転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い 作:流星の民(恒南茜)
今月いっぱいは投稿が不定期になりますがご容赦ください。
「ぎゅ、牛丼の……」
「……仁菜、まだ言ってるの?」
カラン、と。溶け残った氷がグラスの中で音を立てる。
いきなり練習!というわけにもいかず、全員で移動したカフェはどうにも堅苦しかった。
私たちも上京してから随分経つ。今になって思えば、初日に来た時は何の気なしに立ち寄ったカフェもかなり値の張る場所であることがわかってしまって。
駅中で昼間から話し込む人たちの品のいいこと。どうにも場違いな気がしてならなかった。
「ルパです。改めてお見知りおきを」
「い、いえ。名前が覚えられていないわけではないと思うのでお構いなく」
茶髪に褐色肌、エスニックな雰囲気に違わず、優雅な笑みを湛えているのはルパさん。
そんな風に彼女は笑ってくれているからまだしも、仁菜の言っていることはかなり失礼だ。
「あんたね、いちいち失礼じゃない?」
「だってビックリするじゃん。私たち、あの店にはずっと前から行ってて……」
「だとしてもよ。というか、どうして私にはそんなタメで話すわけ?」
けれど、私が注意する前に指摘してくれる人がいた。
ルパさんより背丈は小さいけれど、その口から出るのは遥かに厳しい言葉。くるりとした灰色の髪と可愛げな見た目とは裏腹、ツンと尖ったその瞳にはやっぱり強気さを宿している。
海老塚智さん──
「だってさ、海老塚さんは何というか、智ちゃんって感じというか……やっぱり、智ちゃんって呼んでいい?」
「ダメ。そもそも、あんただって同い年ぐらいでしょ?」
「いいじゃん、可愛くて」
初めて会ったとは思えないぐらい、誰かに心を開く仁菜。
彼女は普段から警戒心バリバリだから、こんな風に馴れ馴れしく接しているのを見るのが初めてで、どうにも私は呆気にとられてしまっていた。
「だから、それが嫌っていうか……。あんたも、黙って見てないで止めてよね」
「ご、ごめんなさい。仁菜、智さんも嫌だって言ってるし……」
「でもさ、ヒナもこういう子好きでしょ? ヒラヒラで、お姫様みたいで〜」
「いや、私は……」
慌てて訂正しようとするけれど、智さんはジトっとした目でこちらを見つめてくる。
実際、ヒラヒラしたのもお姫様っぽいのもそんなに嫌いじゃない。……というか、昔はピンクとか好きだったし。
そのせいで思わずまじまじと智さんを見てしまって、余計に疑われてしまったようだった。
「早速打ち解けているみたいで良かった。ねぇ、ルパさん。これなら安心ですね」
「ええ。演奏面についてはわかりませんが、少なくとも相性はいいみたいです。智ちゃんが楽しそうにしているのも久しぶりですし」
「へ〜。確かに、ウザニーナのダル絡みにも対抗できてるみたいだし。お似合いっていうの?」
そんな私たちを尻目に、ミネさん、すばるちゃん、ルパさんは落ち着いた様子だ。
本当なら私もそっち側に行きたいのに……なんて思いつつ、仁菜からは目を離せない。
「ダルくないもん!」
「ダルいわよ!」
すばるちゃんを睨み返して、それからパッと互いに向き合う。仁菜と智さんは、確かにお似合いだった。
「こんなところで油売ってばかりで……あんた、本当にできるのよね?」
「できる……できるよ。だって私たち頑張ってきたもん! ね、ヒナ?」
だからこそ、この二人で戦っていてくれればいい……。
そう思っていた瞬間にまたもや飛び火して、思わず怯んでしまう。
「そ、それはそうだけど……仁菜は、自信満々すぎじゃ……」
「いいの! これぐらい言い切らなきゃ!」
そんな私たちを見つめながらも、「どうかしらね」と呟く智ちゃん。
初対面の割には馴れ馴れしくて、せからしすぎて。
ただその分、案外上手くいくのかもしれない──そんな予感があったことには違いないのだ。
◇ ◇ ◇
スタジオで飛び交った音像には、初めての音が混ざっていた。
ミネさんを押し潰すように力強いルパさんのベース、負けじと二人の音が激しさを増していく。
そして、何よりも。
智さんのキーボード、その繊細さが私たちの音の隙間に差し込まれる。
