転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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#23 「もしも君が泣くならば(青春謳歌Ver.)」

「ギター! あたしの! 頼むっ──!」

 

宙を舞うギターケースがあった。

黒いボディーが夕日を遮り、放物線を描く……ことなく。確かな質量をもって私に迫る。

 

「は? え、ちょっ」

 

口から漏れた声は自分でも驚くぐらいに間抜けなもので、しかし、ギターをキャッチ……もとい、私の胸元に飛び込んできた瞬間に衝撃のあまり呻いてしまう。

受け止めろと言われたものにしては、それはあまりにも重たかった。よろめき、ズシンとついた尻もち。それでも、思わずギターの状態が気になってしまったのは、ひとえに私が音楽をやっているせいだったのだろう。

 

「ナナちゃん! だ、大丈夫?」

「……だ、大丈夫……。それより──」

 

倒れた私を覗き込んでくるのはアイちゃん。入学して最初に出会った女の子だ。

つい先程、友だちになったばかりの私が一大事とあってか彼女は心配そうにしている。

というか、学校前のこのバス停に集まっていた全員が何事かとこちらを向いていたのだと思う。

 

「あなた、ギター弾くの?」

 

私一人を、除いて。

 

「ん? ああ、弾くよ。ありがとな。お前のおかげであたしのギターも助かったみたいだ」

 

興味があったのだ。旭川というこの場所で、こんなに小さな学校で、ただ一人。

もしかしたら、私と趣味の合う人がいるのかもしれない──。

走ったあまりに滑ってすっ転んで私の方にギターをぶん投げてきた馬鹿が──ピンクのポニテをぐしゃぐしゃにしている粗暴そうな彼女がそうならばと思ってしまったのだ。

 

「んで、そう聞いてくるってことは、お前も音楽やってるんだろ?」

「ベースなら弾いてるけど」

「へぇ、ベースか……」

 

どこか品定めするように、彼女の瞳が私の方を向く。

そうして口元を緩ませると、倒れた私に向かって手を伸ばした。

 

「ならさ、あたしとセッションしてくれないか」

「セッションって……それはまた、何で?」

「確かめるためだよ。お前が、あたしが作ろうとしてる軽音部に相応しいかって」

「なにそれ、オーディション代わりってこと?」

 

ただの軽音部員集めに、オーディション?

あまりにも彼女が言っていることは不釣り合いというか、プロ意識がやたら高すぎるというか。

とにかく、ちょっとばかし荒唐無稽に思えたから聞き返してしまう。

 

「ああ。メンバー集めはしっかりやらなきゃ。何せ、あたしの夢に乗ってもらうんだからさ」

 

その夢っていうのは、何なんだ。

この学校に存在しない軽音部を起こして、メンバーまで厳選して、そこまでして掴みたいもの。

純粋に興味があった。

この北海道で青春を送らなければいけない──東京の街でキラキラJKなんていうのとは程遠いものになるはずだった私の青春が、瞳の奥でチカチカと一際強い光を放った気がしたから。

 

「その夢って、なに?」

「お、気になる?」

 

その瞬きが、ぎゅっと強く私の心臓を引っ掴んだんだ。

 

「武道館! そのど真ん中で歌うこと! な、十分だろ?」

 

あんまりにもそれは大きかった。

高校生の、それも日本の隅に澄んでいる私と同年代の女の子がぶち上げるには。

けれど、自分でもわかってしまう。背筋を駆けたものがあること、首筋を伝うものがあること。

悪寒だ、震えるほどの熱情だ。

笑ってしまうぐらいに大きな野望が、胸の中でメキメキと大きく膨らんでいく。

 

「……いいよ。セッションしてあげる。でもさ、私も見定めるから。あなたがただの大口叩きか、そうじゃないか」

 

その時に漏れた言葉が自分でもあまりに強気だったことに驚く。

それでも、確かめられるだけじゃなくて、こちらも確かめたかったのだ。

彼女が私の見出した光に、届きうるか──要は、私の青春を賭けられるか。

 

