転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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#5 「ETERNAL FLAME」

「なに? じゃあ二人とも音楽やったことがなくて、バンドをやりたいって言ってたの?」

「つい、勢いでっていうか……」

 

深夜のカラオケ店。

モニターに次々とアーティストが映りインストが垂れ流しになっている中で、ストローを啜ると、私の返答にミネさんは目を細めた。

 

「それで熊本からか。ほんと、大した青さだね」

 

浮かべた微笑みを見るに、少しだけ面白がっているような響きはあったのだろう。

そもそも、明日の不動産屋が開く時間までミネさんがカラオケを奢ってくれると言ってくれたのも、おおよそそれが原因だったし。

初対面のミネさんに対して、警戒心が剥き出しだった仁菜には私から口添えをすることで何とか誤魔化した。前世の知恵というやつでこの人が危ない人じゃない……というのは知っていたから、お言葉に甘えることにしたわけだ。

 

「そろそろ歌う? そっちの……仁菜ちゃんでも、ヒナちゃんからでも、どっちからでもいいけど……」

「徹夜でカラオケ……不良だ……」

 

駅前でバンドマン二人組とは解散し、三人でカラオケにと相成ったわけだけど。

仁菜の様子は相変わらずどこかおかしかった。

 

「それほど不良じゃないってば。まあ……条例にはちょっと違反してるかもしれないけど……」

「やっぱり不良じゃん!」

「……でも、夜の街に放り出されるよりはマシでしょ?」

「ふーん……」

 

そんないつも通りとも言える私たちの会話。

それをどこか興味深げにしげしげと、ミネさんは見守っていた。

 

「ヒナちゃんは現実的なことばかり言う。それに対して仁菜ちゃんは少し強情だ」

「……強情!? そんなこと……」

「……そんなことあるでしょ。仁菜、ストップ」

 

すかさずミネさんに噛みつこうとした仁菜を止める。

徹夜カラオケという初体験で気が立っているのもあったのかもしれないけれど。

それはそれとして、噛みつき癖は良くないから。

 

「ところでさ、二人ともお返しに……って感じでもないけどさ、歌声を聞かせてくれない?」

「……どうしてですか? 急に、そんな」

 

仁菜が顔をしかめて聞き返す。

前世と違ってというべきか桃香さんの恩師という立場での初対面じゃない以上、仁菜はかなりとげとげしい態度でミネさんに接し続ける。

向こうはあくまでも、困っている私たちを助けようとはしてくれているのだ。

確かに急に話しかけて来たりと、少し変わってはいるけれど。

 

「どうしてって……わかるんだよ。綺麗事も、裏表も。歌は嘘を吐かないからね」

 

その言葉に一瞬仁菜は呆けたような表情を浮かべた。

ここを機と見て、私は肘で彼女をせっつく。それにまだ不服そうに頬を膨らませながらも、ようやくだった。

 

「……わかりました! 歌いますから!」

「お、そう来てこそだ」

 

マイクを引っ掴み立ち上がる仁菜、それを囃し立てるミネさん。

ともあれ、これで一旦は落ち着いた。

仁菜は慣れない手つきで曲を入れていく、選ばれたのはバラード調のもの。

てっきり彼女のことだから演歌だとか、そういったものになるのかと思っていた。

 

「じゃあ、行きますね──」

 

スピーカーから流れ始めるメロディー、そこに乗せられる声。

十分に上手いとは言えない、少しだけ外れた音……なのに。

仁菜の声はいつだってそうだ。その声が持つ芯の強さが胸を抉って、聞いていると鼓動が早まってくる。

一言で表すのなら──高揚。

 

「……いい歌声だ」

 

歌い終えて息を吐く仁菜。それを見つめるミネさんは、どこか満足気にそう呟いた。

 

「卑しさがない、裏表もない。痛々しいぐらいに真っ直ぐ……私の知人にも似てる子がいた。仁菜ちゃんは音楽が好きなの?」

「好きというか……たくさん聞いた歌はありました。これ、私のことだって……そう思えて……」

「そりゃ、いい感性をしてる」

 

どうやらミネさんは仁菜の歌声を痛く気に入ったらしい。

褒めちぎりながらうんうんと頷く。そして、次第に仁菜もほぐれていっているようだった。

これで場も収まったかと、思わず私も一息吐きかけて──。

 

「それじゃあ、次はヒナちゃん。歌ってみてよ」

「……私、ですか……?」

「当たり前じゃん! 私に歌わせたんだから!」

 

仁菜とミネさん、二人が私の方を向く。

流石にこの流れでは、歌うほかなかったから、マイクを取った。

 

「じゃあ、歌います──」

 

吸った空気がカビ臭い。唐突に、鼓動が早まった。

視線が瞳四つ分、私を覗き込んでいた。今、この場で、これから発声するのは私だけ。

注目が向いているのは──私だけ。

 

「はぁっ」

 

