転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い 作:流星の民(恒南茜)
「……そんなことって、あるんですか」
──諦めちゃったんだ。モモカンをさ。
ナナさんの言葉を理解した瞬間に漏れた言葉は、自分でも驚くぐらい相手に噛みつくものだった。
曲がったことを許せない仁菜じゃあるまいし、こんな言葉じゃ失礼だというのはわかっている。
それでも、どうにも引き下がれない私がいた。
「あなたのことを知る人から聞きました。いつも、桃香さんにくっついてたって……それに」
──二度と、モモカンと歌えないんだって。それが一番、辛くて……。
まだ熊本にいた頃、私が仁菜を追いかける理由になったインタビュー。桃香さんが辞めてすぐのダイダスで、そう答えていたのは確かナナさんだったはずだ。
「……私だったら、諦められない気がしたんです」
あの時、もしも仁菜を追いかけなかったらどうなっていただろうか。
きっと、いつまでも彼女の机を見つめていた。帰ってくることがなくとも、メッセージを送るのはやめられなくて……結局、諦められなかっただろう。
その内に熊本を飛び出すことだってあったかもしれない。ダイダスのボーカルに……なんて、そんな世界もあったはずなのだから。
私は仁菜に相応しくないかもしれない──いつだって、そんな不安は消えないのだ。
だって、私はヒナじゃない。それでも、仁菜と一緒にいたい。
彼女の光がなければ上手く歩けないぐらい、盲目になってしまったから。
離れるのがこんなに不安なのに、諦めるだなんて到底考えられなかった。
「……そう、なんだ。でも、ヒナちゃんのそれはあくまでも主観でしかないでしょ?」
「そうですね……それに、失礼だと思います。それでも、思うんです。ナナさんのそれは──」
熱っぽい呼気が気道につかえていた。
私とナナさんは出会ってまだ二回だ。こんな言葉は失礼に決まっている。
それでも、信じたくなかった。
仁菜の手を引っ張った、私も焦がれたダイヤモンドダストが、こんな状態になっているだなんて。
もうバラバラで、失われてしまっているだなんて──自分勝手だけど、許せなかった。
「……強がり、なんじゃ」
しまったとは思ったけれど、今さら言葉を引っ込めることもできない。
しばらくの間しんと広がった静寂がチリチリと肌を焼くようで、どうにも声を出せない。
「知ったような口、聞かないでくれる?」
そんな中でナナさんは言葉を絞り出す。
本当にその通りだとは思う。私は一切ダイダスと無関係な身だ。
こんな風に噛みついたって厄介なファンに過ぎない……そんなことはわかりきっている。
「それでも……私たちは、ダイダスの曲に背を押されたからここまで来れたんです。『空の箱』が……私の心に熱をくれたんです……!」
頭上の青空、寝そべったコンクリート──繋げあったイヤホン。
それでも、そうやって過ごしてきた私たちの時間が絶たれてしまうのだとしたら。
私たちの背を押した「空の箱」ですらも、思い出の中に塗れて掻き消えてしまうのだとしたら……よっぽど、それは嫌だったから。
「人生揺さぶられて、背中押されて……
あの時、仁菜を失いたくないとモップを持って駆け出した私自身を。
運命に賭けた私自身を、肯定したかった。
「──私だって、当事者ですっ!」
暴論だ。あまりにも無茶苦茶が過ぎる。
仁菜の歌には、行動には……人の心を変えうるものがある。
それでも、私がすることはあくまでも口だけ。紛い物の熱でしかなかったのだろう。
「……みんながみんな、趣味でしかバンドをしていなくて、いつまでも仲良しこよしってわけじゃないんだよ」
だって、届かなかったから。
仁菜が別の世界で桃香さんを説得したのとは違って、私にはそんなことできなかったから。
「あなたたちはまだ若い、まだ青い。でも、あと数年した時に一緒にいるかなんて──そんな保証は誰にもできない。だって……どれだけ親友だったとしてもお互いに向いてる方向すらわからなくなるんだ……!」
触れようとして、跳ね除けられて。
