転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い 作:流星の民(恒南茜)
「え……学校を辞めた……?」
「うん。やけん、ヒナには伝えとかなきゃって」
あまりにもあっけらかんと仁菜は口にする。
そもそもとして彼女の家庭は厳しい。今更家訓なんてものがあるぐらいだ。
当然、学校を辞めるだなんて言ったら散々もめた末に達した結果だろうに……。
「……それ、じゃあ……この後は……?」
「東京に行こうかなって考えてる。私、もううんざりしとるから!」
そう口にして舌を出す仁菜は、どこか憑き物が落ちたように見えた。
これ自体は確かに原作通りの結果だ。ここで仁菜は東京もとい川崎に行って、バンドを組むことになる──それは恐らくこの世界に私が転生してきてもなお、何も変わらなかったことから予定調和に近しいものだったろうに、それでも、私は面食らっていたと言っていい。
仁菜が内に秘めた凶暴性……それは前世で知っていたものではあったし、実際に彼女の頑固さは私だって熟知していた。何しろ勝てないとわかっていてもいじめを止めに行くような子だ。挙げ句放送室ジャック──一口で言うならロックなのが仁菜なのだ。
「……ほんなこつ、行くの?」
「うん。だって、もう決めた後やし」
だけれど、私の隣にいた仁菜は──そんな一面のみをもった
笑い、泣き、人並みにだって傷つくし、ショックを受ければ時に閉じこもり、そうしたら世話を焼いてやらなきゃいけない。それから、音楽が好きな女の子。普通の、女の子。
隣り合ってイヤホンを分け合って一緒に寝転んできた仁菜は──そんな子だったはずだ。
「もう少し……考えたりとか……」
「しても意味ない。私、知っとるけん。考えれば考えるほど頭がこんがらがって……迷って、結局どうすればいいのかわからなくなるんだって」
いつもは優柔不断、決めきれないことの方が多くて私が隣で指図をすることが多かったはずなのに。こういう時に限って、仁菜はキッパリと物事を決めてしまった。
「それで、ヒナはどうすると?」
そして、私がどれだけ答えを遠ざけようとしても無駄であることに違いはなかったのだろう。
「考えろ」とか、「本当に行くのか」とか、そんな言葉を全て踏み倒して「行く」と言い切って、最後に彼女が見据えたのは私の顔だったのだ。
「私……?」
「ヒナは言ってた。一緒にバンドするたいって、あのとき」
「……あ」
そういえば、流れに身を任せるに近い形でそんなことを口走ってしまったんだったか。
けれど、あんなものは一時の高ぶりに過ぎないもので──それに、お母さんにだってさっき、復学するまでの話をしたばかりで、だから……。
「……私は、復学するから」
「なして!?」
「……だって、ここで学校を辞めたら中卒で……親も心配して……そんなことするのは……ほら、親不孝者たいっ……!」
その「親不孝者」という言葉に弾かれるようにして、仁菜は目を見開いた。
「ヒナのバカっ!!」
これまでにないぐらい、仁菜の表情は歪められたもの。
その場に怒声が響き渡る。
「ヒナ! どうしたの!?」
直後にその声を聞きつけたのかお母さんの足音が聞こえてきた。
「これでも……何も思わんと?」
そんな中で、仁菜は逃げることすらせずにその場できっと私を睨みつけていた。
けれど、私はどう言葉を返せたろう。
──私は黙っとられん。
仁菜がいじめを止めに行こうとしたとき、その後を追いかけることができなかったように。
またもや彼女の前で、私は黙りこくってしまったのだ。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……仁菜ちゃんとどぎゃん喧嘩したと?」
迎えに来た父親に連れられて仁菜が帰っていった後で。
私はお母さんの言葉に答えることもせず、夕飯をもそもそと口に運んでいた。
「まあ、ヒナもショックやったんやろ? 後は部屋で休んでなさい」
──やけん、今のヒナはひどい顔をしとる。
「……知らん」
ドサリとベッドに倒れ込んで天井を見上げる。
視界の端には見慣れた調度品の数々──私の部屋だ。
あんなに色々なことがあったはずなのに、結局自分の部屋に戻ってくると安心してしまった。
この安心を捨ててまで、東京に行こうだなんて……やっぱり仁菜の感覚にはついていけない。
「はぁ……」
結局、全ては一過性に終わろうとしている。
今回の一件が終われば私は復学、仁菜は退学して地元から出ていく。
仁菜との折り合いがつかなくて憂鬱だなんてことは起こり得ない。
これから、ここで私が暮らしていく分には何の問題もないはずだった。
それなのに──胸に附したものをどうにも飲み込みきれない。復学さえすれば元通りだなんて……その事実が、中々飲み込みきれなかった。
どうしてかって……考えれば考えるほど、余計にこんがらがってくる。
それどころか、心拍が早まってきて、打たれてもいないのに顔が熱くなってきて……。
「ほんなこつ、イライラする……」
──何に?
