ。

だって、今までもそうやって生きてきたのに。

演じるのは得意だった、そのおかげでおばあさまの愛情を勝ち取れた。

確立した私像はみんなに好かれていた──誰からも嫌われなかった。

 

「……馬鹿みたいに、必死なの?」

 

だけれど、ああ。そういえば。

たった一人だけ真っ向から嫌ってきた子がいたっけ。

取り繕うことなんて知らなくて、すっごく生き方が下手くそで、何なら学校を中退してバンドでも角が立つことばっかりで──それなのに、馬鹿みたいに必死なのに、馬鹿にはできない子。

 

「……すばるちゃん。まだ()()には早いんじゃないかしら?」

 

ふと、おばあさまにかけられた声で気づく。

頬を伝うものがあったこと、目尻が熱かったこと、愛想笑いしてみせようって半開きにした口の中がしょっぱい。

”女優・安和天童”の代名詞で、私の特技でもあって、それなのに──。

 

「……あれ? なん、でっ」

 

──知らない。

私はこんな涙を知らない、流そうと思った覚えもない。大体おばあさまが言う通り、まだ早い。

こんなんじゃ失敗だ。演技プランも崩壊する。止まれ、止まってくれ……。

 

「っ、あぁっ」

 

どんなに泣いたところで決しておばあさまには敵わない。

大女優・安和天童に、生まれて十数年の私が勝てるはずもない。

だからこそ、おばあさまにとっては当たり前、私の涙なんて些細なもの。

普段通りにあしらわれたっていいはずだ。

 

「……すばるちゃん。あなた、本当に──」

 

……こんなの、認めるしかないじゃんか。

おばあさまがそう漏らすのなら、まじまじと私を見つめてくるのなら。

誰よりも涙を流してきていて、誰よりもその本質を知っているおばあさま。

そんな人が認めてしまったなら──あとは、私だけ。

 

どうだった? 私にとってのバンドは……過ごしてきた日々は。

嫌なことなら確かにあった。それこそ、ニーナが上手く行っていない新曲をやると言った時だ。

あの時、どうして私は叫びだした? それこそバンド内で不和になってまで……下手くそな私になってまで──。

 

『……あのさ! 成功させたいのが仁菜ちゃんだけだと思ってる!?』

──あれは、怒りだ。

成功させたいって気持ちが暴走しすぎて周りが見えなくなって、私の必死さにもニーナが気づいてくれなかったから、だから、あんなに頭がカッと熱くなって溢れる言葉を止められなかった。

 

『だからさ、それぐらい必死だ、この子は本気なんだって。ね、ニーナ!』

──だけれど、喜んだ。

散々仲違いして、ライブ当日まで互いに不和が続いていたのに、いざとなったら放っておけなくて……必死だった私のリカバリーに、ニーナは答えてくれた。

人に変なあだ名を付けて笑う……だなんて失礼なことをした夜だった。

 

『……あのさ。私、今まで嘘ばっかりで生きてきた』

──そして続く、哀しみ。

ニーナたちと仲違いしてから今この瞬間まで、途切れることはなかった。

胸の奥がキシキシ傷んで、バンドの思い出に触れる度にささくれだった角が私の指を突き刺す。

あの譜面に触れた時に感じたものだ。

 

「──おばあさまっ、聞いてください」

 

おばあさまは演技に全ての感情を込めていた。

だからこそ、大女優として大成した。その座を誰にも譲らずに生きてきた。

だとしたら、私にとってのそれはなんだ。

 

『私にとっても他人事じゃない! ミネさんと、仁菜ちゃんと、ヒナちゃんと──私だって頑張ったんだ! ()()が好きになりたいんだ!』

──あの時、答えは出ていたんだ。確かに、あったはずなんだ。

 

「私には……バンドがっ、必要です!」

 

私にとっての──怒りも、喜びも、哀しさも──全部、ぶち込めるものが。

 

「実は私、以前からバンド活動をしていました──」

 

テレビで見たドラムの刻むテンポに身を揺らしていた幼少期のあの日。

初めてドラムスティックを握った中学の軽音部、そうして刻み始めた日々の延長線上で、ニーナと喧嘩して、ヒナちゃんに慰められて、ミネさんが見守ってくれていた。

ここまであったこと全てをおばあさまに説明していく。

 

「そして、今日の夜にライブがあるんです。オーディションとは時間が被っていて──」

 

ここで言い切ってしまえば、私は演技ではなくバンドを選ぶことになる。

長い間作り上げてきたおばあさまからの信頼を、長い間紡がれてきたおばあさまの夢を、私は蔑ろにしてしまうかもしれない。そう思えばこそ、足は竦む。怖さだって確かにある。

 

──嫌われたって構わないって 勇気も出ないくせに 繰り返す毎日の中で光探してた

 

けれど、先ほどヒナちゃんから送られてきたニーナの歌声。新曲の一節は私のことを歌っていた。

嫌われる勇気が出ないまま、日々もがき続けていた。何とか自分らしくあれる方法を探し続けていた。

 

