転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い 作:流星の民(恒南茜)
また一週間更新に戻せるよう、ちょっとずつ調整していくのでよろしくお願いいたします!
「どうして仁菜は、こういう時に気乗りしないかな」
どこか嫌味っぽく放たれたヒナの言葉。
新幹線の窓際、もたれかかっていても速すぎるせいか振動はあまりない。だからこそ、ずっとそっぽを向いていたとしても、ちっとも苦じゃなかった。
「……ヒナだって、微妙そうな顔してたくせに」
「っ、そりゃあね。だって、智ちゃんがああなっちゃってるわけだし……」
beni-shougaとの対バンライブ。あの一件を経て、お母さんと対立してしまった智ちゃん。
ずっと家から出てこない──少なくとも、あれから会えていないことには違いない。
そんな時に『帰ってこないか』なんて言葉を受け取ったとして。それをそのまま受け取ってしまうのは、何だか無責任だし。何より、薄情なように思えてしまう。
「でも、ルパさんは行ってきた方がいいって何度も言ってくれたじゃない。それなのに、何度もイヤですイヤですって……。逆に迷惑になっちゃうわよ」
ヒナだって最初は私と同じ立場でいてくれたはずだ。
けれど、ルパさんが『行ってきた方がいいですよ』と言い出した辺りから、確かに風向きが変わった。私は何とか行かない理由を説明して、智ちゃんと何とか会うための手段を講じようとしたけれど──ヒナはそれに乗っかってくれなくて。
結局、いざ新幹線のチケットを買って、とうとう荷造りをしないといけなくなってしまった昨日の夜。新幹線に揺られている今も、何でこんなことをしているんだって……現実味のなさが勝ってしまう。
「別に、それだけじゃないし」
放った言葉は、自分でも驚くぐらいツンとしていた。
駄々っ子駄々っ子って、またヒナから文句を言われるかもしれないけれど。
どうにもこのまま、ヒナが正しいと思い込むのも癪に決まっていた。
「それだけじゃないって何よ」
「休んでる場合じゃないってこと。桃香さんに勝たなきゃでしょ? だったら、私たち。まだまだあっちでやることが──」
「それと休む休まないは別じゃない。ましてや、今回は
ふっとヒナがため息を吐く。
私だって全部わかってるんだよ。そうやってヒナが諭そうとしてきている時は大抵、子供扱いしてきてるって。しょうがない、みたいな顔してさ。
「……私も、こないだの屋上のことがあって色々考えちゃったの。みんな、いつまでも元気かなんてわからない。だったら、私だってみんなを大事にしたい──って」
いつもはちょっと呆れたようにジトッとしているヒナの瞳。
それがゆるりと三日月を描いて、私を捉える。そのどこか殊勝さすら孕んだ表情に、私は横目で返事をするのが精一杯、すぐに目を逸らすしかなかった。
「あの時の仁菜だって。そう思っててくれたんでしょ?」
あーもう、バカやろう。何なの、いっつもヒナは。
そうやって私を飼い慣らすための言葉ばっかり口にして。大人ぶって、やけに譲歩してくれて。
『訂正させてください。私は、
智ちゃんの前で毅然としたヒナが、ぱっと私の手を離したあの瞬間から。私の中では、ずっと受け止めきれないままでいる。
私が走らなきゃ走らなきゃってゴールを探してふらふらしている瞬間にすら、ヒナはそれをとっくに見据えていて、私の何歩か先で走っているのだ。
じゃあ、何だよ。私がバカみたいじゃんか。
ヒナの『正しい』が視界に焼き付いてしまって。今でもずっと眩んだまま。
だとすれば、今だって真っ直ぐ歩けてるのかすらも。私は知らない。
◇ ◇ ◇
「ほらほら食べな食べな。なーんかちょっとやつれてるし。あんたがそんなんじゃ私もつまんないっていうかさ」
