マルチバーステイオーと灰になった男 作:散髪どっこいしょ野郎
目覚めと共に欠伸を一つ。寝室に行くとトウカイテイオーはいなかった。
シリアルバーをポケットに入れる。今日はなんとなく公園で食べるつもりでいた。
歯を磨きながらそういえば、と考える。
あれだけ飲んだのに二日酔いの症状は見られなかった。空腹感を除けばいつも通りの健康な肉体。
シャワーを浴び、家を出た。
▫▫▫▫▫
公園までの道のりはすっかり見慣れたものとなった。飽きが来た、と言ってもいいかもしれない。
「……」
桜が咲き乱れている。外はこんなにも寒いというのに、季節外れの開花は止まることなく。
夏になれば水筒でも用意するべきか。そんな思考に耽りながらベンチに腰掛け、いつも通り空を見上げた。
「おーい……」
しばらくするとアイツの声が聞こえた。トウカイテイオーだ。
横目で見ると制服姿のアイツが見えた。今度は若返りか?この際ツッコむのはよそう。神経が保たない。
「隣座るよー……」
「好きにしろ」
改めて見て、少しギョッとした。体はガチガチに鍛えられているというのにどこか窶れていたものだから。覇気が無いように感じるのも気のせいではないだろう。
「……一つ確認させろ。お前、三冠獲ったか?」
「あー……うん。余裕でね」
疲労感。とにかく今のトウカイテイオーは途方もない疲労感が大凡を占めていた。
「何があったんだよ。いつもの元気はどうした」
そう言った自分に疑問を感じる。面倒事に首を突っ込む気は無い。更に言えば他人のことになんて興味は持たない筈だったというのに。
「……トレーナーが」
「あ?」
「トレーナーが鬼なんだよ!何連闘もさせてくるし!疲れて動けないーってなってたらめちゃくちゃ苦いジュース飲ませてくるし!……カップケーキは美味しかったけど」
連闘。レースに疎い俺でも分かる。従来レースというものはウマ娘に大きな負担を強いる。それを続けて、なんてさせたらどうなるか見当はつく。
「それは大丈夫なのか?」
「……え?」
「なんだよ」
「キミが心配するなんて……これ、夢?」
確かに、心配するなんて我ながら
「はったおすぞ。……はぁ、そんだけ走ってりゃ足への負担もデカいんだろ?」
「ボクも思ったけど不思議なことに怪我が一切無いんだよね~……。肌荒れは頻繁にあるけど」
それはつまり大丈夫ではないということだ。肌荒れを起こす程のストレスや負担がかかっているということだから。
「俺からトレーナーに言ってやろうか」
……。……俺は何を考えているんだ?コイツのために、何かしようなどと。
「……やっぱり今日のキミ変だよ?何かおかしなものでも食べた?」
「……だよな。今日の俺はどこかおかしい。だから、おかしいついでにお前のトレーナーに口を利いてやろうかって言ってるんだ」
「ありがと。でもそれはもう大丈夫だよ。トゥインクルスタークライマックスは終わったから。あー、ようやくゆっくりできる~……!」
トゥインクルなんちゃらというものは知らないがとにかく苛烈な出走ローテは全て終わったらしい。
……
「お前のトレーナーはどんな奴なんだ」
「普段はボクのやりたいことに付き合ってくれるし優しいよ。……だけどこの三年間はすごい厳しかったんだ……おかげで重賞たくさん取れたけどしんどすぎるよ~……」
「重傷?」
「重賞!格式高いレースのこと」
それからは愚痴の連続だった。トレーニングする体力は残ってないのにお守りを持たされて練習させられただの、トレーナーが応援するメガホンの声が鬼気迫っていただの、肌荒れが
相づちを打たない俺だが話はキチンと聞いていた。自分から聞いておいていざ語り出したら無視するような外道にはなりたくなかっ──何故だ?
もう連れはいないのに。生き甲斐なんてないのに。真人間でいる理由はどこにある?