──もういっそ、その青で僕を殺してよ

 

それでも、そのままじゃダメだというのなら、いっそのこと踏み出せない私は殺してしまえ。

踏ん切りをつけろ、変えてみせろ──だって、ニーナならそうした。

ヒナちゃんが背中を押してくれて、ようやくその気持ち認められたんだ。

 

ニーナに憧れていたこと。

その本気に、不器用さに、真っ直ぐさに──そう生きたいと思ったことを。

 

「──それでも、私は”好き”だと思えたこれを諦めたくない。だから、おばあさま。今まで嘘をついてきたことは心から……ごめんなさい」

 

演技をする者としての礼儀は、おばあさまが教えてくれたことはこの身に刻まれていた。

体を折り曲げる所作に乱れはない。ここまで私を見つめてくれていたこと、目をかけてくれていたこと、感謝することはいくらでもあったから。申し訳ないと思う気持ちに嘘はなかったから。

 

「……孫として、ワガママを言わせてください。私は──ライブに出たい」

 

正直、どんな反応をされるかが怖くて顔を上げられないまま、刻々と時間だけが過ぎていく。

いつまでそうしていただろうか。嘆息だけが聞こえて。

 

「どうか、顔を上げて」

 

言われるままに顔を上げた先にあった顔は、そこにいたおばあさまは苦笑をしていた。

一本取られたような、それでいて、長年の企みを砕かれてしまったような……仕方ないな、といった顔。

 

「私の……野望だったんだけどね。すばるちゃんとの、共演は。押し付けかもしれないけれど、私はこの夢に懸けてた。けれど、ね」

 

だけれど、どこか茶目っ気がある。おばあさまのそんな顔を見たのは初めてだったかもしれない。

 

「結局は、私が今まで押し付けてきたのもワガママ。すばるちゃんが今口にしているのもワガママ。……結局、似たもの同士なのは確かだったってことだね」

 

きっと、こんな、誰かの夢を捻じ曲げてしまうぐらいのワガママなんて認められない方が自然だ。

触れた小指を惜しむように絡めてみせて、解くのすらも惜しむように震えている。

 

「……それなら、叶えてあげなきゃ不平等でしょう?」

 

それでも、おばあさまは私に向かって薄く微笑んでみせた。

申し訳なさはこみ上げる、その顔を前にしていると後ろ髪を引かれるような気持ちにだってなる。

 

「……今まで、ありがとうございました。ずっと、私を気にかけてくれて」

 

だとしても、これは確かに私自身で決めたこと。

ワガママを口にしたなら、言い通す義理が私にはあるから。

 

「行って、きます」

 

一息に背を向けて、駆け出した。

強張る足を前へと進ませて、振り返るのはやめにして。

 

◇ ◇ ◇

 

「……ニーナ?」

 

電車から降りた時、ふとそこに見覚えのある顔があった気がして立ち止まる。

 

「すばるちゃん!?」

 

そんな既視感に間違いはなかった。

駅のホームに、ニーナとヒナちゃんの二人がいた。

 

「どうして……もうライブの準備を始めてないといけないんじゃ……」

「や、仁菜がずっと気になるってうるさくて」

「そんなすごい気になってたってわけでも……!」

 

ヒナちゃんが茶々を入れて、ニーナが恥ずかしがりながら否定する。

何だか久しぶりに見るような、普段通りの光景。それに思わずぷっと吹き出してしまう。

けれど、そんな私とは裏腹、ニーナは真面目くさったような顔をして私の方を見つめてきた。

 

「……ううん、やっぱり、すっごい気になってた! 言い過ぎたかな、もしかしたら辞めちゃうかなって……すごい、不安でっ」

 

結局、強がることすらできやしない。

どこまでも正直に、ニーナは自分の感情を吐露してくれる。

そんな彼女を見ていたら、自分の事情を隠して上手いこと生きていこうだなんて、それこそよっぽど馬鹿らしい。

 

「……私もごめん。ずっと黙ってて。家族とのことで色々あってさ」

 

だからこそ、もうこれ以上は口を結んではいられない。

ニーナに投げかけてみせる。

 

「よかったら、聞いてくれる?」

 

その一言が言えなかった。誰かに悩みを押し付けるのは気が引けた。

自分を晒して、嘘もつかずに生きていく──それで何が解決するんだって思っていたから。

それでも、今わかったんだ。

 

「もちろん。全部、聞くよ。それに私、隠し事は嫌いだから!」

 

頷いて、私の話を聞いてくれる誰かがいること。

同情してくれて、一緒に悩んでくれるニーナたちがいること。

そうすれば、こんなにも胸がすくんだって。

私は、恵まれていたんだって。

 

◇ ◇ ◇

 

「皆さん、こんばんは!」

 

ぱっとついた照明が眩しい。

眼下には多くの人がひしめいている。普段のライブとは違って、今日がダイダスさんの主催ライブだからということもあるのだろう。

そんな中だったとしても、ニーナもMCには慣れてきたらしい。今日の声は上ずってもいなければ、よく通るものだった。

 