互いに音をぶつけ合う──なんて強引な練習だったけれど、なおさら相手の力を見せつけられたような気分だ。
だからこそ、少しでも喰らいついてやる。
音を抉ってやるように、弦にピックを突き刺して。
目の前で演奏する智さんの口の端から笑みを奪ってやろうと、私と仁菜もまた目を見合わせた──。
「さすが、私の見込んだ通りです」
練習後に微笑むルパさんの顔は満足気だった。
先ほどの笑顔が優雅なものだとすれば、今は開いた口からちらちらと歯が覗いている。
「見込んだ……って、ルパさんが私たちを対バン相手に選んでくれたんですか?」
「ええ。以前のダイダスさんとの対バンが気に入りまして。特に最後の空の箱、本当に……ゾクゾクします」
ぎゅっと身を抱いてこちらを見つめる瞳。
吊り上がったそのまなじりは獲物を前にした獣のよう。
笑っていて、楽しそうで。だけれど、その底知れなさにどこかゾッとする。
「ですから、本番では加減をしなくても大丈夫ですよ?」
その言葉に先ほどまで話していたすばるちゃんが僅かにたじろいで。
代わりにとでも言うように、前に出た仁菜がずいっとルパさんの方に顔を寄せる。
「当然です! 泣いたって加減なんてしてやりませんから!」
その瞬間にルパさんがチロリと舌を覗かせたのが私の見間違いでなければ。
きっと、この対バンは成功する──ダイダスとの対バンで感じたような高揚だ。
そのせいで、私がよっぽど浮かれた顔をしていたのかもしれない。
それを横目で見ていた智さんが鼻を鳴らした。フン、と。
◇ ◇ ◇
「ヒナちゃん。今、合わなかった」
ピタリと演奏が止まる。私を見つめるミネさんの瞳が僅かに細められていた。
「……すみません。ここのフレーズが少し難しくて」
「なるほどね。ちょっと見せてみてよ」
少し知名度が上がったからと言っても、飛躍的に演奏が上手くなるわけじゃない。
beni-shougaとの初顔合わせから数日、今日もまた合同練習だった。戦う相手に自分たちの姿を見せる以上、なおさらしっかりとしていなきゃいけなかったのにやってしまった。
ニコニコとこちらを見ているルパさん、口をへの字に曲げる智さん。黙ったままの二人はどう思っているのだろうか。
「ここ、仁菜ちゃんと一緒にやる部分だよね。仁菜ちゃんはどう思った?」
「えっと……多分、私が直前のフレーズで少しテンパっちゃったから。そのせいでヒナが合わなかったのかも……」
「そっか。じゃあ、ここは二人とも問題だね。一旦、別々で練習しようか」
そんなミネさんの判断とともに、あっさりバンドは二つに割れてしまう。
とはいえ、ミネさんの言うことなら大体が正しいのだ。私たちとはバンド歴も違えば、そもそも私たちに最初に音楽を教えてくれたのも彼女なのだから、そりゃ頭も上がらない。
「フラレてしまいましたね」
改めてチューニングから。ペグを回して一弦一弦、音を合わせていく。
だんまりで準備を始める私たち。そこにふらりと立ち寄って話しかけてきたのはルパさんだった。
「ええ。すみません、こんなところお見せしちゃって」
「いえ、大切なことだと思います。むしろ、私はますます安心しました」
「安心……ですか?」
「はい。あなたたちにとって音楽は遊びか、それとも──」
その先をルパさんは口にしない。多分、あえてだ。
私たちを相手に選んだのだから、『安心する』とまで言ってやったのだから。それに足る矜持を見せてみろ──相変わらず口元は緩んでいるけれど、目にまでそれは及んでいない。
開かれたまま、真っ直ぐに私たちを見据えていた。
ルパさんも智さんも、音楽シーンでは有名な二人だ。
だからこそ、彼女たちから見て今の私たちの活動はまだまだ途上。それこそ、遊びにだって見えてしまうのかも知れない……だけれど。
仁菜の方を見ると、彼女は確かに頷いた。
視線と視線が交わる。彼女の青い瞳が私を捉えて、きゅっと細められた。
当たり前だよね──湛えられていたのはそんな意思だ。
「──私たちは、本気です」
違いない。それが、私と仁菜にとっての音楽だ。
わざわざ言葉を交わすまでもない
「どうして、そう言い切れるんですか?」
「それ以外にないからです。私と仁菜が一緒にいるための、やり方が」