私の力では掴みかかることすらできず、あっさりとナナさんに拒絶されてしまう。
何もかもが彼女の言うとおりだったから、これ以上ものを言えるわけがなかった。
仁菜と上京して数カ月の私と、数年間の活動と葛藤を経て別れたナナさん──見てきたものも経験も違いすぎる。
私が言うことでは戯言にしかならない。
「……とにかくさ。もう決まっていることだから。今日来てくれたことには感謝してるけど……この話は、ここまでにしようか」
少しばかり息を切らしながら、ナナさんはそうやって会話を打ち切ってしまう。
仁菜がよく私やすばるちゃんに言うような”大人らしさ”よりもずっと、割り切ったような口調。
きっと、ナナさんは大人だった。
やがてはその背が見えなくなってもなお、胸中で燻り続けるものがある。
私と仁菜は、このままよろしくやっていけるだろうか。
いつかは大人になってしまわないだろうか──と。
◇ ◇ ◇
「……ね、ねぇっ、あなた、さっきナナと話してたよね?」
ふと後ろからかけられた声に足を止める。
先ほどのやり取りを終えて帰路につく中で、まさかもう一度ナナさんの名前を聞くことになるとは思わなくて、思わず振り返った。
「もしかして、ダイダスの……アイ、さん……?」
「あ、知っててくれたんだ〜。って、この間のライブに出てくれてたんだし、それはそうだよね」
話しかけてきた女性──私は彼女を知っている。
クリーム色の長髪に高い背丈で私を見下ろしてくる反面、あどけない顔とのんびりとした声のギャップが凄まじい。ダイダスのアイさんと言えばもちろん知っていたし、あちらのヒナにしてみれば、彼女もまたバンド仲間の一人だったはずだ。
「……と、そちらはリンさん、ですよね?」
「そ。さっきのナナとのことで、話しておきたいことがあってさ。名前は?」
「ヒナ、です」
その隣には黒のロングに鋭い目つき、同じくダイダスのリンさんだ。
バンド界隈では有名な二人に話しかけられると、身じろぎしそうにもなってはしまうけれど。
それでも、先ほどのナナさんとのやり取りに関することならば聞かないわけにはいかなかった。
「……というか、見ていらしたんですね」
「最近のナナ、私たちにも何にも教えてくれないから、後を追っていたの。ナナがあなたにひどい言葉を言っていたこと……まずは、ごめんなさい」
「い、いえ……私の方こそ失礼だったというか……」
「……そうね。きっと、あなたがナナに言ってしまったことは……」
アイさんが言葉を詰まらせて、リンさんがその背を擦る。
代わりにリンさんが、私の方を見つめて口を開いた。
「……絶対に、ナナが触れて欲しくないことだったから。私たちにも触れさせたくないぐらいの傷跡だったんだと思う」
私を射抜くリンさんの視線はあまりにも鋭い。
近しい人の目線でも、やはり触れてはいけないことだったのだとしたら。
私が口にしたことは、よっぽどのワガママだったんだ。
「モモカンが辞めてしまったこと──その責任を、新リーダーとして負ったこと。……私たちが、ナナを大人にしちゃったんだ」
そんなワガママを言う私と、大人のナナさん。
だったらなおさら、お互いに想いが通じなかったのも当然だったんだと思う。
だって、ナナさんは私が抱くような激情を全部味わって……その上で全部捨てたのだろうから。
「だからね、私たちも早くナナと同じ景色を見られるようにならなくちゃ」
『行ったら私、仁菜の味方できんばい』
きっと、私が仁菜を見て早く大人になりなよって思うのと同じだ。
いじめを止めに行こうとする仁菜を見て、生き方が下手くそだ、なんて冷めた目で見ていたのと同じぐらい。
「……大人にならなきゃだよ」
ナナさんから見た私は、どうしようもないくらいに子供だったんだ。
ふっとリンさんが吐いた息はどこか自嘲げで、二人も同じことを考えていたのかもしれない。
「色々関係ない話までしちゃってごめんね。ただ、ナナも気が立っていたんだと思う。それだけは知っておいて欲しいな。デビューが潰れて、バイトばっかでさ。私たちにも気を遣ってたし」
「……はい」
「私たちの電話番号あげとくから、また何かあったら連絡して」