漏れた言葉の答えすら見つからないのに、感情だけが昂っていく、そんな折だった。
軽く、スマホのバイブレーション音が鳴った。
『お母さんとの話し合いはどうなったんだ?』
お父さんからメッセージが届いていたのだ。
そう言えば、先程も既読を付けていただけだ。何かしらは当事者である私から返信しろということなのだろう。スマホを取り上げて、文字を入力しようとして──。
『【ダイヤモンドダスト】桃香、脱退宣言。解散秒読みか』
「えっ……」
タブに表示されたネットニュースが目に入った。
『ダイヤモンドダスト』と言えば、仁菜が気に入っていた曲──あの日、放送室をジャックしてまで彼女が流した曲『空の箱』を歌ったインディーズバンド。
そして、”桃香”というのは──その作詞をしたボーカル──バンドの中核的存在だった。
「嘘……」
急にどうしたというのか。
別にメンバー間の不和だなんて、そんな噂は上がっていなかったはず──じゃあ、一体……。
そこまで考えて、ふと行き当たった記憶があった。
記事をスライドさせていくと『ダイヤモンドダスト』の説明──やがて、メンバーのコメントに切り替わる。
──ももかんは……いえ、桃香とは……その、バンドの方針が合わなくなって……それで……。
そのコメントだって、困惑したような切れ切れとしたもの。
正確にその背景は描かれていないけれど、私は原作でその理由を知っていた。
『ダイヤモンドダスト』のアイドル売りだ。そして、それが合わなかった桃香さんが脱退した。
──メジャーデビューが保留になったことは……そりゃ残念ですけど……でも、そんなことよりも……。
そういう話なのだけれど……言葉にしてみれば簡単でも、ここに記されている言葉には当事者の声を孕んでいて。
──二度と、ももかんと歌えないんだって。それが一番、辛くて……。
「……あ」
その瞬間に膨れ上がった感情を何と呼ぼう。
イライラするだとか、さっきまで膨れ上がっていたもの……その延長線上には思えたけれど。
それを思い起こさせた相手──そして、その正体に私はようやく気がついた。
「ヒナ! こんな時間にどこに行くと!?」
「お母さんっ」
部屋を飛び出し、階段を駆け下りる……けれど。
リビングを突っ切って玄関に行こうとした私を妨げたのは……当然というべきか、お母さんだった。
「……それは……その……」
「そぎゃんウジウジすることと? やったら、ここから出しゃんばい!」
つまるところ、それが初めての反逆だったのかもしれない。
放送室ジャックの時とは違って、目的があった──ゆえある反逆。
お母さんから引き出されるようにして、喉奥に込められた言葉。それを思い切り、口にした。
「……私は、仁菜と一緒がいいっ!」
面食らったようにお母さんが数歩たじろぐ。
その隙を縫って、私は夜道へと飛び出した。
──イライラする……!