返事をしようとモゴモゴと。いっぱいになった口からは言葉が出ない。
それを見てなおさら歯を見せるお姉ちゃん。 前回会った時はあんなに切羽詰まった状況だった。その分、何だかその笑顔を見るのが久しぶりというか。なんかちょっと腹が立つ。
ちょっとおじさん臭いにやけ顔。それこそ食卓の向かいにいるお父さんは下品だとか言いそうなものだけれど、ずっと黙り込んだまま。私に都合が悪い時に限ってこうだ。
「……別に。ちゃんと食べてるもん」
「とか言ってもさ、ライブじゃ体力使うでしょ? あんなに飛んで、跳ね回って。声だって一杯出しちゃって。聞いたよ〜? あんたの、『碧いif』」
吹き出しそうになった、その瞬間。口を塞いで飛び出しかけた中身をんぐっと呑み込んでしまう。
その勢いが凄まじすぎたせいか、絶対変なところに入った。けほっ、けほっ、と咳が続く。重い、肋骨に響くやつ。
「お姉ちゃん、見てたの!?」
「今までの全部ね。あんたに呼ばれた最初のライブは当たり前だけど。新しい子とのやつでしょ? ダイダスとの対バンでしょ? 一番最近のは、まあ色々あったけどさ」
一番最初から、beni-shougaとの対バンまで。
上手く行ったのも、下手をこいてしまったのも、几帳面さでお父さんたちからの期待を一身に浴びてきたお姉ちゃんのことだ。本当に、一つとして余さず見たのだろう。
気恥ずかしさが膨らんでいく。何か、何か言わねばと言葉を探している間に。
「でもさ、全部楽しそうだった。こっちにいた時はつまんなさそうな顔ばっかしてたくせに、いきなり鞍替えしやがって。卑怯だぞ〜って思っちゃうぐらい」
「だってお姉ちゃん、高校入ってから全然相手してくれなくなって……」
「あはは、冗談冗談。でもね、嬉しいのはホントだよ」
私の髪をかき分けて、撫でてくれるお姉ちゃんの手。触れた傷口すら慈しむように、柔らかで、温かくて──いい子いい子なんていつぶりだっただろうか。
「あんたがこんなに笑ってくれて──ああ、こいつ生きるつもりだぞって。そう思えるのがさ」
きっと、全部。お姉ちゃんは見ていた。
私が生まれた時から、家訓に従って、反発して、学校で揉めて、引きこもって。それから飛び出すまで。
自分で言うのもなんだけど、幸せにならなさそうな子に映っていたと思う。お父さんたちとの仲裁に入ってくれた時も、いつもやきもきさせていたはずだ。
その度に、「あんたは難しいこと考えなくていいの!」ってカラッと笑って。だから、私は気持ちよく眠れて。
「……ありがとう、お姉ちゃん」
気恥ずかしさは、いつの間にか胸でじんわり灯ったものに溶かされていた。
漏らした言葉だって、いつもだったら顔を塞ぎたくなるようなものだけど──今日は、顔を見て言えた。
コホン、と。お父さんが咳払いをする。
きっと、久しぶりの再会なのもあって、私たち姉妹の間では少なくとも普段みたいな揉め事はちっともなくて。遠く離れてた分、受け入れられたことがたくさんあったのだと思う。
そうして、どこか空気がほぐれていたから。今までの仰々しい家訓にはそぐわない和やかな食卓になっていたからなのだろう。
実に言いづらそうに、目を逸らしながらも。箸を彷徨わせながらも、お父さんが
「……仁菜。明日、学校に行かないか」
転がっていく里芋の煮っころがし。コツンと皿の淵に当たって止まる。
「──え」
それだけ、お父さんの言葉は私を呆然とさせるには十分だったから。
終わったと思っていたものが、死角から顔を出して私を覗き込んでいた。
「件の……あの、いじめの件について。学校側と協議を続けていた。その結果として、相手側の非が認められたそうだ。今回の帰省は、学校側から直接謝罪がしたいと申し出を受け取ったため、ということになる」
きっと、私が気づかなかった間にも、ずっと、ずっと。