「……なるほど。私たちもある意味ではそうかもしれません。ねぇ、智ちゃん」
そう話を振られた智さんは、しかし、ふるふると首を横に振った。
フン、と。キーボードの上に指を置いて。私たちなんて意に関せずという風に。
「そんなの、不純よ」
だというのに、ぽつりと呟いた言葉。
それはきっと、明らかに私たちに向けられたものだった。
「さっきよりは少し良くなったかな。……ただ、まだ合わないね」
個人練習も終わり、再び合わせ。
とはいえ、ミネさんの反応は相変わらず芳しくない。
たった一フレーズ、サビに入ろうとする瞬間にやっぱりお互いズレてしまう。
ふっと、繋ごうとした手が指先からするりと離れていくみたいに、仁菜が先走るか、私が遅れるか、私たちの息がちっとも合っていないような気がするのだ。
「口を挟むようですが、私からも少しいいですか?」
「お、ルパさん。それならぜひ。聞かせてください」
ただ、ミネさんも幾つか言葉を選んでいるよう。
上手いこと確信に迫れずどうにもやきもきしていた時、ルパさんが手を上げた。
「まずは揺らぎの解釈でしょうか。仁菜さんはテンポに対してほんの少し急いている、ヒナさんは情感たっぷりに聞かせたい──きっと、二人の経験不足によるものだと思います」
情け容赦のない言葉。
淡々と、にこやかに。しかし、言うべきことを一切オブラートに包まないそれは、今の私たちが最も求めていたもののようにも思える。
もちろんグサッとは来るけれど、私たちが悪いのだから仕方がない。
「ねぇ、仁菜。今のわかった?」
「全部……かはわからないけど、大事なところは、多分。ミネさん、もう一回いいですか?」
弾き始めから、普段と違うテンポ感に指先が逸る。
仁菜の囁くような、ゆったりとした歌い出しから私に託され、けれど、互いにそのテンポ感が合わない。
いつもの早口さ、指が忙しない感覚とはちっとも違う。
もう少し行かなくていいのか、急がなくていいのか……段々と、すばるちゃんのドラムが聞こえなくなってくるのだ。
そうして自分の指先にだけ集中した瞬間に──。
「っ」
ズレる。
跳ね上がる音について行けず、仁菜の声が私よりも何歩か遠く高いから。
きっと、私たちはまだまだだった。
「……もしかして、バラード調は初めてですか?」
「そうですね。いつもは速い曲ばかりで……」
「なるほど。私が思ったことは先ほど言い切ったかなと。智ちゃんはどうですか?」
まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのだろうか。
黙って私たちのやり取りを見つめているだけだった智さんが、僅かに肩をピクリと震わせる。
「……何にもないわよ」
ぽつりと、押し出されるように漏れた一言。
何もないなら仕方がない……なんて。だけれど、私たちもそんな風に楽観的には捉えられない。
きっと、一番そんな風に考えていたのが仁菜だったのだ。
「何にもないわけないでしょ? ルパさんからもあんなに指摘が出たんだし」
「私が言いたいことは全部ルパが言ったわ。だから……」
「ううん。でも、智ちゃんの目は揺れてるよ。お願い、言い残したことがあるんだったら教えて」
「何よ、あんた……どうして、そんなに……」
「私は、音楽に正直でいたい。ヒナとだって、約束したから」
そうだよね、とでも言うように仁菜の瞳が私を捉える。
あの日、桃香さんに勝つんだって決めた夜。確かに私たちは約束をした。
もっと上手くならなきゃ。そのために──今は、智さんが必要だ。
「私からも、お願いします」
智さんを真っ直ぐに見つめ、頭を下げる。
それでもまだ、智さんは逡巡しているようで、その唇から言葉が放たれることはない。
「ねぇ、智ちゃん」
けれど、その瞬間にルパさんが微笑みかけた。
ハァ、と。今までのフン、という鼻息とは違う、深いため息。
ようやく観念したように智さんは口を開いた──。
「──私が言いたいのは、もっと根本的なところよ」
後から振り返るならば、私たちは後悔していない。
ただ、それは結果論でしかないのだ。
少なくとも、その瞬間の私たちにとって、あまりにもそれは劇薬すぎた。
「今のあんたたちとは、一緒に対バンしたくない」