電話番号が書かれたメモ紙を渡して、まだ少し肩を跳ねさせながら俯くアイさんを伴いながらも、リンさんはその場を後にする。
それをポケットに押し込んで、私は駆け出した。
どうしようもなくて、溜め込んだ衝動のやり場がなくて。
地面を蹴り上げる足に、力を込めるたび軋む。夜の冷めた空気を吸った肺は、ミシミシと悲鳴を上げる。
「はぁ……はぁ……っ」
そうして、息が切れたら立ち止まるんだ。
体力の使い方すら考えられずに分別なく走ってしまう──どうにも、私は子供だった。
◇ ◇ ◇
ベッドに入ってもなお、悶々としたままで頭は冴えている。
さっきまでのナナさんたちとのやり取りが頭から離れなくて、目を閉じれば自分の姿が浮かんでしまう。感情に身を任せて言葉を吐いた私がどれだけ子供に見えていたんだろうって。
それと、もう一つ。
「……仁菜、もう少し音絞ってくれる? 寝れないんだけど」
「ヒナ!? まだ起きてたの……?」
隣でブルーライト全開で音楽を鳴らす仁菜のせいだった。
「……さっきからなにやってんの? それ」
「あ、えーっと……言わなきゃダメ?」
「うるさくしてるんだからバツとしてね」
「……そ、そっかぁ」
仁菜は不服そうに口元をもにょらせる。
普段の彼女らしからぬ恥ずかしげな様子がどこか気にかかった。
「……曲。曲作り、してた」
だからこそ、曲作りだなんて。
今までの仁菜は歌うこそあれど、曲作りどころかあまりポップ曲も聞かない子だった。
それこそ、「空の箱」にハマったのは仁菜にしてみれば変わったパターンだったというか。
「仁菜が……曲作り? また、どういう風の吹き回し?」
「べ、別に……気まぐれとかじゃないよ? ただ、その……勧めてくれたんだ」
どこか顔を赤らめながらも、見開かれた仁菜の瞳は今日も煌めいている。
その紅潮した頬は恥ずかしさだけでなく、高揚もはらんでいるように見えた。
「……桃香さんが。作ってみるといいって」
そうか。桃香さんなら、仁菜にそんな顔をさせてしまうんだ。
私にはできないぐらい、満ち足りた表情を。それこそ、曲作りなんて新しいことに挑戦させる動機すら与えてしまって。
だとすれば、ナナさんたちもそうだったのだろうか。
桃香さんに焼かれて、焦がされて、そうして音楽へと走っていった。
私で例えるなら、仁菜みたいな子なのだろうか。
「……ねぇ。桃香さんの代わりっていると思う?」
「なにそれ。いない、いるわけないよ。あの曲を作って、諦めるなって私の手を掴んでくれた人──私にとっては神様みたい」
「……はは、そっか」
思わず笑ってしまうぐらいに、大きな差があった。
桃香さんが神様だなんて、そう言い切られてしまうぐらいの光だとすれば、私は何なんだ。
その代わりになんてなれるわけがない──偽物の私に、何ができるんだ。
「仁菜は……ダイダスに桃香さん、戻ってきて欲しい?」
「戻ってきて欲しい。当然だよ、だって……私に『生きろ』って曲をくれた人たちなんだから」
即答だった。この上なく、一点の曇りもなく、仁菜は桃香さんとダイダスを望んでいる。
「もしも、それがダイダスのメジャーデビューを邪魔するとしても?」
「もちろん。私にとっては、あの四人のダイダスじゃなきゃ意味がないもん」
そして、私と同じぐらいに社会の事情なんて知ったことかと再びダイダスを望む子がいる。
私にとってのどうしようもない光が、そもそも大人にすらならないままなんだ。
「……仁菜は、子供ね」
「急になに!? 私のこと馬鹿にして……」
「ううん。なんか、嬉しいなって思っただけ」
それなら、やってやる。
私にしかできないこと。
桃香さんにはする必要すらないもの。
偽物で、所詮は代わりにすらなれない私にしかできないことが一つだけあるとすれば──。
スマホを取り出し、渡された電話番号を入力する。
宛先に設定して、私は一通のメールを送った。
『ダイダスのみなさんへ。一度だけ。私と、歌ってくれませんか』
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