転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い 作:流星の民(恒南茜)
しん、と。静まり返ったスタジオ。
先ほどまで活発に鳴り響いていた演奏、その残響すらもかき消してしまう言葉だった。
──今のあんたたちとは、一緒に対バンしたくない。
心臓がきゅっと縮んでしまいそうなぐらいの冷淡さ。
何か言い返すよりも先に、あまりにも真っ向から突きつけられたその言葉のせいですっかり私は身動きが取れなくなっていた、けれど。
「……どうして。どうして、そんなこと言うの!?」
真っ先に声を上げたのは仁菜だった。
激情をちっとも隠しやしないまま、瞳は吊り上がっている。
『行ったら私、仁菜の味方できんばい』
私も以前、仁菜にそんな顔をさせたことがあるから。それだけ強い言葉を使ってしまったから。
だから、わかってしまう。仁菜は怒っている。それだけ煮えきらないでいるって。
「単純なことよ。あんたたちのさっきの演奏、全然ダメだった」
「……っ、でも!」
「でも、じゃなくて。本当に自分たちでもわかっていないの?」
私たちだってわかっている。
あんなにルパさんから指摘が出て、意識したとしてもまだまだ届かない。
声が重ならず、ズレた瞬間。取ろうとした手が指先からするりと零れてしまった瞬間の噛み合わなさ、気持ち悪さ、なんて。きっと、私たちが一番わかっているはずだった。
だからこそ、わかっていないと答えるのはなおさら屈辱だ。
それも相手がその辺の有象無象だったらまだしも、私たちよりも遥かに知名度を誇るbeni-shougaの智さん。セッションをしたら相手の実力がわかる──それぐらいには、私たちだって音楽を頑張ってきたはずだったから。
ギリリと仁菜の歯噛み、私たちに返せる言葉なんてなかった。
「
だとしたら、これで終わる。
力で負けたのは確かだ。だけれど昨日セッションをした時の高揚があった。
何よりも──ここで勝たなければ、桃香さんに勝てるはずがない。
仁菜との約束は、守らないといけない。
「……あの! もう一度だけチャンスをくれませんか!?」
「チャンス、ですか?」
その言葉に食いついてきたのはルパさんだった。
智さんの雰囲気に比べれば幾分か話しやすそうに見せかけて、一番頑固な人だ。
彼女を説き伏せることが簡単じゃないのはわかっているけれど、ここで退くわけにはいかない。
「今日を含めて三回──あと二回、合同練習はやるって話でしたよね? だったら、その二回で見極めてくれませんか……っ!?」
「あなたたちの実力を──ということでしょうか」
ルパさんは相変わらず薄く微笑んだままだ。
だからこそ、その言葉の裏にある意図はちっとも読めない。
「元はといえば、私たちから持ちかけた話ですしね。こちらこそ、このままでは申し訳ありませんもの。それでいいですか? 智ちゃん」
けれど、少なくとも今回は。
どうやら、私たちに有利に行くように計らってくれたみたいだった。
思い返してもみれば、この対バンはルパさんからの提案だと言っていたから、精一杯私たちをフォローしてくれていたのだと思う。
「……ルパがそう言うのなら、それでいいわ。ただ、ね」
その瞬間にきゅっと引き絞られた瞳。
猫のように鋭く尖ったその瞳孔にゾクリと悪寒が走る。
「馴れ合いなら、私は御免よ」
その可愛らしい見た目とは裏腹、首筋には常に鋭利な冷たさが触れる。
私たちを突き刺そうとする鋭さが、智さんにはあったのだ。
◇ ◇ ◇
「……今の、どうだった!?」
「うーん。何というか、分かれちゃってた気がする。私たち、二つに」
──その曲、二人でやりきってみなさいよ。
どうにも二人で息ぴったりにはなりやしない。
智さんから突きつけられた条件を果たすために直すべきは私たちだ。
すばるちゃんとミネさん、経験者二人の足を引っ張ってしまわないように、私たちもせめて同じレベルに持っていく必要がある。
アンプからは切り離して、二人で上から布団を被る。
冷房をガンガンにかけてしまうと電気代がかさんでしまうから、蒸れてどうにも暑い中、私たちの自主練は続いていた。
「……あのさ。少しやり方変えてみない?」
ただがむしゃらに練習しているだけでは、打開策は見えやしない。