駆け出してもつれた脚を無理やり前に運ぶ。
冷えた夜風が肺にしみてジンジンと痛みを発していた。
「はぁっ……ゼェ……」
仁菜の家は知っていた。やたら大きい一軒家……その前に立って、私はチャイムを押す間すらなく、思い切り叫んだ。
「──仁菜っ!!」
喉奥が痛みを訴える。時間だって遅い。
それでも、先行して駆け出した感情を押さえつけることが──できなかったから。
「どうしたと? ヒナ……」
出てきた仁菜は私の形相を見て、最初は驚いたようだった。
けれど、私の視線がよっぽど真剣だったからか、すぐに引き締まった表情になる。
「仁菜──アンタは頑固で、いつも正義ぶってて……それでもっ!」
この感情の出どころを私は知っている。
ずっと私の隣にいたくせに、いじめに立ち向かって、勝手に正義ぶって消えていく仁菜が。
「最高にバカで……最ッ高にかっこいい
そんな彼女が、私を置き去りにすること。
そして、置き去りにされるのをよしとした私自身が一番──許せなかった。
「私も……東京に行くっ!」
夜空にこだましたそんな私の宣言。
それを聞いて、呆気にとられたようにしていた仁菜は……やがて笑みを零した。
「じゃあ、バンドでもやると?」
差し伸べられた手。
それを掴むようにして、約束は交わされる。
「……うん」
「もちろん、引っ張っていくのは私で」
「仁菜には無理たい。やるなら私しかなか」
そんな風に軽口を叩き合いながら。
繋ぎ止めた仁菜の存在を結んだ手に感じて。
それでも、最大の関門が残っていた。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「……もう一度言うてみて、ヒナ」
「私は……仁菜と東京に行く」
「そらなして?」
「仁菜と……離れ離れになりたくないから」
突然学校を辞めて東京に行くだなんて、実の娘が言いだしたらどうなるか。
もちろん、止めるに決まっている。お母さんはその点、予想通りというべきか帰ってきた私を食卓に座らせた。
「なして、そこまでして仁菜ちゃんと離れたくないと?」
私としては正直に伝えたつもりだったのに、それでも、お母さんには届ききらなくて。
怯む、その言葉の前で……規範の前では、伏せざるを得なくて。
「一つ一つ話してみい」
けれど、お母さんは会話をそこで止めようとはしなかった。
「仁菜は……いじめられてた子を助けた」
「うん。それで?」
「今度は仁菜がいじめられて……それでも、あん子は正しいことをしようとした」
「でも、退学するって言った」
「それでも……私は、仁菜を──本当に正しいと思った相手を信じたい」
まるで引き出されていくようだった。
それほどまでに、お母さんは私の話を聞いてくれていた。
「間違った場所で……甘んじてたくない」
「それが……本心か」
最後に、というように。
お母さんはもう一つ聞いてきた。
「本当に、それがヒナのやりたいことと?」
ここで答えたら、もう元の生活には戻れない……。
なんとなく、そんな予感があった。
少なくとも目立たないように生きる
もしも通ったら、リスクを背負って生きていくことになる。もしかしたら前世のように、最終的にはボロ雑巾のようになってしまうかもしれない。それでも──。
「……うん。これが私のやりたいこと」
はっきりと、そう断言できた。
だって、私の信じるただしいことは……ここにはなかったから。
長い間、沈黙が垂れ込める。お母さんはずっと考え込んでいたようだった。
けれど、最後は顔を上げると頷いてみせた。
「ヒナはずっといい子やった。だから、今回だけ……そのワガママを叶えたる」
「……え?」
「本当やけん、嘘ば吐かんたい」
困惑していた私、それでも頷いてくれるお母さん。
正直、信じきれないぐらいだったけれど……。
「……それ、本当と?」
「18歳……高校ば卒業する年齢までは仕送りもしたる。やけん、それまでに見てくること──正しいこと、正しくなかこと、たくさんね」
紛れもなくそれは本当で。
それが今世で初めて、私のワガママが認められた瞬間だった。
「ありがとう……お母さん」
◆ ◆ ◆
◆ ◆
◆
「ヒナ、荷物は大丈夫?」
「もう何回目の確認と? 十分たい」
二学期が終わるのを待って学校を退学。
そして、今日。ついに私の娘は──ヒナは東京に行く。
大きなキャリーケースを引っ張って、人生最初のワガママを叶えるために。
「それじゃあ、最後に言うことは?」
「……行ってきます」
決してケンカ別れではない。
ヒナが言い出したことを、私が叶えたから。結果として、彼女を茨の道に進めさせてしまったかもしれない。
だけれど、今から振り返るのだとすれば、あの日かかってきた電話。
ヒナが校内で暴れたのだという一報。
怒りと困惑の中にほんの少しだけ入り混じっていたものを私は覚えている。
それは、そう──。
「……ふふっ」
小さじ一杯程度の喜びに他ならなかった。
今まで私の顔色を見て生きてきたヒナが、ようやく自分の人生を生きようとしているんだって。
それも、強い意志で。
ドアを開けて、ヒナはキャリーケースを引っ張り出していく。
待っているのは仁菜ちゃん。
17歳、一月──東京で二人での生活が始まっていく。
それが彼女らの人生にとって正しいことか、間違っていることかは、わからないけれど。
「行ってらっしゃい」
せめて、ヒナがヒナらしく生きられるよう──幸あれ。