転生ヒナちゃんVS正論モンスターの仁義なき戦い   作:流星の民(恒南茜)

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#8 「フラッシュバック」

「”寂しいけど 寂しくないふりをしたり”──」

 

弦を撫ぜる指先が悴んで、異音が混ざった。

一人で腰掛けていた、スタジオルーム。

 

「”悲しくないふりをしたり 笑ったり”──」

 

今だって、私はそうだった。

この曲を初めて歌った時に抱いた感情にも似て。

口先だけでなぞった「さよなら」は、まだ言い切れていないのだ。

 

「”ごまかしてみるけれど”……ああ」

 

そんな感傷に浸っていた時、空いたドア。

その先にいた二人組を見て慌てて口元を緩ませる。

こんな感傷的な気持ちで彼女らに向き合うのはご法度だ。不安にさせてしまうかもしれないし。

 

「こんにちは。仁菜ちゃん、ヒナちゃん」

「お疲れ様です、今日もお願いします」

 

最初に挨拶をしてくるヒナちゃんは相変わらず礼儀正しい。

それから、仁菜ちゃんも「こんにちは」と挨拶してきたのに少し驚く。

何だか、以前よりもいくらか態度が柔らかくなっている気がした。

 

二人が来たから、演奏も終わりだ。

手を止めて、今日の練習に入ろうとした時、ふと仁菜ちゃんに聞かれた。

 

「それ、前も歌ってましたよね? なんていう曲なんですか?」

「ん、これ? ……そうだね。少し教えてあげようか。どっちか、ギター持ってみる?」

 

少しばかりの気まぐれと、きっと思うところがあったから、教えてあげようとした。

確か、()()()も好きだったなぁ。

 

「……私、やってみたいです」

 

てっきりこういうのは積極性のある仁菜ちゃんが真っ先に挙げるのかなと思っていたけれど。

先におずおずと手を挙げたのは、ヒナちゃんの方だった。

 

「じゃあ、ほら。持ってみて」

 

ストラップをかけてやり、そっとギターから手を外す。

 

「意外と……重いっ」

 

上京してきたばかりの子が、身の丈の半分ほどのギターを抱える姿。

まだ一人でやっていくには難しそうな年頃でも……それでも、ギターを抱く人は不釣り合いには見えない。いくらかの自信をはらんで見える。

それを見た途端に、ふと思い起こされてしまったものがあった。

 

「……ミネさん? どうしたんですか?」

「あ、いや。何でもないかな。じゃあ、始めようか──」

 

きっと、そうだ。

思い起こして重ねてしまった時点で、私はそうだった。

まだ離れられていないのだ、と。

 

痛々しい未練だった。

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「ヒナ、夕飯できたよ!?」

 

乱れた指が、正しい旋律を取り落としてしまう。

ポロロンと間の抜けた音が溢れて、ようやく私の集中は途切れた。

 

「……何で反応しないの? 夕飯、できてるんだけど」

 

顔を上げると、そこにはムスッとした顔の仁菜が立っていた。

いつにも増して不機嫌そうな様子から察するに、今日の夕飯当番だった彼女をだいぶ待たせてしまっていたらしい。

 

「集中してて。もう少しで弾けそうだったから」

「それってミネさんが演奏してたやつ?」

「楽譜、それしか持ってないし」

 

それを聞いて、ふーん、と仁菜は不思議そうな顔を浮かべた。

 

「ヒナさ、最近どうしてそんなにギターの練習してるの?」

 

それこそ、素朴な疑問でも口にするかのように。

仁菜にしてみれば、本当にただ不思議だっただけなのだろう。

 

「……どうしてって……決めたから」

「何を?」

 

だけれど、私にとっては。

その先の言葉を口にするのは、どうにも憚られた。

 

「それは……教えない」

「……むぅ」

 

仁菜の顔は明らかに不服そうなもので、それならば、これぐらい伝えたっていいんじゃないかと思ったけれど。

 

「んべっ」

 

それでも、私の意思はあくまでも黙ってる方に傾いた。

故郷にいた頃よくそうしていたみたいに、舌を出してやる。

 

「その顔……ムカつくんだけど……!」

「……悪いのは、鈍い仁菜の方でしょ」

 

そうしてスイッチが入ってしまった仁菜をあしらいつつ。

やっぱり、仁菜はこういう時に限っては鈍かった。だからこそ、わざわざ口にしなくたっていい。

 

「私、何もしてないんだけど……!?」

 

仁菜の隣に立つならば、対峙するならば──対等でなくてはならないのだから。

だからこそ、こんな決意なんて伏せていた方がいい。

気恥ずかしいし、何よりも……。

 

「別に、仁菜が忘れてるだけだから」

 

……私自身に、十分な自信が付くまでは。

その日が来たら、思いっきり仁菜の前で叫んでやろう。

 

「やっぱり……何か、ムカつく……」

 

仁菜のムカつきなんていざ知らず、そんな細やかな喧嘩の中で。

私は密やかに決意を燃やしていた。

 