こくりと頷く、仁菜の提案には私も全面的に同意だった。
「でもさ、変えるって言ってもどうするの?」
「だからさ、これ! 見てほしくて……!」
いきなり仁菜がバッと腕を上げたせいで、するりと布団が剥がれていってしまう。
それを食い止めるように両手でがっしりとホールドしつつ、仁菜が突きつけてきたスマホの画面を私は覗き込んだ。
「『ツインボーカルそれぞれが際立つ期待のバンド、どりーむがーる』……なにこれ」
「SNSのフォロワーさん! 私たちのこと、こういう風に褒めてくれてる人が多くて」
「『二人の個性がステキ』、『互いに弱みを埋め合っている感じだよね』……本当だ」
「でしょ? この間のダイダス対バンからいっぱい、見てもらえてて──」
これまではエゴサーチをしていても、ちっとも引っかからなかったのに。
今や『どりーむがーる』で検索すると、一日に何度かは呟きを見られるようになってきた。
私だってこういった褒め言葉を貰えると頬が緩むものだったけれど。
「……それが、どうしたの?」
「つまりね、ここに書いてあるとおり、私たちにはそれぞれの良いところがあると思うんだ。だから、お互いの長所を伸ばしていくやり方にするのはどうかなって思って」
「理屈はわかった……けど、ちょっと抽象的じゃない?」
「えっと──何というかさ、お互いに褒め合おうよ……!」
少し顔を赤らめて仁菜はそう言い切る。
互いに個性がある。だから、それを伸ばしていきたい──。
理屈としてはわかる。それに、どうにもそのやり方は前向きな気がした。
「……いいんじゃない? じゃあ、そうしよっか」
「なんかヒナ、素直じゃない……?」
「別に。悪くないなって思っただけだし」
『私のせい、だったんでしょ? 仁菜が……桃香さんの誘いを断ったのはさ』
思い返すだけでも自分が嫌になる言葉。そんなやり取りを経て、今の私たちはある。
一度関係がまとまったとして、今度はそれを維持しなければいけない。
きっと、互いに褒め合って伸ばしていくやり方であれば、お互いに失言だって出ることはない。
私たち二人、気持ち良い関係でいられるはずだ。
「仁菜は……高音の伸びがステキだと思う。だから、そのまま伸ばしていってよ。私も、ついて行けるようにするから」
ぱっと仁菜の表情が綻ぶ。その褒め言葉がしっかりと嬉しかったみたいだった。
だとしたら、きっとその逆。智さんの言葉を浴びた時の感覚ははっきりと覚えている。
足下がグラグラと揺れて立っていられなくなるような、胃腸がふわふわ浮いてどうにも落ち着かないような、そんな気持ち。
だけれど、私たちの間ではそんな強い言葉は使いたくない。
いじめを前にして仁菜を突き放した、放課後の教室。
雑踏へと紛れる仁菜を追った、夜の川崎。
渋谷の空に身を躍らせていた私が捕まった、雨の渋谷。
今の私たちはあの時とは違う。
お互いが傷つく言葉を使う必要なんて、ちっともないのだから。
二人でいるための、音楽なのだから。そうだ、当たり前だ。
◇ ◇ ◇
「全然ね」
私たちの演奏を聞き終えて放たれた言葉は、たったそれだけだった。
スタジオに反響した声は消えても、私の耳からはちっとも離れてくれやしない。
「全然って……ダメってことですか?」
「そういうこと。むしろ、前回からどう成長したのよ」
二度目の合同練習。ここでの合格を目処に仁菜と二人で頑張ってきたはずだったのに。
ちっとも手応えを感じないどころか辛辣に突き放すような智さんの言葉に、思わずピックを取り落としそうになる。
「頑張ったのよね? たぶん、二人で」
「……はい。私と仁菜で、必死にやりました」
「そう。指先剥けてるもの、痛いんでしょ」
キーボードを弾いているだけあってか、智さんは私たちの指の動きを追っていたらしい。
その言葉にだけは幾分か優しげな含みがあったけれど。ただ、それすらも奥に引っ込めて智さんは言い放った。
「でも、報われていない。二人それぞれの音楽も、姿勢と努力も、全部バラバラ。反対なのよ」
それはまた、以前の冷淡さとは違う。
妙に熱っぽくて、捲し立てるみたいで、私たちが気に入らない──そんな怒りにも近いような感情を孕んでいるようだった。
「バラバラ……反対って……何のことですか?」
