転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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#24 「1.0」

「なあ、仁菜。一緒にライブしないか?」

 

神様みたいな人が、私を目にかけてくれた。

それを意味するような言葉を桃香さんから受け取ったことが、事の発端だったのだと思う。

 

「……ライブ、ですか? 私と、桃香さんが……?」

「だからそう言ってるだろ。お前と、あたしがだよ。まあ、別にやりたくないならそれでも──」

「やりますっ!」

 

夜とは言えど、駅前だから人通り自体は多い。

大声を上げてしまったからか視線を注がれているのを感じるけれど、それでも、そんなのも気にならないぐらいの痺れがじんわりと全身に広がっていた。

 

「即答だな……。そんなにあたしとやりたかったのか?」

「当たり前ですよ! だって、桃香さんは『空の箱』作って、私をここまで連れてきてくれて……そんな人と演奏なんて……! 嬉しか〜!」

「そこまで好かれてたと思うと照れるけど……まあ、取り敢えず決まりだな。曲とかはどうする? あたしが用意してもいいけど、それじゃいつも通りでつまんないと思ってさ」

「そうですか……? 私は別に桃香さんの曲でも……」

「……ダイダスの曲は、全部あげちゃったからさ。あんまりやるものでもないっていうか」

「あげちゃった!? そんなことできるんですか!?」

 

作ったものは作った人のもの。

それは曲だってそうだと思っていた。だからこそ、桃香さんのものじゃない『空の箱』なんてちっとも想像ができなくて、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

そんな私を見て、呆れたように桃香さんは苦笑してみせた。

 

「できるの。それに、バンドもしてないあたしがこれ以上作るのも変な話だろ? とにかく、聞きたいんだ。瑞々しい青さで、どこまでも真っ直ぐ。仁菜の若さが爆発した音楽がさ」

「でも、桃香さんも若いとですよ? それに、青さだって負けてません! お肌もプルプルで、瑞々しいです!」

「……そういうお世辞はいいよ。あたしはもう青くない、年齢ほど若くもいられない」

「そういうものなんですか? でも……」

「『でも』じゃない。そういうもんだ」

 

「でも」って言って、すぐに会話を遮りたくなる。癖みたいなものだ。だって、桃香さんの言うことは私にはわからないことばかりで、そうなるわけがないって思ってしまうから。

あといくつか歳を取って、桃香さんと同じぐらいになったらこの癖も無くなるのだろうか。

ただ、何となくだけど桃香さんが私に曲作りをお願いした理由がわかった気がした。

 

「とにかく、アプリはあたしが紹介したのを使えばいいし、歌詞は出てきた言葉をそのまま綴ればいい。やろうと思えば案外できるもんだよ。だって、あたしにもできたんだ」

 

私が「でも」ばかり言うから。それだけ言いたいことがあるなら歌詞にでもしてみろ。

そう言いたげな挑戦的な笑みを、桃香さんは湛えていた。

 

「生き残りたいんだろ? それぐらいやってみなよ」

 

◇ ◇ ◇

 

「えっと……ドラムはもう少しバスバス言わせたくて……あ、でも、繊細なのも悪くないかな……? だったら、裏はキーボードの方が……」

「……仁菜。もう少し音絞ってくれる? 寝れないんだけど」

「ヒナ!? まだ起きてたの……?」

 

布団の中から漏れた光が照らしたヒナの顔は、えらく不機嫌そうなものだった。

それこそ熊本にいた頃、私が強引に買い食いに誘った時にもこんな顔をしていた。それなのに、何度かごねたら渋々ながらもついてきてくれるんだから、まさしく言葉と行動がバラバラというか、お人好しというか、ヒナはそういう子なのだ。

こちらに来た時から、彼女は私の面倒を見てばっかり。今だってそうだ。

 

「……仁菜は、子供ね」

「急になに!? 私のこと馬鹿にして……」

「ううん。なんか、嬉しいなって思っただけ」

 