「むしろそれぐらいでなきゃ。軽い気持ちで乗られても困るしな」

 

そうして目の前に現れた笑みを。

弧を描いた唇を、細められた瞳を、私はいつまでも忘れることはないだろう。

 

「合格だな。お前、名前は?」

「……ナナ。あなたは?」

「桃香。いいセッションだったよ、ナナ」

 

映した夕日を揺らめかせる、ギターとベース。互いに息を切らしながら向き合った空き教室。

今思えば、名字ではなくて名前を交換し合ったのは予感があったからなのかもしれない。

 

「桃香……じゃあさ、モモカン? 何かそっちのが可愛いというか」

「缶詰すぎるだろ……。もうちょいマシなあだ名にしてくれよ」

 

その時付けた”モモカン”というあだ名は気づけば、みんなが呼ぶようになっていた。

私たちはきっと親しくて、運命を共にするぐらいの存在になれる──そんな予感は確かだった。

 

──モモカン。

 

笑いながら、泣きながら、万感の想いを込めながら呼び続けてきたそのあだ名は、駆動し始めた青春の中で幾度となく、呼んで呼んで、呼び続けて──。

 

青春の終わりと共に、そのあだ名とはさよならしてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

「──ありがとうございました。またお越しくださいませ」

 

頭を下げると、腰がミシミシと悲鳴を上げる。

骨が削れるように、少しずつ、少しずつ、体の芯が使い込まれていっているのだろう。

けれど、体なんてどれだけ削れてもいい。ある言葉を口にした時の胸の痛みの方が、自分自身をすり減らす感覚の方がよっぽど酷いのだから。

 

──諦めちゃったんだ。モモカンをさ。

 

旭川から飛び出した日の私は、数年後にこんな言葉を口にしているだなんて──到底、想像できなかったはずだ。

だって、あの頃は絶対的な光があったから。

モモカンにさえついていけば、彼女の夢を追いかけていけば迷うことはないと知っていたから。

 

「お疲れ様でした」

 

バイト終わりにスマホを見てみると、何通もメッセージが届いている。

リンにアイ、二人の名前に一瞬緩む頬は、次の瞬間には強張ってしまう。

そこにもうモモカンの名前が続くことはない──どれだけ私がメッセージを送ったところで、既読すら付けてくれないのだから。

 

「……っ、今日までじゃん」

 

画面をスクロールして行き当たった一つの連絡先。

震える指を律して、私は発信ボタンを押した。

 

『……もしもし。ナナさんですか? ずっと連絡がないんで、こちらも焦っていましたよ』

「……いえ。それは、申し訳ございませんでした。それで、ボーカルの件なんですけど……」

『ああ、はい。どうでした? 主催ライブを開いてみて、気に入った子とかは──』

 

事務所の方の声に、パッと思い出す姿があった。ヒナちゃんだ。

その歌声を聞いた時、出来上がっていると思った。

伸びやかで自由、真っ直ぐに歌うもう一人のボーカルの子を律するように放たれた歌。

きっと、こういう子なのだと思った。

とびきり愛嬌があって、けれど、声には芯があって──華がある子だ、上手くやれるのは彼女みたいな子なのだと、そう思った。

だからこそ誘った。彼女ならモモカンとは違って、事務所の方針にも頷くだろうとそう思ったから。

良い意味で、従順だと思っていたのだ。

 

『ナナさんのそれは……強がり、なんじゃ』

 

……なのに、あんなことを言うなんて。

 

「……すみません。誰も、決まらなくて」

『今日までという約束でしたよね? それが過ぎたら、こちらで新ボーカルを付けると』

「……はい。存じております」

『これ以上デビューを先送りするわけにも行きませんから。どうぞ、ご決断さなってください』

「……はい」

『ご存知かとは思いますが、インディーズではなくメジャーバンドとしてのダイダスを、より多くの人に届けるためですから』

 