……そう考えながらも、俺はバカ真面目に話を聞いていた。
「あ」
「どうしたの?」
ポケットに手を突っ込むとビニールの包装紙が触れた。そういえばまだシリアルバーを食っていなかった。
「……」
「えー!ご飯それだけなの!?」
無視して囓る。食べ慣れた味。悪く言えば飽き飽きした味だ。
「いくらなんでも少なすぎない……?それ以外夜まで何も摂らないんでしょ?」
「どうってことない。平気だ」
大丈夫じゃないが大丈夫ということにしておく。コイツ相手に弱みを見せたくなかった。……連れのことを語っておいて今更すぎるか。
「そんなのあってないようなものだよ!ボクが奢ってあげるからどこか食べに行こう?」
「ガキに奢られるなんて情けなさすぎるだろ。断る」
「またガキ扱いしてー……。あ、お金なら大丈夫だよ。レースの賞金が使い切れないくらいあるから」
「そういう問題じゃなくってな……」
終には俺が根負けして昼食を摂りに行くことになった。最近の俺はどうも意思が弱い。
▫▫▫▫▫
「ボクはタッチパネルから頼むからキミは画面から頼んで」
「ああ」
やってきたのは回転寿司。久々に来た気がする。
はまちにえんがわ、鉄火巻きにポテトなど、乱雑に頼んでいく。財布にはそこそこ金を入れてある。トウカイテイオーの分を込みにしても払いきれるだろう。
「……お互いガリガリだね」
改めて見つめられたかと思えば、感慨深そうにそんなことを言われた。それについては否だ。トウカイテイオーのソレは、余計なものは削ぎ落とされた、洗練された肉体。対する俺の体は筋肉も脂肪も無い貧弱なものだ。
「お前はちゃんと鍛えてる体だろ。俺はただ痩せてるだけだ」
「それもそっか。じゃあその分しっかり食べてね?」
「……チッ」
上手いこと言いくるめられたようで、後悔に近いよく分からない感情が吹き出す。トウカイテイオーの影が入った笑みを崩してやりたくて言葉を探すが、それらしき理論も理屈も見つからず閉口するのみ。とりあえず今は目の前の寿司(+サイドメニュー)を完食することに集中した。
「ねえ」
「むぐ……なんだ」
食事に没頭していると声をかけられた。口の中に物を入れて話すのは流石に憚られたので急いで嚥下する。
「今までの三年間、本ッッッッ当に大変だったんだ。確かに夢は叶ったけど忙しすぎて喜ぶどころじゃなくって」
「……それで?慰めてほしいなら他を当たれ」
「ふふっ」
トウカイテイオーはクスクスと笑う。俺がそう答えることを知っていたかのように。気に入らない。
「……なんだよ」
「いや、やっぱりキミに話してよかったって思ってね。下手に同情とかしないわりには話を最後まで聞いてくれるし。だからさっきは心配してきたことにすっごいびっくりしたけど」
「……褒められてんのか貶されてんのか分かんねぇな」
再び食事に向き合う。ニヤニヤと笑いながら見られたことには、正直イラついた。
▫▫▫▫▫
「それじゃあね、バイバイ。あ、夜もしっかり食べること!いい?」
「……ん」
まだ日は高い。俺の足はもう一度あの公園に向かっていた。
トウカイテイオーと別れてから、何故か僅かばかりの寂寥感に包まれた。連れのいない侘しさをアイツで誤魔化そうとでもしていたのか?趣味が悪いにも程がある。そもそも、それは無い。バカバカしい。アイツと連れは何もかもが違うのだから。
空を眺める。桜が舞い散る中、俺だけが公園のベンチに佇んでいた。
▫▫▫▫▫
日が暮れて後は帰るのみとなった。寿司食ったし今日はもういらないか、と思ったが脳内でアイツの声が再生された。
『夜もしっかり食べること!いい?』
「……チッ」
本日二度目の舌打ちをしながらコンビニへ足を運ぶ。安めの惣菜パンやサラダなど目についたものを買い物カゴへ放り込むと、わりかしそこそこの値段になった。
今の時代、コンビニで安く食事を済ませるのは難しいのかもしれない。そんな社会の風当たりを感じながら帰路についた。
「……」
帰宅。出迎えてくれる連れはもういない。なのにテーブルの上には開かれたままのファッション雑誌。
テーブルの空いてる場所に買ってきた物を並べ、急かされるように胃へと押し込んだ。
「これで満足か?ガキ」
それは、誰もいない場所の独り言。永遠に届くことのない独白だった。