転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い 作:流星の民(恒南茜)
#4 「青春時代」
「ちょっと仁菜! 起きて!」
「んぅ……あ、ヒナ。……今どこ? 大阪とか? 通天閣、見れるかなぁ……」
「違うけ……違うからっ!」
覚え直した標準語は、まだ中々舌になじまない。
思わず素の──熊本弁が出てきそうになったところで必死に堪えて、そうなってまで私が吠えている理由……それは、まさしく今陥ってる状況のせいだった。
「終点! 東京まで着いちゃったの!」
「え!? どうして起こしてくれなかったの!?」
「仁菜が起きないからでしょ!」
『東京』と、繰り返し車内に響く駅名。
それは紛れもなく、今の私たちが乗り過ごしてしまったことを示していた。
「……えっと……ヒナ、そろそろ機嫌なおんない……?」
「仁菜、そっち逆! いいから、私についてきて……!」
新幹線から降りた後も、それはそれで大変なこと。
前世でも東京駅なんてそうそう来たことが無かったわけだから、上の案内表示を見ながら必死に歩くけれど、仁菜は周りに目を取られているのか、しょっちゅう違う方向に行ってしまう。
……まあ、初めての東京なら仕方がないような気がするけど。
「……もうすぐ不動産屋閉まっちゃうから。このままじゃ私たち野宿になるよ?」
「それはヤダけど……わかったよ、急ぐ!」
そりゃゆっくり観光できるなら、少しはさせてあげたい気持ちもある。
だけれど、もう時間は相当ギリギリだ。乗り過ごしてしまったせいで、今から走って電車に乗っても間に合うかどうか……だから、今は寄り道をしている場合じゃなくて……。
「ほわぁ……」
改札をくぐり抜けた途端、呆気にとられたような表情で仁菜が上を見る。
その先にあったのは、ドーム上の天井──広大な構内を絶え間なく行き交う人々、ガラガラと鳴るスーツケースの音。
「……本当に、来たんだ」
仁菜に釣られて周囲を見回した途端、不意にそんな声が漏れた。
本当はずっと地元に残ったまま、復学するとまで言ったのに……今、私はここにいる。
それもこれも、全て……隣で田舎者丸出しでキョロキョロしている二つお下げの純朴そうな少女──仁菜のせいだというのも、どうにも信じてもらえないだろう。
彼女は見た目と中身のギャップがすごいし。
「どうしたの? ヒナ……そんなにじっと私のこと見て……」
「……ううん、何でもない。さ、行くよ」
だけれど、17才、一月──
正しいこと、正しくないこと──たくさんこの目で見てくるために。
ずっと胸の中で収めていたワガママを吐いて。そう思うと、高揚感がないかと言えば嘘になった。
前世でも今世でも縁遠かった東京──何せ、ここで新生活が始まるのだから!
「……何で川崎なわけ……?」
「えっと……でも、東京の端っこ……でしょ?」
……と、思っていたのだけれど。
「川崎は神奈川! 川の向こうが東京!」
「……え? でも、親戚の紹介で東京に良い家があるからって……」
「何ちゃっかり騙されてんの……。まあ、格安だったからって詳しい話を聞かなかった私も悪かった……のか?」
仁菜の示した新居の住所──そこは一瞬見間違いかと思ったけれど、確かに川崎に位置していて。
更には今日はもう不動産屋も閉店、鍵は受け取れず……。
「このジュース、薄い……」
「だってもう氷溶けてるじゃん。どれだけ粘ったっけ……」
かくいう私たちが何をしているのかというと、カフェで格安のドリンクを頼み、川崎地下街──『アゼリア』が閉まるまで、粘ることだった。
「……それで、ヒナ。この後はどうするの?」
「どうするって……そりゃ、朝イチで鍵を取りに行くしかないんじゃ……」
そんな中、仮の住まいとはいえど、朝からドタバタしていて、ようやく落ち着ける場所を見つけたからだったのだろう。
「……そうじゃなくてさ。バンドをするって、具体的にどうするのかなって」
「……え?」
互いにスマホを弄って時間を潰していた時、弛緩した空気の中で不意に仁菜が放ってきたのはそんな話題だった。
「……どうするったって……そりゃ……」
普段は抜けているように見えて、仁菜は時折鋭いことを言ってくる。
勢いだけで私が言ったこと。そんなのすらもお見通しだったのだろうか。
「……これから考えればいいんじゃない?」
「でも、私はお父さんと大学受験するって約束したから。そことの兼ね合いもあるし」
そうして私一人だったらなあなあにしてしまっても問題なかったのだろう。
だけれど、大事なのは私たちが二人で東京──もとい川崎に来たということだった。
