マルチバーステイオーと灰になった男   作:散髪どっこいしょ野郎

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case2:それでも足掻いたトウカイテイオー

 目覚めと共に目を見開くと携帯電話が鳴った。

 

 内容を確認する。入れっぱなしの飲食店アプリからの通知だった。

 

 舌打ちをした勢いのままアンインストールし、再度ベッドに体を預ける。もう少し寝てもよかったが連れの言っていたことが思い返されて否応なしに起こされた。

 

 二度寝は良くない。そんな忠言に律儀に従う俺は流されやすい生き物なのかもしれない。

 

 シャワーを浴び歯を磨く。今日は朝食を摂らないことにした。

 

 テーブルの上には開かれたファッション雑誌。相変わらず俺はそれに手をつけず、家を出た。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「やっほー、来たよ」

 

 

 その声に眉をひそめ、タバコの火を掌で揉み消す。吸い始めたばかりだが仕方ない。

 

 

「あれ、吸わないの?」

 

「ガキの前で吸うかよ。それくらいの分別はできる」

 

 

 連れが生きていた頃は禁煙していたが、もうその枷は消えてしまった。

 

 ……って、何俺は愁傷なこと考えてるんだ。恋愛ソングのコメント欄じゃねぇんだぞ。

 

 まあ、でも、彼女にもう一度会えるなら地獄に落ちても構わないと思えるぐらいには成熟した関係だった。それは否めない。

 

 

「もー、またガキ扱いしてー」

 

「……お前、何か変わったか?」

 

「え?」

 

 

 初対面の時と比べて随分と落ち着いた印象に見える。その中には諦観らしきものも感じられた。

 

 

「まあ、色々あってね」

 

「そうか。で、無敗の三冠ウマ娘様が俺に何の用だ」

 

「?ボク三冠獲ってないよ」

 

「は?……一応確認するが、お前トウカイテイオーだよな?」

 

 

 奇妙なひとときだった。狐につままれたような、立ちこめる霧の中にいるような、そんなクオリア。

 

 

「お前、自分で言ってただろ。自分は無敗の三冠ウマ娘だって」

 

「え?ボク無敗じゃないし三冠ウマ娘でもないよ?」

 

「……お前、トウカイテイオーなんだよな?」

 

「うん。キミとはこないだ会った仲だよ」

 

 

 虚言癖か?いや、わざわざ三冠のトロフィー写真まで見せられたんだ。アレが偽物(フェイク)だとは思えない。

 

 このガキが冗談を言っているとも思えない。

 

 俺を知っていることから別人というわけでもない。

 

 そしてなにより以前のコイツとは一線を画する存在感。ガキにしてはやけに大人びている上、顔つきも心なしかご立派だ。

 

 そこまで思惟して、考えるのをやめた。桜が狂い咲く季節だ。そういうこともあるのだろう。

 

 

「……まあいい。何故また俺んところに来た」

 

「キミなら、ボクの話に同情とかしなさそうって思ったからかな」

 

「話したいことでもあるのか?」

 

「うん。少し聞いてもらっていい?」

 

 

 それからトウカイテイオーはつらつらと自分の話を始めた。

 

 夢だった三冠の称号は骨折によって奪われ、更には三度に渡る怪我で一時期は引退スレスレにまでなった。

 

 無敗でもなくなり、憧れにも追いつけず、完全に諦めようとしていたところを周囲の人々に支えられたことで再起し有記念に出走。そして優勝となったとのこと。

 

 ……コイツも、色々と諦めてきたのか。

 

 

「夢は叶わなかったけど、ボクなりに全力は出せたし……満足……はできないけど、誰かに夢を与えるウマ娘にはなれたかなって思うんだ」

 

「……」

 

「そういえばだけど、見てくれた?ボクのレース」

 

「言っただろ。興味がねぇ」

 

「手厳しいなー」

 

 

 ケラケラ笑うトウカイテイオー。

 

 

「今日は走んねぇのか」

 

 

 初対面の時とは違い今回は制服姿。似合っているとは思うが、口には出さない。

 

 

「今日は休みってトレーナーから言われてるからね」

 

「その貴重な休みをわざわざ俺と話すために使ったのか」

 

「いいじゃん別に。ボクの自由でしょ」

 

 

 確かにその通りだ。俺は閉口した。

 

 

「ねえ」

 

「あ?」

 

「少し歩かない?」

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

 吹き荒ぶ風は冷たく、穏やかな陽光と相反してアンバランスな日和だった。

 

 ゴムチップ舗装された道を二人で歩く。仕事以外引きこもりがちだった俺を彼女が連れだしてくれたことを思い出した。

 

 

″大人になっても、しっかり運動すること″

 

 

 その訓誡は守れているだろうか。家から公園まで歩くことが″運動″になっていればいいのだが。

 

 しかし……ああ、俺はバカだ。

 

 そんなものを守っても連れは戻ってこない。でありながらも風に流れた約束を果たそうとする。俺は矛盾した人間だ。

 

 

「おい、どこまで行くんだ」

 

「ここの近くにはちみー売ってるとこがあるんだ。そこまでかな」

 

「奢らねぇぞ」

 

「キミに()()()()()はしないよ」

 

 

 はちみー。甘ったるいハチミツドリンク。俺はどうも好きになれなかった。それに高い。

 

 話しながら歩いていくと薄黄色の移動販売車があった。備え付けの看板にはよく分からないオプションが書いてある。

 

 

「固め濃いめ多めで!……キミは?」

 

「俺はいい」

 

 

 しばらく待つと店員から声をかけられる。蜂の子スナックとやらを勧められたが甘いものは特別好きではない。

 

 荒ぶる尻尾が俺の足にバシバシと当たるのを感じる。そこまでウキウキするものなのか?