思わずそう聞き返してしまったせいか、智さんは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「『プロになりたい』って言ってるくせに練習しない。そういう奴らみたいってこと。あんたたちが練習していないとは言わない。ただね、違うのよ。目的が」
目的、なんて。
どうして練習しているのかと聞かれたら、それは上手くなりたいからに決まっている。
何も間違っているようには思えないけれど……でも、その先は。
上手くなりたいのは、今回の対バンで勝つため、音楽を続けるため。そうだ、そこまではきっと何も方向がズレていない。
けれど、その向こう側に思い当たるものがあった。
「……仁菜と、一緒にいるためってことですか」
『そんなの、不純よ』
あの時、フンと彼女がそっぽを向いた姿が目の前で重なった。
ついこの間、智さんの前でも言い切った言葉だ。
仁菜と一緒にいたい──そのために音楽が必要だって。
ただ、それはきっと。智さんの言葉になぞらえるのなら、ただ一つだけ向いている方向が違うように思えた。
「私は、親と絶縁した。だから一人で生きていかなきゃいけない。そのために音楽をしなきゃ──これで稼いで、食べていかなきゃいけない。私にできるのは、それだけだから」
仁菜が隣で驚いたような顔をする。
私は知っていた……けれど、改めてこうして言葉にされると、なおさら見えてしまう。
そこにある差が。私も仁菜も、親からお金を貰って上京して、音楽をしている身だからだ。
「仕送りがあるって言ってたわよね。だったら、地元で二人ぬくぬくしているんじゃダメだったの? どうして。わざわざ音楽を選んだのよ」
──すぐに出せる答えがなかった。
仁菜は音楽ができるって、前世の記憶で知っていたから──だから、選んだに過ぎない。
あの日、地元で仁菜と二人一緒にいる口実を作るために咄嗟に吐いた言葉だ。
思えば、そんな風に理屈づけることもできてしまった。
二人でいるために音楽をやる、というのはそういうことだったのだろう。
そういう風にだって捉えてしまえたのだろう。
上京が認められている分には、きっと何をしたってよかったのだ。
横目で見ると仁菜も答えられないままだった。
じゃあ、きっと──私たちが掴んできたのはそんなふわふわとした、幻想みたいなものだったのか。
「他でもいいのなら、土足で踏み込まないで」
唇が震える。冷房に身体が冷やされたせいか、向けられた言葉のせいか、カチカチと歯の根が軋むようで、今度こそ私の指先はピックを取り落としてしまった。
いくらでも言い返したかった。
だって、私が音楽をやる理由はそこにあったはずだ。今までそう言ってきたはずだ。
だから、まるで理由を奪われてしまったみたい──私が、今ここにいるのは何故って。
助けを求めるようにして右を向いた視線は仁菜を捉える。
その瞳は揺れている。私と同じように憔悴しきった顔。不安げで、必死に言葉を紡ごうとしていて──。
「……あ」
その表情には覚えがあった。
たった一つだけ。指先に残っていた感触があった。
『
渋谷のビル屋上、そこで仁菜に無理やり詰められて掴んだイヤホンの片方、そのコード。
頼りない脆さでくねくねとして、すぐにでも千切れてしまいそうなもの。
それを手繰って、縋り付くようにして私は生きた。
仁菜がくれた音楽で、私は生き残ることができた。
そうだ、少なくとも今の私は揺らいでいる。
音楽が必要ない。そうだった、それでいいって、思えないままだ。
納得しきれないから、まだ智さんの方を向いていた。
ふらりと揺れた仁菜の手の甲が私と交わる。
布団の中で一緒だったもの。桃香さんを失って、弱々しく蹲っていたもの。
それを思いっきり──私は、押し返した。
「……他じゃ、ダメなんです」
だとしたら、私は土足なんかじゃない。
「だって……昔の私は空っぽでした。ずっと前に見ていた夢も諦めて、何もなくて。その末に仁菜すら失いそうになって……」
前世の私が取り落としたもの。
アイドルになるって夢も、この先歩んでいくはずだった未来も。
全部、全部諦めて人生ドロップアウトした。
そして、ついこの間だって。
仁菜との日々を捨ててでも、私は死のうとしてしまった。
「……きっと、なかったんです。自分の人生を生きていくんだって実感が……。でも、音楽を始めました」
生まれも見た目も、