そんなの、私が一番わかっているに決まってる。

だというのに、誰もわかっちゃくれないんだ。モモカンも、ヒナちゃんも……リンやアイにはこんなこと背負わせすぎるわけにもいかないし。

モモカンについていくと決めた私が。一番近くでその輝きに焦がされた私が。

私こそが、一番()()でないといけないんだ。

せめて、残りのメンバーのみんなとはずっとバンドを続けられるように。

 

「うわ……」

 

電話を切った後、時計を見たら日頃乗っている電車は逃してしまっていた。

途中でバスを使うとなると……交通費は余分にかかってしまう。

数字を増やす今月の出費、一番目立つ所に置いた家計簿アプリを開く回数も最近は増えた。

まだデビューできていない以上、契約の問題でまだお金は貰えていないわけだから、その分は工面しなければいけないのだ。

 

とすると、次のバイトへ急がなければ。

イヤホンをねじ込み、駆け出しながら指先で適当に音楽を再生する。その瞬間だった。

 

『──やけに白いんだ』

 

鼓膜に触れたメロディーに、思わず止まる足。

イヤホンを引き抜いた瞬間のプツッと切れたノイズが、ひどく耳障りだった。

 

◆ ◆ ◆

 

「できたぞ! あたしたちの曲!」

 

アイにリン、互いにちゃん付けも取れて、一緒に過ごす時間も増えた軽音部仲間。

時折話し声が聞こえるほかは、ひたすらにそれぞれが鳴らす楽器音だけが響く部室の空気を思いっきり塗り替えてしまう。

飛び込んできたモモカンの姿に、私たちの視線は釘付けだった。

 

「曲って……前からずっと作ってたやつ?」

「ああ。あたしたちの一曲目、顔代わりになる曲だからな。どれだけ調整してもし足りなくてさ」

「だから、そんなにクマできてるわけ? モモカンってば、どんだけ寝てないの……?」

 

リンの指摘にポリポリと頬を掻くモモカンの顔は、確かにやつれていて。

それでも、爛々としたその瞳の輝きだけはどうにも潰れそうになかった。

 

「まあ、やってみようよ。モモカンも頑張ってくれたんだしさ」

「お、さすがナナ。あたしのこのウズウズ、わかってくれるんだな」

「当然でしょ。モモカンのやりたい!って気持ち、全身からビシビシ伝わってくるもん」

 

歯を剥き出しにしながら、こちらに向かって微笑みかけてくるモモカン。やっぱり、音楽を前にしている時が、彼女は一番生き生きとしている。

 

「よし、行くぞ!」

 

モモカンの宣言に頷いて、アイがドラムスティックを打ち付け拍を取る。

次の瞬間──揺れた。音が私を揺さぶって、体の芯に強く、強く、響いていく。

 

「──やけに白いんだ やたら長いんだ」

 

モモカンが弾いた一音目を聞いた瞬間に飛び込んできたものを言葉にするならば。

ああ、これが私たちの曲なんだ──って、そんな腑に落ちる感覚にも近かったのかもしれない。

 

「地図にはないはずの三叉路に今ぶつかっているのですが 何を頼りに進めばいいのでしょうか」

 

野球部の打音、吹奏楽部の演奏、窓の外ではいくつもの音が重なっている。

けれど、それすらも私たちが──この軽音部が上書いてしまえるぐらいに。モモカンの声が途切れた一瞬、頷きあう。

 

「教科書通りとはよく言ったもので 難しい言葉だらけ」

 

恐る恐るドラムを叩き始めるアイに、音のノリのよさに口元を緩めるリン。

見つめ合った瞳の形も表情も、みんながみんな違っていて。それなのに、音は重なっていく。

 

「──あなたならどうやって 先へと進みますか」

 