空気が上手く肺に降りていかない、どうやって吸うんだったっけ。

胸が詰まる、声が──出ない。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

私だけ、私だけ、私だけ──。

衆目が向いて、変だと思われて、そして、また……。

 

「ヒナ!?」

 

ゴトンとマイクが床に落ちた。ハウリング音が部屋中に反響して、はっと我に返る。

途端に膝から力が抜けて、崩れ落ちるようにしてソファーに身を預けた。

 

「声が……出なくて……」

 

ただ、漏れ出た事実。

それは自分をがっかりさせるためのものとしては、一言でも十分すぎるぐらいだった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

『それじゃあ、彼女のいじめに関与したという人は挙手を』

 

視線が、私を囲っていた。

私はみんなの前に立たされて、教師は周囲に挙手を促す。

だけれど、手は降ろされたまま視線だけは私に集まる。

その中で、一人が挙手をした。期待が芽を出した。

 

『結局は、軽いいじりのつもりだったものの、互いに認識の齟齬があったと』

『……はい。ごめんなさい』

 

──どうして。どうして、そんなにあっさりと謝るんだよ。

それも、大して関わりなんてなかったじゃんか。

そんな子が一緒に立たされて、学級会の中で私に謝ってくる。

 

みんなの中で、私と一緒に終わったんだって。

みんなの代わりにこの場で犠牲になってやったんだって。

顔を上げた時に見えた、その目が訴えてくる──恨めしい、と。忘れられるわけもない視線、視線、視線、その中でも──怨嗟にまみれたもの──。

 

「──ヒナちゃん」

「……はいっ」

「ずっとさっきから呼んでたのに反応がなかったから、心配したよ。ようやく気付いた?」

 

気付けば、おーいとばかりにミネさんが私の前で手を振っていた。どうやら考え事をしている内に、夢中になってしまっていたらしい。

もうすぐ夜も更けようかという時間になって、仁菜はソファーで寝てしまっている。そして、私は──どうにも眠ることもできずに、ボーッとただ思索の中で揺蕩っていた。

 

「……いえ。その、少し思い出したことがあって……」

「それは、さっき歌えなかったことと関係するもの?」

「……多分、そうです」

 

前世の記憶──と言うべきだろうか。

思い出したのは、受けていたいじめの一部始終だった。

とはいえども、こんなものを話すわけにはいかない。

首を振って、努めて口調は明るくする。

 

「でも……大したことじゃなくて……」

「大したことじゃないって顔をしていなかったよ。さっきのヒナちゃんは」

 

間髪入れずにミネさんはそう返してくる。

誤魔化したって通用しない。そのあっけらかんとした態度の裏で彼女は全てを見透かしていた気がした。

 

「視線が……痛いんです」

「……ふむ」

「だから、歌えなくて……」

 

頷くと、ミネさんは口を開く。

 

「人前に立てないの?」

「……多分、そうです」

「それでバンドを……ね」

 

考え込むようなミネさんの横顔は険しい。

話しかけてきた時の軽い態度とは真逆で、だからこそ、尚更に身がこわばった。

 

「──難しいかも、しれないね」

 

ぽつりと、ミネさんは呟いただけだった。

だけだった──のに、途端に、ぶくりと胸中で膨らんだものがあった。

 

『バンドをするって、具体的にどうするのかなって』

 

つい先程、仁菜が発した疑問に答えられなかったわけだ。

『バンドするばい』と、表向きには目的を口走って、私は仁菜をここまで連れ出した。だというのに、結局は勢い任せだった? 何もその先のことなんて──考えていなかった?

 

チクチクと、針のむしろにされるような感覚が蘇る。

お前と堕ちてやるつもりなんてなかったって……恨めしく見開かれた瞳が蘇る。

 

不安が芽を出した理由──それは、簡単なものだった。

私は、初めから勢い任せで生きてきて……責任を取れない人間だったから。

 

「じゃあ、責任を……取れない……?」

 

人の人生にも、何よりも、自分自身の……人生にも。

 

「うぷっ」

 

酸っぱいものがこみ上げてくる。

そのえずきは、今まで目を背けて来たものだった。

 

──怖い。

 

目覚めた仁菜が私には何の考えもないと知っていたらどんな顔をするだろう。罵る? 見捨てる?

それ以上に、ここで一人ぼっちになったら……私は……?