けれど、歩んできた道は違う。それは私がモップを掴んだから、ドアを叩き壊して仁菜をそこから引きずり出したから。
ヒナとして、だけじゃなくて。
今の私が仁菜の隣に立てているのは、
『うん。前は雪を見せてくれて、今はこんなに暑くて。季節が巡ってるんだってはっきり感じる。なんかね、生きてるって感じがする』
仁菜がこの街に来て生きている実感を得たように。
私はあと数歩、生きていなくちゃいけない。少なくとも、約束した。桃香さんに勝つまでは。
そうやって私を繋ぎ止めたのは──目的をくれたのは、音楽だったんだ。
順番は逆かもしれない。智さんと違って音楽しかないからってこれを選んだわけじゃない。
「……私の人生は、音楽を始めて、もう一回動き出したんです。だから、そんな生に報いたい、縋っていたい。もっと上手くなりたい」
もう一度死んでしまわないためには、この生を最期まで全うするには、必要なのだ。
まだまだ、ずっと先まで──私を繋ぎ止めてくれるものが。
「訂正させてください。私は、
しばらく、智さんは黙りこくったままだった。
「全然ね。結局、あんたは恵まれてるんじゃない。私の知る必死とは、違う」
相変わらずのしかめっ面で、その言葉はトゲが生えたものだ。
それでも、智さんはそっぽを向きながらも言ってみせた。
「でも、まあ……あと一回だけ、見てあげるわ」
◇ ◇ ◇
「ねぇ、仁菜。私ね、ずっとあなたといたいって──そう思ったの」
なんてきざな言葉だろう。普段だったら小っ恥ずかしいって布団に潜ってぎゃーぎゃー唸っているな、なんて。どちらにせよ、今の私は布団の中で仁菜と向き合っているわけだから、それはできないわけだけど。
とにかく、智さんの前でああして担架を切った以上は、仁菜の前でも私にはやるべきことが残っていた。
「……約束しちゃったもんね。私がヒナの命を預かるって」
「うん」
忘れるはずもないその言葉に頷く。
少し前の私たちは、お互いに傷ついていた。その果てにすれ違って、私はビルから飛ぼうとして──でも、結局それは叶わなかった。
あそこまでの自己嫌悪に陥ったのは仁菜が原因だ。
桃香さんを失って、自分のせいだって弱りきった仁菜が私の布団に入り込んできたから。
今でも思い返しただけで、悔恨が募って吐き気が増す。
「本当なら、少しだって傷つけたくない。命を預けたせいかな、そう思っちゃう」
もうきっと、お互いに傷つききった。
だからこそ、そんな不毛な関係性を辞めたくて仁菜の誘いに乗った。
褒め合おう──お互いの良いところだけを見つめていようって。
「……でもね。そのせいで手ぬるくなったら、ダメだって思う。だって、それは死んでいるのと変わらなくて……」
だけれど、それで途絶えたら。そうやって割り切って生きるようになったら、わからなくなる気がするのだ。
あの日、仁菜がいじめを許さなかった理由が。
私が、モップを持って駆け出した理由が。
「……私たちがここにいる理由、なくなっちゃう」
頷いてもなお、仁菜は何も物言わず。
ただ、そっと自身の前髪をかき上げた。
その額に未だ残る傷跡はカサブタになったまま、まだその周りはじんわりと血の跡で滲んでいる。きっと、あれからも何度か掻きむしってきたのだ。
「……そうだよ。私は、仁菜の血を無駄にしたくない」
こつん。触れ合った額、傷と傷。
触れそうな鼻先に、ピンと伸びたまつ毛が目の前にあった。
仁菜の青い瞳が、その瞳孔に湛えた光が、私を映して揺らめいた。
「……うん。私だって、ヒナに傷つけちゃったもんね。これでアイドルになれない〜!って騒いじゃったり」
「……騒いでないし。第一、心配してたのは仁菜の方でしょ?」
「ごめんごめん。でもね、わかるんだ。私もさ、無駄にしたくない。ヒナに痛い思いさせたんだから」
仁菜が息を吐く度、私の言葉とその吐息が混ざる度、なんだかこそばゆい。
そうだ、今のうちに仁菜の温度を感じておこう。
だって、私は決めたんだ。
「仁菜。私の敵になってくれる?」
きっと、直接面と向かって聞いたのは初めてだったかもしれない。
大体、こんなことを相手に確認するのは変だ。でも、言葉にすることで確かにしておきたかった。
「きっと、酷いことたくさん言うと思う。もしかしたら、傷つけちゃうかも。それでも、なじり合ってでも、私は、上手くなりたい」