そんな折だった。

ピコンと、スマホから通知音が鳴る。

開くとミネさんからメッセージが来ていた。

 

「ねえ、仁菜」

「……なに?」

 

慌てて不機嫌そうな仁菜を呼び止め、用件を伝える。

 

 

「ミネさんから。夕飯、一緒に食べないかって」

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

「二人とも、急に呼んじゃってごめんね。今日は奢るよ」

 

ミネさんが指定した居酒屋で合流すると、既に彼女はビールを飲んでいる途中だった。

卓上には枝豆に焼き鳥、どうやら晩酌を楽しんでいるところだったらしい。

 

「……ありがとうございます」

 

口先では感謝しつつも、そう言う仁菜は相当に不機嫌そうだ。

まあ、折角作った夕飯が明日に回されてしまったのだから、その気持ちはわかるけれど、それにしたってどうにもタイミングが悪い。

 

「飲み物、何にする?」

「私は烏龍茶でお願いします。後は……仁菜も同じので」

 

下手に仁菜を喋らせるよりも私が対応してしまった方が早いだろう。

さっさと注文を済ませてしまい、ようやく一段落する。

 

「……ところで、今日はどうして私たちを呼んだんですか?」

「うーん……飲みの相手が欲しかったから、かな?」

 

そんなことを言って、ミネさんはカランとグラスを揺らす。

それがどこかわざとらしくて、何となく、そんな単純な理由じゃないのはすぐにわかった。

というか、そもそもミネさんは私たちと出会ってから、一度だってお酒を飲んでいなかったし。

 

「……それはそれとして、本当のところは?」

 

多分、何かあったのだろう。

 

「やっぱり、ヒナちゃんは勘がいいね」

 

そこで深くミネさんは頷くと、ようやく口を開いた。

普段私たちに接するときよりも、幾分か低いトーンで。

 

「今度、ライブに出ることにしたんだ」

「……おめでとうございます」

「大してめでたいことでもないよ。私が自分で音楽をやってなかっただけだからね」

 

その口調は、どこか明るさをはらんだいつもの様子とは違う。

きっと、大人が偶に出す素というやつだった。

私が熊本から出てきた時、お母さんもこんな感じだったから。

 

「それは、どうして……」

「……思ってたより堪えちゃったんだ。うんと最初から、見てたからさ」

 

うんと最初から見てた──その言葉が誰のことを示していたのか。

滲んでいた響きから、それはわかった。……わかってしまった。

 

「……だから、自分にとっての戒めだって。しばらくはライブを辞めて、みんなの顔を見ようってそう思った。その途中で、久しぶりに川崎まで来てさ」

 

ゴクゴクと、ミネさんは一気に喉へビールを流し込んでしまう。

そして、口元を拭うと、息と一緒に言葉を漏らした。

 

「当たり前に、もういなかった」

 

どうにも、消え入りそうに。

それでも沈んだ表情を見せなかったのは、ひょっとして大人としての意地だったのかもしれない。

 

「……なのにさ、あんたたちがいた。もう一度、出会えたみたいだった」

 

歌う仁菜の姿を見るたび、ミネさんは笑みを零していた。

初めてギターを持った私を見て、ミネさんは私にそのまま預けてくれた。

何よりも……身よりもわからない川崎に来たばかりの私たちの面倒を見てくれた。

 

『……どうして、そこまでしてくれるんですか』

 

仁菜が聞いたことだ。あの時ははぐらかされたけれど、その答えがようやくわかった。

 

「……酔い、大丈夫ですか?」

「……大丈夫。私はあんまり酔えない方なんだ」

 

そんなことを言って、もう一杯ビールを頼もうとするミネさんの顔は、珍しく朱に染まりかけていて。

 

「……ライブ、見に行きますから」

 

その時、ぽつりと仁菜が口にした。

メニュー表を持っていたミネさんの手が止まる。

仁菜を見つめて、目を見開いて。

どこか驚いたかのように視線をひとしきり彷徨わせると、彼女は大きく息を吐く。

 

「……すみません、私にも烏龍茶を」

 

そのままメニュー表を置いてしまうと、ミネさんはもう僅かに残ったビールにすら手を付けようとしなかった。

 

「……酔って、下手なライブを見せるわけにもいかないね」

 

そうして浮かべた表情は、苦笑と呼ぶのが一番近かったかもしれない。

まるで一杯取られたような、負けたような表情で。

それでも、今まで見てきたミネさんの中で、一番安心感を覚えるもの。

そうだ、どこか清々としているのだ。

 

「私も、楽しみにしていますから」

「お、ヒナちゃんも」

 

何も上手く行っていない。

自分を変えることだってままならなければ、割り切ることはもっと難しい。

それでも、私が仁菜に向けたものも虚勢だったとして。

どうあがいたって進むほかないんだから、みんな無理矢理にでも強がるのだ。

 

「それじゃあ、応えなきゃね」

 

そうやって微笑みかけてきたミネさんの気持ちが、痛いほどに私にはわかった。

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