次はいつ噛みついてやろうか、転ばせてやろうかと、ずっとチャンスを伺っていたのだ。
「……やめてよ」
「しかし、仁菜。私も、学校もお前を庇うつもりで動いている。それに、ヒナさんのご家庭とも連絡をしたが……やはり、一度話をするべきだと、話がまとまって──」
バタン、と。急に立ち上がったせいで椅子が倒れてしまったらしい。けれど、今はそんなのどうでもいい。
たった今、出てきた名前。
そちらの方が私にとってはずっと大事だったから。
「……それ、ヒナが言ったの?」
「ああ。彼女も前向きに検討すると、返事を受け取った」
ヒナはそうやって直視できるのか。
だって……あり得ない。上履き探しも、捨てられた制服も、額から零れたおびただしい量の血も。
全て、思い出す度にズキリと頭が鈍く痛む。
ヒナは当事者ではなかったとはいえ、私は知っている。
放送室に殴り込んで事件を起こした後、彼女がどんな風に取り押さえられたか。
退学までの間に、他の生徒たちからどんな目で扱われていたか。
「だから、仁菜も──」
「やめてって言ってるでしょ!?」
久しぶりで慣れない、木張りの廊下。走ればミシミシと軋んで腹が立つ。足下すらもしっかりしない。
今の家よりもずっと分厚いドアは、閉めてしまえば向こう側からの声をほぼ完全に遮断してしまった。
「お父さん! 流石にタイミングが悪すぎるわよ!」
それでも聞こえてくるお姉ちゃんの声。今だって私を庇ってくれている。
それなのに、鬱陶しく思えてしまって、私は壁を拳で殴りつけた。痛みが勝って、気持ちのやり場がどうにもなくなって、ごろりと身体を横たえては真っ暗な天井を見つめる。
「……くそ」
自分がどれだけ嫌なやつかぐらいわかる。わかっていたって腹が立つ。
胸の奥が焼けそうなぐらいに燃えているものがあって、悔しくて。今だって罵ってくるのだ。
ヒナと違って、歌う理由を見つけられなくて。
ヒナと違って、終わらせるための直視すらできなくて。
イモムシみたいに蹲っている、こんな私を。
◇ ◇ ◇
「……仁菜。少しいいか」
いつだって、その声は油を注いでくる。
それも、よりによって私がずっと目を閉じても眠れずにいたこんな夜にだって。だから無視をしてやる。何で私が、わざわざ乗っからなきゃいけないんだ。
「先ほどの話とは、関係がない。ただ、お前のことではある」
「どうせ、ろくなこと言わないでしょ」
「……それは、否定しきれない。先ほどもタイミングを考えれば……あるいは、お前が望まない言葉だと気づいていればよかった。だから、私はまたお前を怒らせてしまうかもしれない」
私が小さかった時からずっと、お父さんは鈍い人だ。
家訓でどんどん締め付けてきて、たまに二人で外出したからそのまま外食をしたい!とねだったらあんなもの、と一蹴してきて。ちっとも面白くない人だった。
「あんな本書いてるのに、わからないの?」
だからこそ、少し意地悪したくなってしまったのだと思う。
お父さんが書いた教育の本、それを多くの先生が参考にしているとたまに誇らしげに語っていたものだから。
「……わからない。だが……私はそれを恥ずかしいことだとも思わない」
その言葉が意外に思えてしまった。
私の身の回りにいた人で一番プライドが強かったのはお父さんだ。
いつも自分が正しいって顔をして。実際、私に勉強を教えてくれる時も絶対に間違った答えを教えてくることはなかった。
間違いを認める以前に、間違えない人だったのだ。
「……お父さんが?」
「ああ。仁菜、お前のおかげだ」
続く言葉に、え、と素っ頓狂な声が漏れる。
お父さんにしてみれば私に与えるべきものはたくさんあっただろうけど、受け取るものなんて何もなかったはずだ。
先を生きて、胸を張っている分には決して。
「私が思うに……恥ずかしさというのは、自分の誇りが傷つけられた時に抱くものだろう。しかし、私は存外自分自身が未熟なのだと知ってしまった」