私たちは、共鳴していた。

この学校で出会った同士という共通点しか持たない、まだ仲良くなって日も浅い私たちが。

モモカンの音楽というただ一つの結び目をもって、この世に存在する何よりも深く繋がっていた。

 

「やけに白いんだ やたら長いんだ コタエはだいたいカタチばかりの常識だろう 指先が震えようとも」

 

絞り出されたモモカンの声が遠く伸びていく。

しなやかで、それでいてどこまでも行けるんじゃないかってぐらい、真っ直ぐで。

この声を持つモモカンだから、この歌がある。この演奏ができる私たちのための曲なんだ、これは。

 

「あたしは生涯 あたしであってそれだけだろう」

 

そうだ、きっと生涯。私たちはこのまんまだ。そんな予感が膨らんでいく。

五年後も、十年後も、シワシワのお婆ちゃんになるまで。このメンバーで、こうして音楽をやっているに違いない。

 

「これ以上 かき乱しても明日はない──」

 

ずっと、このメンバーがいい。

この演奏ができた、みんなとがいい。

 

「……『空の箱』って言うんだ。どうだった?」

 

演奏を終えて、汗だくになったモモカンが少し不安げに聞いてくる。

実際初披露なのだから、その気持ちは察することができたけれど。

 

「心配しないでよ、モモカン。この曲、最高だった!」

「ね〜、ピッタリで、叩いてて気持ちよくて……自分たちの曲って、こんな感じなんだ」

 

称賛するリンとアイを見ていたら、そんな心配なんて必要ないと思えた。

 

「モモカンは自信満々でいいんだよ! だって、リーダーでしょ?」

「え? あ、ああ。そうだよな。誰かと演奏する曲を作るのって初めてだったから……少し日和ってたけどさ」

 

モモカンの表情に自信が戻ってくる。ああ、その顔だ。

私を引き入れた時の不敵で無敵な笑み。その顔に、私は惹かれたんだ。

 

「でも、確信した! 私たちは、絶対にいいバンドになる!」

「いよっ! さすがモモカン!」

「うんうん。できるよ、私たちなら。その……武道館も!」

 

賛同する他のメンバーを見ていて、ふと私の中で芽生えた思いつき。

このバンドメンバーの結びつきをより強くするための儀式だ。

 

「そうだ、バンド名決めたくない?」

「へぇ、いいじゃん! いっせーので出し合うか」

 

みんな思い思いに考えてから、目配せをし合う。

 

「エリクサー!」「ダイヤモンドダスト!」「五稜蔵!」「らあめんず!」

 

先ほど演奏をしたおかげか、お揃いのテンポで繰り出されたアイデア。

 

「ダイヤモンド、ダスト……?」

 

モモカンが反芻したその名前は、私が出したアイデアだった。

 

「うん。細氷現象って授業で聞いて……ほら、あるでしょ? 朝、キラキラ〜って、小さい氷が舞ってるの。あれ、この辺だけらしくて」

「なるほどな。それ、良くないか? 何か旭川出身のバンドって感じでさ」

「確かに! ナナのやつ、良い感じじゃん!」

「そ、そうかな……? へへ……」

 

こうしてベタ褒めされると恥ずかしさが勝ってしまう。

さっきのモモカンもこんな感じだったのかなって、気恥ずかしさだ。

 

「よし、バンド名は『ダイヤモンドダスト』! でさ、活動方針なんだけど。飛躍のために、目標は必要だ。それがあたしにとっての武道館なんだけどさ。でも、何よりも、それ以上に。あたしが大事にしたいことが一つあるんだ」

 

モモカンが天高く掲げた人差し指。

もしかしたら武道館を過程にしてまでも彼女が叶えたいことがあるとしたら。

 

「さっき、一緒に音楽をしていて感じた。あたしが作った『空の箱』が、手を離れていって、あたし()()のものになっていく瞬間を。それはみんながあたしと通じ合ってくれたからだと思う。だからさ──」

 