悪いのは全面的に私なのに、軽くからかってから目を細めてみせる。

誰よりも大人ぶっていて、私とはちっとも違っていて。

 

「ヒナが大人ぶってるだけじゃん」

「そんなことないし……って、言いたいところだけど。案外、そうなのかもね」

「あっさり認めるなんてヒナらしくない……」

 

ほんの軽口のつもりで言ったつもりなのに、ヒナは神妙な顔をしていた。

 

「結局、何かのフリしてた方が生きやすいのよ。自分が何者かなんてわからないんだから。そういうのを見つけるよりも、私はこうだって言い聞かせた方がよくない?」

「……そうかな? 私は好きだよ。まっさらな自分を全部曝け出すの。汚いのも、綺麗なのもぶちまけて。みんなに()を見てもらう瞬間がさ」

 

そうだ、私を見て欲しい。

熊本にいた頃は散々なことだっていっぱいあったけど、それでも曲がりたくなかったから。

その延長線上で今もここに立てるなら──それは、堪らなく誇らしいんだ。

 

「そう思えるのは、仁菜が仁菜だからじゃないの?」

「なにそれ。当たり前だよ、私は私でしょ?」

「……結局、何もわかってないんじゃない」

 

呆れたような顔をしながらヒナは言ってみせる。

深く息を吸うと布団を被って、くぐもった声で。

 

「そう言い切れる仁菜が、特別だってこと」

 

その表情はとっくに見えなくなっていた。

ただ、ヒナが私のことを認めた──口を開けばイヤミばかりなあのヒナが……。

そう思うと何だか余計にくすぐったいのに、同時に落ち着かなさだってある。

あなたは特別だよって言われたって、私にはそんな風に思えない。けれど、少なくともヒナがそうやって言ってくれるのなら、私は自分の()()を信じてみたい。

 

パッと脳裏をよぎった曲のコンセプトをメモ帳アプリに打ち込んでいく。

『あなたはあなただよ』って、今ヒナから貰った嬉しさをそっくりお返しする曲──それができたら、堪らなく嬉しいに違いない。

 

屋上でイヤホンを分け合った日々を思えば、最初はしっとりと進めたかった。ゆったりとキーボードに尺を取ったイントロからAメロは青空を流れていく雲のように。

少しずつ入り込んでくるギターの旋律は駆け出した日のことだ。加速していく運命の中で私は放送室をジャックして、ヒナはモップを構えて私の世界を殴り壊した。ヒナに「バカ!」って怒鳴ったのも、逆に家の前で怒鳴られたのも、遠い過去みたいに懐古する。

 

『爪、立てて。私も──おんなじにしてよ』

 

そして、私たちはおんなじになったんだ。ギターを掻き鳴らして、思いっきり声を涸らしたんだ。

サビに到達した瞬間、そんな喜びが思いっきり爆ぜた。ぶつかり合う熱情、曝け出した自分。

これだ──デモを聞いた瞬間に目の前でパチパチと閃光が弾ける。

 

「できた!」

「……仁菜、うるさい」

「あ、ごめん……」

 

不満げなヒナの声にはっと我に返って顔を上げると、既に空は明るくなっていた。

上下がくっついてしまいそうなぐらい瞼が重い、軽い目眩は寝不足のせいだろう。

それでも、桃香さんと演奏する今日に向けて無事に曲が完成した。それだけで私にとっては十分だった。

 

改めてイヤホンを両耳に突っ込んで、出来上がったデモに視線を落とす。

音を表すブロックをなぞっていく度に流れていく旋律は我ながら良い出来だと思う。

これなら十分に私の想いも伝わるはず──と、そこでふと。

 

私は思い留まった。

 

◇ ◇ ◇

 

「へぇ、いいじゃん。演奏したら間違いなく化けると思う」

 

印刷した譜面を渡して桃香さんが漏らしてくれた感嘆の声を聞いて真っ先に芽を出したのは安堵……というよりかは、申し訳なさに他ならなかった。

 