「私たち、ここに来るまでに散々ぶつかり合って来ました。だけど、今日ここに立てたことも誇りにしたい。その痕を付けて欲しい──すばるちゃん!」

「えっ」

 

成長したな、うんうん──なんて。

腕組みしながら頷く。ドラマーとして冷静沈着でいることは大事だったけれど……急に呼ばれてしまったせいで上ずった声が出てしまう。

 

「──私たちに名前を付けてよ!」

 

思えば、私が加入してからこのバンド──『川崎アゼリア(仮)』には、ちゃんとした名前が決まっていなかった。曰く、初ライブのノリでその場で決めてしまった名前だったらしい。

確かにいつまでもカッコカリが付くのは格好がつかないし、というのもわかる。

 

だけれど、認められてよいのだろうか。

私が入って、このバンドが完成したと──そう言い切ってしまっていいのだろうか。

だって、一度は裏切ったようなものだ。黙りこくったままいなくなってしまったのだから。

そんな逡巡からか言葉が出なかった時、弦が弾かれた。

 

ギュイーン、と。仁菜ちゃんよりも少し早く始めたというその音は確かに安定している。

ヒナちゃんが私の方を見つめて、微笑んでいた。

 

『ライブだったら居場所が作れるようにフォローする。上手くいくように精一杯、協力するから』

 

あの日、マンションに来た時だってそうだ。

ついさっき、ニーナの歌声を送ってきてくれた時だってそうだ。

ニーナが私をけしかけて、ヒナちゃんが最後の一押しをしてくれる。

この二人のコンビネーションの前では、いつも私は引っ張られてばかり。

 

だったら、今日ぐらいは引っ張り返してやれ。

この先もこのバンドにいたいというのなら、それがきっと一番の証明になるはずだから。

 

「私たち──”どりーむがーる”です!」

 

ニーナの顔は不服そう、どうやら私が一泡吹かせてしまったらしい。

それでも、子供っぽいって言われようとも……幼い頃の私がバンドをするんだったらって、テレビを見ながら何となく考えた名前だ。

もしも何となくだった憧れが、いつしかこうして実を成すならば。

 

「付けろって言ったのはニーナでしょ! ほらほら、”どりーむがーる”、行くよー!」

 

それは演じずとも巻き起こせる、最高のドラマなのかもしれない。

 

「今さら存在価値を見出して ここから連れ出してくれるような──」

「──確信犯的な衝動を期待して目を閉じた」

 

仁菜ちゃんとヒナちゃんの声が重なる一瞬。

そして、沈んだ一瞬を狙って、幾度も幾度もドラムを刻む。

ドドドド、跳ね上がった音に乗じるようにして声を上げる二人。

 

「嫌われたって構わないって 勇気も出ないくせに 繰り返す毎日の中で光探してた」

 

一身に光を浴びて、汗を滴らせながらも必死に声を振り絞って。

そんな彼女たちが落とした影が重なる場所に私はいた。

 

「笑われたって構わないって どうせ足を掬われてしまうんだろう──」

 

いつまでも真っ暗で、どこに進めばいいのかもわからなくて──それでも。

その瞬間に、点滅したライトが私に注がれる。照らされた周囲の中で、くっきりと浮かんだものがあった。

 

「──もういっそ、その青で僕を殺してよ」

 

自分の手で選び取ったもの──ここで生きていく、私の未来だ。

 

◇ ◇ ◇

 

「少し、お手洗い行ってくるね」

 

控え室の外、がらんとした裏手にいてもなお先ほどの拍手がまだ耳に残っていた。

ミネさんが曲を作って、すばるちゃんがバンド名を決めて、仁菜も私も声を振り絞ったライブが終わった。今までにないぐらいの拍手を一身に浴びて。

もうこれ以上、今日私の心臓が高ぶることはないだろう──そう思っていたのだけど。

 

「あのさ、君、”どりーむがーる”のボーカルだよね?」

 

不意にぶつかりそうになった人影に声をかけられて、その顔を認めた時。

私の心臓は、不意に強く拍を刻んだ。それもいい意味と言うよりは、緊張というか。

その相手が、今回のライブを主催したダイダスのベース──ナナさんだったから。

 

「は、はい」

「名前、聞いてもいい?」

「えっと……ヒナって言います」

 

前世でも、今世でも彼女の顔は知っていた。

なにせ、桃香さんがいないダイダスのリーダーを務めていて……本来は、私の仲間になるべき人だったから。そう考えると、私がここにいることへの後ろめたさはあった。

だけれど、ここでは何の接点もない。

会釈をしてもなお、論点が見えなかったけれど。

不意にナナさんは、私の方にぐっと顔を寄せると言ってみせた。

 

 

「──ヒナちゃんさ、私たちと歌ってみない?」




次回から新章です。
アンケートももう少し続けますので、なにとぞ。

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