先ほどのセッションで感じたものがある。

それに続く言葉は、私にはもうわかっていた。

 

「……ずっと、このメンバーでバンドをし続けよう、ってこと?」

「ああ。ナナはわかってくれるんだな」

「私もおんなじこと、考えてたから」

 

嬉しかった。モモカンが自分と同じことを考えてくれていたのが。

けれど、それ以上にみんなが向けてくる瞳が本気だったから。きっと、同じことをみんなが思っていた。

曲を演奏し終えた後の火照りが、熱情になって私たちの間を駆け巡る。

 

「そうだ。ずっと──それこそ、おばあちゃんになるまでこのメンバーがいい。このまま、バンドをし続けたい。……みんな、ついてきてくれるか?」

 

その時、真っ先に拳を突き上げたのが誰かは、今でも覚えている。

 

「モモカンっ! やろう──!」

 

──私だ。

 

窓の外の青空も、私たち四人でギチギチだった空き教室も、喧騒に混ざって響いていた音色も、瞼を開けたときには全部かき消えていた。

 

「……夢、か」

 

そこにあったのは黒ずんだ天井だけ。

ベッドの上で身を横たえれば、目尻を滴ったものがしょっぱい。乾ききった痕が顔に張り付いていた。

 

失ってしまったものは一つに過ぎない。

ただ、モモカンの存在。それだけなのに、それは私にとっての全てだった。このバンドにとっての、全てだった。

だからこそ、それを失った今となっては残りカスみたいなものかもしれなくて。

けれど、私にまだ残っているものがあるとすれば。

 

「……ダイダスだけは、守らなきゃ」

 

メジャーデビューという形でいい。音楽性が守れなくても守るべきものが、もっと根源的なものがまだある。

それが、ダイダスに名前を与えた私の責務だ。

 

「おばあちゃんになるまで、このメンバーで……」

 

もう一度寝返りを打った時、しゅるりとシーツが巻き付く。

きゅっと締め付けられる体は、きっとまだ捕らえられていた。

 

今日は練習もバイトもあるのに、最悪な気分だ。

なのに、スマホの通知音。そこに映っている文面を見て、私の憂鬱さは加速した。

 

◇ ◇ ◇

 

「……どうして、ここに来たわけ? ねぇ、ヒナちゃん」

 

今日のバンド練習にヒナちゃんが来たいと言っている──。

朝、スマホに来たメッセージを見たときにはまだ疑いの方が強かったけれど、いざスタジオに来てみると確かに彼女はいた。

 

「メールにも書かせてもらいました。ダイダスの皆さんと、一度だけ歌いたいって」

「どうして? あなたは断ったでしょ。ダイダスには入らないって」

「それとこれとは違います。ただ……諦めたくないんです。桃香さんを」

「……は? あなたが?」

 

目の前の少女がどうしてそんなことを言うのか。どの立場でそんなことを言っているのか。

失ったのは私だ。あの日のバス停でモモカンに選ばれたのは私だ。

 

『……この音楽性じゃ続けてられない。アイドルなんて、馬鹿げてるよ』

 

新生ダイダスとして初のアイドル曲を披露した後のモモカンに吐き捨てられた言葉だ。

彼女が机の上に畳まれたアイドル衣装に手を伸ばした時、私たちは止めた。止めてしまった。

この方向性で続けなければ、レーベルで生き残れない。武道館なんて夢のまた夢、一生叶わないから。

資金繰りをしなければ、バンドをずっとは続けられないから。

 

けれど、止めた私たちだって嫌に決まっていた。

モモカンの歌はこんなものじゃない。それを一番知っているのは、私たちだ。

 

「……前も聞いたけど、ヒナちゃんは何なの? 散々聞いたよ、ダイダスに思っていることがあるっていうのは……ヒナちゃん自身も当事者だってことは……」

 

──私だって、当事者ですっ!