 

「少し、お手洗いにっ」

「ちょっ、ヒナちゃん──」

 

立ち上がり、ぱっと駆け出す。

響く重低音や人の歌声、カラオケ店は流石に居心地が悪かったから、ふらつく足を引きずって外を出た。

だけれど、出た先だって繁華街だ。大して変わったものじゃない。

 

巻き込まれていく、人混みに流されていく。

集団の中では──あまりにも、ちっぽけな存在になっていく──。

 

「はぁっ、ああっ」

 

一歩、踏んだ足がうまく地面を捉えない。

バランスを崩したまま、慌ててたたらを踏む。途端に、ぐわんと視界が揺れた。

 

「いつッ」

 

視界が上向く、ひっくり返る。

その場に倒れ込んでしまっていた。擦りむいた手のひらがジンジンと熱い。

ただ、痛みに注意を引かれたのはたった一瞬、だって、気づいてしまったから。

 

──視線が。

 

みんなが、その場を行き交う誰も彼もが私を見つめていることに。

迷惑だ、そんなところで倒れているな──私のせいで、私のせいで……何もかも。

恨めしげな瞳が──。

 

──煌めいた。

街頭に照らされ、弾かれた弦が視界に突き刺さる。

直後、ジャンと弾かれた大音声が、周囲のざわめきを瞬く間に塗りつぶした。

その場にいた人々がはけていく。

 

「……どうして……仁菜っ」

 

ギターを持った仁菜が、そこに立っていた。

仁王立ちをして、私を貫くような視線で。

 

「全部聞いてた。本当は起きてたから……責任が取れないとか何とかかんとか……!」

 

それは、私がしていた最悪の想像と重なる姿。

仁菜に……見捨てられる瞬間が──。

 

「うだうだうだうだ、バカじゃないの──!?」

「──え?」

 

だけれど、彼女が取った行動はそれとは真逆だった。

口調こそ怒り狂っていて、捲し立てるようで。それでも、その手は倒れ込んだ私に向けて伸ばされていた。

 

「ヒナはいつも言葉足らずで、大人みたいで上手くやれるからそれでいいって顔してて……だけどっ!」

 

強く、腕がぐっと引かれる。

仁菜の力によって、私は立ち上がっていた。

 

「一緒に……証明していくんでしょ!? 正しいんだって!」

 

仁菜の言葉はあまりにも強い。それこそ、胸の中で永遠と燃える炎のように灯って、もはや消えることなんて知らなくて。

 

 

「──私にも、寄越せよ!」

 

 

だからこそ、その時に思ってしまったのだ。

仁菜は私のせいだなんて言わない。

堕ちるなら、手を引っ掴んででも、無理やり一緒に堕ちてくるのだろう──と。

 

「ふはっ」

 

その痛々しいほどの真っ直ぐさ。ミネさんが言った通りのその姿に、思わず笑ってしまう。

そうだ。怖い。怖いけど、立てる。

モップを振りかざした時と同じ、仁菜の強い意志が私を突き動かしてくれるから。

 

「今なら、歌えるよね?」

「……うん」

 

隣に、仁菜がいてくれるから。

 

かき鳴らされていく不揃いなギターの音色。

はけていく人波の中で、不意にぽっかりとできた空白。

誰も私を見ていないんだって──それに気づけた瞬間。

叫ぶように、私は声を上げた。

 

「──”やけに白いんだ”」

 

歌声が響いていく、声が出る。

 

「──”やたら長いんだ”」

 

声が途切れそうになったら、ぶつかるようにして仁菜の歌声がねじ込まれた。

 

「”コタエはだいたい”──」

「”カタチばかりの常識だろう”──」

 

仁菜が鳴らすギターの音なんて適当だ。

互いに音程なんて、上手さなんて考えずに、ただ、明けていく川崎の街に向かって、声を叩きつけ続けた──私たちは、ここにいるんだ、と。

 

どれだけ怖かろうと。未来が曖昧だろうと。

それでも、私は歌える。仁菜となら、歌っていける。

 

 

「──”指先が震えようとも”」

 

 

◆ ◆ ◆

 

◆ ◆

 

 

 

「はぁっ、はぁっ」

「ふぅっ……疲れたぁ……」

 

たった一曲を歌っただけだけど、それでも、私にとっては十分に体力を使ってしまった。

疲れ切って吐いた息が、まだ冷たい朝の空気に染みて白んでいく。

『空の箱』──私と仁菜を繋いでいた曲が、今日もまた結んでくれたのだ。

 

「二人とも、いいライブだったよ」

 

その時、後ろからかけられた声。

振り向くと、そこにはミネさんがいた。ギターは持っていない……そうか、仁菜に取られてしまったのか。

 

「何だか、必死でわけわかんなくて……」

「でも、真っ直ぐな叫びだった。技術云々は抜きにしてね。で、ここからが提案なんだけど」

 

そこでミネさんは真っ直ぐに私たちを見つめてくる。

如何にも真面目くさった顔──大事な話をしようとしているようだった。

 

「私のところで技術を磨いていかない? もちろん、二人ともね」

 

すぐさま仁菜は私の方を向く。

どうするのかと、そう問うてくるように。ただ、もう答えは決まっていた。

瞬き一つ、アイコンタクトを交わして。そして、一緒に口を開く。

 

「──はいっ、お願いします」

 

それが、私の……私たちで掴んだ、答えだった。

朝焼けの射していく川崎の街で、こうして私たちは最初の居場所を手にした。

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