どうにも答えが怖かったけれど、仁菜はふっと顔を綻ばせると私の手を取った。
「ばっちこいだよ。言っておくけど、私、ヒナの言葉なんかぜーんぜん効かないから!」
「……っ、言ったわね。泣きついてきたって、知らないから!」
ぱっと互いの手を離し、温もりを遠くへ追いやり、私たちはそれぞれのピックを引っ掴む。
剥けた指に引っかかってジンジンと痛む、けれど。
それぐらいなら、上手くなるための成長痛に違いなかった。
◇ ◇ ◇
「言っておくけど、今回が最後よ?」
言われなくたって、そんなことはわかっていた。
仁菜と二人、改めて迎えた三度目の合同練習──これが最後だ。
ペグを回して一音一音出していく。ピンと張り詰めた弦が、鳴らしてとせがむように震えていた。
「仁菜、準備はいい?」
「いいよ、いつでも──!」
思いっきり息を吸う、仁菜のブレス。
それを契機にして、彼女は声を絞り出す。
ゆったりとした曲だからこそ一音一音が大事だ。
『ヒナは主張が強すぎるんだよ!』
練習中に仁菜に言われたことを意識しながら、ゆったり、ゆったりと、仁菜の声をそっと支えるようにして音を鳴らす。
そうしたら、今度は私のパートだ。
『だったら、仁菜はなよなよしすぎだし……!』
あの時ですら、私たちが言うことは真逆だった。
力強く響くBメロ、仁菜の演奏。サビへの橋渡しとして、確かに盛り上がっていく。
前は二人で交われなかった場所へ、混ざっていく吐息に歌声を乗せる。
『仁菜は高く行きすぎなの。もう少し私にも譲ってよ』
『ヒナが低いんでしょ!? もっと私についてくればいいのに……!』
散々争った末にようやく見つけた、私たちの場所。
二人の歌声が、確かに交差する場所。
どんなもんだと言わんばかりに仁菜が犬歯を剥き出しにする。
乗っかってやるようにして、私はチロリと舌を出してやった。
「……スタジオは、私が取っておくわ」
演奏し終えた瞬間に、鎮まっていくギターの音と一緒に僅かに聞こえた嘆息。
どうやら、それは智さんのものだったらしい。
「えっと、それって……」
「察しが悪いわね! 対バンするってことよ」
相変わらず澄ました顔でいる。
けれど、今回だけはそっぽを向かず、猫みたいなその目が確かに私を覗き込んでいた。
「だから……その、手を抜いたら許さないわよ」
その後、またフン、と。
いつも通りに鼻を鳴らし、智さんは自分のキーボードのところへ戻ってしまう。
横目でちらりと仁菜を覗くと、彼女はふっと顔を綻ばせていた。
ひとまず、私たちはやってやれたらしい。
「そういえば、智ちゃんさ。ずっとヒナちゃんたちのこと聞いてきてたんだよね。二人の練習はどうかって」
合同練習が終わってスタジオを出ても未だ日は高い。夏空はまだまだ遠くにある。
一緒に自販機に並んでいた時、ふとすばるちゃんが零した。
「何だか意外ね……てっきり、興味がないものかと」
「全然そんなことなかったよ。練習中ね、ちらっと覗くと『空の箱』の動画見てるの。ほら、ヒナちゃんが急にアレンジを加えたやつ」
ちっとも気が付かなかった。
というよりも、そんな風に智さんのことを気にしている余裕すらなかった。
興味を持ってくれていた、というのなら確かに嬉しい……のだと思う。
けれど、それはこの先も気を抜いていい理由にはならない。
「それにしてもさ、ヒナちゃんもよく言い切ったよね」
「やめてよ。私もちょっと熱くなりすぎたかなって……」
「ううん。熱いの上等だし。私も大声で宣言したくなっちゃったな〜。音楽やる理由は!って」
いつもみたいに軽い口調だったけれど、それでも、すばるちゃんの言葉に私を茶化すような含みはなかったように思う。
「とにかく、対バン頑張ろうね」
ヒラヒラと手を振りながら、二人分のペットボトルを持って一足先にみんなのところに戻るすばるちゃんを遠くに見送りながら。
「……生きるため、か」
ぐっと押した自販機のボタンは、どこか硬く私の指先を跳ね返してきていた。
「どりーむがーる、準備OK?みたいなの、beni-shougaはやらないんですか〜?」
「二人だけだもの。いらないに決まってるじゃない」
そして、私たちは至るのだ。
茶化すすばるちゃんに、あしらう智さん……は置いておいて。
対バン当日の、ライブハウスへと。