 

 

「おい、尻尾」

 

「あ、ごめん」

 

 

 無自覚だったらしい。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「んー!おいしー!」

 

「……」

 

 

 例のベンチに戻り、並んで腰掛ける。トウカイテイオーの上機嫌さを尻尾と耳が物語っていた。

 

 会話はそこまでない。元々そこまで仲がいいわけでもあるまいし、当然のことだ。

 

 そんな、大して仲がいいわけでもない俺と何故コンタクトを取ろうとする?

 

 

「なあ──」

 

 

 言いかけた途端、腹が鳴る。つい口をつぐんでしまった。

 

 

「──あははっ、なに?お腹すいてるの~?」

 

「……うるせえな」

 

「しょうがないなあ、どっか食べ行く?」

 

「朝と昼は食わねぇ」

 

「え?……一日三食食べないと力出ないよ?」

 

「出たところでだ。何かできるわけでもねぇよ」

 

「ネガティブだなー……」

 

「第一お前、なんで俺と飯なんかに行きたがるんだよ。学園に食堂あんだろ?」

 

「カフェテリアもいいけどたまに外食したい時もあってさ。それにキミ相手なら変に気を遣わなくてもよさそうだし」

 

「どういう意味だコラ」

 

 

 空を仰ぐ。……まあ確かに腹は減ってるし、空腹感は不快ではある。

 

 そんなことを考えている内にトウカイテイオーはドリンクを飲み終わったのか、ゴミ箱に空いた容器を入れて俺の目の前に立っている。

 

 

「ほらほら、早く行かないとランチタイム終わっちゃうよ?」

 

「……はぁ……わーったよ」

 

 

 特大のため息をついてから俺は立ち上がった。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「わりとガッツリいくんだね」

 

「どうせ食うならな」

 

 

 俺が頼んだのはカツ丼。トウカイテイオーが注文したのはうどんだった。

 

 

「「いただきます」」

 

「……ふふっ」

 

「なんだよ」

 

「いや、言葉遣いは乱暴なのにいただきますはちゃんと言うんだなって思って」

 

「俺をなんだと思ってるんだ……」

 

 

 それからは、麺を啜る音、肉を咀嚼する音が店内放送の知らないアイドルの曲と共に流れていた。

 

 

「なあ」

 

「なに?」

 

 

 食べ終わったのを見計らって問いを投げかける。

 

 

「なんでお前は諦めなかったんだ?」

 

 

 コイツにも相応の苦難はあっただろう。話では一度は折れたとも言っていた。それなのに何故、お前は立ち上がることができた?──俺と、何が違う?

 

 

「……夢が無くなっても残っているものはちゃんとあったんだ。それに気づくのは大分遅かったけどね。それと、やっぱりどこまでいってもボクはウマ娘だから。走りたくて、さ」

 

「……」

 

 

 その答えは俺が求めていたものではない……が、腑に落ちた。

 

 

▫▫▫▫▫

 

 

「それじゃ、バイバイ」

 

 

 小さく手を振って帰っていくトウカイテイオー。晩飯はいらないかと考えながらその後ろ姿が消えるまで見送った。

 

 

「……」

 

 

 家までの帰路を辿りながら思考する。トウカイテイオーの言葉が腹の淵に蘇る。

 

 夢は叶わなかった。それなのにアイツは復活を遂げた。

 

 言いようのない敗北感。俺はこんな、路傍の塵のような毎日を送っているだけだというのに。

 

 どうも俺はトウカイテイオーが苦手らしい。三冠を獲ったアイツも諦めなかったアイツも全てが気に障る。内臓をまさぐられているような感覚だ。

 

 次に遭遇する時までにはこの感情を制御できるだろうか。……なんて、いい歳した大人が何を考えているのだろうか。

 

 俺はもう散っていくだけの人間だ。あの目映さに目を焼かれるだけの木偶の坊。虚しさだけを残した可能性の終着点。

 

 そんなことを考えながら歩いていると家についていた。

 

 

「……」

 

 

 テーブルの上には開かれたファッション雑誌。戯れにページをめくると、連れが欲しがっていたセーターが載っていた。

 

 

「……バカバカしい」

 

 

 こんなことをしたって連れは戻ってこない。分かっている。分かっていながら──幻影に手を伸ばし続けている。

 

 歯を磨いてベッドに体を放る。後はもう明日を待つだけだ。

 

 

「……」

 

 

 脳裏に浮かぶアイツの言葉。俺とはまるで違う、『主人公』の答え。

 

 夢が無くなっても残っているものはちゃんとあった。なら、彼女を喪った俺にも残っているものはあるのか?

 

 その問いに解は無い。……ああ。まったくもってバカバカしい。

 

 

 

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