「……ごめんなさい! できたことにはできたんですけど。その、演奏したくなくて……」

「ん、未完成だからとか? それは別に恥ずかしがることじゃないと思うけどな」

「そういうわけじゃないんです。ただ、約束します。いつかは桃香さんにも聞かせますから」

 

理由を口にしてしまったら、私の曲を聞きたいと言ってくれた桃香さんにあまりにも失礼な気がしたから、それは言い出せなくて。

ただ、私にできるのは約束だけだった。桃香さんが望んでくれたこの曲を、いつかは聞かせるという……いつになるかはわからないもの。ただ、絶対に守るっていう口約束も一緒に。

 

「……なるほどね。そういうことか」

 

そんな杜撰にも思えるものなのに、ひとり納得してくれた桃香さんには感謝してもしきれない。

背伸びしたものじゃない正真正銘の大人だからこそ、そんなことが言えてしまうのだろう。

やっぱり、桃香さんは大きい人だ。

 

「そういうことならわかったよ。その曲は大事にしておきな。まあ、あんまり気は進まないけど……今回は前に作った曲にしておくか」

「はいっ、お願いします……!」

「もちろん、仁菜は──弾けるよな?」

 

歯を剥き出しにして笑ってみせる桃香さん、そのピックが煌めいた。

次の瞬間に奏でられた旋律。あの屋上で、一つしかないイヤホンを分け合って聞いたメロディーが、すぐ目の前にあった。

ギターだけでも貧相にならないぐらい、桃香さんの音色は力強い。

負けじとピックを叩きつけ、張り上げた声が駅前のアスファルトにこだまする。

桃香さんは笑っていた。私の方に視線を寄越して、交わしあったメロディーに身を揺らしていた。

私の口元も緩んでいく、開いた喉が幾度もなぞったその旋律を吐き出していく。

憧れたその声、神様の声と私の声が重なっていく。

それが信じられなくて今にものぼせてしまいそうなぐらい!

 

ああ、この街に来てよかった。桃香さんと出会えてよかった。

足掻いて、駆け出してきた先で、私は()()を見つけられたんだ。

 

「川崎ってさ、馬鹿みたいな街だよな。あっちを見れば暴力と野次、道端を歩けば酔っぱらいかくたびれたサラリーマン。だけどさ……」

 

演奏を終えた後、街を一望できる駅のロータリーで桃香さんは手すりにもたれかかる。

帰宅ラッシュで人通りが多い中、誰も足を止めてはくれなかった。

初めてこの街に来た時と同じ、きっとこの街での音楽はそれぐらい隣り合ったものだから。

 

「みんな、必死なんだ。だから、あたしはこの街を嫌いになれないな」

「……そうですね。最初は東京って嘘じゃん!って思ってましたけど、出会った人たちはみんな悩んでて、だけど足掻いてて……自分も頑張らなきゃって思えて」

 

ミネさんも、すばるちゃんも、内側に抱えているものはきっとキッパリ割り切れない。

それでも、音楽に出会って、向き合って。みんながそれぞれ駆け出した。

折り合いなんかつけられないのに、必死に走り出して、その姿に背中を押されて私もがむしゃらに追いかけた。お互いに手を引っ張り合ってきて、だからこそ、思うのだ。

 

「──私の、大好きな人たちです」

「……そっか。それがわかってるなら、仁菜はここで生きていけると思うよ」

 

そういう場所だから、私も桃香さんもここに行き着いたのだと思う。

たった今演奏したばかりの『空の箱』。その必死さを口ずさめる同士なのだから、ここで交差するのは運命みたいなものだったのかもしれない。

 

「なあ、仁菜。一つだけさ、提案があるんだ」

「私にできることなら、何でもしますよ」

「それは……何というか、どうかな」

 

言い出したのは桃香さんなのに、口をぱくぱくと開いたり閉じたり。

言いづらそうにするその横顔だけは、失礼かもしれないけれど……何だか潤んだ瞳が子供っぽい。

 