仁菜は私と違って、川崎に来る条件として大学受験をするように義務付けられているらしい。
彼女の家がうるさいのは昔から知っていたから、逆にそれぐらいで済んだのが驚きだったぐらいだ。
ただ、だからこそ。
私が巻き込もうしているのは──間違いなく、誰かの──仁菜の人生で。
だとしたら、それなりに納得できる答えを口にする必要があったはずなのに。
「……お客様、そろそろ閉店のお時間となっておりまして……」
「……すみません、撤収します。行くよ、仁菜」
訪れた閉店時間に任せるようにして、その場は一旦お開きとすることにした。
「ここから追い出されたら……野宿……? 私、初めてなんだけど……」
「……私もね」
一旦、仁菜の疑問をなあなあにしたまま。だけれど、次はだんまりとはいかない。
引っ張ったキャリーケースが妙に重く思えた。
◇ ◇ ◇
◇ ◇
◇
「ヒナ、急ご!」
トボトボと、カフェから追い出されてから歩いてきて。
地下街の出口に差し掛かった頃──不意に、仁菜が私の手を強く引いた。
「どうしたの? 急に……」
「この音、聞こえるでしょ──!?」
ガラガラと力強く転がっていく車輪。
エスカレーターに飛び乗るや否や、仁菜はキャリーケースを抱きかかえ、一気に階段を駆け上っていった。
「ちょっ、仁菜っ!」
川崎は夜とは言えど人の多い街だ。
ここで離れ離れになってしまっては困る──急いで、エスカレーターから降りた時だった。
『──ワン、ツー、ワンツー、青春!!』
叩かれたドラムの煌めき、跳ねた弦が一瞬視界に焼き付いた。
『──僕があなたの為に涙を流したことがあるのでしょうか』
直後に力強く拍が刻まれ、大音声の中で声が乗せられる。
夜の都会の喧騒──絶え間なく走る車、人の足音、信号機にざわめきを全てかき消すようにして──音が、歌が放たれたのだ。
「バンドだよ! 本物の!」
仁菜が言う通り、それは二人組のバンドだった。
ガタイがいい髪を短く結った男がドラムを叩き、ショートで髪を白く染めた女がギターを掻き鳴らし、声を乗せていく──そんな光景。
そこまで目立っていたというのに、仁菜を除いては一人しかその二人組を見ていない。
どれだけこの街でバンドが日常に溶け込んでいるものなのかは、一目瞭然だった。
「ヒナも見てよ! 私たちもやるんでしょ!?」
ただ、仁菜にとってはそれも相当に刺激的だったのだろう。
彼女のキラキラとした眼差しを一身に浴びながら、女の方は歌を紡いでいく。
『君と僕は確かに青春時代を生きていたのさ──』
吐き出すようなシャウトが空気を震わせ、ビリビリと私たちの肌を焼いていく。
ぶつかるような声だった。気づけば、私も耳を傾けていた──。
「きっと、これがバンドをするってことで──」
いつになくハイテンションな仁菜が興奮気味にそう語りかけてきた時だった。
「そこの二人! 演奏許可取ってないでしょ!」
突如としてピタリと音楽が止んだ。
理由は明白だ。声を張り上げ二人を止めた──警察。
「いや、まあ、取ってねえけどよ。今日は恩師が来たから一曲だけ──」
「ダメだって。一人許したらルールがめちゃくちゃになっちゃうから、わかるでしょ? ね?」
チッと女の方が舌打ちをして楽器を片付け始める。
たちまち台車に担がれていくスピーカーや分解されるドラム──その光景を見ていた仁菜がぽつりと溢した。
「バンドで逮捕!? 東京えずか〜!」
「川崎だって」
「なんでそんなに冷静なの? ヒナも見たでしょ? バンドやってたら〜……捕まって……」
よっぽど音楽に聞き惚れていたのか、あまり話を聞いていなかったのか。
ふるふると震えながら、仁菜はそんなことを言ってきた。
だから時折箱入りなんで言われるんだよ……と、心の奥で突っ込みながら、私は返す。
「別に、あの二人は許可を取っていなかっただけでしょ。私たちがバンドやる時は許可を……」
「──二人とも、バンドをやるのかい?」
唐突に声をかけられて思わず振り返る。
「──先生! どうしたんですか!?」
「そこの二人が気になることを言っててね……何でも、バンドをするそうじゃないか」
そこにいたのは、ニッと歯を見せて笑いかけてくる女性。
髪は腰ほどまで伸ばしていて、耳には大きなイヤリングを。手に持っているのはギターケースだろうか。
そして、その姿とバンド二人組の呼び名には覚えがあった。
『ガールズバンドクライ』の世界では、ダイヤモンドダストの桃香さんの師だった人。
そして、何よりも仁菜に今後大きな影響を与えることになる人──。
「……ミネさん」
”ミネさん”が、そこに立っていた。
曲は自分の知ってる範囲で選ばせてもらってます。