「未熟って……お父さんに限って、そんな」
「いや。未熟だ。それを昔の私は恥じていたかもしれない」
いつもみたいに理論づく。生徒にでも教えるように『恥ずかしさ』について説くお父さんは、それでも、自分自身を未熟と言った。
「しかし、お前は肯定したな。『お父さんの言うことだって正しい』──と。バンドを辞めさせて、連れ帰そうとした私に」
きっと、牛丼屋で私が口にした些細な言葉。川崎の街にありふれた一幕。
けれど、私は確かに言った。それは覚えている。
あんなに正しくないと思っていた、いつも邪魔をしてきたお父さんから顔を背けること。ヒナを前にして、その『逃げ』が堪らなく恥ずかしく思えてしまったんだ。
「鈴音が言っていた通りだ。楽しそうに生きているくせ、お前は確かに学んでいる。私が敷こうとしたものを全て無視して……しかし、正しく生きている」
私の知るお父さんはこんなことを口にしない人だ。
だとしたら、そこには必ず変化があったはずで。この言葉を真っ直ぐ受け取るのだとしたら。
それは──私のせいだった。
私は、お父さんから逃げていなかった。目を背けずに生きていた、ということになる。
「……ありがとう、仁菜。私は教えてもらった」
だからお前は大丈夫だよ、みたいなことを伝えたかったのだろうか。
……ううん。それは考えすぎかもしれない。お父さんは気が利かない人だ。
だって、お父さんから『ありがとう』を聞くのは珍しいこと。物心ついてからは、あり得ないことだったのだから。
「お前の顔が見られてよかった。あとは……仁菜の好きにしてくれればいい」
それでも、言葉はそういうものなのだと思う。
打算的に発したものでなくても、巡り巡ってふとした時にまた帰ってきてくれる。
そんなビックリを──今回は、お父さんに味わってもらおう。
「仁菜!?」
急にドアを開けたせいか、お父さんはひっくり返ってしまっていた。
「ごめん」と口早に謝っておいて、やっぱり立ち止まる。
一礼。深々と頭を下げて、お父さんが小さく頷いた。相変わらず目は点になっていて、よっぽど驚いてしまっていたようだけど、これはさっきの分ということにしておいてもらおう。
靴に足を突っ込み、お母さんの静止には手を振って応えて外へ。思いっきり腕を振る。
「わかった! 私、わかった──っ!」
川崎に比べればずっとしんとした道路。じんわり絡みつくような湿気った空気を切り裂いて、遠くへと声は羽ばたいていく。
それすらも更に追い越してしまえと、私は足を前に繰り出した。
前へ、前へ。息が切れて、よろめいて。はぁ、はぁ、と浅い息をしているはずなのに不思議だ、頬が緩んでくる。
「っ、ぷはっ」
堪えきれなくなった分は笑い声へ、きっと口角が上がった。走って笑って脇腹が痛むけれど、そんな痛みが今は心地良い。ひた走り、そして──。
「ヒナ──っ!!!」
昔やられたみたいに、思いっきり叫んでやる。
一軒家の前で大きく、ぐわんぐわんと反響したその声は……やがて、外開きに開いたドアによって遮られた。
「仁菜!? 何考えて……近所迷惑でしょ?」
「ごめん! でも、ヒナだって昔やったじゃん。私、東京に行く!って」
「それはそう、だけど……。何か用事?」
ずっと、胸の中で燻っていた。
音楽をやる意味なんて立派な答え。ヒナばっかりそんなものを見つけて、挙句の果てに過去だって直視しようとして。私ばっかり、一人立ち尽くしていた。
それでも、解決方法は恐ろしく簡単なものだったんだ。
「うん! わかっちゃって──私が、やりたいこと!」
ヒナがそのつもりなら、私だってやってやれ!
「ライブしよう! ここで……この街で!」
ゴールなんて見えなくたっていい。ただ、走り出してしまえばいいんだ──って!