「あたしとお前で、バンドをしてみないか」

 

それは思ってもみない提案だった。

憧れの桃香さんとバンドだなんて、あの頃の私が聞いたらもっとマシな妄想をしろと言うぐらい。

それだけ突飛なのに、桃香さんの瞳は真剣に私を捉える。

 

「……それは、私の今のバンドに桃香さんが加わる、ということですか?」

「……いや。できれば二人がいいかな。……色々あったしさ。それにほら、ミネさんとのこともあるから」

 

だとしたら、掛け持ちでも一応できることにはできる。

憧れの桃香さんと一緒にバンド活動ができるのだとしたら……それは、夢みたいな話だ。

そんなチャンスをみすみす手放したと知ったら、昔の私に平手打ちされるだろう。

 

「……ごめんなさい。思ってもみない話ですけど……」

 

けれど、どんな未来を想像しても答えは変わらなかった。

ヒナと、ミネさんと、すばるちゃんと。ようやく固まった私たちのバンド。

そこで、少しでも最高の演奏をするならば……散々私が口にしてきたことだ。

 

「さっきも言った通り、みんなが──このバンドが大好きなんです」

 

私自身が裏切れるわけがない。あそこが、私の居場所なのだから。

どれだけ桃香さんと共鳴した後でも、それだけは確かだった。

 

「……そりゃ、そうだよな。流石にこんなワガママがまかり通っていいわけがない。ごめんな」

 

いつも通り、桃香さんはカラッとした笑みを浮かべてみせる。

だけれど、声音までは弾みきらなくて。交わされた視線を逸らすように、彼女は俯いた。

 

「そうだ、仁菜。お前の住所でも教えてくれないか? よかったら、もう少し長い時間一緒に演奏したくてさ」

 

そこで途絶えてしまった会話を無理やり繋ぎ合わせるように、桃香さんがそう口にする。

よかった、()はあるんだ。ヒナは怒りそうだけど……それでも、それぐらいなら構わない。

 

「はい。それぐらいなら、もちろん。桃香さんと演奏できるのは嬉しいですし」

 

住所を書いた紙を渡して、その場を後にする。

人でごった返した駅中で、桃香さんはひらひらと手を振った。

 

「今日は電車なんですか?」

「ああ、ちょっと野暮用でな」

「それでは。演奏、楽しみにしてますね」

 

いつも通り、逆方向に向かっていく。

そうしてお開きにしようとした時だった。

 

「仁菜!」

 

桃香さんの叫び声が、私の耳を衝く。

振り向いたら、今度の桃香さんは大きく手を振っていた。

いつものサラッとしたお別れではなく、周りの目も気にしないぐらいに大きく。

 

「負けんなよ──!」

 

それが何のことを指しているのかまではわからなかったけれど。

桃香さんのそんなメッセージへのアンサーなんて決まっていた。

 

「もちろんです──っ!」

 

イヤホンの片方を、この耳に繋いだ日から。

 

◇ ◇ ◇

 

窓の外を見ると、降りしきった雨が絶え間なくガラスを伝って落ちていく。

用事があるからとヒナが早くに家を出ていったその日、私は一人でギターを弾いていた。

壁を貫通しないように、桃香さんと演奏する日のために。

だからこそ、宅配が来た時心底演奏を打ち切られて少し邪魔だなと思ったし。

堪らなく大きいお届け物を見て怪訝な顔もした。

 

「……は?」

 

桃香さんのギターだった。

ダンボール箱に収まっていたその青いボディー。

一瞬、来る日まで預かっていて欲しい……という意味なのかと思ったけれど。

 

『あたし、旭川に帰ることにしたからさ。そのギターは仁菜にあげるよ』

 

その瞬間に、私の世界は終わった。

そうして事は終わってしまった。

同封された手紙は紛れもない、桃香さんの筆跡だった。

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