 

この間ヒナちゃんは、私の前でそう言ってみせた。

だけれど、そんなわけがない。隣でモモカンを見つめてきた私が。

モモカンがバンドを辞めるのをやめられなかった私たちとそれを端から見つめていた彼女が同じなわけがない。

 

「でも、あなたは違う! 何も見てない、モモカンの悩みも、私の悩みも何一つも知らない! そんなの……ただのワガママだ!」

 

リンやアイが心配そうに私を見つめるけれど、湧き上がる言葉を抑えることはできなかった。

肩で息をしながら、ヒナちゃんを睨みつける。さっきから黙りこくって、何か言ったらどうなんだ。

 

「……そうですね。あなたは前に言いました。私にまだ若い、まだ青いって──」

「言ったよ。だから何? 本当のことでしょ!?」

 

正論を言ったまでだ。ここまで人を困らせながら食い下がれる子なんだから。

それを若さや青さという言葉以外では表せない。

どこまでも無敵なのは、あの日の私も同じだったんだ。誰よりもわかっている。

 

「本当のことだから……言い返しに来たんです」

「言い返しに? 何を言って……」

「リンさんやアイさんからも聞きました。大人にならなきゃ続けられないって散々。あなたからも」

 

そうだ、それ以外に何がある?

一緒にいるためには、バンドを続けるためには認められる必要がある。

もちろん、何かをしながら続けることだってできるだろうけど、私たちには全力でこれに打ち込む以外の生き方が考えられなかったから。

だったら、これだけを手放さないために譲るべきものはあっただろう。

大人にならなきゃ、いけないはずだろう。

 

「でも、私はそんなの認めたくない。いつまでも仁菜と一緒にバンドをやっていたい。それこそ、しわくちゃのおばあちゃんになるまで──ずっと!」

 

その言葉に、思わず歯ぎしりをする。

今の私を縛り付ける言葉、もう叶いっこない夢だ。

 

「……認められないんです。大人になるって生き方が。だから、来ました。言い返しました」

「じゃあ……何? ただ癪だったってこと?」

「はい。私の生き方を、尊敬しているあなた方が否定したので」

「あなたは、どこまでもワガママだね?」

「……私以上にワガママな子を見てきましたから。じゃなきゃ、高校中退なんてしませんよ」

 

ああ、クソ。涙を滲ませながら私を睨みつけて……。しかも、声まで震えている。

やっぱり、ヒナちゃんはこういう強情なの慣れてないんだ。

それなのに、どうして誰かのためにって。ここまで強気に生きられるんだ。

 

「楽器を取ってください。そして、その目で見定めて。代わりがいるのか、このままでダイダスを続けられるのか」

 

──難しいからこそ、退路を絶たなきゃいけないんだよ!

あの日の私みたいに、誰かの輝きに焦がされているのか。

 

「……わかったよ。一回だけ付き合ってあげる。それが終わったら出ていって」

「ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げて、ヒナちゃんは楽器を取り出す。

私たちもそれぞれ定位置について──四人で向き合うなんて、いつぶりだろうか。

初めて演奏した時と同じ、アイがドラムスティックを鳴らした。

 

「やけに白いんだ やたら長いんだ」

 

やっぱりいい声だ──ヒナちゃんの声は間近で聞けばきくほどそう思える。

伸びやかな声はモモカンらしくて、仕草に華があるのもいい。

 

「教科書通りとはよく言ったもので難しい言葉だらけ 今日あの頃から少しも変わらない」

 

彼女と一緒ならば、ダイダスはまだまだ続けられる。

そう思ったから実際に声をかけた。一緒にやれると思った。

 

「この空欄を埋めれば解けますか いつの日か──」

 

みんなはいつもと同じだ。

アイはいつも通り楽しそうに激しくドラムを叩き、リンのメロディーは正確に道を引いてくれる。

私の指先だっていつもと変わらない、それどころか練習した分しなやかに動く。

だから、私たちは何も変わっていない。むしろ成長している。

 

「──あなたならどうやって先へと進みますか」

 

ヒナちゃんの音は正確だ。

私が以前モモカンらしいって言ったのを気にしてくれているのか、むしろ声音も寄せてくれている。それに違和感がないのはひとえに彼女が器用だからだろう。

 

「やけに白いんだ やたら長いんだ」

 

けれど──共鳴しない。

アイの拍とも、リンのメロディーとも僅かなズレがある。

当然だ。だって、モモカンと違って私たちと演奏するのは彼女が初めてなのだから。

仮にヒナちゃんじゃなかったとしても、私たちに一発で合わせるのは難しいだろう。

 

「コタエはだいたいカタチばかりの常識だろう 指先が震えようとも」

 

ヒナちゃんの声に震えはない。初めて歌った時にモモカンの声は震えていた。

だって、モモカンは私たちの前に全てを晒したから。

私たちがどう演奏するかを考えて、私たちに合う歌詞がどんなものかって考えながら書いてくれた曲だから。

その意図を全部、ヒナちゃんは知らないのだ。

 

「あたしは生涯 あたしであってそれだけだろう これ以上 かき乱しても明日はない──」

 

どこまでいっても、これは私たちの曲だった。

 

「ぜんっぜん、違うじゃんか……!」

 

演奏が終わった瞬間の余韻を待たずして、私の口からそんな言葉が漏れる。

全然違う。モモカンと同じぐらい、もしくはそれ以上の技術を持つボーカルはいくらだっている。

ヒナちゃんの技術が大きく劣っていたとは言わない。

 

それでも、私たちの()()に歌えるのは、モモカンだけだったんだ。

 

「モモカンっ、モモカン……っ!!」

 

この喉で、その名前を呼んだのはいつぶりだっただろうか。

一度、二度、呼ぶ度に世界が滲んでいく。熱いものが頬を伝っていく。

ぎゅっと締め付けられるような胸の痛みは、今までずっと気づかなかったものだった。

ずっとかけがえのない存在だと思っていたけれど、それ以上にモモカンは、そんな言葉では足りなかった。

 

私たちにとって音楽をやることが息を吸うのと同義だとするのならば。

モモカンなしじゃ、私は呼吸できそうにないみたいだ。

 

嗚咽はやまない。喉がジンジンとして、みんなが駆け寄ってくるのが滲んでいてもわかる。

背中を擦られてもそれでもなお、泣き止めなかった。

息をするために、泣き止みたくなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

『……ありがと、ヒナちゃん。私、モモカンなしじゃダメなんだ』

 

そう言ってくしゃくしゃになった顔を誤魔化すようにはにかんでみせたナナさん。

帰ってきてもなお、その顔は脳裏に焼き付いている。

ヒナとして、あまりにも失礼なことを言ったと思う。諦めが悪すぎたと思う。

挙句、とんでもなく無責任だけれど。仁菜から学んだことなのだから、私は美徳と捉えたい。

少なくとも、桃香さんとも仁菜を間に挟めば接触はできるはずだし。それぐらいはお手伝いできるから。

 

「ただいま……って」

 

けれど、そんな今日の反省は家のドアを開けた瞬間に途切れた。

 

「……仁菜? どうしたの……?」

 

部屋の電気は真っ暗。仁菜がリビングで蹲っている。

こちらを見つめる瞳に生気はない。やっとのことで発された言葉はうめき声にも近かった。

 

「……桃香さんが」

「桃香さんが……どうしたの?」

「いなく、なっちゃった」

 

全部がその瞬間に台無しになってしまったみたいに、立っている地面が歪んだ気がした。

ただ、それでも。仁菜が冷静じゃないのだ。私まで冷静さを欠いてしまえば何もできなくなる。

 

「……な、何があったか、聞かせてくれる? 落ち着いてからでいいから」

 

青ざめた顔で、こくり。仁菜は頷いた。

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